【特集】国際卓越研究大学 第2回申請へ 京大の説明状況や組織改編/認定校・東北大の動向を追う
2025.05.16
5月16日、国際卓越研究大学(卓越大)の第2回目公募が締め切られた。湊総長は、25年1月の記者会見で「本気で申請する」と発言するなど、申請に意欲を見せていた。本紙の取材に、京大は締め切りまでに申請する予定だと回答した。
この企画では卓越大制度をめぐるこれまでの経緯や京大内の状況に加えて、既に卓越大に認定された東北大の様子を取り上げる。東北大の学生および教員に取材して、認定前後の学内の動きや現場の変化を探る。卓越大の認定を受ければ、京大の組織体制はどのように変化するのだろうか。今後の京大のあり方を考える契機にしたい。(史)
解説
東北大が目指す25年後の姿 体制強化計画に掲げる目標
京大教員 「選択と集中」で研究力向上は困難 職員組合 駒込教授・林教授に訊く
京大職組 再三声明で懸念 執行部に十分な説明を求める
京大 「丁寧に説明を行っている」 学内での周知に見解
東北大学生 学生に身近な改革なく 先行き不透明 文学部生・農学部生・機械系院生に訊く
東北大教員 「理念なき改革」で教育の質低下を懸念 職員組合執行委員長・片山知史教授に訊く
湊総長は1月の年頭挨拶で、運営費交付金の減少と若手研究者の自立化に制約のある教育研究体制の問題を指摘し、大学の自立と研究の自由を担保するためには構造改革が必要だと述べた。卓越大の認定は、改革推進を安定的に支える財政基盤の確立のために「必須の要件」だと説明した。これは単に不足する運営費を助成金で賄うという意味ではなく、助成金を活用して助成期間内に自らの力によって運営資金を賄いうる基盤を作るという意味だという。
ここでは、第1回申請から現在にいたるまで京大がどのような経緯をたどってきたかを見る。
22年12月に大学ファンドから助成金を拠出する「国際卓越研究大学」の公募が始まった。認定を目指す大学は、23年3月までに意向表明書と体制強化計画(第一次案)を提出した。第1回公募に申請したのは、東北大、東京大、東京科学大(東京医科歯科大と東京工業大が合併)、筑波大、名古屋大、京大、大阪大、九州大の国立大学8校と、早稲田大、東京理科大の私立大学2校であった。
23年7月、湊総長は第1回申請の内容に関して、教職員向けにオンラインで説明会を開いた。申請の概要は、「世界の研究大学に伍して国際社会でゆるぎない認知と承認を得られる研究大学」を目指し、▽研究力強化のための研究組織改革と人材・研究環境への積極投資▽研究成果の社会的価値化のための実行メカニズムの構築▽自立的大学経営のための新しいガバナンスと実行体制の確立、の3つの構造改革を進めるというものであった。
本紙は関係者に、具体的な数値目標や構想を取材した。23年7月時点で、総長は最も重要なのは「人への投資」であり、研究力強化プログラムにあてる助成金のうち、6割を人材の雇用にあてると説明したという。また、研究環境について、全ての研究者が自由かつ容易にアクセスできる先端技術機器や高度技術者の育成を担うテクノラボ、大学院生を含む研究者への最新技術教育の提供などを掲げた。被引用数が多く、質の高い論文を示す指標となるTOP10%論文の割合を現状の11・2%から、25年後に15%に引き上げる目標を示した。(=京大の第1回申請内容を示す表を参照)
2. 研究成果の社会的価値化のための実行メカニズムの構築、多様な専門人材の効果的な組織化により、研究成果の潜在的価値の効果的で迅速な社会還元や、事業化の体制を整備する。
3. 自立的大学経営のための新しいガバナンスとマネジメント、多様なステークホルダーの合議により、意思決定機関の公正なガバナンスのもとで、経営、教学、財務戦略事業等の機能分離と、各実行組織における効果的マネジメントの体制を確立する。
審査の結果、23年9月に東北大が認定候補に選出され、24年11月に卓越大の認定を受けた。
アドバイザリーボード(有識者会議)が公表した資料によると、卓越大の認定校には国の大学改革を先導し、取組が他大学の模範となることを重視したという。
有識者会議は京大の申請内容について、執行部が構造改革の推進に向けて強い意志を持っていると評価する一方、研究組織を改組するためには新たな体制の責任と権限の所在の明確化が必要だと指摘した。また、執行部が持つ変革への意志を、長期間にわたり教職員が受け継ぐべきだとして、学内の構成員が構想を具体的に共有するなど、全学としての推進を期待すると述べた。
第1回の審査を経た後も、各種学内会議で卓越大の公募が話題に上がっている。京大がHPに公開している議事録を見ると、24年9月に部局長会議で「事務職員の抜本的改革」に触れている。同年12月には、部局長会議で卓越大の構想骨子について説明があり、教育研究評議会では総長メッセージの周知依頼が行われている。1月には教育研究評議会で公募に対する今後の方向性を説明し、経営協議会では第1回公募の審査状況について意見交換を行った。3月、運営方針会議でも卓越大について議論があったようだ。
京大は、HPに公開している議事録では議論の要旨を短くまとめて掲載することが多く、具体的な議論が見えにくい場合が多い。ただ、1月の経営協議会の議事録では、参加した委員が意見交換した内容を公開している。議事録を手がかりに、京大の関係者が申請内容についてどのように捉えているのかを見る。
委員からは前回の申請内容では「目指すべき姿がわかりにくかった」として、キーワードで端的に示すべきだとの意見や、独創性に重点を置いて教育研究に取り組む研究の風土など「京都大学らしさ」についての記述が少なかったとの声があった。
改革案については「部局講座制からの移行について、現状の課題の解決方法を具体的に示さないと構成員の理解を得られない」との指摘があった。また、改革の継続性の担保に際しては人事と文書化が重要であるとして、「総長選考など人事では、組織として合意した長期的な計画書を引き継ぐことを重視する仕組みを明確にするべき。文書化については、暗黙知として蓄積されたものを構成員で議論して言語化することで、目指す姿と戦略が明確になり学内に共有されると思う」との発言もあった。
優秀な研究者の獲得については処遇改善が重要であり、現状の給与額をベースに業績評価による増額を提案する声もあった。若手研究者がオリジナリティの高い研究をできる環境を構築することを強調し、結果として国際的な高評価や産業界の発展に繋がることを明確に表現するべきだとの指摘もあった。
24年4月、京大は産官学連携本部や渉外部基金室などを統合して成長戦略本部を設置した。設置の意図として、京大は研究成果の事業化や寄付で獲得した資金を大学に還元することで、自由で自律した研究活動の展開へとつなげ、大学の持続的成長の実現を目指すと説明している。
25年1月には、既存の部署を統合し、執行部管轄の組織として総合研究推進本部を設立した。共用の研究設備の拡充や事務仕事を担う職員の配置などにより、特に若手研究者に対し支援体制を強化する狙いがある。これを発表した記者会見で総長は卓越大に「本気で申請する」と意気込んでいた。
4月には、教育改革推進本部を新設した。「教育上の複合的な諸課題」を解決するための長期的な教育改革の立案や、改革の実施体制の整備を行うという。
これらはいずれも事業推進組織に所属しており、卓越大申請に向けた組織改編の一部だと言えよう。
国際的に卓越した研究を行い、社会に変化をもたらす研究成果が期待される大学を国が「国際卓越研究大学」に認定する。大学が作成した体制強化計画に基づき、国が10兆円を運用する「大学ファンド」から1年あたり最大で数百億円を拠出する。
一方で、認定された大学は大学ファンドの元本維持・増強のための資金拠出や、年間3%の事業成長を求められる。また大学運営に関する「重要事項」を議決する、学外者が半数以上を占める合議制機関の設置など、制度改革も課される。なお、ここでの合議制機関とは、国立大学では運営方針会議、私立大学では理事会又は評議員会、公立大学では定款により設置される合議制の機関を指す。
23年12月、規模の大きい5法人6大学に運営方針の決定権を持つ「運営方針会議」を設置することを盛り込んだ国立大学法人法の改正案が国会で成立し、昨年10月に施行された。
運営方針会議は、学長と3名以上の委員からなり、中期計画や予算・決算を決定する権限を持つ。これらは従来、学長が役員会の決議を経て行っていた。会議は、決議に基づいて運営されていない場合に学長へ改善措置を要求すること、学長選考に関して学長選考・監察会議に意見することができる。
今年1月、湊総長は学外から6名、学内から理事4名を運営方針委員に任命した。学外委員として、NTT・堀場製作所の取締役会長などが名を連ねる。議長に選出された平野信行氏は、三菱東京UFJ銀行頭取、MUFG社長、会長を務めたのち、現在は三菱重工業の取締役を務めている。
卓越大に申請する場合、体制強化計画を策定する権限が合議体組織にあることが求められている。
卓越大の認定に際しては、7つの条件を全て満たす必要がある。実績について「国際的に卓越した研究実績」と「経済社会に変化をもたらす研究成果の活用実績」の2点を有することを求める。研究体制については「教員組織及び研究環境等の研究の体制」・「民間事業者との連携協力体制等の研究成果の活用の体制」・「効果的な資源の確保及び配分等の行える運営体制」・「研究に関する業務と管理運営に関する業務の適切な役割分担等の業務執行体制」の4点の整備を求める。さらに、国際的に卓越した研究等を持続的に発展させるために必要な財政基盤を有することを要件とする。
ここからは、第1回公募における助成開始までの流れを見る。
申請を受け、認定要件を審査するアドバイザリーボード(有識者会議)は、各大学との面接や現地視察を実施し、内容を審査した。公募締め切りの5か月後、有識者会議は、東北大学を認定候補にすると発表。ただし、一定の条件を満たした場合に認定するという留保を付した。これを受けて東北大は、計画を修正した。有識者会議は、計画の精査や具体化が図られたと評価し、東北大を正式に認定候補に選んだ。その後、文科大臣が東北大を卓越大に認定した。認定を受けて、東北大は体制強化計画を提出し、文科大臣が計画書を認定。大学ファンドを運用するJSTは、計画書の認定を受け、25年度分として約154億円の助成金を東北大に交付した。
第2回公募でも、有識者会議の審査を経て、文科大臣が認可を行うことが想定される。
なお、有識者会議の構成員は、富士通株式会社の執行役員や東京大学教授、NTTの相談役など10名が務める。
東北大は、昨年12月に研究等体制強化計画を学外に向けて公開した。ここでは、教員や学生のインタビュー(=4面に掲載)で言及された改革案を抜粋して扱う。
計画書の中で、東北大は個別の研究振興ではなく「システム改革」に主眼があると述べる。そして▽研究成果と社会価値を創出し、地球規模課題の解決に貢献する▽多彩な人材を世界から集め、多様性を力として共同する▽変革と挑戦を価値として、システムを改革し、構成員や社会とともに成長するという3つの「公約」を掲げた。
