〈企画〉秋入学のすべてがわかる四大論点
2012.02.22
東京大学は「入学時期のあり方に関する懇談会」を設置し、昨年4月以降入学時期の変更について検討を進めてきた。その成果として「中間まとめ」を作成し、1月20日に公表した。
「中間まとめ」によると、東大は今後5年前後で、学部生の入学時期を秋に全面移行する方針である。浜田純一総長は記者会見で、3月中に正式報告を公表し、また4月をめどに経済界や他大学との協議会を立ち上げる方針だ。
大学教育だけではなく、様々な問題と関わっている東大の秋入学移行について、論点を4つに大別し、また秋入学を巡る現状及び経済界や他大学の動向をまとめた。(P)
東大が作成した「中間まとめ」は大学の「国際化」が求められているとして、入学時期を国際標準である9月入学に移行するとの方針を示している(各国の入学時期に関しては、5面の参考資料を参照。)
(1)大学教育の国際化の必要性:社会経済のグローバル化に対応するために、大学教育も国際化する必要がある
(2)4月入学を前提とする学事暦の問題点:東大の日本人学生の海外留学や留学生受け入れは低調であり、秋季入学が国際標準である中、4月入学は留学の障壁となっている。
(3)高大接続をめぐる問題点:受験準備の受動的な学びから、大学での主体的・能動的な学びへの転換のため、インパクトのある体験を付与することが有意義。
(4)以上のような課題意識を踏まえ、① 学部段階の秋季入学への移行、② ギャップターム(高校卒業から大学入学まで自由に使える半年間)の導入、③ 優秀な学生への対応(早期卒業制度の導入など)を検討する。
(5)秋季入学のみならず英語による授業や外国人教員の増加、進振り制度の見直し、経済的支援などについても検討。
(6)他大学や経済界、政府との連携・協力に向けた検討
その他、全学生に国際的な学習体験をさせること、「一点刻み」の序列に頼らない新たな入試・進学振分けの仕組みなどを提案している。
この論点に関しては、①東大が他大学に先駆けて単独で秋入学への移行を宣言してよかったのか、②秋入学の全面移行でよかったのか、③東大の「中間まとめ」による秋入学への移行の仕方はどうなのか、という3つのポイントを挙げることが出来る。
東大は今回の発表は他大学に先駆けて単独で行ったが、単独での秋入学への移行は考えていないという。北大、東北大、筑波大、東工大、一橋大、慶大、早大、名大、京大、阪大、九大の11大学との協議を経て、それらの大学とともに移行すると考えられる。
②に関して、「中間まとめ」によると4月入学と秋入学の複線化は相当のコストを要するため、学部においては秋入学への全面移行が合理的だという。なお、大学院段階では、既に複線化が進んできており、また、志願者の立場からは、選択肢が多いことが一般的に好ましい措置であるという。
一方、アジアからの留学生にも合わせるべき、ギャップタームを一律に課すべきではないなどの理由から4月入学と秋入学を並行すべきとの意見もある。
伊東氏は学部の9月全入は義務教育制度とのマッチングが悪すぎるという。
また、東大は社会にどのような得失を与えるのか定量的に示していないと批判し、入学時期を変えるよりも先に、国内の単位互換制度を徹底、日本人男性以外の教員を増やすなど措置で現在の硬直的な制度や人事を変えるべきであると指摘する。
その他、秋入学への移行はまず大学院からスタートし、試行錯誤してから学部に適用すべき、半年のズレを全員に強要するのではなく、飛び級も認めるなど国際的に見られる柔軟な制度を検討したほうが本当の意味でグローバルに通用するものであるとも主張する。
この論点に関しては、①留学生の送り出し及び受入れが実際にどれほど増えるのか、②グローバルな人材の育成のためにはその他にどのような改革が行われるべきか、という2つのポイントがある。
ただし、「中間まとめ」によると、「学部段階では、志願者が主として高校生であるということ、日本語学習などの準備を要すること、卒業後の進路をめぐる不確実性が大きいこと等から、学位取得を目的とする留学(長期留学)を増やす効果については、大学院の場合と同じように考えることはできない。これに対し、サマープログラムなどを含め、短期留学の場合は、より確実に拡充の成果を挙げることが期待されるであろう。」とあるとおり、海外からの長期留学はそもそもそこまで増えないのではないかという認識もあるようだ。
