企画

緊急特集:吉田寮退去の「基本方針」を検証する

2018.01.16

はじめに 2018年9月を吉田寮退去の期限とすることなどを定めた「吉田寮生の安全確保についての基本方針」が昨年12月19日の部局長会議および役員会で決定された。築後100年経過し耐震基準を満たしていない吉田寮現棟について、「老朽化問題は未解決のまま残された」と基本方針は述べる。

実際には、吉田寮現棟の老朽化対策は決して何も議論が進んでいないわけではない。2012年9月には赤松明彦・学生担当理事(当時)と吉田寮自治会の間で、新棟建設の合意と同時に、現棟老朽化対策について補修が有効な手段であり補修の実現に向けて協議を続けることが確約されている。建て替えを望んできた京大当局も、この頃に補修の選択肢を視野に入れたわけである。やがて新棟の設計も決まり着工へと歩を進めた頃、2013年8月に当局からひとつの現棟補修案が提示された。寮自治会も対案を出し、補修に向けた協議が本格化する。

ところが、総長選を挟み担当理事も交替してしばらくすると、2015年3月を境に当局が団体交渉に応じなくなる。後に杉万俊夫理事(当時)は、他の理事が団交開催に反対していたと説明した。以来、現在に至るまで現棟老朽化対策の議論は停滞している。その間、当局は団交拒否の姿勢を明確にする一方で、現棟補修に対しては曖昧な態度しか示していない。

補修に向けた交渉の経緯や提示されている補修案は基本方針で全く触れられておらず、部局長会議でも説明されていないようだ。そこで基本方針に代わって本紙が説明する。
  • 吉田寮の退去期限を通告
  • 資料編
  • 交渉は補修に向けて進んできた

    現棟の補修に当たっては建築基準法による制限が問題となる。特に影響が大きいのは面積制限で、京都大学周辺が準防火地域に指定されているため、木造建築物は延べ面積(各階の面積の合計)を500㎡以下(準耐火構造を満たした木造建築物なら1500㎡以下)とする必要がある。3000㎡を超える吉田寮現棟は、建築基準法の施行前に建築されたため違反建築物とはされないが、大規模に補修するとなれば改めて同法に適合させなければならない。ただし木造建築物であっても、一部を鉄筋コンクリート造などの耐火構造にして木造部分を複数に分割すれば、それぞれの木造部分が基準面積の範囲内である限り、建物全体では面積制限を回避できる。吉田寮新棟もこの方式を採用している。

    2013年8月に当局が提示した現棟補修案も同じく、管理棟とそこから東に伸びる3つの居住棟との間をそれぞれ鉄筋コンクリート造に置き換えるなどして建築基準法の要求を満たそうとしたものである〔図1〕。

    この案では現棟の東半分を撤去することになっている。これについて当局は、建築基準法への準拠に加えて、土地の有効利用を考えていると説明した。2階建ての低密度な施設で土地を占めるより、階数の多い建物で土地を使いたいという意図である。しかし、現棟の半分を撤去するものを補修とは言えず、また現棟の収容人数が大きく減ってしまうとして寮自治会はこれに反対し、当局はこの補修案を取り下げた。寮自治会は対案として、鉄筋コンクリート造への置き換えなどをせずに出来る限り現状を保存したいという観点から、「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」の活用を提案する。

    京都市条例案

    建築基準法には適用除外となる場合がある。国指定の重要文化財のほか、地方自治体の指定する文化財やその他歴史的建築物も自治体の条例に基づいて適用除外にできる。適用除外となれば、建築基準法に適合しない部分があっても違反建築物とはならず、建築当時の意匠を最大限保存することができる。そうした条例を京都市が定めており、それを吉田寮現棟に活用しようと寮自治会は考えた。京都市が2006年に調査してまとめた近代化遺産のリストのなかに吉田寮現棟も含まれており、条例の対象となる可能性はあるだろう。また2015年5月に日本建築学会近畿支部が、同11月には建築史学会が山極総長に宛てて吉田寮の保存要望書を提出している。

