企画

イチからわかる タテカン訴訟 地裁判決 職員組合が敗訴 表現の自由・労働基本権めぐり

2025.07.01

イチからわかる タテカン訴訟 地裁判決 職員組合が敗訴 表現の自由・労働基本権めぐり

訴訟の構図(?の箇所は当事者間で争いがある)

タテカン訴訟はむずかしい。本紙はこれまでもタテカン訴訟を取材し、裁判の進捗を報じてきた。ただ、これまでの記事では、訴訟の各期日における詳細な出来事を報じるものが多く、訴訟の全体像がわかりづらかった。そこで今回は、先日出た地裁判決も踏まえ、条例による規制や各当事者の主張を概観したい。タテカンをめぐる問題がすべて法律論に還元できるわけではないだろうが、今回の企画では、問題を考える一つの側面として、法律論に光を当ててみることにしたい。(扇・郷・史)

京都市は2017年10月、京大に対し、吉田キャンパス周辺の立て看板は市の屋外広告物条例に抵触するなどとして条例への適合を求めた。これを受けて京大は学内規程を制定し、18年5月と20年6月の計2回、職員組合が設置していた看板を撤去した。

職組は、(A)市の行政指導とそれに基づく看板撤去により表現の自由や労働基本権を侵害されたとして、市と京大に慰謝料など330万円の支払いを求めた。また、(B)京大による看板撤去とその後の不誠実な対応は使用者がしてはならない不当労働行為にもあたるとして、京大に対しては追加で慰謝料など220万円の支払いも求めた。

訴訟の実質的な争点は次の6つだ。

1.条例は表現の自由を保障する憲法21条に違反するか。

2.仮に条例自体が合憲だとしても、条例を京大に適用することは憲法21条や、法の下の平等を定めた憲法14条に違反しないか。

3.京大が職組に対し看板の設置を認める労使慣行があったか。

4.京大が職組の看板を撤去したことは不当労働行為か。

5.京大は職組との団体交渉に不誠実な態度で臨んだか。

6.京大が職組の看板を法的手続きによらずに撤去したことは違法な自力救済にあたるか。

このうち1・2は主張(A)に、3〜6は主張(B)に対応する。以下では、条例の規制の概要に触れたのち、各争点における当事者の主張と裁判所の判断をみていく。

▼訴訟での争点
(A)市の行政指導とそれに基づく看板撤去により表現の自由や労働基本権を侵害された。
→市と京大に慰謝料など330万円の支払いを請求

争点1. 条例は表現の自由を保障する憲法21条に違反するか。
争点2. 仮に条例自体が合憲だとしても、条例を京大に適用することは憲法21条や、法の下の平等を定めた憲法14条に違反するか。

(B)京大による看板撤去とその後の不誠実な対応は使用者がしてはならない不当労働行為にもあたる。
→京大に慰謝料など220万円の支払いも請求

争点3. 京大が職組に対し看板の設置を認める労使慣行があったか。
争点4. 京大が職組の看板を撤去したことは使用者がしてはならない不当労働行為か。
争点5. 京大は職組との団体交渉に不誠実な態度で臨んだか。
争点6. 京大が職組の看板を法的手続きによらずに撤去したことは違法な自力救済にあたるか。

職員組合の看板設置や訴訟に関する経緯



職員組合の看板=百万遍門(本紙20年7月1日号より)



目次

条例の規制の概要
争点1 条例は合憲か
争点2 条例を京大に適用したのは合憲か
争点3 労使慣行の有無
争点4 看板撤去は不当労働行為か
争点5 不誠実な団交か
争点6 違法な自力救済か
本判決のポイント

条例の規制の概要


市の屋外広告物条例は市内全域で屋外広告物を規制している。ただし、市内全域につき一律の規制ではなく、市内全域を①禁止地域、②規制区域、③特別規制地区の3つに分けて、異なる規制を及ぼしている。①禁止地域の代表例は、公園や河川である。③特別規制地区には、産寧坂や上賀茂など7地区が指定されている。残りの地域は②規制区域に該当する。②規制区域は、地域の特性に合わせてさらに21種類の区分に分かれている。