海外からの短期留学についても、現在のように英語で履修できる科目が少なければ、留学は増えないであろうという意見がある。日本からの留学に関しても、奨学金や語学教育を含めた留学支援が充実していなければ、大きな効果は見込めないのではないかという意見がある。
これらの点を含めて、秋入学に移行するのであればどのようなカリキュラムの改善が必要か、広範な議論が必要である。
「中間まとめ」においては、入学予定者がギャップタームを積極的に活用することを念頭に置いて入試時期をずらさないことにするとのことであった。この空白期間に関しては、有効活用できるという立場とできないという立場が明確に分かれるといえる。
勉学や留学、ボランティアなどに関しては、大学がコースを組んで用意することも可能であろう。それらのコースを義務付けたり、活動によっては単位を認めたりすることもできるかもしれない。また、入学予定者はどこにも属していないことになってしまうので、保険を用意するという意見もある。
ただ、そもそも英国ではもともと、大学に進学するのは比較的裕福な階層の青年であり、それゆえにギャップイヤーが可能になったのではないかと考えることもできる。
一方、こうしたギャップタームが生じることについて批判する主要な理由としては①家計負担が増える、②実際に有効利用する人は少ないのではないか、③就職するまでの期間を延ばしていいのか、という3つがある。
③の点については、現行の春季一括採用が継続するのであれば、秋に卒業してから春までの半年間もギャップタームとなるために、合計で1年間、就職までの期間が増えることある。このことによる機会費用の損失も指摘されている。
セーフティネットの整備や解雇規制の緩和及び同一労働同一賃金の徹底などが伴わなければ、大卒者の就職状況は一層厳しくなる懸念がある。
東大は年二回実施を国に求める方針だというが、厚生労働省の関係者は試験の質の維持の観点から年2回実施に難色を示しているという。
また一橋大学は22日付日経新聞によると、入学時期を春のままにしながら、本格的な授業の開始を秋に移す独自案を検討している。
また朝日新聞のインタビューによると、松本総長は入学時期を変えなくても、1年を4期に分けるクオーター制を導入すると留学が容易になるといい、学部の9月入学への全面移行には懐疑的である。協議会では入試改革や教養教育の在り方について議論したいと述べ、英語での授業を増やすことも重要だと述べた。ギャップタームに関しては否定的で、4月から入学させて大学の責任において教育すべきだとしている。
また、1日に京都新聞が発表した京都の12大学へのアンケートによると、同志社大と立命館大も秋入学を検討する方針である。すでに一部で九月入学を導入している立命館大は一定割合の学生の秋入学については賛成している。
※記事中に用いたデータの詳細については紙面をご確認下さい
「中間まとめ」によると、東大は今後5年前後で、学部生の入学時期を秋に全面移行する方針である。浜田純一総長は記者会見で、3月中に正式報告を公表し、また4月をめどに経済界や他大学との協議会を立ち上げる方針だ。
大学教育だけではなく、様々な問題と関わっている東大の秋入学移行について、論点を4つに大別し、また秋入学を巡る現状及び経済界や他大学の動向をまとめた。(P)
Qそもそも秋入学って?
秋入学とは、大学受験を終えたあと、大学に入学する時期を9月とする制度である。1872年に学制が発布されたとき、大学は9月入学であった。しかし、1921年に会計年度に合わせ、4月入学であった義務教育に合わせるため、4月入学に移行した。東大が作成した「中間まとめ」は大学の「国際化」が求められているとして、入学時期を国際標準である9月入学に移行するとの方針を示している(各国の入学時期に関しては、5面の参考資料を参照。)
Q東大の主張は?
