〈展示評〉ネコの夢見るカラフルな世界 荒井良二 Journey 『ねことほんとのはなし』
2024.12.16
『ねこのゆめ』の原画には、ネコの思い描く世界が数多く登場する。大勢のネコが山の広場で祭りをする世界や、家の中の遊び場で気持ちよさそうに眠る世界など、ネコの想像する世界は愛おしいうえに楽しげで、思わず釘付けになる。特に印象深かったのは、自分からは見えない向こうには会いたい誰かがいるはずだと、だだっ広い草原の中、どこまでも続く青空をポツンと眺め、黄昏れるネコを描いた絵。真っ黒な目は一見すると感情がなさそうだが、よく見ると、まるで遠くにいるはずの誰かを探しているというのも頷ける。じっと見ていると、このネコの心情が思いやられて、鑑賞する我々まで淋しくなってしまいそうだ。
会場では、他にも多くの作品が展示されている。特に目を引くのは、会場奥に飾られた3枚の大きな絵だ。どれも「ねことほんとのはなし」と題して新たに描き下ろされた。ネコのような人のようなキャラクターが松明を灯し、仲間と一緒に本を読みながら暗闇を進む後ろ姿や、雨雲の降らすカラフルな雨と雷に照らされて、ギターを弾いたり本を読んだりする子供たちが空に浮かび上がる様子が描かれている。日常とは異なるような不思議な世界が、鮮やかな色彩をもって表現されている。
カラフルな作品は見ていて楽しく、無意識にその世界に引き込まれるものばかり。また作品の中には、無表情で何を考えているか分からないネコも多い。ネコが何を考えているか想像して、じっと見入ってしまう。本展覧会では、時間を忘れて荒井良二の世界に浸れると言っても過言ではないだろう。会期は12月29日までで、時間は10時から19時(29日のみ18時)まで。入場料は無料。荒井良二の絵本を販売するブースでは、『ねこのゆめ』も購入できる。
展示初日となる12月7日には、荒井良二さんが会場を訪れ、2つのオープニングイベントが実施された。10時半から12時には、9人の子供たちと荒井さんが壁画を制作し、16時から18時には、荒井さんのトーク&サイン会が行われた。
壁画制作のイベントでは、荒井さんはまず、絵の描き方を子供たちに語った。学校で教わるような筆で描く方法ではなく、手や腕といった身体を筆の代わりとして使う描き方を、実践を交えて説明した。子供たちは最初は困惑していたものの、終盤になるにつれ、絵の具をつけた手でペタペタしたり、ダンボールのパレットをひっくり返して押し付けたりと、自分の思うまま、楽しそうに一つの壁画を作り上げた。
また、荒井さん自身も同時並行で一つの壁画を作成した。壁画上に絵の具を絞り出し、それを手で広げて作品を描いてゆく。描き始めた時は何を描くか決めていなかったものの、途中で「自分は地図を描いている」と気付き、一つの作品を完成させた。
午後のトーク会では、『ねこのゆめ』などを担当したNHK出版の編集者・砂原謙亮さんも荒井さんと共に登壇し、今まで出版した絵本の誕生秘話などを語った。荒井さんは「ねことほんとのはなし」という展覧会の名称には、《本とのはなし》と、「作った世界だけど本当の世界に繋がっているかもしれない」という《ホントのはなし》の二つの意味を込めたと話した。
トーク会後半では質疑応答の時間が設けられた。描くのを辞めたくなったことはないかとの質問に、荒井さんは「ない」と即答。また、絵本を描くうえでこだわりがあるかとの質問には、「世の中の出来事に対して、画家としてではなく人として感じることを、どう絵本に落とし込むか考え続けている」と答えた。(郷)