インタビュー

研究の現在地 VOL.12 ゲノムに刻まれた共進化の痕跡を見る 京都大学大学院農学研究科 寺内良平 教授

2025.01.16

研究の現在地 VOL.12 ゲノムに刻まれた共進化の痕跡を見る 京都大学大学院農学研究科 寺内良平 教授
イネ、コムギ、ダイズなど、食料や飼料として重要な作物は、日々病原菌の脅威にさらされている。絶え間ない病原菌の攻撃に対し、作物はどうやって抵抗し生き延びているのだろうか。作物と病原菌の相互作用を研究する寺内良平教授を訪ね、作物が病原菌を認識し抵抗性を発揮するメカニズムや、病原菌がもたらしたと考えられる性のダイナミクスについてお話を伺った。(=寺内先生の研究室にて。鷲)

寺内良平(てらうち・りょうへい)京都大学大学院農学研究科教授
1984年、京都大学農学部農林生物学科(当時)卒業。90年、京都大学農学研究科博士課程修了、農学博士。同年、ナイジェリア、国際熱帯農業研究所ポスドク研究員。91年、京都大学理学部植物学教室助手(植物分類学)。96年、ドイツ、フランクフルト大学ポスドク研究員。98年、(財)岩手生物工学研究センター研究員。2008年、同部長。16年、京都大学農学研究科応用生物科学専攻教授。24年、(公財)岩手生物工学研究センター所長(兼任)、現在に至る。

目次

作物と病原菌のいたちごっこ
分子レベルで共進化を見る
病原菌が性を生み出した
ヤマイモに原点回帰
非モデル生物に目を向ける
進化の現場を目撃したい

作物と病原菌のいたちごっこ


――ご専門はなんですか。

作物を中心とした植物の進化や多様性について研究しています。いま主に取り組んでいるのは、作物と病原菌の相互作用の研究です。作物と病原菌は、強い選択圧を互いに掛け合っているといえます。つまり、作物側は病原菌の感染に抵抗できる個体が生存して子孫を残し、病原菌側は作物の抵抗性を回避して感染できる個体が生存して子孫を残すことで、互いに影響を与えながら軍拡競争的な共進化が起きています。応用面では、病原菌が作物に感染する仕組みや作物が病原菌に抵抗する仕組みを調べて病気に強い抵抗性品種を作ることで、食料安全保障にも貢献できます。

作物の病害の多くはカビ(糸状菌)が原因です。私たちは、その一種であるイネいもち病菌とイネの相互作用の研究を20年ほど続けてきました。

――どのような相互作用がみられるのですか。

植物と病原菌の相互作用は2段階に分けられます。カビや細菌などの病原菌が植物細胞の表面に付着すると、植物はそれを認識して抵抗性を誘導します。植物は、病原菌にはあるが植物にはない構造を認識するパターン認識受容体(PRR)というタンパク質を細胞膜上にもっています。たとえば植物のキチン受容体がカビの細胞壁を構成するキチンという物質を認識すると、抵抗性を発揮するためのシグナル伝達が起こります。対して病原菌は、エフェクターというタンパク質を分泌することで、PRRから始まった抵抗性反応を抑制します。さらに植物側が対抗し発達したのが、細胞内でエフェクターを認識するNLRという受容体です。NLRが認識するエフェクターを非病原力(AVR)エフェクターといい、AVRエフェクターとNLRの相互作用が、病気にかかるかどうかを決める重要な段階になります。

――NLRはどのようにはたらくのですか。

ある種のNLRはAVRエフェクターと相互作用して病原体を認識すると活性化され、5つのNLR分子が集合し、レジストゾームとよばれるプロペラ状の構造を作ります。この構造の突端部が細胞膜に突き刺さることで穴が開き、そこから細胞内へカルシウムイオンが流入します。それがきっかけとなって、過敏感細胞死(※)をはじめとした多様な抵抗性反応が引き起こされると提唱されています。