東京大学発表「中間まとめ」の概要は次の通り。(1)大学教育の国際化の必要性:社会経済のグローバル化に対応するために、大学教育も国際化する必要がある
(2)4月入学を前提とする学事暦の問題点:東大の日本人学生の海外留学や留学生受け入れは低調であり、秋季入学が国際標準である中、4月入学は留学の障壁となっている。
(3)高大接続をめぐる問題点:受験準備の受動的な学びから、大学での主体的・能動的な学びへの転換のため、インパクトのある体験を付与することが有意義。
(4)以上のような課題意識を踏まえ、① 学部段階の秋季入学への移行、② ギャップターム(高校卒業から大学入学まで自由に使える半年間)の導入、③ 優秀な学生への対応(早期卒業制度の導入など)を検討する。
(5)秋季入学のみならず英語による授業や外国人教員の増加、進振り制度の見直し、経済的支援などについても検討。
(6)他大学や経済界、政府との連携・協力に向けた検討
その他、全学生に国際的な学習体験をさせること、「一点刻み」の序列に頼らない新たな入試・進学振分けの仕組みなどを提案している。
Ⅰ.東大追従でいいのか
3つのポイント
1つ目の論点は、東大が単独で秋入学移行を宣言するやり方、また東大の「中間まとめ」にある秋入学への移行方式は最適なものだったかという点である。この論点に関しては、①東大が他大学に先駆けて単独で秋入学への移行を宣言してよかったのか、②秋入学の全面移行でよかったのか、③東大の「中間まとめ」による秋入学への移行の仕方はどうなのか、という3つのポイントを挙げることが出来る。
単独発表は強引か
①に関して、1月29日付朝日新聞の記事によると、三重大学の内田淳正学長は東大や旧帝大主導ではなく、全国の国立大学の連合組織である国立大学協会主導でまとめていればより実現性は高くなったと述べている。一方で、脳科学者の茂木健一郎氏のように、東大が先陣を切って発表することでも秋入学への移行を進めようとしたことを評価する意見もある。東大は今回の発表は他大学に先駆けて単独で行ったが、単独での秋入学への移行は考えていないという。北大、東北大、筑波大、東工大、一橋大、慶大、早大、名大、京大、阪大、九大の11大学との協議を経て、それらの大学とともに移行すると考えられる。
就職格差生じる恐れも
しかし、偏差値の高い大学のみ移行すると、秋入学の大学の卒業生が就職で優遇されるという就職での学歴による差別が生じる可能性がある。また、大学間のスポーツイベントの時期の調整などにも困難が生じるであろう。私大経営に影響
とはいえ、すべての大学が秋入学に全面移行することは難しい。私立大学が秋入学に全面移行するとなると、その間の資金繰りが厳しくなる可能性があるという。政府が融資などをするとなると、莫大なコストがかかるであろう。 「中間まとめ」によると、東大に関しては、多大なコストは恒常的には発生しないという。しかし他大学の移行コスト及び資格試験の時期調整などの社会的なコストは無視できない問題である。②に関して、「中間まとめ」によると4月入学と秋入学の複線化は相当のコストを要するため、学部においては秋入学への全面移行が合理的だという。なお、大学院段階では、既に複線化が進んできており、また、志願者の立場からは、選択肢が多いことが一般的に好ましい措置であるという。
一方、アジアからの留学生にも合わせるべき、ギャップタームを一律に課すべきではないなどの理由から4月入学と秋入学を並行すべきとの意見もある。
現役東大教員の反対
③に関しては、大学内の実情を知る伊東乾・東大大学院情報学環准教授の東大の移行方式への痛烈な批判を参照したい。伊東氏は学部の9月全入は義務教育制度とのマッチングが悪すぎるという。
また、東大は社会にどのような得失を与えるのか定量的に示していないと批判し、入学時期を変えるよりも先に、国内の単位互換制度を徹底、日本人男性以外の教員を増やすなど措置で現在の硬直的な制度や人事を変えるべきであると指摘する。
その他、秋入学への移行はまず大学院からスタートし、試行錯誤してから学部に適用すべき、半年のズレを全員に強要するのではなく、飛び級も認めるなど国際的に見られる柔軟な制度を検討したほうが本当の意味でグローバルに通用するものであるとも主張する。
Ⅱ.大学は「国際化」するのか
2つ目の論点は、秋入学移行の主要な目的はグローバルな人材の養成及び大学の国際化であるが、それは秋入学移行によってどれほど達成されるのかという点である。この論点に関しては、①留学生の送り出し及び受入れが実際にどれほど増えるのか、②グローバルな人材の育成のためにはその他にどのような改革が行われるべきか、という2つのポイントがある。
長期留学は増えない?