    大学が同条例を活用した事例もある。2012年に龍谷大学は条例を活用して京町家(1861年建築)を改修し、後に「深草町家キャンパス」として開設している。仮に建築基準法に準拠して改修するならば、他の建物と隣接する部分の外壁や軒裏を防火構造にすることなどが必要だった。防火構造部分には鉄鋼モルタルなどの不燃材料を使用しなければならず、もとの木材は使えない。そのため意匠の保存が困難であった。しかし条例を活用することで、意匠を保存しながら、代わりに壁や階段の増設などにより安全性を確保している(国交省資料による)。

    もちろん、深草町家キャンパスと吉田寮現棟では条件が異なる。吉田寮現棟は深草町家キャンパス(敷地面積約500㎡)よりはるかに大規模であり、面積以外にも建築基準法による本来の制限も大きい。また人が住む施設であるため求められる安全性も変わるだろう。

    京都市条例を活用した現棟補修案は、2014年1月に吉田寮自治会から大学当局に提示された。当局は安全性の確保に懸念があるとして難色を示した。対して寮自治会は、建築基準法の制限が画一的で柔軟性に欠けていると指摘し、吉田寮の個別的な事情に応じた安全対策を考えることを主張した。

    中断しつつも議論は進む

    補修に向けた議論が軌道に乗り始めたかと思うと、2月、赤松理事は自身に代わって老朽化対策に関する当局の意見をまとめる全学委員会を、交渉の進みが遅くなるとして寮自治会が反対していたにもかかわらず設置した。以降、交渉の焦点が全学委員会の是非に移り、補修の議論はしばらく進まなかった。全学委員会は一度も開かれないまま9月に廃止されることとなったが、同時に赤松理事の任期も終わりを迎えた。

    10月から総長が替わり、学生担当理事には杉万俊夫氏が就任した。理事の交替に伴い確約の引き継ぎが交渉の中心となる。学生担当理事は吉田寮の運営について一方的な決定を行わないなどの項目からなる確約を吉田寮自治会と代々結んできた。杉万理事は2015年2月12日に確約を結んだ。そして2月19日、吉田寮新棟の完成も間近となるなかで、ようやく現棟補修の話が再開される。

    この日の交渉のなかで杉万理事は、2015年度の新規入寮募集を自粛してほしいと提案した。現棟の安全性を理由として寮生に完成後の新棟へ転居してもらい、まず新棟の定員に相当する現棟の2/3を空けた上で、補修方法を検討するための調査を行うというのが杉万理事の考えであった。しかし寮自治会から、具体的な調査計画も決まっていないのに調査ありきで話を進めるのはおかしく、補修案が固まってから必要な調査を考えるべきでありプロセスが逆だと批判を受ける。また入寮募集の自粛を求めるのは自治会の持つ入退寮選考権の侵害だとも追及され、提案はその場で撤回された。
    続く3月9日の交渉で杉万理事は、寮自治会の協力しやすい京都市条例案で良いという考えを示した。しかしその一方で、京都市条例案に反対する理事がいることにも触れた。一例としてあげられた反対理由は、当局の提示した補修案でも念頭に置かれていた「土地の有効利用」であった。寮自治会は反対理由をまとめてくるよう求めた。

    停滞する交渉と一方的通知

    その後3月19日にも交渉は予定されていたのだが、この日は寮自治会がキャンセルを申し出た。その後、寮自治会が要求しても団交は開かれることなく、結局、3月9日が停滞前最後の交渉となった。
    団交が開かれないまま、同年7月28日に当局は入寮募集停止を要請する通知を出す。2月と同じく、安全性を理由に現棟の居住者を減らす必要があるという考えに基づいていた。一方的な通知は確約違反だとする寮自治会の抗議を受け、29日と30日に約4ヶ月半ぶりの団交が開かれた。

    7月30日の団交のなかで寮自治会は改めて、調査等のために部屋を空けることが必ずしも必要だとは限らず、調査内容が明らかでないのに寮を空けることには合意できないと批判した。同時に、合意の上であれば調査や補修のために部分的に寮を空けることは可能だとの姿勢を示した。通知は確約違反と杉万理事は認めたものの、結局、当局は通知を撤回しなかった。

