文化

あまりに鮮やかなモノクロ映画 『ローマの休日』

2022.12.01

本作は1953年に公開されたアメリカ映画で、ウィリアム・ワイラーが監督を務め、全ての撮影をローマで行った。オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックのダブル主演である。オードリーの評判を一躍高め、伝説的女優になるきっかけになった作品だ。

オードリー演じる某国の王女アンは、立場ゆえの不自由な生活に耐えられなくなり、公務で訪れたローマで大使館を抜け出す。折しも服用していた鎮静剤により、屋外で眠りに落ちるも、偶然出会ったアメリカ人記者、ジョーに介抱される。彼に名前を聞かれたアンは、とっさに身分を隠してアーニャと名乗った。しかしジョーは彼女が王女だと気づいてしまう。彼は、自分が記者であることや、アンの正体に気づいたことを隠して彼女に同行し、王女の特ダネをあげようと画策したのだ。そんなことはつゆ知らず、つかの間の自由にはしゃぐアン。親切な男性を装って彼女を案内するジョーとのラブロマンスが展開していく。

2人の距離は楽しい時間を過ごすうちに縮まっていき、両者は次第に思いを寄せるようになる。王女と新聞記者の恋という、非現実的にもみえる設定だが違和感はなく、見るものの心を強く引き込む。

これにはやはり、オードリーの演技力、とりわけ表情が大きい。脱走後、羽を伸ばすアンの弾けるような笑顔や目の輝きや、ラストシーンで、微笑みながらも涙をこらえる表情は特筆に値する。見る者の感情を強く揺さぶるとともに、視聴後も鮮明に思い出せる程だ。こうした演技の背景には、役の相性の良さも寄与している。監督はアン役に相応しい女優を徹底的に探した。オーディションの撮影ではカット後もカメラを回し、女優の素の姿も見て制作陣はオードリーを適役だと判断した。その映像を見ることはできないが、王女の気品と少女の可憐さという、アンの二面性がオードリーにもあったのだろう。ローマの名所をアンに紹介するジョーが、真実の口に手を入れて、アンを脅かす有名な場面がある。この演出はオードリーに知らされておらず、彼女の自然な反応をとらえている。素の姿が垣間見えるシーンとしても注目したい。

コミカルな演出も豊富で視聴者の笑いを誘う。ジョーの友人がアンの正体に気づきそうになった折、ジョーが何とかはぐらかそうとする場面や、彼女を連れ戻そうとする秘密警察と彼らが乱闘する場面など、枚挙に暇が無い。

少女アンから王女アンへの変化も繊細に描かれる。冒頭の舞踏会では、来賓紹介を待たずに座ろうとして側近に止められるが、最後の記者会見では促されるまで座らない。序盤の、少女のように泣いて駄々をこねる場面に対し、終盤では王女としての迫力と覚悟を彼らに示す場面がある。そして何よりも、王女の責務を甘受し、ジョーとの別れを選びとったことこそが、アンの変化を最も象徴する出来事だ。こうした変化を成長として美化するだけでなく、宿命を受け入れる悲壮の美として描いていることも作品を彩る。

予算の都合でやむなく白黒となった本作だが、それを理由に敬遠するのは早計だ。物語やキャスト、色々な演出を顔料とした多彩な美点があり、初めて視聴した時はもちろん、繰り返しみた時にも強く心惹かれる作品である。超が付く名作故に既に見たことがある人も多いだろうが、寒い日が続く当節、屋内で一味違う休日はいかがだろうか。(玄)

作品情報
制作年:1953年
製作国:アメリカ合衆国
上映時間:118分
監督:ウィリアム・ワイラー

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