これらの「公約」に基づき、東北大は具体的な数値目標を掲げる。いずれも現状から25年後まで▽業務活動収入から運営費交付金・補助金等収入を除いた自己収入の割合である自己収入比率を43%から72%に、大学病院分を除く事業規模を891億円から2922億円、独自基金について0億円から約1兆2千億円にする▽学術的な側面では、論文数を約3・5倍、TOP10%論文の割合を約2・5倍にする▽社会的な側面では民間企業からの研究資金の受け入れを約11倍、大学発スタートアップ数を約10倍にする▽研究者について、外国人比率を9%から30%、女性研究者比率を15%から40%、国際対応力のあるスタッフ比率を6%から50%にする▽学生について、留学生比率を学部で20%、修士と博士で40%に、博士号取得者数を569人から1400人にする目標だ。
世界トップレベルの研究者からなる「研究戦略ボード」を設置し、研究活動全体を俯瞰する。分野の特性を考慮した評価軸によって研究水準を測定し、「世界水準の研究ガバナンス」を展開する。
教授・准教授・助教からなる研究室単位の講座制から、准教授や助教であっても研究ユニット主催者として研究を主導できる「フラットな研究体制」に移行する。基盤的経費は研究ユニット単位、核となる設備や支援スタッフは共通で使用する。加えて、研究活動のマネジメントや成果の活用促進を行う人材である「URA」や技術補佐員など専門職スタッフ1100人を増員する。
また、初期・中堅の研究者が早期に独立する機会の拡大や、海外からの優秀な研究者の獲得のために、競争力ある雇用条件などを実現する「国際卓越人事トラック」を全学的に整備し、研究ユニット主宰者に対して国際水準の処遇や基盤経費などを提供する。
27年度に、全大学院の定員、学生配置、学位授与を一元管理する「高等大学院」を設置する。博士課程学生の増加を目指して、給与支給など経済支援を拡充して研究者として処遇する。
また、「高等大学院」への接続を見据えて、1~2年次に海外の難関大学への留学などを必須化し、3~4年次に専門教育を行う「ゲートウェイカレッジ」を27年度に新設する。初年度の入学者は、日本人100人、留学生100人分の定員枠を設ける。10年後には入学者を千人、最終的には、国家資格取得につながる学部以外の学部をゲートウェイカレッジに統合し、1学年2千人の定員とする。
さらに、入学者選抜を統括する機構を設置し、総合型選抜へ段階的に移行する。これにより、教員を入試業務から解放する体制を作る。あわせて、海外高校生に向けてオンライン選抜を拡大する。入学前教育や入学前留学のプログラムを提供する。
企業の研究・事業開発機能をキャンパス内で実現する「共創研究所制度」を拡充・強化し、世界最先端の放射光施設「ナノテラス」や半導体テクノロジー共創体、バイオバンクを有する東北メディカル・メガバンクなど、民間投資を呼び込む施設を拡充する。
仙台市街全体をスタートアップキャンパスとして位置づけ、起業家精神の育成や起業への投資までシームレスな支援を行う。
また、大学債等の発行により、青葉山新キャンパスの約4万平方㍍の敷地に「サイエンスパーク」を整備する構想もある。東北大が有する人材や設備を社会に提供して産学連携を進めることで、社会課題解決と新産業創造を目指す。
審査を担った有識者会議が23年9月に公表した資料から、東北大が認定候補として選出された理由を探ってみよう。
有識者会議は、東北大学の体制強化計画書を3つの公約、6つの目標、19の戦略を提示するなど、達成状況が明確である体系的な計画であると評価する。また、ガバナンス体制の構築については、執行部の強い意志のもと、月単位で各部局の収支を把握したり、戦略的な資源配分を可能とするデータ基盤を整備したりするなど、「改革の理念が組織に浸透している」と述べた。
他方で課題点の指摘もあった。民間企業等からの研究資金等受入額を10倍以上にする目標については、従来の成長モデルの延長上では達成が困難であり、戦略の見直しを求めた。海外からの研究者や学生の受け入れ態勢は途上だとして、研究者の確保には雇用条件などの明確化の必要性に言及した。
24年2月と5月に東北大は有識者会議による面接審査を受けた。同年6月有識者会議は、東北大学が卓越大の認定及び体制強化計画の認可の水準を満たし得るものとの審査結果を公表した。
24年6月の公表資料によると、課題として指摘された研究資金等受入額の目標については、目標実現に向けた過程を模式的に表したロジックツリーや共創事業拡大のための重点戦略分野の選定などが示されたことを評価した。また、人材確保については、行政との連携を含めた取組に触れ、今後の進展に期待を示した。
卓越大申請に向けて、京都大学職員組合は3度にわたる声明を発表し、執行部に対して十分な説明を行うように求めてきた。
卓越大の制度や、それに伴う改革にどのような懸念を抱いているのだろうか。駒込教授と林教授に話を伺った。(=5月9日、京大本部構内にて。聞き手=史・燕)
―京大執行部は、卓越大申請までどのような説明をしたか。
駒込 23年の第1回の申請では、同年7月に全学の教職員を対象に、オンラインの配信ツールを用いた説明がありました。第2回の申請では、3月末から1ヶ月間で計8本の動画を公開しています。また、教育研究評議会や役員会などの会議で議論されているようですが、部局長会議や教授会を通して現場の教職員まで具体的な内容が伝わっているとは感じません。
昨年12月の教授会で研究科長から、総長が教育研究評議会において卓越大の説明をしたと聞きました。具体的な内容を問うと、近々動画で総長が説明するからそれまで待ってほしいと言われました。第1回申請では、教育研究評議会で重要な話題が報告された後に教授会で議論して、その結果を教育研究評議会にフィードバックするという手続きがかろうじてありました。対して今回は教授会で内容に触れなかったので、違和感を覚えました。ただ、部局によっては口頭で内容に若干言及したところもあったようです。
第1回申請の時に、東大では教職員と学生に向けて対面での説明会が開催され、質疑応答の時間もあったということです。ただ、京大では対面での説明会はなく、学生に対する説明や記者会見もありません。
―卓越大に関連する情報の管理については。
駒込 第1回申請に向けた説明では、ダウンロードが禁止されるなど制約がありつつも、資金を調達する流れを示した図などの資料が教授会で示されていました。ただ、今回は具体的な資料をほとんど目にしていません。
―所属する研究科での受け止めは。
林 どの研究者も研究資金を獲得したいと思っているはずですが、自分の周囲では卓越大の制度を積極的に歓迎する雰囲気はありません。教員は研究と教育に専念したいので、組織改革などに伴う事務作業はなるべくやりたくない。認定されたら資金をもらえるが、同時に雑用が増えるのではないかと受け止めているようです。
駒込 教育学部では、理系学部ほど資金が欲しいという感覚はありませんが、どの研究者も研究に専念する時間は欲しいと思っています。新たな組織「改革」がさらに研究の時間を削ることへの懸念は共有されていると思います。ただ、突出した意見表明をして目立つのは避けたいという雰囲気を感じます。
職員の中にも卓越大制度への懸念を強く持っている方がいます。ただ、立場上反対を表明できない、あるいはしにくいということがあると思います。
―国からの運営費交付金が減少している状況がある。
駒込 国立大学の法人化から20年間で約15%の運営費交付金が削減されました。加えて円安や物価高の影響で、実質的に予算は目減りしています。国公立大学と私立大学、理系や文系など対立構造のなかで予算を奪い合うのではなく、高等教育の予算全体の拡充を訴える必要があります。実際に国立大学の学長の構成する国立大学協会も運営費交付金の増額を求める声明を出しています。
ただ今後、数校が大学ファンドから巨額の助成金を受け取る状態が生まれます。そうすると国立大学全体として増額を要求する姿勢は崩れて、選ばれなかった大学は滅びてもしょうがないという新自由主義的な論理のもと、大学間の格差がさらに広がると思います。
国の研究力を上げるためには、大学単位の支援では不十分です。特に総合大学では、専門領域の近い人は学内ではごく僅かで、実際には全国、全世界に散らばる仲間と共同で研究をしています。また、大学の減少は、院生の就職先の削減も意味します。京大の大学院を修了した若手研究者が、地方の大学や私立大学で教員として勤務する場合も多いです。
林 科学は、多様な研究アプローチによる発見や解明の積み重ねにより発展してきました。特定の大学の設備を整えて、職員を増やす一方、資金獲得が難しい大学の研究費を削減した場合、存続が厳しくなった場所にいる研究者たちのアプローチは消えてしまいます。全国にある大学から数校のみを選定して熱心に支援することで、研究者の層が薄くなることを懸念しています。
―運営方針会議の懸念は。
駒込 運営方針会議での議論が現場に何も伝わらないのが現状で、議長が三菱重工の取締役に決まったことも報道で知りました。また、報道後に京大のHPで公開された運営方針会議の議事録について、法人文書開示請求を行ったところ、法人がWeb上で公開している議事録以外の文書が存在しないという結果が出ました。ただ、公開されている議事録は要旨をまとめただけのもので、各議題につき1、2行ほどしか記載がなく、発言者もわかりません。より詳細な議論が当然あったはずなので、隠したいことがあるのだろうと不信感が募るばかりです。
運営方針会議は総長を監督する権限をもち、総長の人事に意見できるので、総長をしのぐ権限を持っていると言えます。総長を決める時には総長選考会議の設置や教職員による投票が必要とされているのに対して、運営方針会議の議長については具体的な選考過程が明確に示されていないことが問題だと思います。運営方針会議の制度によって、大学が特定の企業の研究所を代替する役割を担わされることを懸念しています。
また、運営方針会議で特定の学問に偏重する方針が採択された場合に、学生の学ぶ権利が侵害されるのではないかと考えます。何年も継続して進学する学生が少ないために専攻が無くなるのは、ある意味では仕方のないことかもしれません。ただ、筑波大や東北大で従来の専攻が突然無くなって、学生を困惑させた事例があります。運営方針会議の決定で組織改編を行うことができるようになると、同様のことが発生すると懸念しています。
―理学部でも企業との共同研究はあるか。
林 理系分野の研究の多くは、研究設備の購入や研究員の確保のために資金が必要です。理学部でも企業との共同研究は行われています。研究者は企業のニーズを知り、テクノロジーを社会実装することを目的としています。
共同研究を始めるにあたって、企業から直接研究者に声をかけてもらう場合と、研究者が社会実装を目指してベンチャー企業を立ち上げる場合があります。私自身にも企業との共同研究の経験があります。
―共同研究で気をつけるべきことは。
林 教育効果が見込めなくても、企業との契約で定められた作業を学生に押し付けることが想定されます。労働力としての搾取や利益相反(※)として問題です。企業秘密や製品化に関する情報は外部に公開できないので、学生は自分の成果を発表できません。
共同研究で独自に資金を得ている研究者の知人は、指導下にある学生と共同研究に関わる研究員を完全に切り離しています。問題は、全学的なルールが無く、個々の研究者の意識に依存していることです。大学は教育機関であり、最先端の研究において新しい知を創造する現場での高い教育効果が重要となります。教育と研究をうまく切り分けられるか心配しています。