※過敏感細胞死
植物のNLRが病原菌のエフェクターを認識して局所的に誘導される細胞死。病原菌を封じ込めて抵抗性を発揮する機能がある。

図1 病原菌と植物の分子間相互作用の概念図
病原菌特有の分子パターン(キチンなど)は、植物細胞表面のパターン認識受容体(PRR)によって認識され抵抗性(PTI抵抗性)を誘導する。病原菌から植物細胞内に分泌されるエフェクター分子は、PTI抵抗性を抑制する。植物のNLRは、エフェクターを直接・間接に認識して活性化されると高次複合体(レジストゾーム)を形成し、細胞膜などに穴をあけてイオン流入を引き起こして過敏感細胞死を導き、強い抵抗性(ETI抵抗性)により病原菌を封じ込めると考えられている(図はすべて寺内先生作成)



2つのNLR分子が役割分担してはたらく「ペアNLR」という仕組みも知られています。AVRエフェクターを認識するセンサーNLRと、それからのシグナルを受けてレジストゾームを形成するヘルパーNLRが協調して抵抗性反応を引き起こします。また、さらに複雑化したものとして、1つのヘルパーNLRが多数のセンサーNLRからのシグナルを受ける「NLRネットワーク」という仕組みが最近発見されました。

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分子レベルで共進化を見る


――イネとイネいもち病菌の相互作用について具体的に何がわかりましたか。

まず、イネいもち病菌のAVRエフェクターを3種類(AVR-Pia、AVR-Pii、AVR-Pik)、それに対応するイネのNLR遺伝子を2種類(Pia、Pii)同定することに成功しました。なお、残りのNLR遺伝子・Pikは別の研究グループによって同定されました。3種類のイネのNLR遺伝子を詳しく調べたところ、いずれも2つの遺伝子が非常に近接した状態で存在しており、ペアNLRとしてはたらくことがわかりました。さらに調べると、どのNLR遺伝子においても、ペアのうちの片方に、付加ドメインという一般的なNLRには見られない構造が存在することがわかりました。

図2. 3種類のイネペアNLR (Pia, Pik, Pii)と、いもち病菌AVRエフェクター (AVR-Pia, AVR-PikD, AVR-Pii) の模式図
Pia遺伝子座は、RGA5とRGA4の2つのタンパク質をコードする。前者はセンサーNLRで、典型的なNLRのドメインに加えてHMAドメインが付加ドメイン(ID)として存在し、これにAVR-Piaが結合すると活性化され、ヘルパーNLRのRGA4と協調して抵抗性を誘導する。同様に、Pik遺伝子座はセンサーNLR Pik-1とヘルパーNLR Pik-2から成り、Pik-1のHMA付加ドメインにAVR-Pikが結合すると抵抗性が誘導される。



このうち、AVR-PikとPikの相互作用に着目して研究を進めました。23系統のイネいもち病菌のAVR-Pikの塩基配列を比較してみると、5つの異なるタイプ(A~E)が見つかりました。面白いことに、ここで起こっている塩基配列の変異は、すべてアミノ酸配列を変えてしまう変異(非同義置換)でした。これは進化の研究者からすると非常に奇妙な現象です。アミノ酸を変えてしまう変異の大半は個体の生存にとって有害なので、それが起こったとしても淘汰されることがほとんどです。それにもかかわらずAVR-Pikに非同義置換しか起こらなかったのは、変異箇所にイネからの強い選択圧がかかっていて、アミノ酸を変えることが生存するうえで重要だということを示しています。一方、10系統ほどのイネのPikの塩基配列を比較した研究報告では、ペアの片方がもつ付加ドメインに変異が集中していることが示されました。

以上から、AVR-Pikの変異したアミノ酸とPikの付加ドメインが結合するのではないかと予想し、実際に英国の研究者と共同で複合体の構造を解析しました。その結果、AVR-Pikの5つの変異したアミノ酸のうち4つがPikの付加ドメインとの結合部位に位置することが明らかになりました。AVR-PikはNLRとの結合を免れる方向に、Pikはエフェクターに結合して認識する方向に選択がかかり、それぞれの分子で結合部位の変異が起きていることが推測されました。

