【連載第十五回】京大新聞の百年 人生食われず、関心の濃淡を尊重
2024.10.01
「学生自治を守るべき」「大学の立場もわかる」「旅行記を書きたい」――国立大学法人化やボックス棟建て替えといった関心を集める話題を前にした2000年代の編集部は、どのように紙面をつくったのか。25年4月の創刊100周年に向け、京大新聞の歴史を振り返る連載の第十五回は、「拾い読み」のコーナーで01年〜2009年の紙面内容を振り返るほか、在籍者や元顧問教授へのインタビューを通して主に2000年代の京大新聞の歩みを概観する。(編集部)
聞き取り⑧ 戦う新聞からソフト路線に 元顧問に聞く70年代と00年代
拾い読み⑭ 豊富な話題で紙面に賑わい 2001〜2009年の紙面
2000年代の京大新聞を知る3名に、東京で話を聞いた。2学年ずつ離れた先輩・後輩の間柄で、今でもときどき飲みに行くという。在学中の編集部内外の様子を振り返ってもらうと、「いい意味で断絶があった」と世代間の変化がみえた。(村)
―入社のきっかけは。
中川 法学部のクラスの友人が京大新聞の新歓のチラシを持ってきた。確か『あの人に会う』というキャッチコピーで、有名人に取材できるかもしれないから一緒に行かないかと誘われた。記者職への関心もあって行った。最初は10人ほど入って、男女比は半々。いろいろあってだんだん抜けて、女性編集員が自分だけになった。最終的には3人で回していた。とにかく新聞を出さないといけないという思いだった。
関崎 一番少なかった時代?
中川 上の世代は2人でつくっていた。しんどかったと思う。
典略 後輩がやめてしまって、先鋭化していた印象がある。
中川 最初は、先輩から批評されるのは怖かった。原稿をバンって壁に貼られて、かなり年上の先輩から批評される。書き直してまた出してを繰り返す。
典略 僕は最初、誘われてアメフト部に入ったけど、部活が大変で授業に出られなくて退部した。いろいろなサークルを回って、劇団ケッペキと京大新聞に入った。入社理由はボックス(部室)の居心地がよかったから。棚に本がずらっと並んでいて、古びたオーディオがあって、雑然としている。同期がたくさん入って、それぞれ個性的で、お互いを受け入れる雰囲気もあって空気感が合うと感じた。壁に「京大新聞は闘うぞ」みたいな落書きとか、ヘルメットもある。そういう怖さはあって、嫌だと感じた人もいたと思う。
関崎 僕は旅系のサークルにいたけど行かなくなり、「なんかやらなきゃ」と思って入った。続けたということは居心地がよかったんだろう。地方出身で、居場所を求める部分もあった。
典略 寂しいとき深夜にひとりでボックスに行ったね。誰かいるかなと思いつつ、誰もいないでほしいなとも思いつつ入って、お酒を飲んで帰る。
関崎 心の置きどころ的な意味合い。そこにいることへの理由づけとして、新聞の活動がある。
典略 イチから全部やるのが楽しかった。東大新聞と交流する機会があって、あちらはレイアウトとかは人を雇って、基本的に記事を書くだけと聞いた。
典略 僕らのころに面構成を明確に決めた(※各面に「大学・総合」「文化・生活」などと銘打った)。1面はストレートニュースをしっかり載せる。とはいえ、難しさも感じた。当時は大学法人化などがあったけど、学生が直接何かを変えるのは難しいし、声を上げるのは一部の人だけ。どれだけ周りを巻き込めるかが重要になるなかで、上の世代と違って自治への関心が薄い学生が多くて、読者が興味を持たないニュースを報じる意味があるのかと葛藤した。それでも、仲摩くんという同期が、やはり報じるべきだと積極的に取材していて、僕も基本的にその方向だった。一方、書評やコラムしか書かない編集員もいて、同期の中でも感覚に差があった。その点、中川さんの世代はストレートニュース中心という意識で一致していたと思う。
中川 結果的に、学生自治や大学に関連するストレートニュースを重視するメンバーが残ったという認識。
典略 それを聞いていたから、多様な感覚を尊重するのが一番いいだろうという意識があった。もちろんやめた人もいたけど、ニュースより書評や旅行記を書きたいという人も、ストレートニュースをバリバリやる人も、共存できるようになったのが僕らのころだと思う。さらにあとの世代は、それぞれがどっちもやるという印象。
―典略さん自身はニュース寄り。
典略 そうだね。2年生のときにアメフト部員による強姦事件があって、それが自分の中で大きかった。部にいた時期があったから、当事者を知っているし、部の成績が低迷して鬱々とした雰囲気だったのもわかる。そういう状況で取材して、淡々と報じる。ジャーナリズムというものを考えるきっかけになった。
