文化

〈展示評〉仏教の伝播を探る忍耐の旅 「大谷探検隊 吉川小一郎」展

2025.06.16

〈展示評〉仏教の伝播を探る忍耐の旅 「大谷探検隊 吉川小一郎」展

500㎞の砂漠を横断し疲労困憊した馬と吉川の絵

4月19日から6月22日まで龍谷ミュージアム(下京区)で春季企画展「大谷探検隊 吉川小一郎 ―探究と忍耐 その人間像に迫る―」が開催された。明治時代後期、西本願寺の大谷光瑞(後の第22世門主)は仏教の伝播を探るため、シルクロード周辺に3度にわたって探検隊を派遣した。その最後、第3次大谷探検隊に参加したのが吉川小一郎である。彼らの動向は長らく謎が多いとされてきたが、近年発見された多くの書簡や古写真からは、過酷を極める調査でも楽しもうとする吉川の人間像が見出された。

会場に入ると目の前には、吉川が1913年にウルムチから父へ送付した書簡が展示されている。遺物を持ち帰るうえでの現地の人々との交渉、天山山脈の踏破、イリ滞在中に巻き込まれた革命などの困難を乗り越えた探検からの帰途であった。吉川は日露戦争で戦時奉公活動して以来、「忍耐」の言葉を「痛苦を楽しむ」ための拠り所としてきたとしたうえで、この大旅行でも幾度もの難関は同じように「忍耐」によって切り抜けたのだとつづる。情報が少なく不慣れな中央アジアの環境に数年間滞在した探検隊の苦労は想像を絶する。しかし、吉川が口にする「忍耐」の言葉は不思議と悲観的な印象を与えず、むしろ気概と前向きな気持ちを連想させる。この書簡からは苦難をただじっと堪えるのではなく、そこに楽しさを見出し前に進もうとする、吉川の強い意志と不屈の精神が感じられた。

展示は吉川が大谷探検隊に参加するまでから調査中、そして帰還後までの軌跡を丁寧に辿りながら進む。調査中に吉川が心待ちにして家族と交わした書簡には絵や冗談、駄洒落を交えたユーモラスなものもある。そのような書簡を見ると、家族を笑顔にしようとする吉川の暖かい気持ちやそれを受け取った家族の表情を想像せずにはいられない。一方で、明るく和むような話題の中に、吉川が自身の過酷な経験から得た人生訓の真に迫るような言葉が表れることもある。社会人になる弟に向けた言葉の中に、「よく知りかつ会得する人」に成長し応用力を大事にしなさいという助言と、今与えられたことを全力でこなしてほしいという激励がある。この言葉からは、仏教の伝来を辿るという任務を与えられ、探検に乗り出した吉川の人生経験が透けて見える。今回の展示で彼の貴重な経験を垣間見ることで、より一層来館者の心に重みをもって響く言葉だった。

展示会場に併設されるシアターでは90代となった晩年の吉川の回顧音源が上映される。吉川が語る探検隊の細かいエピソードや苦労は、平面的だった吉川の人物像に厚みを持たせ、より立体的な姿を浮かび上がらせることで筆者の記憶に強く残った。会場では大谷探検隊の成果である中国や中央アジア周辺の遺物も展示されている。歴史学を専門とする学芸員の和田秀寿さんは「今回の企画展では書簡や古写真、音源を含め初公開となる史料も多く、近代に活躍した個人に着目した展示は美術品をメインとする展示とは装いが異なり新鮮です」と述べた。多角的に吉川小一郎という人物の息遣いを感じ、その「忍耐」という言葉の意味をとらえることができる企画展だった。(燈)

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