企画

【寄稿企画】一橋大学寮における寮費と留学生居住の問題

2019.05.16

京大ではいま、吉田寮を巡って、裁判が始まった。大学当局が法的手段を用いて、学内問題の解決を第三者機関に委ねたことには学生のみならず学内の教員からも異論が出るなど、波紋を呼んでいる。

吉田寮の問題では、寮費や寮生の自治が、争点のひとつになっている。また、女子寮では、今年春に完了した建て替えに際して、「維持管理費、他大学の寄宿料、学生の経済的負担等を総合的に勘案した結果」(本紙の取材による)として、寮費が4百円から約60倍の2万5千円に値上げされた。

今回の企画では、寮費の大幅値上げを含む学生の福利厚生縮小が起こった、一橋大学の寮に住む学生に、何が起こり、学生の立場からどのような取り組みがあったのか、寄稿という形で報告してもらう。    (編集部)

はじめに

一橋大学一橋寮(イッキョウリョウ、小平国際キャンパス内にあり学内では小平国際学生宿舎とも呼称)、国際交流会館の寮費値上げ問題(以下「値上げ問題」)は、寮生に向けて昨年5月30日に突如送られてきた一通のメールによる通知に端を発する。メール内容は上記2寮の寮費値上げの「決定通知」であった。値上げ幅は4〜5倍(例えば小平寮単身室5千9百円→2万4千円、家族用居室1万4200→6万4千円)であり衝撃を受けるに十分なものだった。すぐさま学生・院生の有志により反対運動が展開されることとなる。運動は、一橋寮に住む留学生の一部によって結成された小平寮寮生協議会、中和寮自治会、院生自治会など各種の団体による共闘体制であった(残念ながら国際交流会館との連携はとれなかった)。

結果から言えば値上げは行われてしまった。本学における制度変更は、まるで災害のように突如として降って沸き、学生生活を直接に左右するものとなった。そうした中で、私たちはこの運動によって得られた実感から何かを形にし、引き継がなくてはならない。以下では、約120名の大学院生を擁し、値上げ反対運動の中核を担った中和寮生の立場から、寮費値上げ問題、それと密接に関わる留学生の居住問題、また中和寮生の自発的な取り組み、これらの3点の内実を報告したい。

値上げ問題 突然の通知

まず、値上げ問題の経緯である。先述のように、値上げ問題は2018年5月30日のメール通知で発覚した。値上げの根拠は、維持経費の増大、老朽化の更新費用不足、研究教育予算への圧迫であった。また翌31日には、一橋寮と中和寮の学生代表、教員、学生支援課、寮管理職員で行われていた意見交換・協議の場である「プラザ会議」を当分開かないと通達された。突然の「決定通知」と意見交換の場の廃止、これは学生に大きな動揺をもたらした。

値上げ対象になった一橋寮・国際交流会館は、主に学部生を中心とする寮であるが、中和寮も寮自治を守る立場から危機感を持ってこれに対処した。中和寮自治会には、一橋寮に住む留学生院生より以上の情報が入り、すぐさま院生自治会も含めた三者で協力体制が取られることとなった。6月中は繰り返し三者で懇談を行い、中和寮では、臨時も含む2度の寮生大会で以下の対応が決定される。中和寮全体で一橋寮有志へ協力体制をとること、値上げの経緯と根拠の合理的な説明、値上げ改定の見直しを議題とし協議の場を持つことを要望書にて大学に求めること、各寮での署名・ポスティング運動である。中和寮生からは、「中和寮へ値上げが波及する」、「まずは合理的な説明がなされるべきでは」といった多くの意見が出された。これらの動きに際し、以前から値上げ問題対策を主な専門として設置された係である特別班と有志の面々が集い、以後率先して動くことが確認された。寮生大会には寮生の半分程度50人ほどが参加し、民主的な手続きを通じて決定が行えたこと、また活動するメンバーとして多くの有志が短期間に集まったことは、今回の危機の内にあって喜ばしい経験であった。

