文化

1か月で絶たれたロシア留学生活 「侵攻」認識に溝、それでも

2022.06.01

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【3月8日、壁には反戦を表明する落書き。数日後ペンキで塗りつぶされていた】



ロシアがウクライナに軍事侵攻してから、3か月弱が過ぎた。戦争の余波で、留学先のロシア・サンクトペテルブルクを後にした京大生がいる。目にしたのは、戦時下という異常な状態の国家だった。(航)

3月14日の朝、張宇威さんはロシアからエストニアの首都タリンへと向かうバスの中にいた。周りには自分と同じ留学生もいたが、多くはロシア人だった。戦争が終わるまではもう祖国には帰らない覚悟をして、国外へ脱出するのだろう。ロシアを出る国境では、いつもより厳しい検問に引っかかって、タリンへの到着時刻は3時間も遅れた。タリンを経由してヘルシンキに向かい、日本に帰るつもりだったが、搭乗予定の飛行機が飛ばなくなり、ロンドンを経由するほかなくなった。数日後、ようやく取れた便の中で現在地を確かめると、大回りして北極上空を日本に向けて飛んでいることがわかった。「シベリアもサハリンも、飛べないんだな」と機内で思った。

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【オンラインでペテ大の授業を受ける張さん=5月13日、附属図書館】



張さんは京都大学法学部の3回生。今年の2月14日からサンクトペテルブルク大学(通称:ぺテ大)で学んでいた。戦車や戦闘機など軍事的な話題に興味があり、ロシアへの留学を強く希望。昨年の秋からの予定がコロナで延期になったものの、ようやく実現した。

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【2月17日、サンクトペテルブルク砲兵博物館にて】



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【3月8日、巡洋艦オーロラ。現在では博物館になっている】



思い描いていたロシア生活とは、少し違っていた。与えられた寮の一室でオンライン授業を受ける日々だった。感染拡大の影響で、大学のキャンパスには1回しか行かなかった。「実際のところ、多くの人はコロナを気にしていない感じだった。ペテ大は国立なので、政府の指示に従っていたんだと思う」と語る。

2月24日の朝、ロシアがウクライナに侵攻を始めた。対面授業の再開の兆しも見えていた時だった。周りのヨーロッパ人は早々と荷造りをはじめ、ロシアを去っていった。「アジア人は粘った方でした。自分が去る時、中国人と韓国人、中央アジア人が残っただけでした」。

「戦争が始まったが大丈夫か?」友人や家族から心配の連絡がいくつも送られてきた。日本の外務省と京大から帰国勧告も出たという。さらに、日本によるロシアに対するSWIFT(国際銀行間通信協会)排除が実施されれば、国際送金も滞り、自身の生活費すら払えなくなる恐れもあった。周りの日本人も続々と帰国していく中で、張さんは現地での留学を諦める決断をした。

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【市内で反戦デモも目にしたという】



「ロシア知識人のプライド」

オンラインではあるが、今もぺテ大の授業を受けている。授業はマイクロソフトのTeamsを使用しているが、張さんによれば「米国製のソフトなので、いつか制裁が来て使えなくなる可能性もある。ロシアによる通信の制限もあるかもしれない」。

受講しているのは、米露関係やロシア史、国際紛争管理の講義。講義を担当する教員の戦争への立場は多様で、中には政権を批判し、戦争に反対する教授もいた。

そうした点に「自分の良心を貫こうとする、ロシアの知識人としてのプライドが見えた」一方で、「現地で得た友人たちが、キエフへの攻撃は非難しても、ドンバス地域における武力の行使は容認している」ことに失望を表す。東部ウクライナ・ドンバス地方においてロシア語話者へのジェノサイド(大量虐殺)があったという情報を、張さんが出会った多くのロシア人が信じていた。自身や欧米・日本の見解との埋まらない溝を感じるという。

張さんがロシアで出会った友人の中には、現在日本の大学に留学しているロシア人もいる。今でも連絡を取るという。「ロシアには、やっぱり行きたい。その縁がなくなるのは寂しい」と話す。ロシア料理を味わうことも、文化を経験することも満足にはできなかった。異常なルーブル安で買い集めたロシア製の軍艦のプラモデルが今でも思い出の品だ。

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【2月18日、サンクトペテルブルク市内。ルーブル安の中、模型を買い集めた】



京大「ロシア留学不可」

5月25日現在、京都大学では、ロシアへ留学をすることはできない。侵攻をふまえて外務省がロシア全域の「危険情報」をレベル3に指定しているためだ。コロナ禍での海外渡航に希望が見えてきた中で、ロシアへの留学は戦争によって難しくなった形だ。

コロナ禍で京大は、「海外渡航にかかる可否基準」を定め、外務省の発表する「感染症危険情報」でレベル2または3に指定された国と地域への留学を禁止していた。張さんの留学も担当した京都大学国際教育交流課は取材に対し、「現地のコロナ情勢等を検討しながら例外的に海外渡航を許可する緩和措置を段階的に実施してきた」とした上で、「5月25日現在、ロシアは外務省の危険情報・感染症危険情報ともにレベル3に指定されているため、大学の制度を利用してロシアに留学することはできない」と回答した。