    寮自治会は8月4日に抗議声明と山極総長宛の公開質問状を発表した。8月17日に回答されたが、山極総長によるものではなく、執行部で協議した結果を杉万理事の名義で伝えるものだった。「吉田寮自治会と大学当局がこれまで行ってきた大規模補修に向けた取り組みについて、山極総長はどのように考えているのか」との質問に対しては、「これまで吉田寮自治会と大学当局が行ってきた話し合いを踏まえつつ、現棟の耐震化を検討したいと考えています。そのためには、まず現棟を居住者のいない状態にして、部分解体を含む詳細な調査を行い、「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」適用の可能性も含め、どのような耐震化が可能かなどを精査する必要があります」と答え、改めて現棟を空けて調査を行う意向を示した。

    回答を受けて寮自治会は9月10日に再度抗議声明を出し、調査や補修工事は「福利厚生機能(経済的に困窮している人でも低廉な費用で居住空間が提供されること)」を極力損なわない方法で行うべきだと主張した。3棟ある居住棟を全て同時に空ける必要はなく、1棟ずつ補修すれば収容人数の減少を抑えられるという考えである。そして1棟ずつであれば、入寮募集を停止しなくても部屋割りの工夫によって空けることができるという。実際、当局が予算をつけられなかったために頓挫したものの、2006年に吉田寮現棟の補修計画がまとまったときは、入寮募集を続けながら現棟の1/3を空ける準備ができていたそうだ。寮自治会は「現段階で調査や工事のために入寮募集を停止する蓋然性はない」として入寮募集の継続を宣言した。

    団体交渉(大衆団交)を拒否する当局

    8月4日の公開質問状で寮自治会はほかにも、山極総長に対して募集停止要請の通知に関する団体交渉をいつまでに開くのか尋ねている。山極総長は吉田寮自治会と話し合うつもりはあると、杉万理事が述べていたことが背景にあった。しかし回答は「話し合いをより実りあるものとするために、学生側・大学側双方5人程度の代表者による具体的かつ建設的な話し合いができる円卓会議を設置し、十分な議論をしていくことを提案」するというものだった。

    寮自治会は9月10日、抗議声明とともに公開質問状を提出し、「円卓会議」について「あまりに提案の内容や意図が不明瞭であり、従来継続してきた団体交渉とは異なる議論方法を提案する理由も分からず、検討に付すことが出来ない」とした上で、「従来寮自治会と大学当局が確約団交体制に則り具体的な議論を行なってきたのに対して、敢えて異なる議論方法を提案する理由は何か」など、その詳細を問いただした。しかし現在に至るまで回答はない。

    9月30日、杉万氏は健康上の理由で理事を辞任した。後任には川添信介氏が選ばれ、11月1日付で就任した。

    この頃まで約2年間、学生生活委員会第三小委員会は吉田寮自治会との話し合いを拒否していた。第三小委は学生寮に関する事項を審議する機関で、理事が交渉に当たる前に寮自治会と意見調整(予備折衝)をする役割を担ってきた。寮自治会は第三小委の話し合い拒否に対して抗議を続けていたのだが、その間に委員が入れ替わったこともあり、2016年1月に予備折衝に応じるようになる。

    1月22日、第三小委員会と吉田寮自治会の久々の予備折衝は従来の大衆団交形式で開かれた。議論の中心は交渉の形態であった。第三小委は川添理事の意向を踏まえて団体交渉でなく少人数の話し合いをしたいと提案したが、権力差のために一方的な意見聴取の場になりかねないとして寮自治会は従来形式の継続を求めた。また川添理事が交渉の場に来ることを要求したが、第三小委は「伝えておく」と述べるに留めた。議論は平行線を辿ったが、次回の予備折衝も同じ形式で行うこととなった。この日第三小委を通じて提案した交渉の形態を、後に川添理事自身が「吉田寮自治会との話し合いのあり方等について」(3月7日)という文書にまとめて寮自治会に提示している。

    2月29日、2度目の募集停止要請が出る。寮自治会が厚生課窓口へ抗議に行き川添理事との面会を求めたのだが、職員には川添理事から自分に取り次がないよう指示が出ていたという。また、少人数の代表者との話し合いになら応じるという川添理事の意向を職員が明らかにした。寮自治会は3月4日に抗議声明を出し、川添理事の意向に対して「関心のある当事者を説明・話し合いの場から排除することは、多様な立場性をもつ多数の寮当事者が自らの与り知らぬところで物事を決定されることにつなが」ると批判した。

