【卒業生インタビュー 京大出たあと、 何したはるの?】Vol.13 マンガ家 若木民喜さん 京大卒マンガ家が“ヨシダ”を描く
2025.08.01
最新作『ヨシダ檸檬ドロップス』は京大×プロレスという異色の物語
目次
ドロップアウトシンドロームマンガ人生、紆余曲折
マンガ制作のマル秘
『ヨシダ檸檬ドロップス』制作の内情
ドロップアウトシンドローム
―高校時代をどのように過ごし、なぜ京大を目指したのか。
僕らは団塊ジュニア世代で、とにかく子どもの多い時代でした。その頃はみんなが大学に進み一流企業に入社するという同じストーリーに向かって走っていたところがあり、そこからどうにかドロップアウトしたいという漠然とした気持ちがありました。でも高校を辞める元気もなくて、ただ絵を描き、のほほんという空気をまとったまま生きていました。
でも、大学受験という現実の問題がやってきて。その空気をまとったまま大学生活を送れないかと考えていた時に、出席を全然取らない大学があるらしいと聞きつけました。当時は学校でも下から数えた方が早いような成績で、先生からも「もう少し真面目に考えて」と言われましたが、他に行きたい大学もなかったので京大を目指しました。
現役の時は京大を目指しているとおぼしき同級生に勉強のやり方を聞いて、同じ参考書を買って受験勉強を始めました。それが高校3年生の夏休みの終わりぐらいでした。始めるのがだいぶ遅いですよね。これは後の就職活動でも繰り返されるんですけど(笑)。
その後1浪して、予備校でちゃんと勉強して、文学部に入学しました。これは『ヨシダ檸檬ドロップス』に登場する主人公・山川可志夫(カシオ)と同じ展開ですね。特に何の目標もなく入学しました。
―文学部を選んだ理由は。
美術が好きだったからです。将来やるなら美学か美術史学だろうと。実際、美学美術史学専修に進みました。ただ純粋に哲学を志しているというわけでもなくて、ドロップアウトしたいと常に思っていたので、対外的にはそれらしいことを言いつつもあまり勉学に身は入っていなかったですね。
―京大に入って周囲に変化はあったか。
ありましたね。僕の高校では出会わなかった、自分のことを表現するのが上手い奴らに出会いました。自分がいかにくだらない人間なのかを多方面にわたって、多彩に語る奴もいましたね。当時はインターネットが無くて、スペックが高い奴が偉いという風潮があったんです。でも僕のクラスで一番偉そうな顔をしていたのは2浪した奴だった。彼はとにかく自己を確立していて、何を言われても跳ね返すのが凄かったです。ちなみに、彼は今では大学教授になりました。
―大学時代のサークルは。
ゲーム制作などで活動するKMC(京大マイコンクラブ)です。通っていたのは1回生の間だけですが、今でもつながりのある人がいて、今思うと僕の人生において重要な活動でしたね。ゲーム制作を描く『16bitセンセーション』(みつみ美里・甘露樹との共著)はまるっきり昔のKMCがモチーフです。
初め、みんなでワイワイとゲームをするサークルだと思っていたら、ぺけろっぱ(1987年に発売されたシャープのパソコン『X68000』の愛称)を6台つなげてゲームを作っていて、これはついていけないと思いましたね。ただ自分は絵を描けたので、その面では絶大な貢献をしたと思います。
ゲームの原画ではオリジナルと二次創作のどちらも描きました。KMCで企画したコンピューター占いの絵は、オリジナルで描いたりしましたね。
―大学生活を送る中で影響を受けた作品は。
当時は暇だったので、図書館で沢山の本を読んだりマンガを読んだり、色々なものを見ました。特に、当時のパソコンゲームには強い影響を受けていて、エルフ(パソコンゲームブランド)の『同級生』や『DE・JA』にハマりましたね。パソコンゲームに触れること自体に、先鋭的なモノをやっている感覚がありました。ハードSFの話が多く面白かったです。
最終的にパソコンゲーム制作に向かわなかったのは、ゲームの世界だと分業になるのが嫌で、作業が1人で完結するマンガを選びました。
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マンガ人生、紆余曲折
―マンガ創作の原点は。
絵を描き始めたきっかけは、『めぞん一刻』(高橋留美子のマンガ作品)の完結ですね。最終回を見た瞬間、寂しすぎたんです。日常生活に支障をきたすくらい寂しすぎた。『めぞん一刻』を繋がなければ自分が死んでしまうと思って、その続きを描き始めました。ちなみに、『銀魂』の空知英秋先生も同じようなことを言っていましたね(笑)。ただ実際のところ、昔の僕にはそもそも創作するという意識はなかったです。
―本格的にマンガを描き始めたのは。
大学2回生の時に出した小学館新人コミック大賞がきっかけです。審査員に高橋留美子先生がいたので軽い気持ちで描いて小学館へ応募したところ、入選しました。今振り返ると、ここで担当さんがついたので本腰を入れてマンガを描くことにしました。
2回生以降は、プロになれるかもと漠然と思いながら、担当さんに言われるがままマンガを描いていました。京都に住んでいたので、マンガ仲間はあまり出来なかったです。描きたいものも分からず1人で描いていました。
