文化

映画評論 Season 2 第2回 「小さな映画」 製作の傾向と対策 『RENOIR ルノワール』

2025.08.01

映画評論 Season 2 第2回 「小さな映画」 製作の傾向と対策 『RENOIR ルノワール』

© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners

【寄稿】ミツヨ・ワダ・マルシアーノ 文学研究科教授

早川千絵監督の新作『ルノワール』の主人公・フキ(演:鈴木唯)は11歳。末期癌で入退院を繰り返す父・圭司(演:リリー・フランキー)、仕事と家事と子育てを一手に引き受け、ワンオペ生活に疲弊しきっている母・詩子(演:石田ひかり)の2人と東京郊外に暮らしている。死を目前に控えながらもマイペースを貫く夫に対し、詩子は愛情どころか同情さえ感じなくなっている。そんな家族の大変な日々の暮らしの中でも、フキは持ち前の想像力と好奇心で元気よく飄々と生きている。早川は、自身が成長期を過ごした1980年代という時代にこの家族を据えた。彼らを取り巻く河合優実、中島歩、坂東龍汰といった演技派の役者たちが、作品の層を厚くしている。

『PLAN 75』から『ルノワール』へ


第78回カンヌ国際映画祭・コンペティション部門に正式出品された本作は、『ルノワール』という題に一見何の脈絡もなく、作品がどういった内容なのか判然としない。こういった「異化効果」ともいえるタイトルは、早川の前作にして初監督作『PLAN75』(2022)とは異なる。この作品は、カンヌで「ある視点」部門に出品され、カメラドール(新人監督)特別賞を受賞している。

これら2作品を比較しながら、早川監督は「『PLAN 75』は社会的なテーマがはっきりした映画だったので、次の作品はまったく逆の、もっと個人的で感情にフォーカスした小さな家族の物語にしたいと思いました」と述べている。コンセプトがハッキリしている『PLAN 75』(後期高齢者の生活困窮や政府が提案する新たな終末の選択を描く)のように、作品が何を表現するのかを文言で説明できる作品ではなく、『ルノワール』はむしろ、時代の雰囲気や子供の感受性を表象した寸描の集積であり、映画を通して何かを声高に主張する作品ではない。

「カンヌ」という選択


早川監督の一連の作品の経緯を眺めると、映画製作における1つのパターンが見えてくる。それは「カンヌ」である。監督としてのキャリアの始まりから、このパターンを攻略的に捉えていたかは別として、早川はカンヌ国際映画祭を作品の目的地にしながらここ十数年間、映画製作を続けてきたように見受けられる。

2014年、早川の短編映画『ナイアガラ』が、映画学校生の作品を対象とするカンヌの部門に入選。その後早川は、オムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018)を経由し、先述したように『PLAN 75』を再びカンヌに送り出した。つまり、『ルノワール』は早川にとって3度目のカンヌでの挑戦であり、結果として、本作品がカンヌで暖かく受け入れられたことは『ルノワール』の背中を押し、国内上映も大きな成功を収めている。

「小さな映画」の生き残り作戦


ハリウッドの大作と比較して、10分の1未満の低予算で製作されたことが話題になった『ゴジラ-1.0(マイナスワン)』(2023、山崎貴監督)の製作費が15億円。『PLAN 75』で成功を収めたとはいえ、そのような額すら『ルノワール』に与えられていたとは考えられない。こういった「小さな映画」をより多くの観客に見てもらうためには、どういった作戦が必要なのだろう?

日本映画史を眺めると、『羅生門』(1950、黒澤明監督)以来、国際映画祭は多くの作品が市場で成功するための後押しをしてきた。それはどうやら、75年がたった今でも変わりがない様子だ。国際映画祭での入賞という傾向と対策を実践してきたのが早川であると同時に、是枝裕和・想田和弘・山中瑤子ら多くの監督も同じ道を歩み続けている。

国内映画産業が1950〜60年代に比べ経済的に歪んだ結果、現代日本の場合、大規模映画は、作品を共同で製作・販売する複数企業による製作委員会の力を借りることになった。一方、もっと小さな映画の場合は、小規模な製作会社が大勢のプロデューサーの名前を羅列しながら作品を作る傾向が散見される。こういった環境の中、後者の作品にとって、国際映画祭はまさにサバイバルをかけた駆け引きの場だ。小さな映画には個性があり、挑戦的な要素も多く、特に女性の監督や制作スタッフが活躍しているため目が離せない。『ルノワール』の編集に参加したAnne Klotzも、作品にとって最も重要な役割を果たした女性の1人である。

しかし、同時に国際映画祭での入賞が、新しい映画あるいは新人監督にとって唯一の成功の道になることに不安を覚えるのは私だけだろうか。一般的に映画市場ではヨーロッパの3大映画祭:カンヌ、ヴェネチア、ベルリンへの参加や入賞が重視される。勿論、これらの映画祭での受賞は素晴らしいことではあるが、その受賞をゴールに据えることで、映像表現のグローバル化、既成の美学に自己の作品を近づけたり、はめ込んだり、そんな傾向は生じないのだろうか? 例えば、『PLAN 75』から『ルノワール』への進化には、物語性に不可欠とされる言語がそぎ落とされ、視覚を前景化しながら印象や感覚を重視する傾向が見られる。こういった技法の変遷が、作品が国境や文化の違いを越えることを手助けしていることは明らかだ。

早川監督の作品のこれからを見続けていきたい。そして、彼女がどのように自己の作品製作の傾向と対策をこれから推し進めて行くのかを見届けたい気持ちになる。


◆映画情報
脚本・監督 早川千絵
配給 ハピネットファントム・スタジオ
上映時間 122分
全国公開中。京都ではUPLINKにて6月20日(金)~公開中。

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