映画評論 Season 2 第3回 「ふつう」の子どもの大騒動 『ふつうの子ども』
2025.09.16
©2025「ふつうの子ども」製作委員会
8月1日号に引き続き、今月も子どもが主人公の作品『ふつうの子ども』を取り上げる。主人公は上田唯士(演:嶋田鉄太)。10歳、ふつうの少年。そんな彼が同じクラスの三宅心愛(演:瑠璃)を好きになる。一方心愛は同級生の橋本陽斗(演:味元耀大)に思いを寄せる。環境問題に関心を寄せる心愛が主軸となり、3人は車の窓にビラを貼り付けたり、車の排気口にシーツの切れ端を詰め込んだりと、環境を守るための活動を始めていくが、やがて大人を巻き込む大騒動になる。
監督の呉美保と脚本家・高田亮の共同製作第3弾である本作は、脚本のキレの良さが光る。「ちょっと不自然」と思わせる違和感がなく、余分な言葉が削ぎ落とされている。
呉は、インタビューの中で「今までの日本映画にないような明るい子ども映画、しかも日本の子どもでしか描けないもの」を描きたいという意気込みを語っている。「子ども映画」というジャンルが確固として存在するわけではないが、前者は優にクリアーしていると言えよう。一方後者はどうか?この点がなかなか押さえ所だと私は思う。
本作は、幾つかのレファレンスを海外に持っている。1つはスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリ(2003~)と心愛の類似であり、もう1つはショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)と本作との呼応である。
トゥーンベリの気候変動への抗議スピーチ集『変化をもたらすために未熟すぎるなんてことはない』(Penguin, 2019)は多言語に翻訳され、その収益は慈善団体に寄付された。15歳で「気候のための学校ストライキ」を始めた、か細いティーンエイジャーだった彼女も今や22歳になっている。自閉症スペクトラム障害や強迫性障害と診断されたトゥーンベリの一途さは、本作における心愛のイメージに重なる。
一方、ショーン・ベイカー監督と言えば最新作『ANORA アノーラ』(2024)がカンヌ国際映画祭にてパルム・ドールを受賞しただけでなく、アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞の5部門を受賞している。彼が2017年に製作した『フロリダ・プロジェクト』は、文字通りフロリダ州にあるディズニー・ワールド・リゾートの近くに住む貧困層の生活を、6歳の少女ムーニー(演:ブルックリン・キンバリー・プリンス)の目線から描いている。
本作をますます面白くしているのは、作中で描かれている大人たちの存在が、海外からのレファレンスを「日本の子どもでしか描けないもの」にしている点だ。トゥーンベリばりに「私は大人の言うことを聞きたくない!」と作文の朗読を始める心愛に、担任の浅井先生(演:風間俊介)は、「なんか、先生まで怒られちゃいそうだなあ」とか、「大人が悪いとか、子どもが悪いとか言わない方が良いかな」といった逃げ口上を述べた後、「極端だなあ〜!」という評価を心愛に返す。政治的な発言を回避する学校、ひいては日本社会の風潮を、浅井先生は上手く体現している。
『フロリダ・プロジェクト』と本作との大きな違いは、親子の経済階級や関係性、そして親が抱える「闇」の質だ。『フロリダ・プロジェクト』ではムーニーの母親(演:ブリア・ビネイト)が家賃が払えず、売春を始めたことが2人の生活を追い詰めていくが、『ふつうの子ども』の母親たちは、バリバリ働くキャリアウーマンでありながらモラハラ暴言を止められず、子どもを追い詰める心愛の母親、自分の子どもの本質が見えない親バカの陽斗の母親、子育て本を片手に精一杯子どもを尊重し、おどおどと「子育ての実験」をしているような唯士の母親のように、現代日本社会の「あるある」感が満載だ。これらの母親と子どもたちは、2つの世界観(大人の世界と子どもの世界)の中に離れて存在しているような隔絶感があるが、『フロリダ・プロジェクト』ではそういった隔絶感は強調されていない。まさしく「換骨奪胎」とも言える価値観のすり替え、料理で言うところの「日本的味付け」が、『ふつうの子ども』ではなされている。
最後に、本作を見ていて感銘を受けた点を2つ記述しておきたい。編集の力と色の鮮やかさである。本作の編集を担当している木村悦子の編集力に観客は圧倒される。本作品がアップテンポの面白さを凝縮しているとすれば、撮影を担当した田中創と照明の溝口知の貢献も見逃せない。彼らが作りだした明るい色彩、光と影の調合は素晴らしい。子どもたちの衣装にもそういった意図が反映されており、衣装担当の藤山晃子の工夫も見ものである。こんな映画を夏休みに見るのは楽しいだけではなく、自分たちが子どもだったときの楽しかった出来事や、仲の良かった友達について、立ち止まって思い起こす契機を与えてくれる。お薦めの1作。
◆映画情報
監督:呉美保
脚本:高田亮
上映時間:96分
9月5日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開。京都ではUPLINKにて上映
監督:呉美保
脚本:高田亮
上映時間:96分
9月5日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開。京都ではUPLINKにて上映
