文化

京大近所探訪VOL.16 夷川発電所(京都市左京区) VOL.17 旧京都中央電話局上分局(京都市上京区)

2023.05.16

京大周辺のおすすめのスポットを紹介する本コーナー。大学での勉強や研究に疲れ、ふとどこかへ出かけたくなったとき、このコーナーが行き先を選ぶ参考になれば幸いだ。(編集部)

夷川発電所(京都市左京区)


夷川発電所。奥には緑が広がっている



京大正門を出て、東大路通りを南に進み、最初に見えた橋で右に曲がり、少し進むと開けた右手には船溜や銅像、更に、つたが絡む赤レンガ造りの建物が見えてくる。この建物の名は夷川発電所。1914年の竣工以来、100年以上に渡って利用され続けている現役の発電所であり、ダムとしても機能している。

夷川発電所は琵琶湖疎水事業の一環で作られた。明治期、日本の首都が東京へと移ったことにより、京都の人口は約3分の1に減少。第3代京都府知事に就任した北垣国道は、琵琶湖疎水を開削して、京都・大津間の水路を開き、水運や水力を利用することで、京都の再興を図った。北垣の下で建設が進んだ琵琶湖第1疎水は、1890年に完成。翌年には水力発電が始まった。だが、数年後には、第1疎水の流量では電力の需要が満たせなくなった。また、地下水が原因で伝染病が蔓延し、地下水頼みであった飲料水の量・質が問題になったという。そこで、琵琶湖第2疎水・夷川発電所の建設や蹴上発電所の増強等が行われた。

現代、京都に暮らす人々がいつでも水を使えること、また、京都が日本を代表する都市の1つとなったことの背景に、琵琶湖疎水の経済・産業面での恩恵がある。夷川発電所の側に佇む北垣の銅像が何故か誇らしげに見えるのも、気のせいではないのかもしれない。(郷)

夷川発電所
左京区聖護院蓮華蔵町36
京都市営バス「東山二条・岡崎公園口」下車徒歩5分


旧京都中央電話局上分局(京都市上京区)


丸太町橋から見える旧電話局舎



神宮丸太町駅のすぐそば、鴨川沿いに洋館が建っている。壁のクリーム色に柳の若々しい緑が映え、古都京都にありながら、ヨーロッパのような雰囲気を醸し出している。この建物は旧京都中央電話局上分局という名称だ。国の登録有形文化財に登録されており、現存する鉄筋コンクリート造の電話局舎の中で最も古い。1924年の創業当初は電話局として使われ、電話の博物館、レストランを経て、現在は一階にスーパーフレスコ、二階にはコナミスポーツクラブが入っている。内装は当初の姿から大きく変化しているが、外装は当時のままだ。

設計したのは逓信省の建築家、吉田鉄郎である。吉田の作品は装飾が少なく、洗練されていることが特徴で、後に東京と大阪の中央郵便局の設計を手掛けている。この建物の屋根はドイツ民家をモチーフにしており、屋根の特徴的な形が異国情緒を演出している。明治期は赤レンガ色のタイルが、大正期は白系統のタイルが流行した一方で、この建物は大正期には珍しくクリーム色のタイルを外壁に用いている。

個人的な話にはなるが、旧京都中央電話局上分局は、私にとって近所にあるなじみ深い建物の一つである。京都に住み始めて一ヵ月程が経った今、鴨川沿いを歩いていて、この建物の屋根が見えてくると、もうちょっとで家だ、と思って安心する。鴨川と、風に揺れる柳と、クリーム色の洋館が織りなす景色は、大正時代から現在までずっと、神宮丸太町に暮らす人々の胸に刻まれているのだと思う。およそ100年前の人々がどのようにこの風景を眺めていたかに思いを馳せるのもよいだろう。(子)

旧京都中央電話局上分局
上京区中筋通丸太町下る駒之町561-1
京都市営バス「岡崎道」下車徒歩約3分

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