駒込 軍事研究に従事させられる場合も想定できます。共同研究であれば一定の時間が経てば公表できても、経済安全保障に関する分野では罰則が規定されているため、軍事研究の成果は多くの場合に公表できません。軍事研究に従事させられた学生は、自分の成果を公に出来ず、キャリア形成が難しくなります。
23年に科学技術力・産業競争力の強化を牽引する目的で、福島国際研究教育機構が新設されました。学位は学会発表などを通して、外部に業績を示した上で付与されるものですが、博士号を独自に付与できる仕組みを持たせる予定だと聞きます。ハンフォードという米国の核施設の周辺地域をモデルとみなして視察していることから、軍事研究の拠点になるのではないかと懸念しています。
―京大執行部は小講座制を廃止して、デパートメント制を採用すると言っている。
林 現行の研究科―専攻の組織からデパートメント制にすることで、研究の流動性が生まれ、かつ事務作業が減ると執行部は説明していますが、デパートメント制と小講座制廃止はあまり関係が無く、移行の段階で事務業務が増加する懸念もあるので、実際にどれほどの効果があるか疑問です。デパートメント制の導入と同時に、研究科が教授会で学問の設計や人事を決める仕組みを無くしてしまうことが想定されます。本当は卓越大の認定のためだけの改革だけれども、正当化できる理由を後から作り上げて現場に説明をしているように感じます。
駒込 現在は新しい教員を採用する際、研究科内で研究テーマが近い教員を選考委員として選び、委員が対等な立場で業績を審査して判断します。他の大学で、学長や研究科長が人事に関与する委員を選んだ事例があり、教員人事採用にも上層部の恣意的な意向が反映されることを懸念しています。
最近、京大でも「センター」が「機構」に改組されて存続する事例があります。基本的に教育組織であるセンターの長は教員が互選で選ぶ一方で、事業的組織である機構では専任教員を置かないこともあり、機構長を総長が指名するのが一般的です。デパートメント制が実現されたならば、運営方針会議がデパートメント長を指名し、デパートメント長が人事にかかわる委員会を構成する仕組みが作られるのではないかとにらんでいます。デパートメント制の導入で、既に学内の組織で少しずつ強まっているトップダウン式の体制が、さらに強化されると思います。
デパートメント制を採用している海外の大学の理事会には、学生代表や院生代表が含まれている場合があります。運営方針会議に強大な権限を認めるのならば、同様の措置を検討すべきです。また、法学部のようにすでに大学院との一貫教育の制度を設けているところでは、学部と大学院を切り離すことへの懸念もあがっていると聞きます。
―卓越大制度への懸念事項は。
林 目的に対する明確な指針が設計されることなく資金を支給することに強い懸念を抱いています。2000年代の「次世代スーパーコンピューター事業」では、理化学研究所が中心となり、NEC、日立製作所、富士通が共同開発していました。当時、国は「世界一のスーパーコンピューターを作る」という目標のために莫大な予算を付けていましたが、あまりにも抽象的な目標で具体的な到達点が見えず、NECと日立は途中で事業から撤退しました。「世界に伍する研究大学」を作るという漠然とした目標のもと、莫大な資金を拠出する卓越大の制度と共通点があるように感じます。
駒込 卓越大制度などの大学政策は文科省ではなく、内閣府が主導しています。内閣府の総合科学技術・イノベーション会議には独自の予算が割り振られており、「ムーンショット型研究開発制度」などで多額の研究費を割り当てる仕組みが生まれています。予算を割り当てる人が研究分野に見識がある場合だと、信頼に値する評価をする可能性が高いですが、専門外の人が研究の価値を判断するのは困難です。縁故主義で採択されたり、研究不正の温床になったりすることを懸念しています。
研究分野別ではなく大学単位で評価する卓越大制度についても、ごく少人数の「有識者」によって恣意的な判断が下されることを懸念しています。
京大の人は、法人化など様々な大学改革を経験するなかで「今までたくさん毒まんじゅうを食べてきたけれど、消化して栄養だけを取ってきた」という自負があるのではないかと思います。ただ、学外委員の意向を反映する最高意思決定機関ができた状況を踏まえると、卓越大の制度の「毒」はとりわけ強烈だと感じます。
しかも、10兆円ファンドの9兆円は財政投融資という借金で、25年後に返済の義務があります。返済時に原資を割っていたら、誰が責任を取るのでしょうか。税金で払うのか、個々の大学が埋め合わせるのかわかりません。あまりにも無責任な仕組みだと思います。
林 大学全体の文教予算が減少する可能性もあります。卓越大に認定された大学が大規模な組織を作って人をたくさん雇ったとしても、ファンドの運用益が上がらなかった場合、助成金が減額されます。研究員の人件費が支払えないと、他の部署での経費を無理やり削減する状況が生まれます。不安定な運用益で賄う前提で、大規模な組織を運営できるか疑問に思います。
一方で、大学間の競争が起きた場合、選ばれなかった大学は淘汰されてしまう恐れがあります。たとえ問題があると感じる制度であっても、申請に向けて動かなければいけないことにジレンマを感じています。〈了〉
23年10月、京大職組は京大が第1回申請で「落選」したことを受けて声明を発表した。政府・文科省に対して卓越大制度を廃止して、公費で大学を維持するよう求めた。その上で、京大執行部に対して再申請を断念し、予算の充実を求めるように訴えた。
同年11月、「一定規模以上の大学」に運営方針会議の設置を求めると定めた国立大学法人法改正案の閣議決定を受けて、東京大や大阪大など計5大学の職組と共同で声明を発表した。卓越大の申請が開始されたあとに、総長をもしのぐ権限を持つ運営方針会議を設置したことを批判し、改正案の廃止を求めた。
京大への運営方針会議の設置が義務付けられたことを受け、24年10月には2度目となる声明を出した。声明で、政府や財界関係者が学外員として大学の意思決定に関与する仕組みを踏まえて、大学を政府と財界の「植民地」にしてはならないと訴えた。また、学内委員として理事があげられていることに対して、教職員や学生の代表も含めるべきだと指摘した。
今年4月、湊総長が教職員に対して動画配信を行ったことを受け、3度目の声明を発表した。湊総長は動画で、申請・認定にかかる「メリット」を述べるのみで、懸念事項を払拭できていないとして、対面式で双方向的な説明会の開催を要求した。また、動画で言及のあった研究組織としてのデパートメント制の導入について具体的な説明を行うことや、運営方針会議の運用方法についての懸念を払拭することを求めた。
本紙は、第2回申請に向けて、京大執行部が学内向けに行っている説明状況を取材した。現行の取り組みが十分か問うと、京大は「全学会議における総長による継続的な構想説明と意見交換、構想骨子に関する説明動画の配信等、丁寧に説明を行っている」との見解を示した。
湊総長はホームページに公開した25年の年頭挨拶で、業務改革や教育研究改革、経営改革など「抜本的改革」に着手して向こう4半世紀にかけて大学の構造改革に取り組むと述べた。その中で、具体的な内容を年末に総長メッセージとして全教職員向けの学内オンライン配信で説明したと明かしていた。
取材に対し京大は、総長が卓越大に関する構想骨子を教職員向けに説明する総長メッセージの動画を配信したと回答した。加えて、この動画に対してアンケートで寄せられた疑問に答え、教職員に卓越大への理解を深めることを目的として、京大の構想に関して総長と教員が対談する動画8本を配信したという。京大は、情報を伝える範囲や効果を総合的に判断して、動画配信という形式を採用したと説明する。
動画の公開対象を教職員に限定した理由について、京大が検討する構想の内容について教職員向けに言及しているためだと述べた。学生を含む大学の構成員に対して説明の場や学外者向けの記者会見を設ける予定があるか問うと、4月25日時点で回答できることはないとした。
東北大の学生は、卓越大の認定をどう捉えているのか。本紙は学内の状況を探るべく、東北大日就寮のAさん(文学部4年)Bさん(機械系修士2年)Cさん(農学部4年)に話を伺った。(=5月1日、オンラインで取材。聞き手=史)
―卓越大への申請まで、当局の構成員に対する説明状況は。
B 昨年7月、工学研究科の学生・教員に向けて工学研の研究科長が卓越大の制度について話す説明会がありました。ただ、研究科長は制度の詳細を理解している様子ではなく「総長はこう言っている」という形で説明していました。質疑応答の時間には詳細は不明だとの回答が多く、参加した教員や学生と「一体どうなるのだろうか」と話した記憶があります。
A 全学的な説明としては、昨年7月末に総長から東北大全体に向けた動画配信がありました。ただ、ユーチューブを利用した10分程度の短い配信で、質疑応答などの時間は設けられませんでした。制度の詳細を当局が対面で構成員に説明する機会はなく、教職員も全然知らないまま進んでいると感じているはずです。
寮委員会として大学と交渉しているとき、職員に「卓越大の体制強化計画に国際寄宿舎を増やすと書いているけど、実際どうか」と聞いたら、知らなかったと言われました。上層部がグランドラインを描いて、一切現場が関わっていない状況でした。ただ、実際に認定されてから状況は少しずつ変わり、職員への認知も進んでいるはずです。寮担当の事務職員が目標を知らなかったことから鑑みるに、体制強化計画書の内容は、現場の意見にそって算出したものではない。他にも様々な部局で同じようなことが起きているはずです。
―卓越大について学生間で話す機会は。
A 実際に学生に関与する改革はまだ行われていないので、具体的な学生の反応は全然ありません。多くの学生は「よく分からないが、すごそうだ」というかなり曖昧な認識しか持っていないと思います。
B 「卓越大」「十兆円ファンド」という仰々しい言葉だけが1人歩きしており、制度の詳細については全く認知が進んでいません。
―卓越大の体制強化計画に、施設の拡充や小講座制から独立研究体制に移行する話がある。各部局における具体的な動きは。
A 認定後には、職員の公募が大きく増加しました。例えば「特任助教(運営)」というような形で、卓越大の資金を用いて研究成果を持った人材を職員として募集しています。背景には、研究力強化のために職員を増やして教員が研究に専念できる時間を確保したいという当局の狙いがあります。
また、著名な研究者に東北大に短期間だけ出向してもらい、東北大の職員として業績を上げることを目的とした「クロスアポイントメント制度」も始まっています。実際に姿を見たことのない他大学の先生の名前が、自分の研究室の教員一覧に載るようになりました。
他には、研究活動の支援を担うリサーチ・アドミニストレーター(URA)の公募に力を入れていて、主に博士後期課程の学生に声がかかっているようです。ただ、ジョブ型雇用で、長くても契約期間が5年間であるなど、かなり労働条件が厳しいと聞きます。
B 部局の組織改革について、個別にいくつか思い当たる話を聞いたことはあるが、大きな変化はまだ確認できていません。
また、工学系の研究者を集めたセンターを新設するという噂にあわせて、それができると思しき場所にボーリング調査が入るなど変化はあります。ただ、多くの学生が目に見えて感づくような変化ではなく、「もしかしたら……」という小さな動きしかありません。