ただ何作目かのネームで、担当さんに「今回はいまいちだった」と言われて、もう失格だと思い、結局連絡を絶ってしまいました。単純に根性のない奴になってしまっていたんですね。ドロップアウトのチャンスとしての小学館からも、ドロップアウトしてしまった。死に物狂いでマンガ家になろうというタイプでもなくて、軽い気持ちで描きすぎていたんです。
―就職活動はしたのか。
周囲の人間に就職活動をする雰囲気がなくて、いつ始まるのか全然分からないまま、4回生の夏になっていました。受験と同じで、危機感が全くなかったです。周りは密かにやっていたと思いますが、それに気づかない奴らが8回生とかになっていきました。僕は後からめちゃくちゃ後悔しましたね。バブルははじけていたけど、まだ京大生には就職案内が届く時代で、4回生の時には家の前に案内が山積みになっていました。29歳くらいの時に「あの時就職しておけばよかった」って100万回くらい思いましたね。
―卒業後は無職を経験。初連載への奮起はどのような動機で。
親の定年です。ドロップアウトしたいと言いつつも、衣食住が保証されないと嫌だったんですよ。そこで初めて、自分の中にお金を稼げるものはあるかと考えたところ、マンガしかなかった。30歳を過ぎてのことでした。
そこからは大変でしたね。本気でマンガ家を目指す中で、自分の力と真剣に直面しないといけなくなった。
―大学時代の経験でマンガに活きたことは。
もちろんパソコンゲームですね。今のマンガ家は何か1つ専門を持っていないと厳しくて、自分の人生において周りと違う経験をしていると有利です。これはみんなに尊敬されることばかりではなくてもです。日がな1日、何百本とゲームをやった経験はそのまま2008年から連載した『神のみぞ知るセカイ』で活きました。あと、パソコンゲームをやっていることを悪びれない、お前らの方がおかしいんだと言いくるめる主人公・桂木桂馬のあの感じは、まさに僕が出会った京大生の数々ですよね。絶対謝らず、「ごめん」ですむことを長引かせる(笑)。
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マンガ制作のマル秘
―『神のみぞ知るセカイ』、『結婚するって、本当ですか』と連続のアニメ化。ラブコメにはどのようなこだわりが。
今はラブコメしか描かないというタスクを自分に課しているのですが、ラブコメってすごく難しいんです。ヒロインと主人公の1対1だと、相当女の子を可愛く描かないといけない。それには作家が本気で、そのヒロインを魅力的だと思わなければならないわけです。ただ僕は年を取ってから業界に入ったのもあって、少し冷めているところがあります。相対的に可愛さを評価して、可愛いとされる条件を考えてしまうんですね。
僕の場合は、女の子を見たとき男がどう捉えるかで特徴を出します。でもこれはジャンルとして名前が付けにくいから、ひとまず「ラブコメ」ということにしています。『神のみぞ知るセカイ』でも、全巻表紙が主人公の男子高校生・桂馬です。要は男のリアクションマンガで、結局は僕の自己表現なんです。
―商業的な成功より、描きたいことを描いてきたという側面が強い。
特にスポーツやラブコメといったジャンルものを狙ってヒットさせるのは難しくて、そのジャンルにどっぷり浸かって理解する必要があります。そこで、自分の少し斜に構えて距離をとる京大生的な態度が仇になり、僕の作家人生に良くも悪くも影響しています。その自分の特徴を上手く押し出すために、僕はジャンルを研究する担当さんと二人三脚で制作しないといけないわけです。
―『神のみぞ知るセカイ』での工夫は。
あれは逆に、理論の塊のような建付けで描きました。ある程度売れるために描いた、絶対に失敗したくないという気持ちが出ている作品ですね。当時はまだマンガ雑誌に力がある時代でした。150万部売れるサンデーの中で上位を獲れば、そのまま世の中のヒット作品になる。だから『神のみ』はランキングを狙った話構成を考え、主人公が様々なヒロインと少ない話数で次々に恋愛の結果を出していくというスタイルになりました。雑誌の力が弱まった今ではやらない手法ですね。
―『結婚するって、本当ですか』では。
スピリッツに行ってからは青年誌もののメソッドが分からなかったので、担当さんに委ねる形で描いています。ただ、青年誌ものでは1話読み切りの満足感よりも、1つの価値観を描き出せるかが重視される。それと『結婚ですか』を描いていた時期には、1話ずつのチューニングよりも巻またぎのヒキの強さが重要視されましたね。
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『ヨシダ檸檬ドロップス』制作の内情
―企画を立てる過程は。
『結婚ですか』の連載がもうすぐ終わるという時、新しく担当になった方がたまたま卒業したての京大生だったんです。担当さんが京大時代を覚えていて、鮮度の高いうちに連載しようと力が入りました。実は2019年に一度取材をした時は「やはり京大は住み込むくらいでないと描けない」と諦めたのですが、元ネタが横にいるなら描けると思った次第です。
