文化

ふくらむ想像を絵筆にたくして 『こわくて、たのしいスイスの絵本』展

2022.12.01

ふくらむ想像を絵筆にたくして 『こわくて、たのしいスイスの絵本』展

『こねこのぴっち』の一場面。列をなす動物たちが微笑ましい

乙訓(おとくに)郡大山崎町にあるアサヒビール大山崎山荘美術館で、『こわくて、たのしいスイスの絵本』展が開催中だ。長野県にある小さな絵本美術館のコレクションから、3人の作家の絵本原画や挿絵70点を展示。グリム童話やスイスの自然を朗らかに、時に不気味に描いた作品を楽しめる。

エルンスト・クライドルフ(1863―1956)は石板工房で働きながら美術学校に通っていたが、相次ぐ家族の不幸と過労で体調を崩す。豊かな自然に囲まれた南アルプスで療養中、草花のデッサンを続けるなかで、花々を擬人化した『花のメルヘン』が誕生した。また、クライドルフはゴム製のローラーにインクを移して転写するオフセット印刷を使った。色数の多さと色彩の透明感を両立できる、当時最新の印刷技術だ。グリム童話「白雪姫」の続編を創作した『ふゆのはなし』では、3人の小人が、白雪姫に会おうと冬の森を旅する。深い雪に包まれた森林の陰影が柔らかで、絵の優しげな輪郭と見事に調和している。

フェリックス・ホフマン(1911―1975)は中学校で美術教師として働いていたが、2歳の娘のために描いた『おおかみと七ひきのこやぎ』が評判をよび出版、絵本画家となる。おなじみのグリム童話にもとづいた本作は、身体の動きを豊かに伝える絵柄が味わい深い。残酷な場面も容赦なく描いており、狼が溺れた井戸の周りで、母やぎとこやぎたちが踊るシーンでは、その純朴な喜びがかえって無情さを強調している。

ハンス・フィッシャー(1909―1958)も、自身の子どもたちに描いた絵本でデビューした作家だ。なかでも『こねこのぴっち』が有名で、雄鶏やアヒルになろうと奮闘するぴっちが、最後にはあるがままの自分に満足するという筋書きである。舞台美術や風刺画をこなした末、絵本に適性を見出したフィッシャーの経験が投影されている。勢いよく線を重ねた表現はにぎやかで、寝込んだぴっちを鶏やうさぎたちが見舞う場面など、とりわけ心温まる印象だ。

大山崎山荘は、ニッカウヰスキーの創業に関わった加賀正太郎が大正から昭和初期にかけて建設。加賀は名峰ユングフラウに初めて登頂した日本人として、スイスと縁が深い。約5500坪の庭園は紅く色づいたもみじで溢れている。鮮やかな秋の香りに誘われるまま、童話のキャラクターや動物たちが遊ぶ絵本を旅してみよう。12月25日までの開催で、入館料は一般900円、高大生500円。京大の学生証・職員証の提示で100円引きとなる。喫茶室ではお菓子の家をモチーフにしたケーキと、スイスの伝統菓子「エンガディナー」を味わえる。(凡)

安藤忠雄設計の地中館へ続く階段。 紅葉に包まれ地下へ下る

安藤忠雄設計の地中館へ続く階段。 紅葉に包まれ地下へ下る

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