―学部教育に関係する変化は。
A 4月、東京大学が学部4年と修士1年の5年制をとる新学部「UTokyo College of Design」を新設すると発表しました。100名ほどの定員枠の半数を海外からの留学生にあて、授業は全て英語で行うと言います。
東北大の卓越大の体制強化計画書にも、東大の新学部と同じような「ゲートウェイカレッジ」の構想が記載されています。27年に立ち上げることは発表しているものの、制度の詳細をHPなどに掲載していないため、学生の認知度は低いと思います。
東北大はいずれ医・歯など国家資格取得を目指す学部以外を、国内学生と留学生の数が半々となる「ゲートウェイカレッジ」に再編する流れになるとみています。体制強化計画書には、将来的に入試方法を総合型選抜(現行のAO入試)のみにするとあります。現行の学部教育を縮小する動きと、新しい施策に力を入れる動きが同時に起こっているので、これからどうなるか分かりません。
―卓越大の施策は、実学的な学問、とりわけ理系分野への投資という意味合いが強い印象がある。
C 東北大では、10年ほど前から企業の研究室の誘致が行われ、共同研究を行っています。これまでの研究成果が卓越大の認定にも関連しているようで、認定後は特に青葉山東キャンパス内の工学部の研究棟に誘致する動きがより活発になっています。
B 確かに工学系で動きがあると思いますが、私は学部教育寄りの教員の研究室にいるので、大きな変化を感じません。同じ研究科にいても差があると思います。
―文系学部での変化は。
A 文学研究科では、大学院のシステムの改革を会議で話し合っているようです。具体的には、学部修士の一貫プログラムを構想していると聞きます。現状は枠だけあるが、現場の教員たちが運用方法を理解していない状態で、申請しようとした友人は、教員に曖昧な対応をされたと嘆いていました。
―最後に、卓越大の制度に関する所感など。
A 文科省に評価されるためのポイント稼ぎが先行し、システムだけが作られたけれど、実際の現場はあまり変わらないというのが正直なところです。
B 特に工学部に資金が集まるのではないかという直感的な認識があると思います。ただ工学系に所属してみると、研究室の間で「選択と集中」が起こっていると感じます。工学系の教員にも冷めた見方が広がっていて、周囲で「これで東北大も良くなるぞ」という空気を感じません。全然期待している雰囲気がないのは、個人的に意外だと思います。
―東北大でも運営方針会議が組織されて既に会議を行った。
A 学外委員中心なので、雲の上の話という印象ですね。当局は一応ホームページに議事録を公開しているが、簡易的なメモだけでは具体的に何を話し合ったかさっぱりわからない。
―京大新聞では公開されている議事録を手掛かりに取材することもある。学生団体の自治意識や学生新聞のあり方は。
A 学生団体の自治は、思っているよりも悲惨な状況だと思います。東北大では、法人化を経た2005年頃に学生団体と大学の間で衝突が起こった結果、学生団体が敗北し、サークルが再編されることとなりました。
東北大学新聞を発行していた学友会新聞部は、学友会報道部へと名称変更を迫られました。名称を変えることに対して反対意見もあったようですが、既成事実として押し切られました。その後、サークル運動は終わってしまいました。
学内の複数ある寮でも、自分たちのことは自分たちで話し合って決めるという自治の意識が根付いているのはごく僅かです。東北大全体を見ても、自治意識は極めて薄いと感じています。〈了〉
東北大の教職員に対する説明状況や、認定後の現場の変化を東北大学職員組合執行委員長・片山知史教授に訊いた。(=5月5日、オンラインで取材。聞き手=史)
―申請までの学内の説明状況は。
東北大は、2023年9月に認定候補に選出されました。その後、初めて公式に申請内容を公開しました。
申請までも部局長連絡会議で報告はありましたが、スライドを用いての説明で配布資料がないことが多かったです。配布資料があるときでも、ダウンロードや外部への共有は厳禁だと指示がありました。卓越大に関しての情報は、大学の上層部しかアクセスできず、学内外ともに情報がコントロールされていた印象です。
―認定候補に選出された時、どのような反応だったか。
地元の放送局や新聞社の報道は、お祭り騒ぎの状態で盛り上がりました。教員や学生の間では、自分の大学が唯一選ばれて誇らしいという雰囲気がありましたが、大きな反応があったのはその時だけです。
実際に助成金の使途を議論する段階になると、あまりに高額であるために身の丈に合わない予算計画が組まれました。教員には既に徒労感が見られます。
一方、卓越大に認定されたことで、東北大のネームバリューが向上しています。入試関連の業務に関わる中で、高校生や受験生への認知が広まっているように感じます。
―卓越大への認定後、学内の変化は。
体制強化計画を全うするための教職員を増やすために、各部局で「人」に対しての予算の大盤振る舞いが始まりました。
既に優れた成果を持つ研究者と若手研究者の雇用に配分金の多くをあてることで、TOP10%論文(※)の数を増やそうと計画しています。
ただ、優秀な研究者がすぐに東北大に異動することは難しいので、クロスアポイントメント制度を採用し、他の機関に所属する研究者を短期間だけ雇用して、業績を東北大の成果としてもカウントする意図があります。
また、研究活動のマネジメントや成果の活用促進を行う人材であるURA(University Research Administrator)としての職員の雇用も目立ちます。次回以降の助成金は、東北大が集める外部資金に応じて変動するため、URAを強化して外部資金を調達することに力を入れているようです。
現時点で、URA部門での採用者はいます。ただ、研究者の雇用は簡単には進みません。特に優秀な研究者や海外の研究者を呼ぶには、現在の給与水準では足りないので、言い値で採用することも可能になっています。採用までの手続きは大変で、雇用の対応だけで既に現場は疲労しています。
―卓越大の懸念点は。
まずは、学生や院生に対する教育面の問題があります。体制強化計画には「ゲートウェイカレッジ」の構想があり、全学教育にあたる1・2年生の教養教育と専門教育を大きく変えることになります。ただ、若手研究者の卵である博士課程に進む学生を増やすという目的だけが先行し、教育理念について議論が全く行われていません。
奨学金で学生を支援する動きがありますが、施策の目的は論文数の向上にあります。学生の成長という視点が欠けており、学生や大学院生が道具として扱われると危惧しています。
「ゲートウェイカレッジ」では、英語で全ての科目を講義する方針を掲げていますが、私は実際に英語で授業を行う中で、日本語の授業と比べて情報量が大幅に少なくなると感じます。全ての授業を英語で行うことで、授業や実習の質が下がることを懸念しています。
教員は論文執筆の作業に追われると同時に、新たに着任した研究者への対応に相当な手間と時間を取られます。学生や大学院生の指導や世話はおろそかになることを問題視しています。
また、企業に役立つ科学技術開発に偏重する学内体制が生まれたことも懸念しています。これから数十年間、東北大は数値目標を実現する必要があります。継承性が強く、すぐには成果が出ない研究を続けていくのは難しくなると考えます。
同時に卓越大認定を受けたことによって、大学の自治やボトムアップでの合意形成はさらに困難になると思います。既に法人化以降、学内の自治意識が薄くなり、意思決定機関であるはずの教授会も意見聴取の場に過ぎなくなっています。
―運営方針会議について。
24年10月に運営方針会議が組織され、総長以上の権限を持つ意思決定機関が生まれました。運営方針会議で利益相反となりうる話が出ても、学内でボトムアップ式に反対をする仕組みがありません。
東北大の運営方針会議の議長は、半導体メーカーの取締役会長です。会議では、既に運営方針会議の学外委員に関係する部門を強化しなさいとの意見が出ています。例えば軍事研究をしろと言われた時、内容を精査して大学がはね返す仕組みがないことが大きな問題だと思います。
日本の学術の維持に寄与する高等教育機関として、時に国の政策に反対するような意見は今後出なくなると思います。
―大学の法人化前と現在の雰囲気の違いは。
私は04年まで助手として東北大に所属しており、11年に外部から戻ってきました。トイレの改修などでキャンパスが綺麗になっていく反面、学生団体に対してタテカンを出すな、勝手な集会を開くなと色々な制限を課すようになりました。東北大学新聞の記事を見ても、以前は大学の対応を批判する記事もありましたが、近年では大学の広報と同じような立場での記事が目立っていると感じます。
職員組合には直接制限を課すようなことはないですが、法人化以降、自由な雰囲気がなくなり、運営方式がトップダウン式になったと感じます。
―大学自治の雰囲気や学生団体の権利を弱めることと、卓越大の認定でトップダウン式が強化されることは関連しているのではないか。
東北大では職員に対して広報マニュアルを遵守するように指示され、上層部による情報のコントロールがますます強化されています。私は職員組合委員長を務めているからか、色々な発言ができていますが、そうでなければ処分対象になるかもしれません。
その延長線上に、卓越大の申請書が全然学内で議論されず、資料を部外秘にしていたことがあります。学生や教員の活動の自由を制限することと関連していると思います。〈了〉
お詫びと訂正
5月16日号の特集企画「国際卓越研究大学 第2回申請へ」において、東北大学の学生のインタビュー記事において「工学系の誘致が青葉山新キャンパスで進んでいる」と記載しておりましたが、正しくは「青葉山東キャンパス」です。訂正してお詫びいたします。
この企画では卓越大制度をめぐるこれまでの経緯や京大内の状況に加えて、既に卓越大に認定された東北大の様子を取り上げる。東北大の学生および教員に取材して、認定前後の学内の動きや現場の変化を探る。卓越大の認定を受ければ、京大の組織体制はどのように変化するのだろうか。今後の京大のあり方を考える契機にしたい。(史)
目次
京大執行部 湊総長 卓越大「本気で申請する」 改革支える基盤として認定は「必須」解説
東北大が目指す25年後の姿 体制強化計画に掲げる目標
京大教員 「選択と集中」で研究力向上は困難 職員組合 駒込教授・林教授に訊く
京大職組 再三声明で懸念 執行部に十分な説明を求める
京大 「丁寧に説明を行っている」 学内での周知に見解
東北大学生 学生に身近な改革なく 先行き不透明 文学部生・農学部生・機械系院生に訊く
東北大教員 「理念なき改革」で教育の質低下を懸念 職員組合執行委員長・片山知史教授に訊く
京大執行部 湊総長 卓越大「本気で申請する」 改革支える基盤として認定は「必須」
湊総長は1月の年頭挨拶で、運営費交付金の減少と若手研究者の自立化に制約のある教育研究体制の問題を指摘し、大学の自立と研究の自由を担保するためには構造改革が必要だと述べた。卓越大の認定は、改革推進を安定的に支える財政基盤の確立のために「必須の要件」だと説明した。これは単に不足する運営費を助成金で賄うという意味ではなく、助成金を活用して助成期間内に自らの力によって運営資金を賄いうる基盤を作るという意味だという。
ここでは、第1回申請から現在にいたるまで京大がどのような経緯をたどってきたかを見る。