①に関して、秋入学への移行により海外から及び海外への留学生がある程度増え、また帰国子女が受験しやすくなるといった効果が見込むことが出来るといわれている。これは、4月入学であると長期留学する場合、留年しなくてはならないという問題が秋入学で解決するからである。ただし、「中間まとめ」によると、「学部段階では、志願者が主として高校生であるということ、日本語学習などの準備を要すること、卒業後の進路をめぐる不確実性が大きいこと等から、学位取得を目的とする留学(長期留学)を増やす効果については、大学院の場合と同じように考えることはできない。これに対し、サマープログラムなどを含め、短期留学の場合は、より確実に拡充の成果を挙げることが期待されるであろう。」とあるとおり、海外からの長期留学はそもそもそこまで増えないのではないかという認識もあるようだ。
英語授業が少ない
「中間まとめ」の資料によると、学部において英語で履修できる授業科目数は59(2009年度)であり、決して多くはない。海外からの短期留学についても、現在のように英語で履修できる科目が少なければ、留学は増えないであろうという意見がある。日本からの留学に関しても、奨学金や語学教育を含めた留学支援が充実していなければ、大きな効果は見込めないのではないかという意見がある。
授業内容の改善を
②に関して、秋入学に移行してある程度は留学生が増加しても、それだけではグローバルな人材の養成にとって十分ではないという意見もある。「中間まとめ」では全学生に国際体験を、という構想が提示されているほか、学期のズレが緩和されることによりITによる遠隔共同授業などのバーチャルな交流が広く展開できるようになると述べられている。この他、学期の途中に長期休業期間が入らないことによる教育の効率性の向上についても言及されている。しかし教育カリキュラムの変更についてはあまり具体的には触れられていない。柔軟な制度が必要
社会学者で東大教授の本田由紀氏は、WEBRONZAというサイト上で、「本気で」国際化を推進したいのなら、入学時期の移行よりも先に、キャンパスに近接する寮の設置や入学試験の改善、修学年限の柔軟化など、検討すべき課題は数々あると主張している。論点1において参照した伊藤乾氏や、多くの論者が、英語での授業をもっと増やす、入学試験を英語でも受けられるようにするなどの措置を行うべきであると主張している。授業で伸びない英語力
また、授業を英語にしても英語力が向上するとは限らないという意見もある。大学教員でありブロガーのsakuraimac氏のブログによると、一方通行の大学の授業を英語で受けるだけでは、「ほとんどが頭を素通りして残らず、英語力の向上にはあまり役に立たなかった。」という。それよりも英語力の向上に役立つのが1対1のコミュニケーションや少人数でのグループディスカッションだという。それを大学教育で行うためには外国人教員や留学生の数を増やし、また日本人学生が彼らとコミュニケーションをとる機会を増やさなくてはならない。留学生は多ければよいのか
さらに、そもそも留学生を増やす必要があるのか、実際に留学生の数があまりに増えてしまったら大学教育に大量の国民の税金が使われている意味がなくなるのではないか、日本に来る留学生は日本語も含めて学びたいのではないかと考えることも可能であり、大学の「国際化」という方針の曖昧さにも疑問がある。これらの点を含めて、秋入学に移行するのであればどのようなカリキュラムの改善が必要か、広範な議論が必要である。
Ⅲ.ギャップタームを活用できるか
遊んで終わるだけか?
3つ目の論点は、3月に高校を卒業してから9月に入学するための期間、すなわちギャップタームには意義があるのかどうかという点である。「中間まとめ」においては、入学予定者がギャップタームを積極的に活用することを念頭に置いて入試時期をずらさないことにするとのことであった。この空白期間に関しては、有効活用できるという立場とできないという立場が明確に分かれるといえる。
しがらみのないインターン
ボランティアや企業などへのインターンシップ、留学など「勉強」ではないさまざまな体験ができるのであれば、多様な人材の育成にとって好ましいであろう。特にインターンについては、就職活動期のインターンとは違って、企業とのしがらみがない分社会について批判的視点を持ちながら学ぶことが出来るとの意見もある。大学が介入するのか
そのほかにも、大学での専攻を決める期間に使ったり、実際にゼミや授業で学んだり、より高度な学びに向けた基礎学力のレベルをそろえたりするなど勉学のための期間としても使うことが出来る。学費や生活費、あるいは社会体験のためにアルバイトをすることもできる。勉学や留学、ボランティアなどに関しては、大学がコースを組んで用意することも可能であろう。それらのコースを義務付けたり、活動によっては単位を認めたりすることもできるかもしれない。また、入学予定者はどこにも属していないことになってしまうので、保険を用意するという意見もある。
400億円の労働価値
なお、一般社団法人日本ギャップイヤー推進機構協会の試算によると、大学1学年の1割(約7万人)を9月入学にするか、「就活」を協定で4ヶ月間短縮して福祉ボランティアと一次産業でのインターンを各二ヶ月間行うと、四百億円の労働価値創造が見込まれるという。本場の「ギャップイヤー」
ちなみに、英国にはもともとギャップイヤーという制度があり、高校が終わる六月から、大学が始まる翌年の10月までの16か月間と長いために、アルバイトで資金を貯めた後にボランティアや海外留学・旅行を自己負担で行う場合が多いという。また、英国ではその期間の活動が社会的に評価される傾向にある。ただ、そもそも英国ではもともと、大学に進学するのは比較的裕福な階層の青年であり、それゆえにギャップイヤーが可能になったのではないかと考えることもできる。
中退が減少する?
