〈サークル密着〉陸空3時間の群像劇に迫る 大空と気球とハイエースと
2026.01.16
離陸直後の熱気球。もはや嫉妬するほどの雄大さである
06:00 準備開始
午前6時。日の出前、肌を刺すような寒さの中、東近江市のグラウンドにはハイエースが点在していた。熱気球は日の出時の上昇気流を避けるため、大気が安定した早朝のうちに準備をしなければならない。1台のハイエースから大きなバスケットが降ろされる。1辺1メートルほどだろうか。京大熱気球部の部員が8名ほど、白い息を吐きながら手際よく作業を始めた。
続いて降ろされた銀色の大きなコイルは、熱気球の原動力たるバーナーである。今にも戦闘機のエンジンのように轟音をあげて火を吹き出しそうな2つのバーナーは、雲ひとつない未明の空を見上げる形で装着された。作業開始からものの10分程度のことだ。すぐに、副部長の衣斐優貴さん(総人・3)がレバーを調整して試行する。想像以上に大きな炎が噴出し、部員たちの顔がオレンジに染まった。
バーナーの試行が終わると今度はバスケットを地面に横たえ、球皮、すなわち風船部分の布を広げ始めた。全長20メートルほどの球皮を目一杯にグラウンドに広げると、早速膨らませる手順に入る。まずは大きな扇風機で球皮の内部に風を送り込む。球皮は早くも気球らしさを呈していく。ある程度膨らむと部員が球皮の中に入り、ロープの絡まりなどが無いか点検。さらに気球が膨らむとパイロットがバーナーで火を焚きこんだ。パイロットを務めるのは風張僚太さん(教育・4)。風張さんが2本のレバーを調整すると、バーナーが火を吹き、地面に横たわっていた巨大な図体がむくむくと起き上がった。パステルカラーの気球は、いつからか明るい空を埋め尽くすように膨らんでいく。気球の膨張とともにバスケットを数人がかりで立ち上げ、風張さんが乗り込んだ。

地上からフライトを見届ける部員たちと話し込む風張さんの手には地図が。熱気球ではパイロットは上下の操縦しかできず、水平方向に移動するには、上空の各層で異なる方向に吹く風を読む必要がある。そのためにパイロットは天気図や地形図を読み込み、気象の予測をしなければならないのだ。

07:10 テイクオフ!
準備を終え離陸の順番が近づくと、今回のフライトに搭乗するもう2人の部員がバスケットに乗り込んだ。準備は万端。グラウンドにはいくつもの熱気球が目一杯に膨れあがって筆者の視界を支配しながら、今か今かと離陸を待っていた。空にも数機、既に浮遊している。7時10分、離陸開始。合図とともに気球はバスケットを容易く持ち上げて浮上し、少しずつ昇っていく太陽の十倍も早く、早朝の上昇気流に乗って青空に上がっていった。
この日の競技は「ジャッジ・ディクレアード・ゴール(JDG)」と「ヘア・アンド・ハウンズ(HNH)」の2種。前者は、大会側が設置したターゲットをめがけて砂袋を投下するもの。後者は、ヘア気球と呼ばれるバルーンを追跡し、それが着陸した地点に設置されるターゲットに砂袋を投下するものだ。どちらも砂袋をターゲットに最も近づけられたチームが勝利となる。今大会でJDGのターゲットが置かれたのは、出発地から西に約1・5キロの布施公園。離陸を無事見届けた地上組は即座にハイエースに飛び乗り、布施公園に向かった。
07:22 行方不明!?
布施公園に着くと部員たちは気球の行方を目で追った。出発地から順を追って空に舞い上がった約15の熱気球は全体的に南になびいていた。この時、会場上空には、布施公園に向かう西向きの風が吹いておらず、どの気球もターゲットに近づくことができていなかったのだ。すでに京大熱気球部の気球を地上から見つけることもできなくなっていた。数十分の膠着状態の後、一行は布施公園への接近は諦め、HNHのターゲットとなった出発地のグラウンドへの接近を目指すのが妥当と判断。再びグラウンドにハイエースを走らせた。
出発地上空には既にいくつかの熱気球が浮遊していた。ターゲットに投下される砂袋にはオレンジ色のリボンがついており、地上からでも落下の様子がよくわかる。続々と上空に飛来する熱気球から砂袋が投下されていくのを尻目に京大の熱気球を探した。グラウンドは南東側に小高い山を持つが他方は田畑に囲まれており、広く上空が見渡せる。しかし京大の熱気球はその姿を見せず、地上組の部員でさえも見つけられなかった。「行方不明ですね……」と部員の1人が自嘲気味に筆者に説明した。不穏な空気が漂うなか、部員たちはただ東の空を見つめていた。

08:12 起死回生!
突然、南東の山の影からパステルカラーのバルーンが姿を現した。一時の焦りを忘れさせるほど悠々と、気球は確かにこちらに向かっていた。間違いなく京大熱気球部のバルーンだ。谷に沿って吹く風を見つけたようだ。空を滑るようにしてグラウンド上空に飛来した気球はターゲットに最接近。バスケットから砂袋が投下された。砂袋はターゲットめがけて一直線に降下し着地。地上組はその正確さに手を叩き歓声を上げた。「あの人は本当に上手い」と部員の芹澤陽生さん(理・1)がこっそりと、それでも誇らしげに教えてくれた。この日、京大熱気球部は他のどの団体よりターゲットに近く砂袋を落とすことができた。地上からの歓声に上空の部員が手を振って応える。気球は筆者の頭上を音もなく堂々と通過していった。地上に残されたのは大きなバルーンの影。その影は西に向かっていた。風張さんは再び布施公園のターゲットを目指していたのだ。地上組はその影を追って再びハイエースに飛び乗り、布施公園に向かった。

08:40 帰還、そして格納
この日は結局、出発地から布施公園に向かって十分な風が吹くことはなかった。そのためターゲットへの接近は再度断念せざるを得ず、競技は終了した。部員たちは着陸の準備に入る。安全な着陸地に向かって空を行く熱気球に、それを追う熱気球部のハイエース。筆者たちはその後ろを離れまいと車を走らせた。車は狭隘な畦道を右へ左へと進み、地面すれすれを滑空する熱気球と意思疎通をして停車した。部員たちは着陸地点を定め気球を待ち構える。熱気球はパイロットの緻密なバーナー調整によって緩やかに着地。幅が広く安定した道まで移動すると炎はその鳴りを潜めた。「ここからは時間との闘い」と部員たちはバスケットを傾けた。バルーン頂部から数人の部員がロープを引き、気球を畦道に横たわらせる。それと同時にもう一方の部員たちがバルーンをしぼませた。つい先程まで大空を滑空していた気球はみるみるうちに痩せ細り、魂が抜けたような球皮が畦道に寝転んだ。それを部員たちが大袋に収納するまでは、たったの5分程度。最後は大袋に部員4人が座る要領で袋を小さくし、バスケットとともにハイエースに積み込んだ。これにて片付け完了である。部員たちはハイエースに乗り込むと爽やかな笑顔とともに、再び畦道を進んでいった。

09:10 密着終了――。
【こちらではパイロットの風張さんのインタビューを掲載しています】