第1回公募まで
22年12月に大学ファンドから助成金を拠出する「国際卓越研究大学」の公募が始まった。認定を目指す大学は、23年3月までに意向表明書と体制強化計画(第一次案)を提出した。第1回公募に申請したのは、東北大、東京大、東京科学大(東京医科歯科大と東京工業大が合併)、筑波大、名古屋大、京大、大阪大、九州大の国立大学8校と、早稲田大、東京理科大の私立大学2校であった。
申請内容
23年7月、湊総長は第1回申請の内容に関して、教職員向けにオンラインで説明会を開いた。申請の概要は、「世界の研究大学に伍して国際社会でゆるぎない認知と承認を得られる研究大学」を目指し、▽研究力強化のための研究組織改革と人材・研究環境への積極投資▽研究成果の社会的価値化のための実行メカニズムの構築▽自立的大学経営のための新しいガバナンスと実行体制の確立、の3つの構造改革を進めるというものであった。
本紙は関係者に、具体的な数値目標や構想を取材した。23年7月時点で、総長は最も重要なのは「人への投資」であり、研究力強化プログラムにあてる助成金のうち、6割を人材の雇用にあてると説明したという。また、研究環境について、全ての研究者が自由かつ容易にアクセスできる先端技術機器や高度技術者の育成を担うテクノラボ、大学院生を含む研究者への最新技術教育の提供などを掲げた。被引用数が多く、質の高い論文を示す指標となるTOP10%論文の割合を現状の11・2%から、25年後に15%に引き上げる目標を示した。(=京大の第1回申請内容を示す表を参照)
▼表・京大が第1回申請に関して示した構造改革の三つの柱
1. 研究力強化のための人材と研究環境への積極投資、現在と将来の研究者の潜在的研究力の最大化に向けて、研究組織の改革と国際標準の研究支援体制、研究インフラを整備する。2. 研究成果の社会的価値化のための実行メカニズムの構築、多様な専門人材の効果的な組織化により、研究成果の潜在的価値の効果的で迅速な社会還元や、事業化の体制を整備する。
3. 自立的大学経営のための新しいガバナンスとマネジメント、多様なステークホルダーの合議により、意思決定機関の公正なガバナンスのもとで、経営、教学、財務戦略事業等の機能分離と、各実行組織における効果的マネジメントの体制を確立する。
落選理由
審査の結果、23年9月に東北大が認定候補に選出され、24年11月に卓越大の認定を受けた。
アドバイザリーボード(有識者会議)が公表した資料によると、卓越大の認定校には国の大学改革を先導し、取組が他大学の模範となることを重視したという。
有識者会議は京大の申請内容について、執行部が構造改革の推進に向けて強い意志を持っていると評価する一方、研究組織を改組するためには新たな体制の責任と権限の所在の明確化が必要だと指摘した。また、執行部が持つ変革への意志を、長期間にわたり教職員が受け継ぐべきだとして、学内の構成員が構想を具体的に共有するなど、全学としての推進を期待すると述べた。
第2回公募に向けて
第1回の審査を経た後も、各種学内会議で卓越大の公募が話題に上がっている。京大がHPに公開している議事録を見ると、24年9月に部局長会議で「事務職員の抜本的改革」に触れている。同年12月には、部局長会議で卓越大の構想骨子について説明があり、教育研究評議会では総長メッセージの周知依頼が行われている。1月には教育研究評議会で公募に対する今後の方向性を説明し、経営協議会では第1回公募の審査状況について意見交換を行った。3月、運営方針会議でも卓越大について議論があったようだ。
京大は、HPに公開している議事録では議論の要旨を短くまとめて掲載することが多く、具体的な議論が見えにくい場合が多い。ただ、1月の経営協議会の議事録では、参加した委員が意見交換した内容を公開している。議事録を手がかりに、京大の関係者が申請内容についてどのように捉えているのかを見る。
委員からは前回の申請内容では「目指すべき姿がわかりにくかった」として、キーワードで端的に示すべきだとの意見や、独創性に重点を置いて教育研究に取り組む研究の風土など「京都大学らしさ」についての記述が少なかったとの声があった。
改革案については「部局講座制からの移行について、現状の課題の解決方法を具体的に示さないと構成員の理解を得られない」との指摘があった。また、改革の継続性の担保に際しては人事と文書化が重要であるとして、「総長選考など人事では、組織として合意した長期的な計画書を引き継ぐことを重視する仕組みを明確にするべき。文書化については、暗黙知として蓄積されたものを構成員で議論して言語化することで、目指す姿と戦略が明確になり学内に共有されると思う」との発言もあった。
優秀な研究者の獲得については処遇改善が重要であり、現状の給与額をベースに業績評価による増額を提案する声もあった。若手研究者がオリジナリティの高い研究をできる環境を構築することを強調し、結果として国際的な高評価や産業界の発展に繋がることを明確に表現するべきだとの指摘もあった。
学内組織の変化
24年4月、京大は産官学連携本部や渉外部基金室などを統合して成長戦略本部を設置した。設置の意図として、京大は研究成果の事業化や寄付で獲得した資金を大学に還元することで、自由で自律した研究活動の展開へとつなげ、大学の持続的成長の実現を目指すと説明している。
25年1月には、既存の部署を統合し、執行部管轄の組織として総合研究推進本部を設立した。共用の研究設備の拡充や事務仕事を担う職員の配置などにより、特に若手研究者に対し支援体制を強化する狙いがある。これを発表した記者会見で総長は卓越大に「本気で申請する」と意気込んでいた。
4月には、教育改革推進本部を新設した。「教育上の複合的な諸課題」を解決するための長期的な教育改革の立案や、改革の実施体制の整備を行うという。
これらはいずれも事業推進組織に所属しており、卓越大申請に向けた組織改編の一部だと言えよう。
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解説
国際卓越研究大学
国際的に卓越した研究を行い、社会に変化をもたらす研究成果が期待される大学を国が「国際卓越研究大学」に認定する。大学が作成した体制強化計画に基づき、国が10兆円を運用する「大学ファンド」から1年あたり最大で数百億円を拠出する。
一方で、認定された大学は大学ファンドの元本維持・増強のための資金拠出や、年間3%の事業成長を求められる。また大学運営に関する「重要事項」を議決する、学外者が半数以上を占める合議制機関の設置など、制度改革も課される。なお、ここでの合議制機関とは、国立大学では運営方針会議、私立大学では理事会又は評議員会、公立大学では定款により設置される合議制の機関を指す。
運営方針会議
23年12月、規模の大きい5法人6大学に運営方針の決定権を持つ「運営方針会議」を設置することを盛り込んだ国立大学法人法の改正案が国会で成立し、昨年10月に施行された。
運営方針会議は、学長と3名以上の委員からなり、中期計画や予算・決算を決定する権限を持つ。これらは従来、学長が役員会の決議を経て行っていた。会議は、決議に基づいて運営されていない場合に学長へ改善措置を要求すること、学長選考に関して学長選考・監察会議に意見することができる。
今年1月、湊総長は学外から6名、学内から理事4名を運営方針委員に任命した。学外委員として、NTT・堀場製作所の取締役会長などが名を連ねる。議長に選出された平野信行氏は、三菱東京UFJ銀行頭取、MUFG社長、会長を務めたのち、現在は三菱重工業の取締役を務めている。
卓越大に申請する場合、体制強化計画を策定する権限が合議体組織にあることが求められている。
認定条件
卓越大の認定に際しては、7つの条件を全て満たす必要がある。実績について「国際的に卓越した研究実績」と「経済社会に変化をもたらす研究成果の活用実績」の2点を有することを求める。研究体制については「教員組織及び研究環境等の研究の体制」・「民間事業者との連携協力体制等の研究成果の活用の体制」・「効果的な資源の確保及び配分等の行える運営体制」・「研究に関する業務と管理運営に関する業務の適切な役割分担等の業務執行体制」の4点の整備を求める。さらに、国際的に卓越した研究等を持続的に発展させるために必要な財政基盤を有することを要件とする。
助成開始まで
ここからは、第1回公募における助成開始までの流れを見る。
申請を受け、認定要件を審査するアドバイザリーボード(有識者会議)は、各大学との面接や現地視察を実施し、内容を審査した。公募締め切りの5か月後、有識者会議は、東北大学を認定候補にすると発表。ただし、一定の条件を満たした場合に認定するという留保を付した。これを受けて東北大は、計画を修正した。有識者会議は、計画の精査や具体化が図られたと評価し、東北大を正式に認定候補に選んだ。その後、文科大臣が東北大を卓越大に認定した。認定を受けて、東北大は体制強化計画を提出し、文科大臣が計画書を認定。大学ファンドを運用するJSTは、計画書の認定を受け、25年度分として約154億円の助成金を東北大に交付した。
第2回公募でも、有識者会議の審査を経て、文科大臣が認可を行うことが想定される。
なお、有識者会議の構成員は、富士通株式会社の執行役員や東京大学教授、NTTの相談役など10名が務める。
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東北大が目指す25年後の姿 体制強化計画に掲げる目標
東北大は、昨年12月に研究等体制強化計画を学外に向けて公開した。ここでは、教員や学生のインタビュー(=4面に掲載)で言及された改革案を抜粋して扱う。
計画書の中で、東北大は個別の研究振興ではなく「システム改革」に主眼があると述べる。そして▽研究成果と社会価値を創出し、地球規模課題の解決に貢献する▽多彩な人材を世界から集め、多様性を力として共同する▽変革と挑戦を価値として、システムを改革し、構成員や社会とともに成長するという3つの「公約」を掲げた。
数値目標
これらの「公約」に基づき、東北大は具体的な数値目標を掲げる。いずれも現状から25年後まで▽業務活動収入から運営費交付金・補助金等収入を除いた自己収入の割合である自己収入比率を43%から72%に、大学病院分を除く事業規模を891億円から2922億円、独自基金について0億円から約1兆2千億円にする▽学術的な側面では、論文数を約3・5倍、TOP10%論文の割合を約2・5倍にする▽社会的な側面では民間企業からの研究資金の受け入れを約11倍、大学発スタートアップ数を約10倍にする▽研究者について、外国人比率を9%から30%、女性研究者比率を15%から40%、国際対応力のあるスタッフ比率を6%から50%にする▽学生について、留学生比率を学部で20%、修士と博士で40%に、博士号取得者数を569人から1400人にする目標だ。
研究評価
世界トップレベルの研究者からなる「研究戦略ボード」を設置し、研究活動全体を俯瞰する。分野の特性を考慮した評価軸によって研究水準を測定し、「世界水準の研究ガバナンス」を展開する。
研究体制
教授・准教授・助教からなる研究室単位の講座制から、准教授や助教であっても研究ユニット主催者として研究を主導できる「フラットな研究体制」に移行する。基盤的経費は研究ユニット単位、核となる設備や支援スタッフは共通で使用する。加えて、研究活動のマネジメントや成果の活用促進を行う人材である「URA」や技術補佐員など専門職スタッフ1100人を増員する。