ネタ拾いは基本的に担当さんに話を聞いて、いかに作品につなげるかを相談します。現地での取材も色々とやって、担当さんの元いたサークルの方々にはすごく協力してもらいました。
最終的にできた設定は、京大を舞台に、主人公の山川可志夫が1浪の末、京大文学部に入学。周囲の才気あふれる京大生に圧倒され、「京大生恐怖症」になるが、周囲の人々と関わる中で「自由」について学び、自身を再構築していくというものです。
―京大取材の中で、以前と変わった点は。
校舎が、以前の面影がないくらいに綺麗で、タテカンもほとんど無くなりました。当時は教養部(現在の総合人間学部)も文学部も非常に汚かった。文学部東館が「新館」だった時代ですから。今は色々な意味で綺麗で、昔の方が、良くも悪くも学生の遊び場という感じがありました。ただ、全体的な雰囲気は似ていますね。
―京大周辺の店は当時と比べてどうか。
全体的にすっかり様変わりしました。ただ、本部校舎と大文字が今の位置関係にある限り京大周辺の空間は変わらないとも思います。
在学中によく行っていたのはクラークハウスとひらがな館です。当時の雰囲気のまま変わらなくて、良いなと思います。『ヨシダ檸檬ドロップス』では最近のお店も登場しますが、これは担当さんの大学生活をそのまま引き写したような形ですね。
帯コメントは京大生の暮らすあの街角から出さないとと思い、1巻ではルネとジェイムスキッチンからメッセージをもらいました。
―京大を舞台にした既存作品からの影響は。
もちろんあります。むしろ他作品に似ないように意識しましたね。狭い空間を題材にして似たような話をいくつも描いても仕方ないと思いました。特に森見登美彦さんの世界観は絶対的なので、いかに違うように描くかを考えました。森見さんの世界には抽象化された学生が出てきますよね。それに対して今作では、担当さんの話を基に、具体性の塊のような人物を描くようにしています。
加えて、僕は京大を普通の地方大学として描こうとしています。京大生が京大生らしくなった理由を、山と川に挟まれ、すぐそばに同志社があるという地理学的な物に見出しているんですね。
―ルネの登場が象徴的。どういった経緯で採用を。
部室のような「たまり場」が欲しくて、学生が多く通るルネを採用しました。企画段階ではヒロインがルネでバイトするというアイデアもあったのですが、結果的に主人公に代わりました。取材に行ったらお誂え向きに控室があったので、ここにたむろさせようということになりました。出版後には店舗特典もつけてもらい、大いに協力してもらっています。
―京大生読者と一般読者ではどのような反応の違いが。
一般読者の方は、ヨーコとトトちゃんのヒロイン推しが多いですね。一般の読者にはプロレスで描く肉感ある美少女を最大化したラブコメを、京大生には京大周りのニッチなところを楽しんでもらっていると思います。
―作中に「自由とは自分自身を再定義すること」というセリフがある。どういった体験から出てきた言葉か。
京大に入ると、一国一城の主みたいに自分を確立した奴らが大勢いるわけですよ。その中では、今までの漠然とした自分ではいられない。僕も、その点主人公と同じく悩みました。ただ、自分の居場所を見つけてしまうとあとはそこを広げるだけでした。それが僕はパソコンゲームになってしまったんですけど(笑)。一晩中話せるものがあると、どんな世界でもやっていけます。それを二晩、三晩話せるものへと広げていけばいい。それが自分を自由にさせるものだと思います。
―オープンキャンパスに来場した読者に一言。
京大には自由の大学というイメージがありますが、その自由には色々な定義があると思うんです。本当に好きなことを、どんなにくだらないことでも打ち込んでもらいたいですね。暇な時間なら沢山あるので、その時間にどれだけバカバカしいことが出来るか試してみるといいです。それが出来る風土がせっかくありますから、あそこには。
――ありがとうございました。
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若木民喜(わかき・たみき)
1972年、大阪府生まれ。大阪府立北野高等学校を経て京都大学文学部入学。在学中21歳で小学館新人コミック大賞に入選。97年に京大文学部美学美術史学専修を卒業後、上京しマンガ家・武村勇治のアシスタントを経験する。33歳で『聖結晶アルバトロス』を初連載。代表作『神のみぞ知るセカイ』『結婚するって、本当ですか』が映像化。現在は週刊ビッグコミックスピリッツにて京大を舞台にした『ヨシダ檸檬ドロップス』を連載中。
1972年、大阪府生まれ。大阪府立北野高等学校を経て京都大学文学部入学。在学中21歳で小学館新人コミック大賞に入選。97年に京大文学部美学美術史学専修を卒業後、上京しマンガ家・武村勇治のアシスタントを経験する。33歳で『聖結晶アルバトロス』を初連載。代表作『神のみぞ知るセカイ』『結婚するって、本当ですか』が映像化。現在は週刊ビッグコミックスピリッツにて京大を舞台にした『ヨシダ檸檬ドロップス』を連載中。

