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教習所体験記

2023.04.01

教習所体験記
大学生のうちにとっておきたい資格として、自動車免許をおすすめする。自転車や徒歩では遠すぎる場所でも、電車や飛行機・バスが通らない場所でも、車で行くことが可能になる。そんな権利を手にするまでには、いかなる道のりがあるのか。ここでは編集員が自身の経験を振り返る。これを読んで免許取得のエンジンがかかるか、やめておこうとブレーキを踏むことになるか。いずれにしても、考えるきっかけにしてもらえれば幸いだ。(編集部)

目次

【合宿】一人前になりたくて
【通学】継続は力なり


【合宿】一人前になりたくて


幼い頃、父親が運転する姿を助手席から見るのが好きだった。シフトレバーを小気味よい音をたてて操作し、軽やかにハンドルを切る。大きな車体を1人の操作で動かしていることが不思議で好奇心をそそられた。いくつもの計器やボタンに囲まれた運転席は、幼い私の目に「大人の領域」として映っていた。

そんな私も、昨年の夏、免許の取得に挑んだ。長期休みを有効に使おうと思い立った私は、友人と2人、免許合宿に行くことを決めたのだ。京都の生活にやや退屈さを感じ始めていた大学2年の私にとって、気分はさながら18日間の免許取得旅行である。

選んだ土地は徳島県三好郡。吉野川の上流、南北を山地に挟まれた細長い盆地に、三加茂自動車学校はある。大学生協に置かれていたパンフレットの中で、新幹線や飛行機を使わずにいける距離の合宿所のうち、最安値で予約が取れた車校だった。

まずは仮免取得を目指す


免許を取るには、実車による技能実習と座学、両方を規定のコマ数以上受講する必要がある。仮免許までの期間は必要なコマ数が少ないため、思いのほかのんびりした生活が続いた。例えばある日は、午前から技能2コマと学科1コマをこなしたのち、宿舎に戻ってお昼ご飯を食べ、少し学科の復習をして昼寝をする。初めはハンドルを握ることにすら怯えていたが、徐々にカーブや右左折を覚え、ペダルの操作にも慣れていった。わずかずつではあるが日々成長を実感する生活には、なんとも言えない幸福感がある。早寝早起きの規則正しい生活に、1日の長さも思い出した。

定められたコマを一通りこなすと、仮免許の学科試験と技能テストが待っている。テスト前は少し不安になることもあったが、支障なくパスすることができた。難易度が高いと言われる技能のS字カーブとクランクも、毎日のようにやっていればコツが掴めるものだ。仮免許を得た日は、お祝いに2人で近所の焼肉屋へ行った。

シンプルライフに慣れていく


2人に割り当てられた宿舎というのは、いわゆる普通のアパートの一室だった。5畳の和室が二間に、ダイニングと風呂トイレがついている。和室は、布団とテレビだけが置かれた殺風景なスペースだったが、日当たりがよく静かで、心身を休めて免許取得に集中するには適していた。私は、すぐにこの部屋を気に入った。普段はそれぞれの部屋で自由に時間を使うが、あまりに暇を持て余すと、どちらかの部屋に集まってオンラインゲームを楽しむ。同居人との距離感も心地よかった。

食事は、3食全て自分たちで用意する必要があった。そこで2人の総意として、極力お金を使わない方針がとられた。合宿後、まだ続く夏休みに、さまざま財布を圧迫する予定が控えている。教習所から与えられた食費八千円をうまくやりくりし、なんとか儲けを得たいところだった。乾麺や米を主食に、キムチ・納豆・ヨーグルト・グレープフルーツを添える食事が定番のメニューとなった。簡単に用意できて、飽きも来ない。発酵食品の有用さを知った。