規制区域内において屋外広告物を表示するには、原則として市長の許可を得なければならないこととされている。

例外的に市長の許可を要しない屋外広告物としては、▼大学などの公共的な団体が公共目的で表示するもの▼労働組合活動のために表示されかつ許可基準を満たすもの▼建物や土地の管理のために表示するもの(管理用屋外広告物)などがある。ただ、これらを表示しようとする者にも、許可基準に適合させるよう努める義務が課されている。

屋外広告物の許可基準には、屋外広告物の色彩や高さ、面積に関するものがある。本件で特に問題となったのは、「区画内に存する屋外広告物等(管理用屋外広告物等を除く)の面積の合計が、規制区域の区分に応じて定められた面積上限を超えない」旨の規制である。

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争点1 条例は合憲か


一般に、表現の自由を規制する法令は、規制対象を明確に定めていなければならず、規制範囲が過度に広汎(広範)であってもいけないと解されている。本来許される表現への萎縮効果をうまないようにするためだ。

職組は、市の屋外広告物条例の規制対象は①明確でなく、②過度に広汎でもあるから、表現の自由を保障する憲法21条に違反すると主張した。

①について職組は、1つの区画が複数の規制区域にまたがる場合に、どの規制区域に応じた面積上限が課されるのかが規定されていない点を挙げた。

例えば、京大の本部構内は、その大部分が「第2種地域」であり、北端を画する今出川通から25メートルの範囲のみ「沿道第2種地域」に指定されている。区画ごとの面積上限は「第2種地域」なら5平方㍍、「沿道第2種地域」なら15平方㍍である。京大の本部構内を一区画と考えた場合、区画全体の面積上限や各区域の面積上限がどうなるのかが判然としないというのが職組の主張である。これに関連して職組は、条例における「区画」の定義があいまいで、恣意的な判断が可能とも主張した。

しかし地裁は、1つの区画が複数の規制区域に該当する場合、各区域内の面積基準に適合した上で区画全体としてはより緩やかな面積基準に適合する必要があること、「区画」が建築物や敷地の管理権に基づいて区分されることは、「通常の判断能力を有する一般人をして理解可能」だなどとして、職組の主張を退けた。

②について職組はまず、条例が対象区画の広さにかかわらず掲出できる屋外広告物の面積を一律に定める点が違憲と主張した。例えば、市は京大の本部構内全体を一区画と考えているが、これによれば本部構内全体で、百万遍にある商店1軒と同じ面積までしか条例所定の屋外広告物を表示できないことになる。このような規制は過度に広汎だと職組は主張した。

しかし地裁は、▼広大な面積を有する区画について表示できる屋外広告物の面積をより多く許容すると、区画内の特定の場所に集中して屋外広告物を設置することが可能となる▼管理用屋外広告物については区画の広さに応じてより多くの広告物の設置を認めており、一律の面積基準の弊害は軽減されているなどとして、一区画につき一律の面積基準を定めることは「合理的かつ相当な手段による規制」だとした。

職組はまた、条例がパブリック・フォーラムで掲出される広告物も例外なく規制対象とする点が違憲と主張した。パブリック・フォーラムとは、伝統的に表現活動の場とされてきた道路や広場、施設を指す。そこでは原則、自由な表現活動が認められるとする考え方がある。駅構内でのビラ配布等を処罰することが憲法21条に反しないかが問題となった最高裁判決の補足意見でも、一般公衆が自由に出入りできる場所が表現の場所として用いられるときは、表現の自由の保障に可能な限り配慮する必要がある旨が指摘されたことがある。

しかし地裁は、パブリック・フォーラムの考え方には触れず、法や条例の目的からすれば、「施設の性質を問うことなく一律に条例の対象とすることも合理性を有する」と述べた。そして、京大を含め公共団体は条例の基準に適合させる努力義務を負うにすぎないことも踏まえて、条例が過度に広範な規制をするものとはいえないとした。