研究者の待遇
また、初期・中堅の研究者が早期に独立する機会の拡大や、海外からの優秀な研究者の獲得のために、競争力ある雇用条件などを実現する「国際卓越人事トラック」を全学的に整備し、研究ユニット主宰者に対して国際水準の処遇や基盤経費などを提供する。
学部・大学院改革
27年度に、全大学院の定員、学生配置、学位授与を一元管理する「高等大学院」を設置する。博士課程学生の増加を目指して、給与支給など経済支援を拡充して研究者として処遇する。
また、「高等大学院」への接続を見据えて、1~2年次に海外の難関大学への留学などを必須化し、3~4年次に専門教育を行う「ゲートウェイカレッジ」を27年度に新設する。初年度の入学者は、日本人100人、留学生100人分の定員枠を設ける。10年後には入学者を千人、最終的には、国家資格取得につながる学部以外の学部をゲートウェイカレッジに統合し、1学年2千人の定員とする。
さらに、入学者選抜を統括する機構を設置し、総合型選抜へ段階的に移行する。これにより、教員を入試業務から解放する体制を作る。あわせて、海外高校生に向けてオンライン選抜を拡大する。入学前教育や入学前留学のプログラムを提供する。
スタートアップ
企業の研究・事業開発機能をキャンパス内で実現する「共創研究所制度」を拡充・強化し、世界最先端の放射光施設「ナノテラス」や半導体テクノロジー共創体、バイオバンクを有する東北メディカル・メガバンクなど、民間投資を呼び込む施設を拡充する。
仙台市街全体をスタートアップキャンパスとして位置づけ、起業家精神の育成や起業への投資までシームレスな支援を行う。
また、大学債等の発行により、青葉山新キャンパスの約4万平方㍍の敷地に「サイエンスパーク」を整備する構想もある。東北大が有する人材や設備を社会に提供して産学連携を進めることで、社会課題解決と新産業創造を目指す。
有識者会議の評価
審査を担った有識者会議が23年9月に公表した資料から、東北大が認定候補として選出された理由を探ってみよう。
有識者会議は、東北大学の体制強化計画書を3つの公約、6つの目標、19の戦略を提示するなど、達成状況が明確である体系的な計画であると評価する。また、ガバナンス体制の構築については、執行部の強い意志のもと、月単位で各部局の収支を把握したり、戦略的な資源配分を可能とするデータ基盤を整備したりするなど、「改革の理念が組織に浸透している」と述べた。
他方で課題点の指摘もあった。民間企業等からの研究資金等受入額を10倍以上にする目標については、従来の成長モデルの延長上では達成が困難であり、戦略の見直しを求めた。海外からの研究者や学生の受け入れ態勢は途上だとして、研究者の確保には雇用条件などの明確化の必要性に言及した。
24年2月と5月に東北大は有識者会議による面接審査を受けた。同年6月有識者会議は、東北大学が卓越大の認定及び体制強化計画の認可の水準を満たし得るものとの審査結果を公表した。
24年6月の公表資料によると、課題として指摘された研究資金等受入額の目標については、目標実現に向けた過程を模式的に表したロジックツリーや共創事業拡大のための重点戦略分野の選定などが示されたことを評価した。また、人材確保については、行政との連携を含めた取組に触れ、今後の進展に期待を示した。


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京大教員 「選択と集中」で研究力向上は困難 職員組合 駒込教授・林教授に訊く
卓越大申請に向けて、京都大学職員組合は3度にわたる声明を発表し、執行部に対して十分な説明を行うように求めてきた。
卓越大の制度や、それに伴う改革にどのような懸念を抱いているのだろうか。駒込教授と林教授に話を伺った。(=5月9日、京大本部構内にて。聞き手=史・燕)
明確な説明ない
―京大執行部は、卓越大申請までどのような説明をしたか。
駒込 23年の第1回の申請では、同年7月に全学の教職員を対象に、オンラインの配信ツールを用いた説明がありました。第2回の申請では、3月末から1ヶ月間で計8本の動画を公開しています。また、教育研究評議会や役員会などの会議で議論されているようですが、部局長会議や教授会を通して現場の教職員まで具体的な内容が伝わっているとは感じません。
昨年12月の教授会で研究科長から、総長が教育研究評議会において卓越大の説明をしたと聞きました。具体的な内容を問うと、近々動画で総長が説明するからそれまで待ってほしいと言われました。第1回申請では、教育研究評議会で重要な話題が報告された後に教授会で議論して、その結果を教育研究評議会にフィードバックするという手続きがかろうじてありました。対して今回は教授会で内容に触れなかったので、違和感を覚えました。ただ、部局によっては口頭で内容に若干言及したところもあったようです。
第1回申請の時に、東大では教職員と学生に向けて対面での説明会が開催され、質疑応答の時間もあったということです。ただ、京大では対面での説明会はなく、学生に対する説明や記者会見もありません。
―卓越大に関連する情報の管理については。
駒込 第1回申請に向けた説明では、ダウンロードが禁止されるなど制約がありつつも、資金を調達する流れを示した図などの資料が教授会で示されていました。ただ、今回は具体的な資料をほとんど目にしていません。
―所属する研究科での受け止めは。
林 どの研究者も研究資金を獲得したいと思っているはずですが、自分の周囲では卓越大の制度を積極的に歓迎する雰囲気はありません。教員は研究と教育に専念したいので、組織改革などに伴う事務作業はなるべくやりたくない。認定されたら資金をもらえるが、同時に雑用が増えるのではないかと受け止めているようです。
駒込 教育学部では、理系学部ほど資金が欲しいという感覚はありませんが、どの研究者も研究に専念する時間は欲しいと思っています。新たな組織「改革」がさらに研究の時間を削ることへの懸念は共有されていると思います。ただ、突出した意見表明をして目立つのは避けたいという雰囲気を感じます。
職員の中にも卓越大制度への懸念を強く持っている方がいます。ただ、立場上反対を表明できない、あるいはしにくいということがあると思います。
研究者の層 薄く
―国からの運営費交付金が減少している状況がある。
駒込 国立大学の法人化から20年間で約15%の運営費交付金が削減されました。加えて円安や物価高の影響で、実質的に予算は目減りしています。国公立大学と私立大学、理系や文系など対立構造のなかで予算を奪い合うのではなく、高等教育の予算全体の拡充を訴える必要があります。実際に国立大学の学長の構成する国立大学協会も運営費交付金の増額を求める声明を出しています。
ただ今後、数校が大学ファンドから巨額の助成金を受け取る状態が生まれます。そうすると国立大学全体として増額を要求する姿勢は崩れて、選ばれなかった大学は滅びてもしょうがないという新自由主義的な論理のもと、大学間の格差がさらに広がると思います。
国の研究力を上げるためには、大学単位の支援では不十分です。特に総合大学では、専門領域の近い人は学内ではごく僅かで、実際には全国、全世界に散らばる仲間と共同で研究をしています。また、大学の減少は、院生の就職先の削減も意味します。京大の大学院を修了した若手研究者が、地方の大学や私立大学で教員として勤務する場合も多いです。
林 科学は、多様な研究アプローチによる発見や解明の積み重ねにより発展してきました。特定の大学の設備を整えて、職員を増やす一方、資金獲得が難しい大学の研究費を削減した場合、存続が厳しくなった場所にいる研究者たちのアプローチは消えてしまいます。全国にある大学から数校のみを選定して熱心に支援することで、研究者の層が薄くなることを懸念しています。
―運営方針会議の懸念は。
駒込 運営方針会議での議論が現場に何も伝わらないのが現状で、議長が三菱重工の取締役に決まったことも報道で知りました。また、報道後に京大のHPで公開された運営方針会議の議事録について、法人文書開示請求を行ったところ、法人がWeb上で公開している議事録以外の文書が存在しないという結果が出ました。ただ、公開されている議事録は要旨をまとめただけのもので、各議題につき1、2行ほどしか記載がなく、発言者もわかりません。より詳細な議論が当然あったはずなので、隠したいことがあるのだろうと不信感が募るばかりです。
運営方針会議は総長を監督する権限をもち、総長の人事に意見できるので、総長をしのぐ権限を持っていると言えます。総長を決める時には総長選考会議の設置や教職員による投票が必要とされているのに対して、運営方針会議の議長については具体的な選考過程が明確に示されていないことが問題だと思います。運営方針会議の制度によって、大学が特定の企業の研究所を代替する役割を担わされることを懸念しています。
また、運営方針会議で特定の学問に偏重する方針が採択された場合に、学生の学ぶ権利が侵害されるのではないかと考えます。何年も継続して進学する学生が少ないために専攻が無くなるのは、ある意味では仕方のないことかもしれません。ただ、筑波大や東北大で従来の専攻が突然無くなって、学生を困惑させた事例があります。運営方針会議の決定で組織改編を行うことができるようになると、同様のことが発生すると懸念しています。
学生にしわ寄せ
―理学部でも企業との共同研究はあるか。
林 理系分野の研究の多くは、研究設備の購入や研究員の確保のために資金が必要です。理学部でも企業との共同研究は行われています。研究者は企業のニーズを知り、テクノロジーを社会実装することを目的としています。
共同研究を始めるにあたって、企業から直接研究者に声をかけてもらう場合と、研究者が社会実装を目指してベンチャー企業を立ち上げる場合があります。私自身にも企業との共同研究の経験があります。
―共同研究で気をつけるべきことは。
林 教育効果が見込めなくても、企業との契約で定められた作業を学生に押し付けることが想定されます。労働力としての搾取や利益相反(※)として問題です。企業秘密や製品化に関する情報は外部に公開できないので、学生は自分の成果を発表できません。
共同研究で独自に資金を得ている研究者の知人は、指導下にある学生と共同研究に関わる研究員を完全に切り離しています。問題は、全学的なルールが無く、個々の研究者の意識に依存していることです。大学は教育機関であり、最先端の研究において新しい知を創造する現場での高い教育効果が重要となります。教育と研究をうまく切り分けられるか心配しています。
駒込 軍事研究に従事させられる場合も想定できます。共同研究であれば一定の時間が経てば公表できても、経済安全保障に関する分野では罰則が規定されているため、軍事研究の成果は多くの場合に公表できません。軍事研究に従事させられた学生は、自分の成果を公に出来ず、キャリア形成が難しくなります。
23年に科学技術力・産業競争力の強化を牽引する目的で、福島国際研究教育機構が新設されました。学位は学会発表などを通して、外部に業績を示した上で付与されるものですが、博士号を独自に付与できる仕組みを持たせる予定だと聞きます。ハンフォードという米国の核施設の周辺地域をモデルとみなして視察していることから、軍事研究の拠点になるのではないかと懸念しています。