その後の動きでの重要な契機は、寮専門委員会のトップ、沼上副学長が直接出席した7月7日説明会(小平国際キャンパスにて)である。何故ならこの日、今後の一橋大学では、学生寮は「厚生施設」としての理念・意義を失い「受益者負担」の考えのもとで運営されることが示されたからだ。当日、中和寮生・一橋寮留学生は大学の許可を取った上で、直接副学長に意見を伝えるべく会場に潜り込んだ。内容は、想像はしていたが我々にとっては最悪だった。副学長によれば、値上げの狙いはとりわけ「赤字」解消(年間8千万円)にあり、新料金は調査した市場価格に比して決められたという。要するに寮生が他の学生と同じように負担を負えというわけだ。これは、寮の「赤字」が寮生以外の学生へのサービスを削っているとの発言があったことからもわかる。加えて、浮いた資金の使い道や、値上げ後の料金では暮らしていけない学生への対策は未決定であり、計画への不信は増した。この二点は2019年度現在でも変化はない。さらに、今回は値上げ対象とならなかった中和寮も、今後の値上げが示唆された。会場の中和寮生からは、厚生施設としての寮の役割を訴えたり、今後の対策の不確定さを指摘し、値上げ計画を見直すべきとの訴えがあったが、副学長は、寮費問題は「経営の問題」に属し学生からの意見交換を行う問題ではないとした。当局とは、寮運営は学生と大学側との話し合いの下で行われる旨の確認書が存在するにも関わらず、6月に各団体が出した要望書は無視され、協議の場もなかった。

7・7説明会後も、値上げが確定される7月24日の経営評議会を前に、活動は続いた。値上げ反対集会を開催決定、ツイッターアカウント「一橋大学学生寮の寮費値上げに反対する集会」を作成、署名、各所へビラまき、立て看作成、要望書の提出などである。最終的に署名はウェブ、紙合わせ540名、個人名での陳情書40名が集まり当局に提出した。その間、全国の学生寮の寮費及び値上げ実績を各大学に問い合わせ調査したところ、「赤字解消を目的とした値上げ」は前例がないことが判明した(ちなみに京大は「学生主導の運営につき不明」と回答)。集会ではこの調査結果の他、各団体により、本問題の要点や過去の取り決めが確認され、また7月23日付東京新聞朝刊に本集会も含めて値上げ問題についての記事が掲載された。

以上の問題の根源は、現大学執行部が運営の意思決定プロセスを完全にブラックボックス化していることにある。一部の人間の意志決定が学生・院生の生活を暴力的に変える現状を打破しなければ、本学は学問の基本である「議論」を「経営の問題」と切り捨てる「企業」となり果てる。この現状は、次項の留学生居住問題にも当てはまることだ。

値上げ後の留学生居住問題 ハードル高い継続居住

値上げ問題によって、結果的に多くの留学生が寮から追い出される事態が生じた。原因は改修計画と選考方式の改定である。値上げされた一橋寮・国際交流会館では、来年度からの改修が発表され、入居可能数の減少が生じ、加えて入寮抽選は新入寮生が優先され、継続居住を希望する学生・院生の抽選通過率が下がり、日本人学生・留学生ともに継続居住者があぶれた。改修は値上げとは別の計画だと当局は主張するが、改修をする余裕が既にあるならば値上げの必然性は疑わしいにも関わらず、学生の負担だけが増加した。

中和寮でも、選考方式の変更のために留学生が退去せざるを得なくなった。これまで留学生は継続・新規希望者が一斉に各年の抽選で選考されていた。新規入寮者が優先されるという条件はあったが、各寮の寮費に隔たりが無く、選考された者を機械的に割り振られていた。しかし今回は、予め希望者に第一から第三希望までを聞いた上で抽選が行われたため、寮費の安い中和寮に新規希望者が集中し、入寮可能者数の上限に達した。従って、中和寮に継続して住みたいという留学生のうち一名を除くほとんどが退去を迫られた。しかも中和寮は値上げとは関係ないという当局側の認識からか、今回の変更について大学から中和寮生への公式のアナウンスは皆無であった。加えて入居年限の差異の問題もある。これまで日本人学部生は2年、院生は修士・博士の課程年限まで許可されるが、留学生は1年という違いがあった。値上げと同時に一橋寮・国際交流会館では留学生も日本人と同様の条件になったが、中和寮は1年のままだ。値上げと入居年限改定がトレードオフとなっており、長く住みたければ高い寮費を、ということになる。さらに相対的に安価となった中和寮は、ここを第一希望とする新規入寮者が多く、かつ彼らが優先されるため、前年度までの居住者はほぼ確実に転居を迫られる。また、日本人と同条件になった一橋寮・国際交流会館でも、新規入寮希望者が多ければ、そもそも継続入居が難しいという事情は変わっていないだろう。