仮免許を取得すると、教習所内のコースを出て実際の道路を走る実習が始まるのだが、根っからの小心者の私は、これが本当に怖かった。少しアクセルやハンドルの操作を間違えれば、前後の車とぶつかりかねない。おっかなびっくりでのろのろと運転していると、運転に慣れた地元ドライバーが後ろに溜まっていき、横に座った教官から空いた道では50キロくらい出せと注意される。しかし、そんなに速度を出すと、車体が地面から浮いたような感じがして、生きた心地がしなかった。

一向に路上での運転に慣れないまま、あっという間に卒業検定の日を迎えた。検定は毎日実施されないので、このテストに落ちたら、2日間の延泊が決まる。試験本番、どうにか教わった通りのコースで教わった内容を出し切ることができた。合格が見えた気分で教習所のロビーに戻ると、先に試験を受け終えた友人が青い顔をしていた。結局、私は友人を徳島に残して1人帰郷することとなった。18日間苦楽を共にした友人が落ち込んでいる中、ろくに励ますこともせず別れてきたことはやや心残りである。別れ際に、共同生活を円満に終えることができた感謝として、2人でラーメンを食べた。

足りないものは度胸なり


そんな3週間を終え、京都に戻って半年が過ぎた。あの頃習慣となっていた早寝早起きの生活リズムは跡形もなく、自炊も今となっては月に1回すればいい方である。テレビと布団しかないミニマルな部屋で、少しずつ運転技術の進歩を実感しながら、長い1日を持て余していた日々が、懐かしく思い出される。

残念なことに、免許を取得してからたった1度しかハンドルを握っていない。このままではペーパードライバー一直線だ。下宿先に車を持っていない、実家の近くは交通量が多くて練習に適していない、色々言い訳は思い浮かぶが、詰まるところ、私に足りないのは命を背負って運転席に座る度胸なのだと思う。恐怖を解消しないままなんとなくで卒業検定を通過した私は、いまだに路上を走る自信がない。とりあえずやってみなければ始まらない、運転し始めれば慣れていく、頭ではわかっていてもなんだか億劫で、運転を他人任せにしてきた。幼い時に眺めた父のあの横顔はいまだに遠いなと思う。私はいつまで経っても「大人の領域」に踏み込む覚悟を持てずにいる。(桃)


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【通学】継続は力なり


1回生の夏、ロクなサークルにも入らず、あまりに暇を持て余していた私は、教習所に入る決断をした。合宿か通学か――これが教習所選びにおける最初の選択だが、8月ともなると夏の合宿は既に予約でいっぱいだったので、市内の教習所を探すことにした。まずは家と大学からの近さで絞り込み、ネットの口コミが最も良い所に決めた。

予約が取れない


教習所は人であふれていた。「最短2週間で免許取得」という触れ込みだったが、人が多すぎて教習の予約は全然取れなかった。「8月は繁忙期だからしょうがない」。そんな言葉を信じた私は、教習所に入って一週間足らずで帰省してしまった。しかし、9月末に京都に戻ってきてからも、状況はあまり変わらなかった。それでも成長はあった。教習所のサイトが毎日同じ時間に予約枠を解放することを知った私は、さながら人気アーティストのライブを予約するがごとく、日々パソコンの前にスタンバイし、時間が来たら目にもとまらぬ速さでマウスを動かした。そこでは、顔の見えない教習生同士の、秒単位の争いが繰り広げられていた。

運転は意外に難しい


運転は思った以上に難しかった。実技は所内を一周するところからはじまるが、これの右回りはできても、左回りがうまくいかなかった。思えば私は、ずっと体育が苦手だった。自分の体の動かし方もわからないのに、自分よりはるかに大きい物体の動かし方がわかるわけもない。そんな投げやりな気持ちになることもあったが、諦めず、一週間に一時間のペースで通い続けた。そして12月、仮免許前の最後の関門、「S字カーブ」と「クランク」にたどり着いた。