――なぜイネいもち病菌はAVR-Pikを分泌するのですか。

AVR-Pikが本来標的としているイネのタンパク質があるはずと考え調べると、付加ドメインに構造が似たsHMAというタンパク質が見つかりました。あるsHMA遺伝子の機能を失わせたイネにいもち病菌を感染させる実験を行ったところ、普通のイネに感染させた場合より病斑が小さくなりました。このことから、いもち病菌はsHMAを利用して感染していると考えられます。元々いもち病菌にとって感染するための標的分子だったsHMAが、イネの進化の過程でセンサーNLRの中に取り込まれて付加ドメインになり、AVR-Pikを認識するための「疑似餌」としてはたらくようになったと考えています。

――sHMAはどのようなはたらきをもつのですか。

植物の抵抗性反応のひとつとして活性酸素(※)の生成があります。sHMAを過剰に発現させると活性酸素の量が変化するので、sHMAは活性酸素の制御に関係するはずです。まだ確たる証拠はありませんが、活性酸素の生成を抑制するはたらきをもつと考えています。sHMAは普段分解されていますが、AVR-Pikが結合すると安定化します。それによりsHMAが蓄積し、活性酸素の生成が抑制されていもち病菌が感染しやすくなるというシナリオを想定しています。

※活性酸素
酸素分子がより反応性の高い化合物に変化したものの総称。スーパーオキシドイオン、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素など、生体に損傷をおこす。耐病性にも貢献している。

図3. いもち病菌AVR-Pikエフェクターとイネの分子間相互作用の想像図
左の親和性反応では、いもち病菌から分泌されるエフェクターAVR-PikがイネのsHMA(OsHIPP20など)に結合して安定化し、いもち病菌の侵入を助ける。右の非親和性反応では、エフェクターAVR-PikがイネのPik-1NLRのHMA付加ドメイン(HMA-ID)に結合して認識され、Pik-2と協調して過敏感細胞死を誘導する。HMA-IDは、イネの進化の過程で、sHMAタンパク質の一部がNLRに取り込まれて擬似餌としての機能を獲得したと推測される。



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病原菌が性を生み出した


――ほかに取り組んでいる研究はありますか。

作物と病原菌の相互作用の研究と関連して、性の研究にも興味をもっています。

病原菌は個体数が多く、次の世代を残すまでの時間が短いので、宿主となる真核生物とは比べ物にならないくらい進化するのが早いです。この速い進化速度に対抗するために真核生物で進化した仕組みが有性生殖だと考えられています。組換え(※)を経た両親の配偶子が接合することで生まれた子は、これまでにない組み合わせで遺伝子をもつので、完全に適応した病原菌が存在しません。そのため、感染を回避することができます。

※組換え
二倍体の真核生物では、減数分裂において母方と父方由来の染色体が対合し、染色体の交叉により染色体断片を組換える。その結果、配偶子は両親の染色体断片がモザイク状になった染色体をもつ。

有性生殖は当初同型配偶子で行われていました。つまり、両親の配偶子は同じ大きさで、区別はありませんでした。しかし進化の過程で、たまたま一方が大きくなったり小さくなったりすると、大きい配偶子は栄養をため込むためにどんどん大きくなって数が少なくなり、小さい配偶子は大きい配偶子に接合するためにどんどん小さくなって数が多くなります。こうして偶然による配偶子の対称性のゆがみから卵と精子が誕生し、卵を作るメスと精子をつくるオスという性の分化が起こりました。

さらに面白いのは、雌雄が分かれたことで、非対称に伝達されるゲノム間の対立が起こるようになったことです。核のゲノムは両親から子へ均等に伝わる一方で、細胞小器官であるミトコンドリアと葉緑体のゲノムは被子植物では母方からしか子に伝わりません。これは、花粉が小型化したことによってミトコンドリアや葉緑体をもつことが難しくなったことが原因です。細胞小器官のゲノムが母方からしか伝わらないとなると、個体がメスでなければそのゲノムは次の世代に伝えられません。そのため、核ゲノムではオスになるはずの個体をメス化するような変異が細胞小器官ゲノムに起こると、そのような変異を持つ個体が選択され増加します。するとメスの比率が上がってオスの比率が下がり、今度はメスをオス化する変異が核ゲノムに入った個体が子孫を残しやすくなります。メスばかりの環境ではオスを作った方が交配できる確率が上昇するからです。こうしてオスの比率が増えるとまたメス化する変異を持つ個体が増え、以降同じパターンでオスとメスの比率がダイナミックに変動すると予測されます。