※編集部注 大学の利益を犠牲にして自己の利益を図ること。
「研究科解体」か
―京大執行部は小講座制を廃止して、デパートメント制を採用すると言っている。
林 現行の研究科―専攻の組織からデパートメント制にすることで、研究の流動性が生まれ、かつ事務作業が減ると執行部は説明していますが、デパートメント制と小講座制廃止はあまり関係が無く、移行の段階で事務業務が増加する懸念もあるので、実際にどれほどの効果があるか疑問です。デパートメント制の導入と同時に、研究科が教授会で学問の設計や人事を決める仕組みを無くしてしまうことが想定されます。本当は卓越大の認定のためだけの改革だけれども、正当化できる理由を後から作り上げて現場に説明をしているように感じます。
駒込 現在は新しい教員を採用する際、研究科内で研究テーマが近い教員を選考委員として選び、委員が対等な立場で業績を審査して判断します。他の大学で、学長や研究科長が人事に関与する委員を選んだ事例があり、教員人事採用にも上層部の恣意的な意向が反映されることを懸念しています。
最近、京大でも「センター」が「機構」に改組されて存続する事例があります。基本的に教育組織であるセンターの長は教員が互選で選ぶ一方で、事業的組織である機構では専任教員を置かないこともあり、機構長を総長が指名するのが一般的です。デパートメント制が実現されたならば、運営方針会議がデパートメント長を指名し、デパートメント長が人事にかかわる委員会を構成する仕組みが作られるのではないかとにらんでいます。デパートメント制の導入で、既に学内の組織で少しずつ強まっているトップダウン式の体制が、さらに強化されると思います。
デパートメント制を採用している海外の大学の理事会には、学生代表や院生代表が含まれている場合があります。運営方針会議に強大な権限を認めるのならば、同様の措置を検討すべきです。また、法学部のようにすでに大学院との一貫教育の制度を設けているところでは、学部と大学院を切り離すことへの懸念もあがっていると聞きます。
恣意的な審査
―卓越大制度への懸念事項は。
林 目的に対する明確な指針が設計されることなく資金を支給することに強い懸念を抱いています。2000年代の「次世代スーパーコンピューター事業」では、理化学研究所が中心となり、NEC、日立製作所、富士通が共同開発していました。当時、国は「世界一のスーパーコンピューターを作る」という目標のために莫大な予算を付けていましたが、あまりにも抽象的な目標で具体的な到達点が見えず、NECと日立は途中で事業から撤退しました。「世界に伍する研究大学」を作るという漠然とした目標のもと、莫大な資金を拠出する卓越大の制度と共通点があるように感じます。
駒込 卓越大制度などの大学政策は文科省ではなく、内閣府が主導しています。内閣府の総合科学技術・イノベーション会議には独自の予算が割り振られており、「ムーンショット型研究開発制度」などで多額の研究費を割り当てる仕組みが生まれています。予算を割り当てる人が研究分野に見識がある場合だと、信頼に値する評価をする可能性が高いですが、専門外の人が研究の価値を判断するのは困難です。縁故主義で採択されたり、研究不正の温床になったりすることを懸念しています。
研究分野別ではなく大学単位で評価する卓越大制度についても、ごく少人数の「有識者」によって恣意的な判断が下されることを懸念しています。
京大の人は、法人化など様々な大学改革を経験するなかで「今までたくさん毒まんじゅうを食べてきたけれど、消化して栄養だけを取ってきた」という自負があるのではないかと思います。ただ、学外委員の意向を反映する最高意思決定機関ができた状況を踏まえると、卓越大の制度の「毒」はとりわけ強烈だと感じます。
しかも、10兆円ファンドの9兆円は財政投融資という借金で、25年後に返済の義務があります。返済時に原資を割っていたら、誰が責任を取るのでしょうか。税金で払うのか、個々の大学が埋め合わせるのかわかりません。あまりにも無責任な仕組みだと思います。
林 大学全体の文教予算が減少する可能性もあります。卓越大に認定された大学が大規模な組織を作って人をたくさん雇ったとしても、ファンドの運用益が上がらなかった場合、助成金が減額されます。研究員の人件費が支払えないと、他の部署での経費を無理やり削減する状況が生まれます。不安定な運用益で賄う前提で、大規模な組織を運営できるか疑問に思います。
一方で、大学間の競争が起きた場合、選ばれなかった大学は淘汰されてしまう恐れがあります。たとえ問題があると感じる制度であっても、申請に向けて動かなければいけないことにジレンマを感じています。〈了〉
駒込武(こまごめ・たけし)
京都大学職員組合・中央執行委員、教育学研究科教授
林重彦(はやし・しげひこ)
京都大学職員組合・副中央執行委員長、理学研究科教授
京都大学職員組合・中央執行委員、教育学研究科教授
林重彦(はやし・しげひこ)
京都大学職員組合・副中央執行委員長、理学研究科教授
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京大職組 再三声明で懸念 執行部に十分な説明を求める
23年10月、京大職組は京大が第1回申請で「落選」したことを受けて声明を発表した。政府・文科省に対して卓越大制度を廃止して、公費で大学を維持するよう求めた。その上で、京大執行部に対して再申請を断念し、予算の充実を求めるように訴えた。
同年11月、「一定規模以上の大学」に運営方針会議の設置を求めると定めた国立大学法人法改正案の閣議決定を受けて、東京大や大阪大など計5大学の職組と共同で声明を発表した。卓越大の申請が開始されたあとに、総長をもしのぐ権限を持つ運営方針会議を設置したことを批判し、改正案の廃止を求めた。
京大への運営方針会議の設置が義務付けられたことを受け、24年10月には2度目となる声明を出した。声明で、政府や財界関係者が学外員として大学の意思決定に関与する仕組みを踏まえて、大学を政府と財界の「植民地」にしてはならないと訴えた。また、学内委員として理事があげられていることに対して、教職員や学生の代表も含めるべきだと指摘した。
今年4月、湊総長が教職員に対して動画配信を行ったことを受け、3度目の声明を発表した。湊総長は動画で、申請・認定にかかる「メリット」を述べるのみで、懸念事項を払拭できていないとして、対面式で双方向的な説明会の開催を要求した。また、動画で言及のあった研究組織としてのデパートメント制の導入について具体的な説明を行うことや、運営方針会議の運用方法についての懸念を払拭することを求めた。
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京大 「丁寧に説明を行っている」 学内での周知に見解
本紙は、第2回申請に向けて、京大執行部が学内向けに行っている説明状況を取材した。現行の取り組みが十分か問うと、京大は「全学会議における総長による継続的な構想説明と意見交換、構想骨子に関する説明動画の配信等、丁寧に説明を行っている」との見解を示した。
湊総長はホームページに公開した25年の年頭挨拶で、業務改革や教育研究改革、経営改革など「抜本的改革」に着手して向こう4半世紀にかけて大学の構造改革に取り組むと述べた。その中で、具体的な内容を年末に総長メッセージとして全教職員向けの学内オンライン配信で説明したと明かしていた。
取材に対し京大は、総長が卓越大に関する構想骨子を教職員向けに説明する総長メッセージの動画を配信したと回答した。加えて、この動画に対してアンケートで寄せられた疑問に答え、教職員に卓越大への理解を深めることを目的として、京大の構想に関して総長と教員が対談する動画8本を配信したという。京大は、情報を伝える範囲や効果を総合的に判断して、動画配信という形式を採用したと説明する。
動画の公開対象を教職員に限定した理由について、京大が検討する構想の内容について教職員向けに言及しているためだと述べた。学生を含む大学の構成員に対して説明の場や学外者向けの記者会見を設ける予定があるか問うと、4月25日時点で回答できることはないとした。
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東北大学生 学生に身近な改革なく 先行き不透明 文学部生・農学部生・機械系院生に訊く
東北大の学生は、卓越大の認定をどう捉えているのか。本紙は学内の状況を探るべく、東北大日就寮のAさん(文学部4年)Bさん(機械系修士2年)Cさん(農学部4年)に話を伺った。(=5月1日、オンラインで取材。聞き手=史)
説明なく認定候補に
―卓越大への申請まで、当局の構成員に対する説明状況は。
B 昨年7月、工学研究科の学生・教員に向けて工学研の研究科長が卓越大の制度について話す説明会がありました。ただ、研究科長は制度の詳細を理解している様子ではなく「総長はこう言っている」という形で説明していました。質疑応答の時間には詳細は不明だとの回答が多く、参加した教員や学生と「一体どうなるのだろうか」と話した記憶があります。
A 全学的な説明としては、昨年7月末に総長から東北大全体に向けた動画配信がありました。ただ、ユーチューブを利用した10分程度の短い配信で、質疑応答などの時間は設けられませんでした。制度の詳細を当局が対面で構成員に説明する機会はなく、教職員も全然知らないまま進んでいると感じているはずです。
寮委員会として大学と交渉しているとき、職員に「卓越大の体制強化計画に国際寄宿舎を増やすと書いているけど、実際どうか」と聞いたら、知らなかったと言われました。上層部がグランドラインを描いて、一切現場が関わっていない状況でした。ただ、実際に認定されてから状況は少しずつ変わり、職員への認知も進んでいるはずです。寮担当の事務職員が目標を知らなかったことから鑑みるに、体制強化計画書の内容は、現場の意見にそって算出したものではない。他にも様々な部局で同じようなことが起きているはずです。
―卓越大について学生間で話す機会は。
A 実際に学生に関与する改革はまだ行われていないので、具体的な学生の反応は全然ありません。多くの学生は「よく分からないが、すごそうだ」というかなり曖昧な認識しか持っていないと思います。
B 「卓越大」「十兆円ファンド」という仰々しい言葉だけが1人歩きしており、制度の詳細については全く認知が進んでいません。
職員公募が顕著
―卓越大の体制強化計画に、施設の拡充や小講座制から独立研究体制に移行する話がある。各部局における具体的な動きは。
A 認定後には、職員の公募が大きく増加しました。例えば「特任助教(運営)」というような形で、卓越大の資金を用いて研究成果を持った人材を職員として募集しています。背景には、研究力強化のために職員を増やして教員が研究に専念できる時間を確保したいという当局の狙いがあります。
また、著名な研究者に東北大に短期間だけ出向してもらい、東北大の職員として業績を上げることを目的とした「クロスアポイントメント制度」も始まっています。実際に姿を見たことのない他大学の先生の名前が、自分の研究室の教員一覧に載るようになりました。
他には、研究活動の支援を担うリサーチ・アドミニストレーター(URA)の公募に力を入れていて、主に博士後期課程の学生に声がかかっているようです。ただ、ジョブ型雇用で、長くても契約期間が5年間であるなど、かなり労働条件が厳しいと聞きます。
