〈映画評〉「光のノスタルジア」「真珠のボタン」 過去の重力と歴史の声(2017.05.01)

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『光のノスタルジア』『真珠のボタン』はパトリシオ・グスマン監督によるチリのドキュメンタリー映画2部作である。続けて観ると、人間的で重い主題が美しい自然のモチーフを用いて語られるという構造が、両作品に通底していることを感じる。『光のノスタルジア』はチリ北部アタカマ砂漠を舞台として、人間の記憶とそれにつきまとう過去を、「光」を通して語る。『真珠のボタン』はチリ南部の海辺を舞台として、奪われし者への抑圧の歴史を、「水」を通して語る。順に作品解説と合わせて説明していく。

まず『光のノスタルジア』から。この映画では二者が登場し、同じテーマ、人間にとっての過去を指し示す。一つ目はアタカマ砂漠を研究の拠点とする天文学者だ。二つ目は、独裁政権に家族を殺され、その遺骸を砂漠で探し求める女性たちである。一つ目の天文学者は、過去を見つめるのが天文学の仕事だという。何万光年と離れた星の光は過去そのものであるからだ。二つ目の20年以上砂漠を掘り続ける女性たちも、家族を失ったという過去から逃れられないでいる。テーマは共通するが、天文学者は宇宙を観測して「過去の探索」をした後もゆっくり眠れる一方で、女性たちは遺骸が見つかるまで心の平穏は得られない点は決定的に違う、ということも映画で述べられている。

映画は天文学者と遺族の女性たちが出会い、望遠鏡を覗かせてもらうところで終わる。同じテーマを指し示しながらも全く別の方向を向いているように見えた二者が出会うことで、観る者は心を揺さぶられる。もう一つの「二者の出会い」は両親を政府に奪われた過去を持ちながらも、天文学によって心救われたと話すバレンティナさんの存在だ。バレンティナさんは、新しい星や生命が生まれるためにいつかは消えていく星もあると知ること、宇宙の大きな流れに触れることで、両親が消えたことにも意味があったのではないかと考えられると語る。バレンティナさんによって、過去を探索するだけでなく、記憶となった過去を抱え生きていくというテーマが提示される。そこでこのテーマを語るのに光が用いられていることに注目したい。映画の中で、望遠鏡の向こうの白くて眩しい太陽の光、埃をきらめかせる透明な光、観測される遥か遠い星の光といった形で光は表れる。光は郷愁(ノスタルジア)を感じさせると監督は言う。つまり過去への慕情である。そして最後に監督の独白にすべてが収束する。「記憶はあたかも重力のような力で、私たちの心を捉え続ける。思い出を持つ者ははかない現在を生き抜いていくことができる。思い出のない者は生きてさえいない」。過去への慕情は光る星の重力に喩えられ、監督は過去と向き合う人々の背中を押している。

続けて『真珠のボタン』について説明する。この映画はに2人の「奪われし者」が登場する。入植者に蹂躙されたパタゴニアの先住民と、独裁者ピノチェトに抑圧された人々である。この2つを繋ぐのが真珠のボタンである。1つ目のボタンは、先住民の一人、ジェミー・ボタンがイギリスに連れていかれた際、引き換えにイギリス側が差し出した真珠のボタンである。ジェミー・ボタンは急に文明化された社会へ連れていかれ、1年イギリスで過ごしてから生まれた土地へ戻されたが、以前のように生活することはできなかった。ジェミー・ボタンが真珠のボタンひとつで故郷、言葉、文化をすべて奪われたのだ。2つ目は、軍事政権時代に虐殺され海に投げ込まれた人の形見のボタンだ。海に投げ込まれる際にレールが体にくくりつけられ、のちにレールが引き揚げられた際に、ボタンがそのレールにくっついていたのだ。彼は独裁者によって命を奪われた。

この作品では、奪われし者への抑圧の歴史を語るのに水というモチーフが使われている。先住民の中には「水の民」がいて、彼らは海を生活の一部として大切にしていた。水産物中心の食事をとり、カヌーによって島々を行き来していた。そして彼らもまた入植者によって生活を奪われた歴史を持つ。映画では度々、揺れる水面の映像とともに、水の民の姿が登場する。一方で、死者のボタンは長い間水に晒されていながらも我々に声を届けた。テーマについて監督はこう独白する:「水には記憶があると言われている。水には声もあると私は信じている。水に近づいてみれば、インディオや行方不明者の声を聴くことができるだろう」。水は我々が耳を傾けなければならない歴史を語る。エンドロールと同時に先住民の言葉で話す女性の声が流れ、まるで「水の声」を聴いているような錯覚に陥る。

両作品とも、チリの美しい自然に圧倒され、監督が選ぶ詩情ある言葉に考えさせられる、穏やかだが、心に残る映画である。(竹)

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