私の通っていた教習所では、毎回指導員を変えることができた。この方式には、「自分に合った指導員に教えてもらえる」というメリットがあったが、「毎回言われることが変わる」というデメリットもあった。もちろん、指導員の皆さんは全員運転のスペシャリストなので、教え方は三者三様であっても、同じことを教えようとしているのだとは思う。しかし、S字カーブとクランクについて言えば、所内に生える木などを目印に、どのタイミングでどのくらいハンドルを回すのかを手取り足取り教える人もいれば、タイヤの位置を頭の中でイメージして、道に合わせて適宜ハンドルを回すように言う人もいて、私はどの方法に合わせればいいものかと混乱した。結局、「道全体を何となく捉えて、自分の感覚でハンドルを動かせば良い」と教えてくれる指導員に出会い、私はこれらを克服することができた。

そんなこんなで私は標準的な時程を3時間オーバーして第一段階を終えた。しっかり練習したからか、仮免許を取るための「修了試験」は難なく一発でクリアした。自慢だが、学科試験は満点だった。

公道の方が簡単?


仮免許を取得すると、公道で運転できるようになる。正直言って私はとても不安だった。所内とは違って、公道には他の車がいる、歩行者がいる、信号もある。見知らぬ道も走る。上手くいくわけがないと思った。だが、実際運転してみると、そこまででもなかった。私は状況判断が比較的得意で、この能力で運転技術の未熟さをある程度カバーできたためだ。小さいころから家族の運転を観察していたからか、よく周囲をキョロキョロと見回す挙動不審な人間だからか、「いま行くべきか待つべきか」、「あの車は何をしようとしているのか」などは瞬時に判断できた。

それでも苦労したのは、「左折」だった。市内の道路には教習所にあるような狭い道や急なカーブはなく、車体感覚が皆無という私の弱点はそこまで問題とならなかったが、左折だけは例外だった。車には「内輪差」というものがあり、後輪が前輪よりも内側を通るので、歩道にぴったりくっつけて曲がると、後輪が乗り上げてしまう。だからといって歩道から離れて曲がると、間に自転車やバイクが通れる隙間ができ、巻き込み事故を起こしかねない。そのため、ちょうどいい間隔をとる必要があるのだが、これがなかなか習得できなかった。ある程度は慣れたが、免許を取って一年以上経った今でも完全にはマスターできていないと思う。

次に苦労したのは「速度調節」だった。教習所内はそこまで広くないのであまりスピードは出せない。だが公道となると、道が延々と続いているし、他の車もいるから、ある程度の速度で走らなくてはならない。ノロノロ走ると円滑な交通を妨げてしまうが、かといって速すぎると危ない。お世話になった指導員さんいわく、「規制速度の上でも下でもダメや。規制速度ぴったりで走らな」とのことだった。アクセルの微妙な踏み具合によって速度が上下する感覚を掴むこと、これに尽きる。私は初めこそ遅すぎ速すぎと注意されていたが、終盤では「良い速度調節やな」と褒めてもらえるようになった。人間は成長するものである。

ほかにも、前を走る車が蛇行運転をしだして冷や冷やしたり、高速道路での教習にそれまで一度も運転したことがない高級車「レクサス」で行ってドキドキしたりと、いろいろな経験を積んだ。

免許を取って


出所し免許を取得したのは3月だった。合宿の人は2週間で出るのだから、7か月というのは相当遅いペースだと思う。しかし、早ければいいというものでもない。短い期間で学んだことはすぐ忘れてしまうおそれがあるからだ。免許取得までの期間が長いことは一見すると通学のデメリットにも思えるが、じっくりと練習できると考えれば、この上ない利点である。

免許を取って1年がたち、だいぶ運転にも慣れてきた。一人で運転するのはまだまだ怖いが、助手席に誰かがいてくれれば、高速道路も運転できる。しかし、慣れは時に油断を生む。凶器を動かしているという自覚、「運転は怖い」という初心を忘れず、とりあえずはゴールド免許を目指したい。(扇)

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