B 部局の組織改革について、個別にいくつか思い当たる話を聞いたことはあるが、大きな変化はまだ確認できていません。
また、工学系の研究者を集めたセンターを新設するという噂にあわせて、それができると思しき場所にボーリング調査が入るなど変化はあります。ただ、多くの学生が目に見えて感づくような変化ではなく、「もしかしたら……」という小さな動きしかありません。
いずれは学部統合
―学部教育に関係する変化は。
A 4月、東京大学が学部4年と修士1年の5年制をとる新学部「UTokyo College of Design」を新設すると発表しました。100名ほどの定員枠の半数を海外からの留学生にあて、授業は全て英語で行うと言います。
東北大の卓越大の体制強化計画書にも、東大の新学部と同じような「ゲートウェイカレッジ」の構想が記載されています。27年に立ち上げることは発表しているものの、制度の詳細をHPなどに掲載していないため、学生の認知度は低いと思います。
東北大はいずれ医・歯など国家資格取得を目指す学部以外を、国内学生と留学生の数が半々となる「ゲートウェイカレッジ」に再編する流れになるとみています。体制強化計画書には、将来的に入試方法を総合型選抜(現行のAO入試)のみにするとあります。現行の学部教育を縮小する動きと、新しい施策に力を入れる動きが同時に起こっているので、これからどうなるか分かりません。
―卓越大の施策は、実学的な学問、とりわけ理系分野への投資という意味合いが強い印象がある。
C 東北大では、10年ほど前から企業の研究室の誘致が行われ、共同研究を行っています。これまでの研究成果が卓越大の認定にも関連しているようで、認定後は特に青葉山東キャンパス内の工学部の研究棟に誘致する動きがより活発になっています。
B 確かに工学系で動きがあると思いますが、私は学部教育寄りの教員の研究室にいるので、大きな変化を感じません。同じ研究科にいても差があると思います。
―文系学部での変化は。
A 文学研究科では、大学院のシステムの改革を会議で話し合っているようです。具体的には、学部修士の一貫プログラムを構想していると聞きます。現状は枠だけあるが、現場の教員たちが運用方法を理解していない状態で、申請しようとした友人は、教員に曖昧な対応をされたと嘆いていました。
期待感は薄い
―最後に、卓越大の制度に関する所感など。
A 文科省に評価されるためのポイント稼ぎが先行し、システムだけが作られたけれど、実際の現場はあまり変わらないというのが正直なところです。
B 特に工学部に資金が集まるのではないかという直感的な認識があると思います。ただ工学系に所属してみると、研究室の間で「選択と集中」が起こっていると感じます。工学系の教員にも冷めた見方が広がっていて、周囲で「これで東北大も良くなるぞ」という空気を感じません。全然期待している雰囲気がないのは、個人的に意外だと思います。
―東北大でも運営方針会議が組織されて既に会議を行った。
A 学外委員中心なので、雲の上の話という印象ですね。当局は一応ホームページに議事録を公開しているが、簡易的なメモだけでは具体的に何を話し合ったかさっぱりわからない。
―京大新聞では公開されている議事録を手掛かりに取材することもある。学生団体の自治意識や学生新聞のあり方は。
A 学生団体の自治は、思っているよりも悲惨な状況だと思います。東北大では、法人化を経た2005年頃に学生団体と大学の間で衝突が起こった結果、学生団体が敗北し、サークルが再編されることとなりました。
東北大学新聞を発行していた学友会新聞部は、学友会報道部へと名称変更を迫られました。名称を変えることに対して反対意見もあったようですが、既成事実として押し切られました。その後、サークル運動は終わってしまいました。
学内の複数ある寮でも、自分たちのことは自分たちで話し合って決めるという自治の意識が根付いているのはごく僅かです。東北大全体を見ても、自治意識は極めて薄いと感じています。〈了〉
日就寮(にっしゅうりょう)
東北大の自治寮。1909年に片平キャンパス内に建造され、41年に八木山にある現在の場所に移転した。寮費は月1万2千円程度で、寮の運営は委員会が担う。
東北大の自治寮。1909年に片平キャンパス内に建造され、41年に八木山にある現在の場所に移転した。寮費は月1万2千円程度で、寮の運営は委員会が担う。
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東北大教員 「理念なき改革」で教育の質低下を懸念 職員組合執行委員長・片山知史教授に訊く
東北大の教職員に対する説明状況や、認定後の現場の変化を東北大学職員組合執行委員長・片山知史教授に訊いた。(=5月5日、オンラインで取材。聞き手=史)
現場に徒労感
―申請までの学内の説明状況は。
東北大は、2023年9月に認定候補に選出されました。その後、初めて公式に申請内容を公開しました。
申請までも部局長連絡会議で報告はありましたが、スライドを用いての説明で配布資料がないことが多かったです。配布資料があるときでも、ダウンロードや外部への共有は厳禁だと指示がありました。卓越大に関しての情報は、大学の上層部しかアクセスできず、学内外ともに情報がコントロールされていた印象です。
―認定候補に選出された時、どのような反応だったか。
地元の放送局や新聞社の報道は、お祭り騒ぎの状態で盛り上がりました。教員や学生の間では、自分の大学が唯一選ばれて誇らしいという雰囲気がありましたが、大きな反応があったのはその時だけです。
実際に助成金の使途を議論する段階になると、あまりに高額であるために身の丈に合わない予算計画が組まれました。教員には既に徒労感が見られます。
一方、卓越大に認定されたことで、東北大のネームバリューが向上しています。入試関連の業務に関わる中で、高校生や受験生への認知が広まっているように感じます。
―卓越大への認定後、学内の変化は。
体制強化計画を全うするための教職員を増やすために、各部局で「人」に対しての予算の大盤振る舞いが始まりました。
既に優れた成果を持つ研究者と若手研究者の雇用に配分金の多くをあてることで、TOP10%論文(※)の数を増やそうと計画しています。
ただ、優秀な研究者がすぐに東北大に異動することは難しいので、クロスアポイントメント制度を採用し、他の機関に所属する研究者を短期間だけ雇用して、業績を東北大の成果としてもカウントする意図があります。
また、研究活動のマネジメントや成果の活用促進を行う人材であるURA(University Research Administrator)としての職員の雇用も目立ちます。次回以降の助成金は、東北大が集める外部資金に応じて変動するため、URAを強化して外部資金を調達することに力を入れているようです。
現時点で、URA部門での採用者はいます。ただ、研究者の雇用は簡単には進みません。特に優秀な研究者や海外の研究者を呼ぶには、現在の給与水準では足りないので、言い値で採用することも可能になっています。採用までの手続きは大変で、雇用の対応だけで既に現場は疲労しています。
※編集部注
論文の被引用数が各分野の上位10%に入る論文。質の高い論文を示す指標として用いる。
論文の被引用数が各分野の上位10%に入る論文。質の高い論文を示す指標として用いる。
教育の質が低下
―卓越大の懸念点は。
まずは、学生や院生に対する教育面の問題があります。体制強化計画には「ゲートウェイカレッジ」の構想があり、全学教育にあたる1・2年生の教養教育と専門教育を大きく変えることになります。ただ、若手研究者の卵である博士課程に進む学生を増やすという目的だけが先行し、教育理念について議論が全く行われていません。
奨学金で学生を支援する動きがありますが、施策の目的は論文数の向上にあります。学生の成長という視点が欠けており、学生や大学院生が道具として扱われると危惧しています。
「ゲートウェイカレッジ」では、英語で全ての科目を講義する方針を掲げていますが、私は実際に英語で授業を行う中で、日本語の授業と比べて情報量が大幅に少なくなると感じます。全ての授業を英語で行うことで、授業や実習の質が下がることを懸念しています。
教員は論文執筆の作業に追われると同時に、新たに着任した研究者への対応に相当な手間と時間を取られます。学生や大学院生の指導や世話はおろそかになることを問題視しています。
また、企業に役立つ科学技術開発に偏重する学内体制が生まれたことも懸念しています。これから数十年間、東北大は数値目標を実現する必要があります。継承性が強く、すぐには成果が出ない研究を続けていくのは難しくなると考えます。
同時に卓越大認定を受けたことによって、大学の自治やボトムアップでの合意形成はさらに困難になると思います。既に法人化以降、学内の自治意識が薄くなり、意思決定機関であるはずの教授会も意見聴取の場に過ぎなくなっています。
―運営方針会議について。
24年10月に運営方針会議が組織され、総長以上の権限を持つ意思決定機関が生まれました。運営方針会議で利益相反となりうる話が出ても、学内でボトムアップ式に反対をする仕組みがありません。
東北大の運営方針会議の議長は、半導体メーカーの取締役会長です。会議では、既に運営方針会議の学外委員に関係する部門を強化しなさいとの意見が出ています。例えば軍事研究をしろと言われた時、内容を精査して大学がはね返す仕組みがないことが大きな問題だと思います。
日本の学術の維持に寄与する高等教育機関として、時に国の政策に反対するような意見は今後出なくなると思います。
自治への規制強く
―大学の法人化前と現在の雰囲気の違いは。
私は04年まで助手として東北大に所属しており、11年に外部から戻ってきました。トイレの改修などでキャンパスが綺麗になっていく反面、学生団体に対してタテカンを出すな、勝手な集会を開くなと色々な制限を課すようになりました。東北大学新聞の記事を見ても、以前は大学の対応を批判する記事もありましたが、近年では大学の広報と同じような立場での記事が目立っていると感じます。
職員組合には直接制限を課すようなことはないですが、法人化以降、自由な雰囲気がなくなり、運営方式がトップダウン式になったと感じます。
―大学自治の雰囲気や学生団体の権利を弱めることと、卓越大の認定でトップダウン式が強化されることは関連しているのではないか。
東北大では職員に対して広報マニュアルを遵守するように指示され、上層部による情報のコントロールがますます強化されています。私は職員組合委員長を務めているからか、色々な発言ができていますが、そうでなければ処分対象になるかもしれません。
その延長線上に、卓越大の申請書が全然学内で議論されず、資料を部外秘にしていたことがあります。学生や教員の活動の自由を制限することと関連していると思います。〈了〉

片山知史(かたやま・さとし)
東北大学職員組合執行委員長。農学部教授。写真は本人提供
東北大学職員組合執行委員長。農学部教授。写真は本人提供
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お詫びと訂正
5月16日号の特集企画「国際卓越研究大学 第2回申請へ」において、東北大学の学生のインタビュー記事において「工学系の誘致が青葉山新キャンパスで進んでいる」と記載しておりましたが、正しくは「青葉山東キャンパス」です。訂正してお詫びいたします。