<映画評>『鳥の道を越えて』(2017.12.16)

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消えた文化の記憶を遺す

12月10日、神戸市塩屋の異人館・旧グッゲンハイム邸にて、ドキュメンタリー映画『鳥の道を越えて』が上映された。監督の今井氏が祖父から聞かされた、むかし故郷にあったという狩猟文化の影を追う。

今井氏の故郷は岐阜県南東部の山深く、東白川村にある。今井氏は幼い頃、遠くの山々を眺めながら祖父から「鳥の道」の話を聞いた。なんでもその山には、空を覆うほど多くの鳥たちが決まった時季に通っていく道のような所があったという。しかし、同じ村で育ったにもかかわらず、今井氏にはその道が――祖父の眼に映っているのであろうその光景が想像もつかなかった。

それから時を経て、村の外で暮らすようになってからも、祖父が語っていた「鳥の道」のことはまだ心に引っかかっていた。たびたび帰郷しては聞き取りを進め、やがて見えてきたのは、かつて「鳥の道」で行われていた狩猟の歴史だった。江戸期に始まる「カスミ網」という罠を用いたその猟法はしかし、生態系に悪影響を及ぼす乱獲として戦後すぐに禁じられる。「鳥の道」は、そこに網場や猟師小屋の荒れ果てた姿を残し、往時の面影を私たちに伝えてくるのだった。

この物語を、山奥のひとつの村での出来事として小さく片付けてはいけない。伝統文化に従った暮らしと自然保護が相容れず、文化が途絶あるいは変容を余儀なくされるという話は、近年でもなおよく耳にする。むしろますます聞くようになったと言っても良いかもしれない。最たる例が、鯨や象牙の利用をめぐる問題だ。鯨を食べたり生活用品に加工したりする文化も、象牙を楽器や彫刻に使う文化も、自然保護の観点から問題視されがちになっている。商業的な事情も絡むなか、これらの文化は大きく変わってゆく途上にある。馴染んだ暮らしが自然保護の名のもとに否定された時、私たちはその現実とどのように向き合えば良いのか。

この問いに対するひとつの答えが、本作なのかもしれない。途絶えてしまった文化をテーマとする以上、全体を通して物哀しい空気の漂う映画だが、希望を見いだせる部分もある。それは、今井氏に「鳥の道」の記憶を語る村の老人たちが、なんとも良い笑みを浮かべているからだ。その笑顔がどこから来るものなのか、他人である私たちに知る由はない。しかし、ひとつ推し量ってみるとすれば、「伝統が絶えても記憶を遺せる」ことへの喜びや安堵があるのではないか。当たり前の営みを禁じられた現実へのやり切れなさも、それを誰かに聞いてもらうことで――さらにそれが映画となって広く全国に発信されることで、少しは救われるのだと信じたい。

時流に呑まれて消えてゆく伝統文化。それは時に仕方がないことなのだとしても、ただ嘆くのみに終わらず、せめて克明に記録して人々の記憶に遺す。そうすることで救われる人々がいるかもしれないし、文化の多様性も少しは保たれるというものだ。

『鳥の道を越えて』は、個人または団体が上映会を希望した際に任意の場所で上映される。今回の上映会は地元NPO法人「ヒューマン・ビジョンの会」と「塩屋音楽会」の共催。会場となった旧グッゲンハイム邸は明治期に建てられたとされる洋館で、現在は多目的スペースとして各種催しの場に使われている。

監督の今井友樹氏は、民族文化映像研究所を経て工房ギャレットに所属し、全国各地の文化習俗を映像に記録してきた。映画監督を務めたのは今回が初だという。上映会の後に設けられた監督との懇親会では、次の作品の制作にも動き出していると明らかにした。(賀)

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