百万遍交差点付近の屋外広告物規制区域︎(★は職組が立て看板を設置した場所。◉は総合博物館)



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争点2 条例を京大に適用したのは合憲か


職組は、仮に条例自体が違憲でないとしても、条例を京大に適用した市の行政指導は憲法21条と14条に違反すると主張した。具体的には、▼京大におけるタテカン文化の歴史の深さや価値の高さ、看板の設置主体を考慮していなかった▼京大の本部構内を一区画と捉え、面積上限について他の小さな区画と同一の努力義務を課したことで屋外広告物の設置機会が限定されたと主張した。

これに対し市と京大は、市は京大に任意の協力を求めただけだから違憲・違法ではないなどと反論した。

地裁は、条例を京大に適用することは違憲ではないと判断した。その理由としては、▼建物ごとに本部構内を細分化して一区画とする認定が適切とは考えられないこと▼区画の面積や施設の性質などを考慮せず、一律の規制をすることに合理性があること▼京大が条例により負うのは努力義務にすぎないことなどを挙げた。

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争点3 労使慣行の有無


職場や労使間において長期間反復継続されている取扱いを「労使慣行」という。裁判例は、労使慣行が法的効力を持つには、①同種の事実又は取扱いが長期間反復継続して行われたことに加え、②労使双方がこれを明示的に排除しておらず、③当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要すると解している。

労使慣行が成立すると、使用者がその慣行を一方的に変更することには制限がかかる。また、慣行に反する使用者の行為は違法と評価されうる。

今回の裁判で職組は、京大が職組による看板の掲示を認める労使慣行が確立していたと主張した。この点については京大の担当者も、裁判前の団体交渉では、「(労使慣行が存在することは)もちろんです」と述べていた。しかし京大は裁判では一転して、労使慣行は成立していなかったと主張した。

地裁は、京大の敷地内及び外構部分において立て看板が入れ替わり立ち替わり設置されていた事実を認めた。しかし、京大は明示的にも黙示的にもこれを許可していなかったとして、京大が職組に対し立て看板の設置を権利として認める「明確な規範意識」を有していたとはいえないとした。地裁は労使慣行の成立要件を示さなかったが、上記③の要件を否定したものと思われる。

そして地裁は、京大の担当者が労使慣行の成立を認めていたことは「上記認定、判断を左右しない」と述べた。この点について、原告側の村山弁護士は判決後の集会で、「大学当局の人が何を言おうと裁判所はそれに左右されないとするもの。思い上がりも甚だしい判断だ」と述べた。

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争点4 看板撤去は不当労働行為か


市の条例解釈によると、京大の本部構内のうち、今出川通沿いの「沿道第2種」にあたる区域では15平方㍍まで、それ以外の「第2種」にあたる区域では5平方㍍まで屋外広告物を掲出できる。ただ、本部構内全体では15平方㍍が上限となる。

本部構内の「第2種」にあたる区域には、総合博物館前の石碑やポスター、正門の構内案内図がある。これらの面積を合わせると約5・4平方㍍となり、「第2種」の面積上限をわずかに超過する。一方、職組の看板が設置されていた「沿道第2種」にあたる区域や、本部構内全体では、面積上限を超えていない。

このことから職組は、京大が職組の看板を撤去したことに合理的根拠はないと主張した。また、京大が自らの広告物を削減する措置を講じていないこと、11月祭の立て看板が百万遍門の脇の小道に立つことを許している事実を挙げて、京大には職組を弱体化させたり、職組の活動に介入したりしようとする目的があったと主張した。

これに対し京大は、規程の制定と看板の撤去は京大の有する敷地管理権の適法な行使であるなどと反論した。

地裁は、学内規程の制定と職組の看板撤去が、京大の「敷地管理権の行使としての裁量を逸脱した権利の濫用であり、原告の正当な労働組合活動に対する妨害又は原告を弱体化するものであるといえる場合には、不当労働行為に当たり得る」という判断枠組みを立てた。そして、京大が総合博物館のポスターの面積を削減した上で、今出川通沿いに立て看板の設置を認めることも不可能ではなかったと指摘した。しかし、この措置には利用調整などの手間や負担がかかるとして、この措置を取らなかったことが京大の裁量を逸脱するとはいえないとした。

