文化

みんぱくで、世界を周遊。 国立民族学博物館

2021.12.16

万博記念公園のゲートを抜けて太陽の塔の腕の下をくぐり、さらに奥に進んだところに国立民族学博物館、通称「みんぱく」はある。

研究施設とミュージアムとを兼ね備えたみんぱくは、これまで34万5千点もの資料を収集してきた、世界最大規模の民族学博物館だ。みんぱくで体験できる「世界周遊」とは、単なる比喩にとどまらない。研究施設として長年にわたって民族学研究を進めてきたみんぱくだからこそ収集しえた「本物」の資料の数々が、来場者を待ち構えている。今企画ではみんぱくの魅力に迫るべく、6つの展示を紹介する。(滝)

みんぱくとは

みんぱくは単なるミュージアムではなく、民族学の研究機関としての役割を担う施設でもある。民族学とは世界の諸民族の文化や社会を研究する学問である。グローバル化が進み、言語や文化の隔たりを克服していく必要がある今日において、民族学の研究・知識は異文化理解への大きな足掛かりとなる。

1977年の開館以降、資料の一般公開が順次行われてきた一方で、1978年から長期的な「特別研究」に取り組むなど、民族学研究の拠点としての役割を果たしてきた。2004年には大学改革の流れを受け、大学共同利用機関法人「人間文化研究機構」が発足し、みんぱくはその構成機関の1つとなった。

みんぱくは目標として「世界の諸民族の社会と文化に関する情報を人々に提供し、諸民族についての認識と理解を深める」ことを掲げている。運営方法の変更や改組を経つつ、「博物館を持つ研究機関」としてのあり方を模索してきた。2017年には本館展示の新構築が完了し、現在に至る。

また、京都大学がみんぱくのキャンパスメンバーズに加入しているため、京大生は観覧料が無料だ(一部展示を除く)。みんぱく利用の旨を伝えて学生証を提示すれば、万博公園のゲートも無料で通行できる。

展示場はオセアニア/アメリカ/ヨーロッパ/アフリカ/西アジア/音楽/言語/企画展示/南アジア/東南アジア/朝鮮半島/中国地域/中央・北アジア/アイヌ/日本にわかれている。ここでは、5つの地域と言語の6つを取り上げる。

目次

    オセアニア チェチェメニ号
    ヨーロッパ 東方正教会の祭服
    言語 ―地域を越えて― 世界の文字地図
    南アジア ドゥルガー女神像
    中国地域 チワン族の住居
    アイヌ 送り儀礼
    おわりに


オセアニア チェチェメニ号

みんぱくの展示はオセアニアブースから始まる。オセアニアは大陸であるオーストラリアと数々の島で構成されているため、海に関連する展示が他地域に比べて多い。その代表がチェチェメニ号という、ミクロネシア連邦のサタワル島で制作されたカヌー船だ。かつて、サタワル島から沖縄まで3000キロメートルの航海を成し遂げた。

全長8メートルという非常に大きなチェチェメニ号は、チケット売り場を抜けて展示場に進むと、真っ先に目に飛び込んでくる。また、7メートルもあるマストは天井よりも高いため、展示場に収めるために船体が傾けられている。その姿はまるで、風を受けながら荒波を進んでいるかのようだ。チェチェメニ号が大海原へ漕ぎ出していくさまにかけて、さあ、みんぱくでの世界周遊をはじめよう。

目次へ戻る


ヨーロッパ 東方正教会の祭服

オセアニアとアメリカを抜けると、次はヨーロッパブースだ。ヨーロッパの文化はキリスト教から多大な影響を受けており、キリスト教関連の展示がたくさんある。他の地域に比べて教科書などで馴染みがあるからこそ、展示を通じてヨーロッパ文化を再発見する楽しみがある。

みんぱくには、民族衣装や儀式のための礼服などの衣装が数多く展示されている。寒さの厳しい風土がうかがえるモンゴルの服や、日本ではそうそう見られない派手な装飾が施されたブラジルのカーニバル衣装など挙げ出したらきりがないが、数々の衣装の中から一番のおすすめを問われれば迷うことなく、東方正教会の大主教の祭服を選ぶ。

この祭服は、レプリカではなく実際にギリシャで収集されたものである。金色に輝くしなやかな布、精密に作られた黄金の冠と杖。それらが醸す神聖な雰囲気は、ギリシャを離れ、海を渡り、他の展示品とともに並べられても衰えることはない。息つく間もなく様々な展示が続くために、ともすれば「はやく次の展示が観たい」と気が逸ってしまう客の足を止め、見入らせる魅力と荘厳さがそこにはある。

目次へ戻る


言語 ―地域を越えて― 世界の文字地図

みんぱくには地域ごとのブースのほか、「言語」「音楽」というテーマ別のブースがある。区切られているとはいえ空間は一続きで、観客が博物館の世界観から抜け出す間もなく展示は進んでいく。そんな中で、言語ブースの入口ではロゼッタストーンが待ち構えている。この展示が醸す厳かさとそれまでとは異なる明るい照明は、「違う展示に入るのか」と観客に新鮮な気持ちを与える。

このブースは、他の場所に比べて体験型の展示が多い。たとえば、タッチパネルを操作して、主語、動詞、目的語、補語の順番を指定すると、その語順の言語を教えてくれる機械がある。また、『はらぺこあおむし』『星の王子さま』の様々な言語での訳本があり、自由に読むこともできる。さらに、日本各国の方言で語る『桃太郎』を聴くことができる機械もあり、世界の言語だけでなく日本国内の言語の多様性をも取り上げている。ぜひ地元の言語で『桃太郎』を聴いてみてほしい。

