〈映画評〉コロナワクチンに盲点はないか? 『ヒポクラテスの盲点』
2025.11.16
涙ながらにワクチン後遺症の被害者救済を求める女性 ©「ヒポクラテスの盲点」製作委員会
コロナ禍の「救世主」としてのワクチン
2020年にコロナウイルスが蔓延し、24年までに国内で10万人を超える人が亡くなった。「緊急事態」が叫ばれたなかで、事態収束の鍵として脚光を浴びたのが新型コロナワクチンである。2021年、未曽有のパンデミックに対応するため全世界で急ピッチで開発・接種が進められ、日本でも接種が「努力義務」と位置付けられた。特例承認されたmRNAワクチンの安全性に疑問をもつ声は、科学的根拠がない非合理な議論に基づく「反ワク」の意見だとして次第に追いやられた。メディアは連日ワクチン接種の様子を報道し、政府はその安全性と有効性を成果として強調した。結果として日本では国民の8割以上が2回はワクチンを接種したとされる。
「盲点」となった後遺症
しかし、厚生労働省が予防接種健康被害救済制度によりコロナワクチンの健康被害を認定した件数は、23年までの累計で5700件を超える。これは、過去45年の日本国内すべてのワクチン被害認定件数を大幅に上回る数である。健康被害には慢性疲労症候群や帯状疱疹、不整脈、免疫力の低下、自己免疫疾患、心筋炎などさまざまな事例がある。
コロナワクチンの後遺症と思われる症状で苦しむ患者に向き合い、人体への影響を科学的に究明しようと奮闘している医師たちがいる。本作は彼らにスポットライトを当てるドキュメンタリーだ。「危険を上回る利益」があるから有用だ、という推奨派の意見に対し、医師としては害があるものを推奨できないと彼らは語る。彼らはコロナの感染者数・死者数の推移やコロナ禍における平均寿命の変化、高齢化の影響を除いた死亡率である年齢調整死亡率など様々なデータを駆使して、コロナワクチンの有用性と危険性を検証し、論文を発表し続けている。また全国の有志の医師でデータベースをつくって情報を共有する連携体制をつくり、研究成果を発信している。
危機感と怒りを原動力に
現在に至るまで、後遺症に関して国による十分な検証は行われていない。接種に消極的な報道はほとんどされなかった状況下で、人々は接種の前に立ち止まって検討するための十分な情報を得られていなかった可能性があると彼らは考えている。接種が始まった当時、若者はお年寄りを守るため「思いやりワクチン」を接種しようと呼びかけられていた。若くて健康だったのにワクチン接種後に寝たきりとなり、「知っていたら打たなかったのに」ともらす患者も作中に登場していた。カメラの前で医師たちが語るのは悔しい、情けないという思いと強い怒りだ。「死ななくてよかったはずの若者が死んでいるんだ」「疑いがある時点でなぜ接種を止められなかったのか」。これらの事実が見過ごされてしまっては「学術の危機、民主主義の危機、医療の危機だ」。「学術の場で問題を明らかにしなければ将来また同じことが起きてしまう」との危機感から、時に憤りと悔しさに拳を強く握りしめ、目に涙を浮かべ、自身の研究・治療に邁進する科学者たちの姿に、一学生にすぎない評者も感銘を受けた。科学者として学術の場で訴えられることはあるのだというエネルギーを感じるのだ。
タブーだからと逃げないで
ワクチン接種が積極的に推進されていた当時、ワクチンを打つ/打たないを自由に自分の意思で決断したといえる人が果たしてどれだけいるのか。評者は正直、疑問に思う。職場で打つように言われた人、周囲が打っているから打つと決めた人も多いだろう。学校でも接種したかが話題となり、打つのが当たり前の雰囲気があったように思う。そもそもmRNAワクチンが何かよくわからずに接種した人も多いのではないか。自分の身体に入れるものなのに、だ。このような当時の状況を、そろそろ一歩踏み込んで客観的に検証し議論してもいいのではないかと評者は思う。本作はその皮切りとなる役割がきっとある。
問題提起を受け止めた先に
強調しておきたいのは、本作は科学と事実に基づくドキュメンタリーであり問題提起にすぎない、ということだ。コロナワクチンと一連の政策の是非を問うもので、どちらかに結論付ける「偏った」ものではない。本作を「陰謀論」だと一蹴するか、一度受け止めて考えるかは、観る者に委ねられている。ただ、どちらにしても本作を一度観てからにしてほしい。多くの人が観ることで、「盲点」はよりクリアになり、未来に視界が開けるだろうから。(悠)
◆映画情報
監督:大西準
配給:テレビマンユニオン
上映時間:110分
公開日:10月10日(金)より新宿ピカデリーほかで全国公開
監督:大西準
配給:テレビマンユニオン
上映時間:110分
公開日:10月10日(金)より新宿ピカデリーほかで全国公開