中川 私は入ったころ、先輩が文学部教授のセクハラ問題を熱心に報じていたのが印象的。90年代から00年代にかけて、今にも通じるキャンパスセクハラが問題になっていた。その書きぶりは、基本的に学生の立場から。教員や大学当局との力関係をふまえて、どういう立場で書くかをしっかり考えろと叩き込まれた。学生自治を守っていくために、学生の動きを報じるのが京大新聞の役割だという共通認識があった。
典略 そのころの編集会議はドロドロしていたのでは。
中川 ドロドロというよりも、先輩からの原稿の指摘はとても厳しく、議論も真剣勝負で緊張した。「これ、どの立場で書いてるの? きみは大学当局なの?」って。
典略 たしかに怖かった。「この原稿おもしろくないね」と言われたり。
中川 でも、ある意味で京大に来たと実感する経験だった。学部で授業を受けていても、受験勉強の延長のような雰囲気だけど、京大新聞に来ると圧倒的な知識量の先輩がいて、「こんなに物事を考える人がいるのか」と思わされた。おもしろい話もいろいろ聞かせてくれた。
典略 思い描いていた京大生のイメージのさらにその上を行くような先輩たちがいて、同じ空間で過ごせてよかった。卒業する先輩に本を譲ってもらうと、その量が何百冊とあって驚いた。
―典略さんの世代の会議は。
典略 議題にもよるけど、石垣カフェのようにテーマ性があるときは、それぞれが考えを持って、どういう立場で記事を書くか、遅い時間まで議論した。
関崎 長時間化は典略さんと仲摩さんのせい(笑)。ふたりが言い合って、周りは黙って聞くという構図。レジュメをしっかり作って議論するという経験ができたのはすごくよかったけど。
典略 僕は大学側と学生、どちらの立場もふまえたいというスタンス。たとえば石垣カフェの話では、石垣撤去には反対で、基本的に学生寄りの見方だけど、強行的な反対運動という点で、多くの人から共感を得ていたとは言いにくいとも思っていた。だから折り合いをつけるべきだろうと。一方、仲摩くんは学生自治が大事で、大学当局の思い通りにすべきではないという考えが強かったように思う。そこで主張がぶつかった。多様な意見が出るのはいいことだし、両論を書けばいいけど、紙面にする以上、何らかの方向性が示されることになるから、かなり議論した記憶がある。
中川 自分が入ったころと比べて、いろいろな考えを包摂しながら多様な紙面をつくるようになって、年を追うごとに発展しているなと感じた。
典略 先輩方とは、いい意味で断絶がある。僕らのころは議論が過熱すると、高本くんという同期が「まあまあ」となだめてくれた。ホームページを整備したのも彼のはず。当時はSNSの先駆けのころで、新聞が学生に読まれなくなっていた。なんとか目にふれる機会を増やそうと、新聞以外の伝え方としてネットに力を入れはじめた。僕らの世代を境に、京大新聞からマスコミに就職する人が減っていったことも指摘できる。
関崎 文学賞を実施したことが印象に残っている。同期の高橋くんがやろうと言い出した。自分たちで何かを起こすのはすごくいいなと思った。あとは初めてのカラー印刷。それまでなかったけど、技術的に可能と聞いて、せっかくだからやろうと。
―号外の七大戦特集でカラー。
典略 僕たちは七大戦をあまり取材しなかったね。
中川 しなかった。
典略 原理研究会(統一協会の下部組織)系の「学生新聞」が関わっていたから、うちとしては絡みづらかった。
中川 私のころは原理研とかなり緊張関係があった。
典略 正面きっての戦いはなかったけど、アルバム制作に介入してくるとかはあった。
関崎 「学生新聞」が関わる七大戦だからこそ、うちが取り上げようという考えもあった。
典略 体育会の部員は新聞と言えば「学生新聞」と思っていたし、そのイメージを塗り替えることにつながる。本来は学生スポーツを取り上げるのは自然なことだし、それをしがらみにとらわれず実行できたんだね。
関崎 先人がベースを作ってくれたからこそ、自由にいろいろなことができた。講演会もやった。経済学部の学生団体と共催したのを覚えている。07年の11月祭の統一テーマが「超意欲的ニート」に決まって、のちに撤回された件。ニートとされる人の中には働くことができない人もいるし、そういう目線が足りないという問題意識で声を上げる学生がいて、一緒に講演会をやろうという話になった。テーマ撤回で終わらずに何らかの形でつないでいこうという気持ち。それなりに人が集まった。
典略 僕らのころは、言い方は悪いけど「所詮サークルだ」という意識があって、関心の方向がバラバラでいいと思っていた。結果的に紙面の統一性がなくなって、扱うべきネタがこぼれ落ちることもあった。
関崎 班(※テーマ別の取材班を常設して紙面構成の安定化を図る制度)が形骸化していた。