そのほかにも、中央教育審議会生涯教育分科会(2004年)によると、英国でギャップタームを利用した学生は、大学を中退する割合が3〜4%と少ない(平均は20%)というデータもある。また、大学卒業後に就職しても比較的早く離職する若者が多いとされる中、教育と就職のギャップを埋めるための期間としてふさわしいという見方もある。一方、こうしたギャップタームが生じることについて批判する主要な理由としては①家計負担が増える、②実際に有効利用する人は少ないのではないか、③就職するまでの期間を延ばしていいのか、という3つがある。
格差を反映するか
まず①の点については、留学が自費負担で行われるのであれば、それだけまとまったお金をかける余裕がある比較的裕福な家庭の学生しか行くことが出来ないであろう。それだけではなく、大学から1人暮らしを始める場合は、4月から大学のそばに住むのであればその分の生活費も上乗せされることになる。特に家計に余裕がない場合は、学費や生活費の足しのためにギャップタームがもっぱらアルバイトに費やされる可能性もある。家計によってギャップタームの過ごし方に格差ができてしまうのは望ましくないとの意見がある。学習意欲の低下も
また、②の点については大学が入学までの期間について強制力を持つことが出来るとは限らないために、単に遊んですごして終わる可能性もある。実際に、AO入試や推薦入試で秋に受験が終わった高校生は、免許の取得やアルバイトなどに半年を費やす例が多い。また、半年間の学習が疎かになっていたら、入学時の学力や学習意欲の低下という問題が生じる。また、経済的理由からアルバイトをして過ごすしかない学生もいるだろう。③の点については、現行の春季一括採用が継続するのであれば、秋に卒業してから春までの半年間もギャップタームとなるために、合計で1年間、就職までの期間が増えることある。このことによる機会費用の損失も指摘されている。
Ⅳ.就活は変わるか
4つ目の論点は、東大の秋入学への移行によって就職活動、特に新卒一括採用制度への影響があるのかという点である。「就活」変革を期待
「中間まとめ」においては「新卒の春季一括採用、採用活動の早期化・長期化、求める人材像や評価基準の曖昧さなどが、大学教育の充実、海外留学の促進による人材育成を図る上での課題や隘路となっている」「大学教育の充実の隘路として日本固有の問題である、企業の採用活動との関わりについても、これを社会全体で考え直す契機となることを期待したい」などと述べられており、就職活動や新卒一括採用制度を秋入学の導入によって変化させようとしているとも読み取れる。前向きの経済界
「採用選考に当たって、海外留学などの多様な学習体験が必ずしも十分に評価されていないということも、若者の「内向き志向」、リスク回避傾向の背景の一因として存在する」とも述べられている。読売新聞の記事によると、経団連の川村隆副会長は「企業の採用でも、学生が(入学までの)半年間をどう過ごしたかを評価するだろう。その評価基準は事前に公表する」との意向を表明したという。「二括採用」化か
では実際に、企業は雇用方式を変更するのであろうか。これに関しては意見が分かれている。すでに秋採用を行っている企業があるので、大して変化はないだろうという意見もある一方、旧帝大を中心とした多くの国立大学などが秋入学へ移行したならば、通年採用ないしは年に2回の採用になるのではないかという意見がある。一括採用が崩れると就活は激化
ただし、採用基準や新卒一括採用が変わったとしても、それが就職活動の厳しさを緩和することにはならないとみられる。新卒一括採用だけがなくなって、新卒者が既卒者と同等の扱いになると、むしろ企業の選考は厳しくなるであろう。セーフティネットの整備や解雇規制の緩和及び同一労働同一賃金の徹底などが伴わなければ、大卒者の就職状況は一層厳しくなる懸念がある。
資格試験はどうなるか