中和寮自治会はこうした選考方式の改悪に対し、当局に再三の見直し要求を行ってきた。例えば、留学生の選考を、単なる抽選ではなく、日本人学生と同様に経済的困窮度に基づいて選考すべきこと、また入居年限も課程修了までとすべきと提案してきた。値上げされた寮では年限は改定されたが中和寮は据え置きだ。当局は、海外各国での所得を証明する書類が正規の数字と判断できないとか、通貨レート計算への負担などを挙げ、上記の提案を拒否している。だが他方で留学生の授業料免除申請では、自己申告に基づく経済的困窮度によって審査が行われている実態がある。つまり寮選考でも授業料免除と同じ方法を採用すれば、留学生も日本人と同じ選考方法を取ることは不可能でないように思われる。この点、自治会が入寮選考に関われておらず選考方法に突っ込めない弱みを痛感した。

また、寮以外の問題からも留学生は脅かされている。2018年度をもって、大学が連帯保証人となる制度が廃止された。民間アパートを借りるために留学生には必須の措置が廃止されてしまったのである。加えて、同年度で国際課(いわゆる留学生課)が解体され、留学生は自身にかかわる問題について頼るべき部署を失った。大学担当者に聞けば、「一橋はグローバル化に適応しており、留学生を特別扱いしない」という高尚な理念があるようだ。留学生数は、海外協定校からの交換留学生の受け入れ増を進めているために年々増化している。しかし、大学は留学生政策に必要な措置を減らそうとする傾向にあり、留学生や留学生と交流している学生にも精神的・経済的ダメージを負わせている。これが当局の「グローバル化」だというのなら、憤慨を禁じえない。

寮での取り組み 自治とは何か問い続ける

以上で寮費値上げ問題と留学生問題を見てきた。これらの問題は、対峙した学生にとって自治とは何かを改めて問う機会を作った。大学当局の管理に抵抗する中で、翻って自分たちの自治のあり方はどうかという問いが生じたためである。性別、国籍、学年、年齢など様々な点で多様性を持つ寮生共同体の生活とはどうあるべきか。中和寮では値上げ問題を経て、それに注力した寮生を中心に、新しい取り組みが始まったり、トピックを共有する寮生同士で自発的に話し合いが持たれるなどの動きが活発化した。そこには、自治とは、共同体とは何かという問いが背景にあるように思われる。

例えば、日々の不安・疑問を共有する会が発足した。男性中心的になりがちな寮内・学内、あるいは日本社会でのジェンダーにかかわる話題を共有し議論し合う場としての「ジェンダーについて語る会」では、ティーチインのような形で身近な問題や、注目すべき文学作品の評価まで、広く議論が交わされている。知の共有という面では、各々の専門分野を持つ寮生の共同体ながら、互いに何を研究しているのか知らないという疑問から、互いに知を共有するために中和寮自主講座が開催された。寮外・学外からの参加者もおり、有意義な場となった。さらに、寮生が自由に知識や意見を発信する場がほしいという観点から、寮内雑誌「中和月報」が創刊され人気を博している。こうした取り組みは外部圧力に対抗する場合とは異なる向きのものだ。しかし、根は同じく、自らの生活を自らで営むという意識にある。この意識を共有するであろう全国各自治寮(京大の自治寮含む)との交流も、学外に目を向けた寮生によって始まった。今後わが自治会主催でシンポも企画されているようで期待がかかる。

もちろん関心の度合いの差や、忙しさを抱えつつの状況は続き、取り組みを如何に継続するかには課題が残される。中軸メンバーが近年の執行部を主として、一定となりつつある課題や、値上げを許し、留学生の仲間を失ったという現実を受け止める必要もある。ただ、中和寮で様々な取り組みが行いうる基礎は、これまで長く寮自治会が存続し、外に内に活動を続けてきたことだ。今も危機は去ってはいないが、これまで述べた運動、取り組みの内実を知るものとして、寮内はもちろん、学内他団体、全国各自治寮などと協力を密にし、今後もこの経験を記録し引き継いでいこうと考えている。
〈了〉

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【文責】

小島雅史(一橋大学大学院・社会学研究科博士3年、中和寮C206)

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