文化

近代を彩る西洋美術 京都に咲き揃う 『ルートヴィヒ美術館展』

2022.12.16

近代を彩る西洋美術 京都に咲き揃う 『ルートヴィヒ美術館展』

パブロ・ピカソ『アーティチョークを持つ女』(1941)⦅左⦆

京都国立近代美術館(左京区岡崎)で『ルートヴィヒ美術館展』が開催されている。ドイツのケルン市が運営するルートヴィヒ美術館に所蔵される美術品のうち、20世紀初頭から現在までの作品約150点がまんべんなく展示されている。

ルートヴィヒ美術館は、ドイツ西部の都市ケルンに1986年に開館した。この美術館の最大の特徴は、展示品が個人の寄贈によって形成されていることである。弁護士のヨーゼフ・ハウプリヒは、ナチス・ドイツ時代に公共の場から駆逐されたドイツ・モダニズムの作品などを細々と集め、1946年にケルン市に寄贈。彼のコレクションと彼が設立した基金が、美術館の土台となった。館名は、ロシア・アヴァンギャルドやポップ・アートの作品を寄贈したペーター&イレーネ・ルートヴィヒ夫妻に由来する。ハウプリヒら、多くの市民による切れ目ない支援が過去と現在を結び、今を生きるわたしたちの目を楽しませる。

初めに出迎えるのは19世紀から20世紀にかけて勃興したドイツ・モダニズムの作品たち。どこまでも非人間的な冷たいまなざしで見つめることで、作者の主観を排した客観的なオブジェクトとして対象が浮かび上がる様を描いた新即物主義が特徴だ。オットー・ディクス『自画像』(1931)もそんな作品のひとつ。暗闇の中、筆を持ちこちらを見つめるのはディクス自身。描画に勤しむ画家の姿をとらえた絵だが、見つめれば見つめるだけ不穏な気配が漂う。エラのはった硬質な顎の上には刻印のように刻まれた深い皺。大きく窪んだ眼窩から覗く眼球は陰に隠れていて確認できない。筆を握る指はでっぷりと太り、傾けたパレットに滴る絵の具は使われた痕跡がほとんどない。本当に彼は画家なのか?身に纏うのは異様なほど白いスモック。筆をメスに持ち替えれば冷血な外科医だ。はたまた、不自然なほどの無表情さ故に、人間の仮面を被った怪物にも見えてくる。主観を徹底的に排し、現実をグロテスクなまでに活写する。すると、作品が作者のあずかりしらない方向に漂流し、見るものに多様な解釈の可能性を与えることで主体的な鑑賞へと誘う。

ずらりと並ぶピカソの作品のうち、一際目を引くのは『アーティチョークを持つ女』(1941)だ。椅子に座る彼女の体は、ずたずたに切り刻まれ、乱雑に貼り合わされる。頭はふたつに割れ、膝に添える左手からは爪が鋭く尖る。屈折した身体描写から感じられるのは、底なしの暴力性だ。第二次世界大戦でヨーロッパ中が戦禍に包まれていた最中に製作された本作は、代表作『ゲルニカ』と並び、ピカソ独自の方法で戦争の悲惨さを伝える。彼が創始した「キュビスム」と呼ばれる様式は、さまざまな方向から見た対象の形をひとつの画面に収めるというもの。対象の構造をほとんど無視した無秩序な描写は、全てが一斉に崩れ落ちていくような危うさを放つ。その危うさが作品全体に動きを与え、支離滅裂な画面のうちに対象の原型が刹那的に現れる時、ピカソの目線で見た現実がこちらへ急接近して来る。

当展覧会では他にも、フランスを中心に勃興したシュルレアリスムや、それに呼応してアメリカで花咲いた抽象表現主義など、さまざまな時代、地域の作品を鑑賞できる。20世紀の西洋美術を概観するもよし、様式の移り変わりに目を凝らすもよし、自分の好みの画家を見つけるもよし、楽しみ方は無限大だ。会期は1月22日まで。月曜日(12月26日、1月9日は開館)は休館。一般2000円、大学生1100円、高校生600円。(順)

オットー・ディクス『自画像』(1931)⦅左⦆

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