〈映画評〉『アメリ』 モンマルトルの奇妙なラヴロマンス(2017.10.16)

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『アメリ』の主人公はモンマルトルのカフェで働く若い女性、アメリ・プーランだ。彼女は学校に通わず、教師だった母親から家で教育を受けたため友達と遊んだ経験がなく、空想好きな性格になった。彼女は、40年前に自分の部屋に住んでいた男性に少年時代の宝箱を返したことをきっかけに、機転を利かせて周りの人を幸せにするようになった。しかし、自分の事に関しては不器用で、「行き遅れ」だと自覚している。そんなある日、証明写真機の下を探っている青年が落としたアルバムを拾う。そのアルバムには、人々が撮影に失敗して破り捨てた証明写真の破片をくっつけ合わせたものがたくさん貼ってあった。アメリはその青年にアルバムを返すことにする。アルバムを通して知り合った二人は、「同じ匂い」のする変わり者同士で、徐々に惹かれ合っていく。

恋愛の重さと軽さ


『アメリ』は恋愛映画だが、恋愛を重いものとも、軽いものとも捉えている。
まず、恋愛、そしてそのクライマックスであるようなセックスの必死なドラマチックさは冷めた目から見ると笑えてしまうということが描かれる。その文脈で取り上げられるセックスおよび恋愛は、軽い。劇中では、アメリは恋に落ちる前に何回か性行為を「試してみた」が、期待外れだったと軽妙なナレーションで語られる。アメリの上で必死に男性が動き、彼女は珍妙な顔をしているシーンは、まさに必死さを馬鹿にしている。また、モンマルトルの丘から美しい街を見下ろして、アメリはこの町で今何組のカップルが絶頂を迎えたか想像する。そして、笑顔で「15」と答える。独特なユーモアだ。さらに、アメリの策略で恋仲になった同僚と客がトイレで性行為を始め、その音をアメリがひきつった笑顔を浮かべながらエスプレッソマシーンの音でかき消す場面は笑いをこらえきれない。
対照的に、アメリにとっての恋愛は、彼女にとって耐えきれないほど重い。彼女はなかなか青年と面と向かって会う勇気を持てない。孤独な幼少時代を過ごしたせいで、深い人間関係を構築できないアメリにとって、恋愛は高いハードルなのだ。そのため、アメリが殻を割って一歩踏み出した後の二人の出会いはロマンチックになる。二人は見つめ合った後、両方の頬と瞼の上にゆっくりキスしあう。その場面には、息をのんでしまう。トイレでの笑えてしまう性行為とはとても対照的だ。

『アメリ』の優れた点は私たちが感覚的に感じるロマンスの軽さと重さを鋭く捉えている点だろう。独りよがりな、あるいは二人よがりな性行為の必死さは滑稽だ。一方で、ロマンスとは「同じ匂い」のする二人が精神的、肉体的に凹凸を埋め合う切実な過程でもある。

「聖地巡礼」をして


私は今年の夏休みにパリに行く機会があり、モンマルトルで『アメリ』の「聖地巡礼」をしてきた。モンマルトルはパリの中でも風情がある町で、朝、雨の中しっとり濡れた石畳の道や、クリーム色を基調とした低い建物が並ぶさまは美しかった。テルトル広場にはキャンバスを広げる画家がたくさんいて、似顔絵を描きましょうかと声をかけられる。サクレ・クール寺院の目の前からはパリを一望できる。そこで何組の恋人が絶頂を迎えたか考えてみる。寺院から徒歩10分ほど丘を下っていくと、アメリが働いているという設定のカフェ「ドゥ・ムーラン」がある。内装は映画とほぼ同じで、感激する。アメリが劇中で表面の殻をつぶすことに喜びを覚えていたクリームブリュレを頼んだ。クリームブリュレは甘ったるい、外国の砂糖の味がした。店員さんは常連客と談笑していて、時折スマートフォンをいじったり電話したりしている。とてもおおらかだ。劇中でもアメリの同僚が「今日は予定があるから」と気楽に早引けしていたが、そのおおらかさは現実でも同様のようだった。しばし映画の世界に浸ることができ、非常に満足した。(竹)

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