文化

教習所体験記 予想外に大きいMT車・AT車の難易差

2012.04.01

母は言った。「免許を取るなら合宿に行きなさい」。

通学免許には期限というものがあって、入学から9カ月以内に卒業検定に受からなければもう一度最初からカリキュラムをやり直さねばならず、お金も全額払い直しになる。だがお前のような者が期限内に卒業できるわけがない。途中で面倒くさくなって教習所に行かなくなり、やがて「時間切れ」になるに決まっている。そう言うのだ。

残念ながら母の言葉はもっともであるように思われたので、先輩を誘って免許合宿に行くことにした。ちなみに場所は長崎県佐世保市。まだ寒い時期だったのでなるべく暖かい所へ行きたいという狙いだった。

「マニュアル、オートマどっちにする?」。先輩に聞かれた私は軽い気持ちで「マニュアル」と答えた。正直言ってその時の私は両者の違いなどろくに理解していなかったのだが、「マニュアル(MT)」の方が「オートマチック(AT)」より難しくてエライというような話を少し聞いたことがあったし、何より先輩もマニュアル車を選択していたので卒業日を合わせる意味でもちょうど良いと考えたのだ。

しかし、いざ入校して実車教習を行ってみると、私はMT車の扱いに大いに苦戦することになる。MT車にはアクセル、ブレーキの他に「クラッチ」という第3のペダルが存在することを、私は知らなかった。AT車がブレーキを離すだけで勝手に発進するのに対し、MT車の発進が、①クラッチとブレーキを踏んでおく②ブレーキを離す③クラッチを踏んだ状態でアクセルを少しだけ踏む④アクセルを徐々に踏み込みながら少しずつクラッチを離していく、と いった手の込んだ順序を必要とするものだということも、もちろん知らなかった。

ギアの変速を自力で行わなければならないことも辛かった。ギアチェンジのたびにアクセルを離すだのクラッチを踏むだの再びアクセルを少しずつ踏み込むだのといった作業に追われることは、まだハンドル操作もおぼつかなかった当時の私にとってはいささか大きすぎる負担だった。

そして迎えた運命の教習3日目。その日の教習で私はその後の教習所生活の伴侶となる相棒、AT車に巡り合うことになる。

まずAT車にはクラッチペダルというものがそもそも存在しない。動かしたければアクセル、止まりたければブレーキを踏めばいいだけというその簡潔さ、明快さはもうほとんど感動的なほどだった。むろん走行中のギアの変速も自動である。アクセルを強く踏み込むだけで勝手にギアが変わる(キックダウンというらしい)というその素晴らしい働きはまさに「オートマチック」の名に恥じぬ能力であり、クラッチ操作という苦役からまたたくまに私を解き放ってくれた。AT車を発明した人はきっと天才に違いない。

その日の教習を終えた後、自室で考えること数時間、腹は決まった。私はそれまでのMT教習からAT車教習生へと所属を変更し、以後、クラッチペダルを会手にせずの方針を決め込んだ。

それからの教習は楽だった。S字クランクでの断続クラッチも停車時のギア戻しもエンストもなく、ただ前方とハンドル操作のみに注意すればよいAT車での教習は、まるで重い荷物を降ろした時のような、身体が一気に軽くなる感じのものであった。

さて、AT車に変更してからは修了検定、仮免許路上教習と比較的問題なく進んだが、一方でMTのまま教習を続けていた先輩は教習が進むに連れて毎日のようにMT車運転の難しさ、苦しさを私に訴えるようになっていった。

MT車におけるエンストの恐怖や坂道発進失敗の恐怖は、路上教習に出てからはより一層強まっているらしい(たしかに公道を走行中にエンストなど、考えただけでも恐ろしい)。先輩は毎日のように「今日は一時間で七回エンストした」「もうダメ」、「47くんと一緒には帰れない」といった弱音を吐き、早々とMT車教習を投げ出した私を糾弾さえした。

転向者としての拭いがたい汚名をかぶりつつも、私は一発で卒業検定を合格し、ストレートで卒業することができた。やはりAT車の運転はMT車のそれに比べ、圧倒的に楽だったといっていいだろう。個人的には早いうちにAT車への変更を申し出たのは正解であったと思っている。

ところで、MT車のまま苦難の教習を続けていた先輩も、なんとストレートで卒業してしまった。彼はクラッチ、エンスト、ギアチェンジなどいくつもの困難を努力の力で乗り越えてみせたのだった。そうか、こうやって人は成長するのだ。MT車教習からいち早く逃げ出した自分はこれからも人間として進歩せずに終わるのではないかというようなことはあまり考えないようにして先輩と共に博多行きのバスに乗り込み、卒業検定に受かったその日のうちに佐世保をあとにした。やっているときはとてつもなく長く感じられた合宿生活だったが、今考えればあっというまであった気もする。
参考までに記しておくと、日本で販売されている車の約9割はAT車であるが、逆に外国ではほとんどがMT車なのだという。日常生活をおくる上ではほとんどMT車に乗る機会はないだろうが、外国で運転する時や仕事で車を使う場合などはMT車の免許を取っておいた方がいいというのが一般的に言われていることだ。

これから自動車免許を取得しようと考えている新入生の皆さんも、どうかこの記事で取り上げたMT車とAT車の違いを事前に調べ、教習を始めてから後悔することのないようにしていただきたい。(47)

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