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〈映画評〉信州人、コナンで帰省してみた 『名探偵コナン 隻眼の残像』

2025.04.16

〈映画評〉信州人、コナンで帰省してみた 『名探偵コナン 隻眼の残像』

左上の3人が長野県警の面々 ©️2025 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

国民的アニメ『名探偵コナン』。毎年春に劇場版が公開されており、4月18日に公開された最新作『隻眼の残像(フラッシュバック)』は長野県を舞台にコナンたちが活躍する。編集員、そして「信州人」の視点から本作を掘り下げてみよう。

10年以上コナン映画を観てきたが、ここ数年のコナン映画の課題は「ライト層から見たハードルの高さ」と「ミステリーの後退」にあると思う。近年は準レギュラーの活躍を主軸とした展開が増え、鑑賞前の「予習」が必須となった。ミステリー要素を蔑ろにし、準レギュラーのアクションやラブシーンが尺を取るようになった。どこか大味で、キャラファンを過度に重視している印象が、近年のコナン映画にはあった。

では本作はどうか。主要人物として登場する、大和敢助ら長野県警の面々は原作でも登場頻度が少ない上、これまで原作で明かされてこなかった「大和が隻眼になった理由」が物語の主軸となる。人物同士の関係もややこしく、ある程度過去の映画や原作を見ていなければついていけない。主要キャラにして長年不遇の存在だった毛利小五郎にもスポットを当てるなど、バランスを取ろうとした苦心の跡は見て取れるが、第1の課題「ハードルの高さ」は未解決のままだといえる。

一方で、第2の課題「ミステリーの後退」は大きく改善された。脚本を担当した櫻井武晴は、『相棒』や『科捜研の女』などのミステリードラマを担当してきたことで知られる。本作でコナンたちは、大和が巻き込まれた10か月前の雪崩事故と、長野県・野辺山天文台での研究員襲撃事件、そして東京で起きた警官射殺事件の真実を追う。ここに絡んでくるのが、一見無関係に思える「刑事訴訟法改正案」だ。この作品にしてはやや大人向けの内容だが、知識のない観客にも分かりやすいように説明を入れつつ、観客一人一人に是非を考えさせる構成が巧く、『相棒』など社会派作品が好きな者にはたまらない。更に、登場人物たちが抱える「大切な者を失った過去」も交錯していく。刑事時代の親友を殺害され、犯人逮捕を誓う小五郎。娘を死に追いやった犯人を、8年に渡り恨み続ける遺族。そして犯人も……。終盤には各々の思いが溢れ、シリーズでも指折りの心揺さぶられる展開が待ち受ける。社会問題を巧みに織り交ぜながら、濃密な人間ドラマも忘れない、『絶海の探偵』(2013)以来7作目となる櫻井脚本の集大成といえる。

ファン向け映画からの脱却は叶わずとも、「ミステリーの復権」を見事に果たしてみせた本作。近年のコナン映画に疎外感を覚えていた者にこそおすすめしたい作品だ。

信州人の視点


ここからは視点を変え、長野県民から見た本作を紹介する。評者は出生から京大進学までの18年間を長野県で過ごした。本作では県庁所在地である北部の長野市、野辺山天文台が位置する南東部の川上村、そして野辺山への玄関口となる東部の佐久市が登場するが、佐久平駅は東京へ新幹線で向かう際に利用したり、長野と野辺山は校外学習で訪問したりと、どこも思い出深い土地だ。記憶の中の場所が次々とスクリーンに映り、評者はそのたびに嬉しさのあまり声を上げそうになった。各地の雪量の描写も秀逸で、長野市はほとんど雪が残っていないのに対し、佐久平駅では少し雪が積もっており、野辺山は一面銀世界、と芸が細かい。ボーカル2名が長野県伊那市出身の、ロックバンド「King Gnu」が主題歌を担当したのも喜ばしい点だ。

少し指摘するならば、野辺山と他都市の距離が近いかのように描かれている点。例えば、コナンは佐久平駅から野辺山に向かう際にタクシーを使うが、実際には約50㌔の距離があり、タクシーでは2万円以上かかる。在来線の小海線を使えば千円足らずなのに、である(もっとも、佐久平から野辺山まで直通する電車は1日10本もないが)。また、シーン切り替え上は登場人物が長野市の県警本部と野辺山を一瞬で移動するが、こちらは100㌔以上離れており、雪道である点を考慮すれば2〜3時間以上はかかるはずだ。県民からすると違和感のある箇所だろう。

野暮な突っ込みを書いてしまったが、本作を観て長野に興味を持たれたらぜひ「聖地巡礼」を。雪の季節は公共交通機関での来訪をおすすめするが、万一自家用車で来られる際は、冬用タイヤへの交換をお忘れなく。(晴)

劇中でコナンたちが降り立つ佐久平駅



◆映画情報
原作 青山剛昌(小学館「週刊少年サンデー」連載中)
監督 重原克也
脚本 櫻井武晴
公開 2025年4月18日
上映時間 109分

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