〈寄稿〉百周年に寄せて 井口可奈(作家)「あのときの恩を返したい」
2025.04.01
第3回京都大学新聞文学賞大賞をいただいたのは2015年のことで、もう10年が経つことに驚いてしまいます。
当時わたしはかなりしっかりしたところに勤めていて、しかし仕事がうまくいっていませんでした。学生時代から書いていた小説というものともうすこしちゃんと向き合いたくなり、思いつくままに執筆したことを覚えています。それから何年か後に『ことばと』誌に小説が掲載されたこと、ふと短歌をはじめ賞を取って歌集が出たことなどははるか昔のようで、おどろいてしまいますね。時間は伸び縮みするもので、同じ年月をはやいと感じるひともおそいと感じるひともいるのだと思います。わたしにとっての受賞後の十年は濃厚なものでした。日々はあっという間に過ぎて、体感でいうと短かった。なのに思い起こしたらすごく前のことのような気がする。不思議なものです。
京都大学新聞のことは公募の情報を見かけるまで寡聞にして知りませんでした。吉村萬壱さんがとっていて審査員もされている賞なら出したい!と応募を決めたのがつい最近のことのようです。京都大学新聞文学賞の情報が目に入ってきたのは、かねてから京都大学の学風にうらやましさを覚えていたからかもしれません。わたしの学生生活はとにかくタテカンをつくりたい日々でした。意見を表現する物体としてタテカンって物理的にでかくて、それがめっちゃいいなって思います。かなりフィジカル。一度もつくらないで自分の大学を卒業してしまったことを後悔しています。
文学賞に応募して、そのまま忘れていて、受賞の連絡をいただいたとき、わたしの尻にはできものができていました。まともに座ることができない状態でうつぶせに寝転がって痛みに耐えているときに電話がかかってきて、電話を切ったあととても嬉しくなり、お寿司を食べに行ったことを覚えています。座れないはずなのにお寿司屋さんのテーブル席について「雅」みたいな名前の握りのセットを食べました。その後尻の痛みは悪化して、賞金は手術代になりました。あのときは、わたしの尻を助けてくださりほんとうにありがとうございました。
受賞後に文学フリマでzineを販売していたところ、京都大学新聞に関わっていたという方が買いに来てくださって、たいへん嬉しかったです。賞をいただいたことや応援してくださることへのお返しが今後の執筆活動でできたらいいなという気持ちです。
どんな作品が第4回京都大学新聞文学賞に選ばれるのかたのしみです。新人に与えられる文学賞というのは即座にお金になるものではない事業ですが、その受賞から活動を広げていく方もいらっしゃるとても意義のある活動だと思います。その意義を示すためにもわたしはがんばっていかなくてはならないと本稿の依頼をいただいてあらためて感じました。
京都大学新聞文学賞が今後も続いていくことを願います。重ねてになりますが、あのときは尻を助けていただきありがとうございました。わたしも京都大学新聞のなにかを助けられるようにやっていく次第です!
当時わたしはかなりしっかりしたところに勤めていて、しかし仕事がうまくいっていませんでした。学生時代から書いていた小説というものともうすこしちゃんと向き合いたくなり、思いつくままに執筆したことを覚えています。それから何年か後に『ことばと』誌に小説が掲載されたこと、ふと短歌をはじめ賞を取って歌集が出たことなどははるか昔のようで、おどろいてしまいますね。時間は伸び縮みするもので、同じ年月をはやいと感じるひともおそいと感じるひともいるのだと思います。わたしにとっての受賞後の十年は濃厚なものでした。日々はあっという間に過ぎて、体感でいうと短かった。なのに思い起こしたらすごく前のことのような気がする。不思議なものです。
京都大学新聞のことは公募の情報を見かけるまで寡聞にして知りませんでした。吉村萬壱さんがとっていて審査員もされている賞なら出したい!と応募を決めたのがつい最近のことのようです。京都大学新聞文学賞の情報が目に入ってきたのは、かねてから京都大学の学風にうらやましさを覚えていたからかもしれません。わたしの学生生活はとにかくタテカンをつくりたい日々でした。意見を表現する物体としてタテカンって物理的にでかくて、それがめっちゃいいなって思います。かなりフィジカル。一度もつくらないで自分の大学を卒業してしまったことを後悔しています。
文学賞に応募して、そのまま忘れていて、受賞の連絡をいただいたとき、わたしの尻にはできものができていました。まともに座ることができない状態でうつぶせに寝転がって痛みに耐えているときに電話がかかってきて、電話を切ったあととても嬉しくなり、お寿司を食べに行ったことを覚えています。座れないはずなのにお寿司屋さんのテーブル席について「雅」みたいな名前の握りのセットを食べました。その後尻の痛みは悪化して、賞金は手術代になりました。あのときは、わたしの尻を助けてくださりほんとうにありがとうございました。
受賞後に文学フリマでzineを販売していたところ、京都大学新聞に関わっていたという方が買いに来てくださって、たいへん嬉しかったです。賞をいただいたことや応援してくださることへのお返しが今後の執筆活動でできたらいいなという気持ちです。
どんな作品が第4回京都大学新聞文学賞に選ばれるのかたのしみです。新人に与えられる文学賞というのは即座にお金になるものではない事業ですが、その受賞から活動を広げていく方もいらっしゃるとても意義のある活動だと思います。その意義を示すためにもわたしはがんばっていかなくてはならないと本稿の依頼をいただいてあらためて感じました。
京都大学新聞文学賞が今後も続いていくことを願います。重ねてになりますが、あのときは尻を助けていただきありがとうございました。わたしも京都大学新聞のなにかを助けられるようにやっていく次第です!
いぐち・かな 15年に本紙文学賞の大賞を受賞。その後、作家として小説や短歌・俳句を手がける。第11回現代短歌社賞を受賞。