また、規程の制定と看板の撤去が一律に行われたこと、京大が撤去後に職組に対し代替設置場所提供の方針を繰り返し示していたことからすれば、不当な目的で撤去が行われたとは認められないとした。

総合博物館前のポスター



総合博物館前の石碑



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争点5 不誠実な団交か


一般に、使用者は労働組合との団体交渉において誠実に交渉する義務を負い、不誠実に交渉した場合は労働組合法が禁止する「不当労働行為」を行ったと評価されて損害賠償責任を負うと解されている。

職組は、京大が職組との団体交渉に不誠実な態度で臨んだと主張した。具体的には、総合博物館のポスターなどを減らせば、条例に抵触せずに職組の看板を掲出することができたのに、京大は自らが掲出する広告物との利用調整に一切応じなかったと主張した。

これに対し京大は、大学運営のために必要な屋外広告物を削減することには応じられないと説明し、従来の設置場所と掲出効果の遜色のない代替設置場所を提案したから、不誠実な団交ではなかったと反論した。

地裁は、京大は職組に対し外構部分への立て看板の設置は許容できないと明確に伝えつつ、職組に生じる不利益を低減させるように代替措置を提案していたとした。そして、職組の提案は京大の提案よりも望ましい提案であったと思われるとしつつも、そのような対応をしなかったことは京大の裁量を逸脱しないと判断し、職組の主張を退けた。

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争点6 違法な自力救済か


職組は、京大が法的手続きによらずに職組の看板を撤去したことは、違法な自力救済にあたると主張した。自力救済とは、司法手続きによらずに実力を行使すること。

これに対し京大は、京大が撤去可能なのは撤去の要請に応じない立て看板のみであり、撤去した看板は一定期間保存され、設置者の財産権への制約を必要最小限にとどめているから、違法な自力救済にはあたらないと反論した。

地裁は、京大が職組の看板を撤去した行為は、敷地に対する管理権に基づき、円満な管理状態を実現する目的で行われた必要かつ相当な行為であったから違法ではないと判断した。

判決前日に百万遍交差点に出された、判決傍聴を呼びかける立て看板(6月25日)



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本判決のポイント


第一に、表現の自由の保障の重要性にあまり言及しなかったことだ。職組は、表現の自由の重要性に鑑みて厳格な基準で条例の合憲性を審査すべきと主張していた。地裁はこの点を明言しなかったが、表現の自由の保障の重要性にあまり言及しておらず、少なくとも厳格な基準は採用しなかったといえるだろう。

第二に、京大と職組の間で、職組による看板の掲示を認める労使慣行は成立していなかったとしたことだ。地裁は、京大は立て看板の設置を積極的に禁止したり撤去したりしてこなかったにすぎず、黙示的にも立て看板の設置を許可していたとはいえないとした。ただ、京大担当者は裁判前の団体交渉において労使慣行の存在を認めるような発言をしていた。地裁の判断が上記発言と相容れないものでないかが、控訴審でも問われていくことになるだろう。

第三に、京大が総合博物館前のポスターを減らせば、条例の定める面積上限を超過することなく、今出川通沿いに立て看板を出せることを確認したことだ。地裁は、京大がそのような措置をとる義務はないとした。ただ、それは裏返せば、そのような措置をとることも妨げられないということである。控訴審においてもこの点は問題になるだろう。

第四に、看板の倒壊の危険性には特に言及しなかったことだ。一般に、立て看板を撤去すべきとする立場から、立て看板の倒壊の危険性が指摘されることがある。しかし、本判決で問題となった職組の看板の材質は中空樹脂(プラダン)であり、木の板ではない。本判決を読む際には、このことに留意することも必要だろう。

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