    川添理事は機関紙『CampusLifeNews』(2016年3月31日・第2号)のなかで「私は、老朽化問題解決のためにも、吉田寮自治会と直接に対話したいと常に願っています。ただ「団交からの訣別」だけが条件です」と自身の意志を表明している。

    後退する老朽化対策

    同年5月19日の予備折衝で寮自治会は第三小委員会に対し、京都市条例による現棟補修案を改めて説明した上で、当局がこれを検討しているのか尋ねた。しかし第三小委は検討状況を何も把握しておらず、今後確認することとなった。続く7月20日の折衝で第三小委は、川添理事に確認したところ補修案は現段階で白紙であると表明する。それまでの補修に向けた議論を踏まえていないような発言に寮自治会は不信感をあらわにしながら、前回の予備折衝から2ヶ月経ちながら当局内で何も検討されていないことを批判した。第三小委も川添理事に補修のロードマップを示すよう求めているとのことだった。寮自治会は次回折衝に最大限情報を持ってくるよう要求し、第三小委は出来る限り誠実に対応すると応えた。しかし、その後予備折衝は開かれていない。

    7月20日の予備折衝のなかで、第三小委から寮自治会に入寮募集停止の要請があった。26日、寮自治会は今回も抗議声明を発表した。同時に出した公開質問状では、山極総長と川添理事に、現棟補修に対する見解を尋ねた。8月4日までの回答を求めていたが、なかなか回答がないため、8月末に寮自治会が厚生課窓口を訪問すると、文書では回答せず、少人数の話し合いで質問してくれれば回答するという川添理事の意向が伝えられた。答えられないならその理由を何らかの方法で示すよう寮自治会は要求し、9月5日にメールで返事が届いた。「老朽化対策の緊急の必要性を認めつつ、自治会側の提案も含めて、検討を進めていくこととし」た上で、「このメールをもって回答とし、さらなる回答は行わない」というものだった。

    それから1年以上経過し、2017年12月19日に「基本方針」が定められた。退去期限を設定し、それ以降も居続ける者は民法上の「不法占有」に当たるという。吉田寮自治会は今回も抗議声明と公開質問状を出している。12月22日の川添理事に宛てた質問状に対して回答は12月28日に来た。基本方針で補修案(京都市条例案)に言及がないことについて「補修案を取り下げるということを意味するのか」との質問に、川添理事は「補修案を大学として機関決定したことはない」と回答した上で、「吉田寮現棟の老朽化対策については、本学学生の福利厚生の一層の充実のために収容定員の増加を念頭に置きつつ、検討を進めていく」と続けている。

    まとめ

    現棟老朽化対策について大学当局は、2016年9月に「検討を進めていく」と言った上で、2017年12月にも「検討を進めていく」と述べている。この1年3ヶ月の間、どんな検討を進めてきたのだろうか。機関決定には至ってないとしても、自治会側の提案している補修案について何かしら検討しているはずだ。本紙が取材したところ「大学として審議したことはありません」という回答が得られた。

    すでに提案されている補修案について、団体交渉を拒否していても、当局内で検討できることはあるはずだ。しかし、老朽化対策が必要だと言いながら、寮自治会の案を採用するわけでなく、提案から4年近く経つのに対案を出すわけでもない。その代わり、2015年7月の1回目の時点で老朽化対策の進展に何ら寄与しなかった入寮募集停止の要請を、5回にわたって繰り返してきた。

    当局が団体交渉を拒否するのはそれ自体の性質のためであり、補修に向けた議論の中身に問題があったのではない。交渉形態をめぐって意見が合わなくても、互いに老朽化対策を進める意思があるのなら、何らかの方法で意見を聞いたり伝えたりすることはできるはずだ。吉田寮自治会は補修案に対する見解を文書で求めた。対して当局は(当初)、文書での回答を拒み、あくまで自身の望む交渉形態に固執した。

    そして当局はついに「不法占有」をちらつかせた強権的手段に乗り出した。しかし相変わらず、老朽化対策について具体的な言明はない。

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