ただ、実際には1つの種内では核ゲノムと細胞小器官ゲノムはうまく協力しており、性比が極端にずれることはありません。しかし、異なる種間で雑種が形成されると、この協力関係が崩れ、ゲノム間対立が顕在化して性比が極端にずれることがあります。

――具体的に何がわかりましたか。

所属研究室の博士課程学生が、雌雄異株植物のオニドコロ(ヤマイモの一種)の性決定遺伝子候補を同定することに成功しました。また、オニドコロと近縁種のヒメドコロをかけ合わせた雑種において性比が極端にずれていることがわかっています。性の研究はまだ始めたばかりなので表面的な理解にとどまっていますが、調べていけば性比の変動やそれに対する細胞小器官ゲノムの影響を実証できるはずです。

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ヤマイモに原点回帰


――なぜオニドコロを研究材料に選んだのですか。

私がこの研究室で博士課程の学生をしていたときに、オニドコロを使って研究をしていたからです。京都の山に自生するため採集しやすく、栄養生殖(※)に加えて有性生殖をするので掛け合わせることでちゃんと子孫が取れます。子孫の性も2年くらいでわかるので、研究材料としてとても優秀でした。

※栄養生殖
個体の体細胞が長期間生き延びて繁殖する生殖様式。塊茎、根茎やムカゴなどによる繁殖が知られる。

オニドコロの研究で博士号を取ったあと、世界で一番ヤマイモの消費量が多いナイジェリアに行ってギニアヤムの研究を行いました。そのあと京大理学部の植物学教室の助手になりヤマイモを含めた単子葉植物の分類をやっていたのですが、系統関係を推測する研究への興味が薄れたので辞めて、当時ヤマイモの品種改良を研究していたドイツのフランクフルト大学の研究所に行きました。2年半そこで研究したあと日本に戻り、岩手県の生物工学研究センターの研究員として採用されました。そこで「イネの研究を中心に進めてほしい」と言われて、いもち病の研究を始めました。当初は「いもち病は多くの人が研究しているから今更発見があるのだろうか」と思っていましたが、続けるうちに新しいことがどんどんわかって面白くなってきて、気がついたら20年が経っていました。その後教授として、この研究室に戻ってきました。

一生をかけてこれをやってきましたという感じではなく、わりと場当たり的に研究をしてきました。まあ、何をやっていても生きていけるということです(笑)。

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非モデル生物に目を向ける


――研究の難しさや面白さを感じる瞬間はありますか。

難しいところはあまり感じません。面白さというか、研究をやっていてよかったと思うのは、他の職業と比べて、研究が面白いかどうか、新しい発見かどうかという観点だけが共通していれば、国籍・年齢・性別などに関係なく誰とでもすぐ友人になれるところです。権威やお金ではなくアイデアでつながっていけるところがいいですね。

他人がしない研究をどれだけするかを考えるようにしています。多くの人がモデル生物で研究を行っていますが、生き物はモデル生物だけではありません。多様性に目を向けて、非モデル生物を対象にして根気よく研究を続ければ必ず新しいことがわかります。逆にその研究から生物全体に普遍的な発見ができるかもしれません。

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進化の現場を目撃したい


――今後はどのような研究をしたいですか。

作物の抵抗性に関しては、いま機能がわかっている抵抗性タンパク質は限られているので、それらをできるだけたくさんの種で調べて、共通性と特異性がどれくらいあるかを理解したいです。また、病原菌のいないときに抵抗性タンパク質が暴走しないように抑えるメカニズムについては研究が進んでおらず、大きな研究のテーマです。

性に関しては、性決定遺伝子がゲノム上を転移することで性染色体が何度も交代する現象が知られていますが、それを実際に観察したいと考えています。

2つの研究テーマに共通するのは、進化が起きている現場をこの目で見たいという関心です。見られるものなら生きているうちに見てみたいと考えています。

――ありがとうございました。

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