文化

映画評論 Season 2 第4回 アニメーションの「匿名性」 『リビング・ラージ!』

2025.10.16

映画評論 Season 2 第4回 アニメーションの「匿名性」 『リビング・ラージ!』

クララ(左)とベン ©2024 Barletta,Novinski,Novanima,Česká televize,RTVS,MAGIC LAB

【寄稿】ミツヨ・ワダ・マルシアーノ 文学研究科教授

料理とバンド活動に夢中な12歳のベンは、肥満を理由に同級生からいじめられている。そんなある日、彼は同じクラスのクララに一目惚れし、ダイエットを試み彼女の関心を得ようと奮闘する、という物語。先月の映画評論に続き、今月も思春期の「子ども」が主人公の映画であり、本作では自己肯定感を持てずに悩む少年に光が当てられる。先月取り上げた『ふつうの子ども』とは異なり、本作は実写ではなくアニメーション作品である。

人形を使ったストップモーション・アニメーションは、日本では川本喜八郎が有名であり、英国のニック・パーク監督作品『ひつじのショーン』や『ウォレスとグルミット』シリーズは多くの読者にとって見覚えがあるに違いない。最近ではオーストラリアのアダム・エリオット監督の『かたつむりのメモワール』(2024)が公開されたばかりだ。また、スイスのクロード・バラス監督の『ぼくの名前はズッキーニ』(2016)も世界的に注目されたストップモーション・アニメーションである。ヨーロッパ、特に本作『リビング・ラージ!』の監督を務めたクリスティーナ・ドゥフコヴァの母国チェコは、歴史的に人形をつかったストップモーション・アニメーションが多く作られており、彼女もそういった文化的な環境からこの作品を作りあげている。

映像スタイル


まず本作の映像スタイルの特徴について幾つか言及しよう。素材感の面白さと色調、またパペット・アニメーションと2D手書きアニメーションとの融合が本作では殊更輝いている。キャラクター造形はシリコン素材を使っているため、顔の細部や体の質感が上手く表現できている。また、ベンの性格付けに大きく貢献しているモスグリーンの眼鏡が、終始スクリーンに現れることに気がつくだろう。この色も含め、全体的な色調や落ち着いた色合いの組み合わせが目に優しい。

また、2Dアニメーションを使って、ベンの主観——彼の空想、妄想、思い出シーンで描かれる一連の感情——が、パペット・アニメーションの「現実」とは異なる世界として描かれている点も巧妙である。これら2つの世界の対照性や、その組み合わせや編集の妙味が見ていて心地よい。

国際的な制作


映像スタイルについては他にも色々と特徴があるが、まずは、先入観や情報なしに本作を見ることをお薦めしたい。日本の公開版は英語が使用されており、そこに日本語字幕が付けられている。そのため、これがチェコで作られた作品であることに気付く人は少ないだろう。唯一、主人公ベンの名字が「Pipetka/ピペッカ」という、英語名としては珍しい音であることに気付く人もいるかもしれない。しかし、学校の様子、街の様子、友人の家の中、父親の仕事場、祖母の家の台所、自宅の様子——ベンはシングルマザーで獣医の母親と、多くの珍しい動物たちと生活している——、どの空間をとってもベンの住む世界がどこなのかをつきとめることは難しい。日本ではなく、アジアでもないことは確かで、ヨーロッパかオーストラリアか北米のどこかであるだろうということは、言語的にもそして視覚的要素からも感じる。おまけに日本での公開版ではアクセントがない英語の吹き替えが被せられていることもあり、初めてこの作品を見るとき、多くの人々は、アメリカの中西部かカナダのどこかだろうと当たりを付けるかもしれない。

蓋をあけてみると、この作品は、チェコ(監督や母語の声優)、スロバキア(音響、音楽)、フランス(2Dアニメーションの制作)の共同制作で、おまけにパペット造形の監修は、『フランケンウィニー』(2012、監督ティム・バートン)や『犬ヶ島』(2018、監督ウェス・アンダーソン)の特殊効果を手がけたイギリスのイアン・マッキノンが担当している。本作品は、いわばヨーロッパにおける協働の賜物だと言える。

匿名性について


いったいベンはどこに住んでいるんだろう?と思いを馳せずにはいられない本作の「匿名性」は、アニメーションならではの醍醐味なのかもしれない。アニメーションはどんな言語にも吹き替えられるため、例えば日本のテレビアニメの主人公がイタリアでは流暢なイタリア語で話している。また、匿名性を活かしながらベンの世界を普遍的なものにすればするほど彼の抱えるいじめや肥満の悩みは、より多くの観客に受け入れられるかもしれない。昨年、カンヌ国際映画祭で上映されて以来世界各地で絶賛され、今年3月にはアカデミー賞長編アニメーション映画賞を受賞した『Flow』(監督ギンツ・ジルバロディス)などは、「匿名性」の極致とも言えるだろう。異なる動物たちの鳴き声以外に台詞が全くない「無言」のアニメーションだからだ。

考えてみると、アニメーションはゼロから作り上げるアートなわけで、「匿名性」はこの表現媒体にとって自明の理だと言えるかもしれない。しかし、同時に「匿名性」には、テーマ性が前景化されて 教訓的になってしまう危うさも付きまとう。つまり、普遍的なテーマの押しつけが簡単にできてしまう。本作の場合、ドゥフコヴァ監督は、プロダクション・ノートの中で「困難な時でも人は一人ではない——そんな希望を観客と分かち合いたかった」と語っている。他にも、10代の子どもたちが切望しながらもなかなか持てない自己肯定感、肥満への嫌悪や食べることへの罪悪感といった問題に対し、文字通り「Living Large!/でっかい心で、生きていこう」という楽天的な甘言を与えているとも言える。本作品はフランス人作家ミカエル・オリヴィエの同名小説が原作になっているため、そういったテーマ性は原作からの請負かもしれない。本作におけるこういった「教訓」をどのように受けとめるかは、観客一人一人の考え方次第だ。

夏休みも終わり、再び過酷な学究生活が始まった。たまの週末に少しだけ心と体をいたわって気分転換をしたいとき、『リビング・ラージ!』はお薦めの一作である。できるなら、鑑賞した読者の皆様の受けとめ方を聞いてみたいと思う作品だ。

◆映画情報
原題:ŽIVOT K SEŽRÁNÍ
監督:クリスティーナ・ドゥフコヴァ
原作:ミカエル・オリヴィエ
上映時間:79分
京都ではUPLINKにて2025年10月3日(金)公開

関連記事