また、「中間まとめ」によると、医師、歯科医師、看護師、獣医師、薬剤師、法曹、公務員などの公的資格試験は、4月入学・3月卒業の大学を念頭に置いて制度設計され、実施時期及び受験資格等が設定されている。企業への就職の時期が、個々の企業の裁量で柔軟に決定されるのと異なり、これらの資格の取得及び関連する専門職等への就職の在り方は、制度によって規定されている。そのために、一部の大学のみが秋入学にするとしたら、これらの国家資格は実施回数を増やすなどの対応が求められる可能性がある。厚労省関係者は難色
10日付の読売新聞の記事によると、医師国家試験はかつては年二回実施されていたが、医療の高度化の中で試験の質を維持するために年一回の実施になった。東大は年二回実施を国に求める方針だというが、厚生労働省の関係者は試験の質の維持の観点から年2回実施に難色を示しているという。
各界の動向
経済界
経団連の米倉弘昌会長は1月25日の会見で、東大の秋入学移行について「経済界としても歓迎したい」と述べ、ギャップタームの活動に関しても採用時に考慮する方針を述べた。また、採用時期に関しても見直す考えを示した。政府
野田首相は「グローバル人材の育成の観点からすると大変、評価できる動きではないか」と述べ、各省庁に対応を指示するとした。実際に、古川元久国家戦略担当相は、内閣府の松元崇内閣府事務次官に国家公務員の秋採用を検討するよう指示した。市場
1月27日の東証1部では、資格取得教育のTACがストップ高を記録した。ギャップタームにおける資格取得による需要増加を見込んだ買いであると思われる。他大学
12日付の朝日新聞によると、秋入学への全面移行について全国の174大学の学長にアンケートをしたところ、回答した167人(回収率96.0%)の46%にあたる76人が「導入を検討する」と答えたという。ただ、現時点で全面移行を「評価する」と答えたのはそのうちの約6割にとどまり、自校での導入は、「検討予定がある」が76人(45.5%)であったという。また共同通信が25日に発表したアンケートによると、東大以外の国立大81校のうち4割以上の35校が秋入学を検討する意向を持っているという。また一橋大学は22日付日経新聞によると、入学時期を春のままにしながら、本格的な授業の開始を秋に移す独自案を検討している。
京大
京大は東大が提言した秋入学についての主要12大学の協議会に参加する方針である。松本総長は3日の定例記者会見で、部局長クラスによる検討チームを設け、秋ごろに答申を出してもらうと述べた。また朝日新聞のインタビューによると、松本総長は入学時期を変えなくても、1年を4期に分けるクオーター制を導入すると留学が容易になるといい、学部の9月入学への全面移行には懐疑的である。協議会では入試改革や教養教育の在り方について議論したいと述べ、英語での授業を増やすことも重要だと述べた。ギャップタームに関しては否定的で、4月から入学させて大学の責任において教育すべきだとしている。
また、1日に京都新聞が発表した京都の12大学へのアンケートによると、同志社大と立命館大も秋入学を検討する方針である。すでに一部で九月入学を導入している立命館大は一定割合の学生の秋入学については賛成している。
参考
国際教養大の取り組み
秋田県にある公立国際教養大は4月入学と並行して、秋入学と「ギャップイヤー制度」を採用している(国際教養大の呼称にしたがって、ここでは「ギャップイヤー」と表記する)。9月入学の場合は3月に試験があり、入試においては面接の配点がかなり高い。合格すると、入学予定者はギャップイヤーの過ごし方を担当教員に具体的に説明、プレゼンテーションする。入学時には活動報告を提出し、それが単位として認められる。大学HPには実際に農家へのインターンを行った学生の体験談が載っている。※記事中に用いたデータの詳細については紙面をご確認下さい