写真は、世界の文字を地図上に示した展示だ。日本語や中国語などのなじみ深いものはもちろん、シュメール文字やアラム文字など消滅した文字も載っている。各文字にサンプル画像がついているのだが、日本語のサンプルが「こんにちは」や「ありがとう」ではなく、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」であるところに、趣を感じはしないだろうか。

目次へ戻る


南アジア ドゥルガー女神像

東南アジアブースと、ここで紹介する南アジアブースは、みんぱくの中でもとりわけエキゾチックな雰囲気を持っている。仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教……長い歴史の中で、様々な宗教が興隆したインドらしく、このブースでは宗教関連の展示が目を引く。

インドでは同じ宗教内でも地域ごとに違いが生じている。ヒンドゥー教はインド全体で信仰されているが、神々や信仰の形は地域によって多様であり、同じ時期に同じ神を祀る祭礼が行われることは稀だ。そんな中ドゥルガー女神を祀る祭礼は、地域によって祭礼の中身に違いはあるものの、例外的に同じ時期に南アジア全体で行われている。みんぱくで展示されているドゥルガー女神の像は、インド東部の祭礼で用いられているものである。女神像は祀られたのち、祭礼の最終日に川や海へ流される。

この像は戦いの神であるドゥルガー女神がマヒシャを討伐する様子を再現しており、武器を握る複数の手は赤い血で塗られている。日本で「神」というと七福神のような穏やかな表情が想起されるため、この女神像をなんの説明もなく見た場合、ドゥルガーとマヒシャのどちらが祀られる対象なのかがわかりづらいかもしれない。しかしよく見ると、ヒンドゥー教で神聖とされる牛がマヒシャに踏みつけられて死んでいるのがわかる。牛というモチーフを登場させることでマヒシャが「敵」であることを象徴し、それを獅子に跨った女神が討伐する。映像のように動くわけでもなければ文字で説明されているわけでもないのに、祭礼の根本にある神話のストーリーが初めて像を見る人にも伝わるというのは、文字通り「神業」ではないだろうか。

目次へ戻る


中国地域 チワン族の住居

南アジア・東南アジアを抜けると、朝鮮半島、中国と続く。次第に地理的にも文化的にも日本に近づいてきているが、新鮮で刺激的な展示がまだまだたくさんある。

みんぱくの展示の醍醐味の1つは、ただ鑑賞するだけでなく、体験できる展示がたくさんあることだ。楽器を鳴らしたり、アフリカのカフェで席についてメニューを眺めたり、フィリピンのバスに乗ったり、ゲルの中に入ったりもでき、世界旅行気分をいっそう盛り上げてくれる。

チワン族という中国最大の少数民族が2011年まで実際に住んでいた家を再現した展示も、体験型展示の一つだ。建物内に一歩入り、部屋の様子を体感できる。みんぱくで展示されているのは人が生活していた2階部分だけだが、実際は高床式の建物であり、1階部分では家畜を飼っていたという。またチワン族はベトナム北部・中国南部で暮らしており、高校世界史で学ぶドンソン文化の「銅鼓」はチワン族の伝統文化である。なお、この銅鼓は東南アジアゾーンで本物を観ることができる。

独自の文化を発達させてきたチワン族だが、住居の入口正面には漢字が用いられている祭壇があり、漢民族からの影響もうかがえる。また、入って右の子供部屋には中国語の母音のポスターが張られている。母国語はチワン語ではあるが、都市部に住むチワン族の人々は中国語(広東語)を用いているのだという。チワン族の子どもたちも、外国語を学ぶ日本人のように表を眺めながら発音の練習をしているのか、と思いを馳せてみてほしい。

目次へ戻る


アイヌ 送り儀礼

中央アジアを抜けると、残すところはアイヌ、日本の文化のみ。長い世界周遊もいよいよ最終章に差し掛かっている。他の地域よりも格別に馴染みが深いからこそ、新たな発見があった際の感動もひとしおなブースだ。

写真は、アイヌの送り儀礼を再現した展示である。アイヌ文化には「カムイ」という概念が存在する。これはよく「神」と訳されるが、一神教における神とは異なる。人間以外の動物や自然など、人間の思い通りにはならない存在、恩恵をも被害をも与える存在、それをアイヌではカムイと呼んでいる。アイヌの人にとって動物を狩ることは、動物の魂を人間界に呼び寄せることだった。送り儀礼とは、その魂をカムイの世界へ送り出す儀式である。とりわけクマは重要な山のカムイであり、送り儀礼も盛大かつ厳粛だ。

1匹の動物を狩るのに成功したとしても、相手はカムイ、すなわち人の力が及ばない存在だと心得て、恵みに感謝しつつ再訪を願う。アイヌの人々が長い年月をかけて確立してきた自然との関わり方が、この展示からはひしひしと伝わってくる。

目次へ戻る


おわりに

ここまで編集員おすすめの展示を厳選して紹介してきたが、みんぱくには数多くの展示があり、その魅力を1日で知り尽くすことはできない。行くのが何度目であろうと、新たな気づきと出会いがある。

「世界へダイブ」。これは、みんぱく友の会のポスターに書かれたキャッチフレーズである。

この言葉は、冒頭でも触れたみんぱくの魅力をまさに表していると言えよう。博物館かつ研究施設であるみんぱくには、研究員がフィールドワークで現地に赴いて収集した「本物」がたくさんある。

ぜひ一度、みんぱくに行ってみてほしい。実際の展示を観て、触れて、体験して、現地の人々の生活や文化に思いを馳せてほしい。さあ、世界へダイブしよう!

本館展示の観覧料
 一般580円、大学生250円、高校生以下無料(京大生は学生証の提示により無料)
開館時間:
 10時〜17時(入館は16時半まで)
休館日:
 毎週水曜日(※ただし、水曜日が祝日の場合は翌日が休館日)と年末年始


目次へ戻る

関連記事