典略 無理があったと思う。号ごとに班員を輪番にしていたから、班の中で関心の強い人とそうでない人が出る。特に継続的に追うニュースだと、関心がない人は知識もない。
関崎 個々人の思考が違うから、編集方針の統率がとれない。正直、とれていなくてもいいと自分は思っていたし、デスク(号ごとの責任者)が自分の色を出せばいいという意見もあった。
典略 デスクがニュースの漏れを細かく確認する人ならいいけど、必ずしもそうはいかない。それぞれ学業や就活も堅実にやっていたし。僕らの世代で留年した人はほぼいなかった。上の世代の方々は留年が珍しくない雰囲気だったと思う。5、6回生が普通にいる。
関崎 僕らのころはそういうベテランがいないし、勢いで動いていた部分があった。面数は多いほどいいという発想で、「16面発行しようぜ」みたいな。
中川 雰囲気が変わったのを感じた。健全化へ一歩踏み出した世代と言えると思う。
典略 サークルである以上、楽しくないといけないという感覚。それぞれの人生があるし、新聞に捧げるわけではない。
中川 私たちは人生を食われちゃった世代だからね。
典略 人生を食われた世代と食われなかった世代で分かれる。
中川 京大新聞は、大切なものを守るためにがんばる貴重な存在だと思うし、その一員でありたいという思いで取り組んでいたから、後悔はしていないけど。
関崎 その世代がつないでくれたから今がある。
―在籍当時の資金状況は。
典略 広告はだいぶ少なかった。出稿してくれていた古本屋が潰れたり。
関崎 載せてもお金を回収できないこともあった。しつこく取り立てることはしないし。
典略 広告がなくてもアルバムがあれば大丈夫という雰囲気。
―かつての提携会社と訴訟に発展したと聞く。当時の危機感は。
典略 負けていたら京大新聞はダメになっていただろうね。
関崎 僕も少し関わったけど、先輩の大島さん(連載第14回登場)のところで片付けてくれたから、僕は卒アル事業そのものの発展に力を入れることができた。背負うものが大きいという点は問題になっていて、編集員が自ら裁判に臨んだり、車の名義人になったりしていた。先輩が定款を作って、団体に法人格を持たせようと検討したこともあった。実現しなかったけど、真っ当な話だったと思う。
典略 自治会の人が記事に対して「この書き方は違う」と言ってくることもあった。
中川 たしかに自治会を意識しながら書いていた記憶がある。
典略 ボックス棟の建て替え反対派から苦言を呈されることも。あの木造の建物を壊すと、混沌とした京大らしい雰囲気が損なわれるという考え。当時はいろいろな団体が集まって対応を議論した。関心が高く、学生が積極的に取材に応じてくれた。
中川 新しい建物の管理方法について、よく議論していた印象。
典略 最初は大学が管理するという話だったけど、交渉して勝ち取った。社会と対峙するという大義名分を認識しつつ、社会問題に通じるテーマを取り上げる機会が少ないなかで、西部の建て替え問題は印象深い。
―今も学生が管理している。一方、コロナ禍の間、大学当局は感染対策として課外活動団体に活動計画書の提出を課した。中川さんから抗議した方がいいと助言されたことがある。
中川 学生団体は微妙で難しい立場とはいえ、発行前の取材情報を教えるのはもってのほか。自主独立や批判精神が大事だと、先輩からよく言われた。学生と大学に権力勾配があるなかで、当局から独立して新聞を発行して、学生の立場に立って物事を見る。私はそういう心持ちを大事にしていたし、それが京大新聞の価値ではないか。紙面に載るものは時代ごとに変わっても、大切にするものは変わらないと思う。それを守り続けてほしい。〈了〉
再生生物学の研究者で、05年度から15年度まで理学研究科教授として京大新聞の顧問を務めた阿形清和さんにオンラインで話を聞いた。70年代には学生として京大新聞に在籍し、連載第8回で取材した橋本聡さんや篠田謙一さんらとともに、休刊からの復活直後の新聞発行を担った。異なる2つの時代を知る阿形さんにとって、京大および京大新聞はどんな存在なのか。(村)
―入社の経緯は。
篠田と橋本の言うとおり。私がキャプテンを務めるサッカー同好会に、広島県選抜の経験がある橋本を入れようと思って交渉したら、橋本がほぼひとりで新聞を回していて、「サッカーはしたいけど……」と。そこで、2対1のトレードを申し出て、同期の篠田がカメラ、私が記者をやることにした。そこから私たちのチームは、同好会なのに天皇杯(大学以外のカテゴリーも含めた日本一決定戦)の京都大会を勝ち抜いて関西大会に進むほど強くなった。今でも年に一度集まってサッカーをする。
―京大新聞に入ることに抵抗は。
わりと積極的だった。そのころ学費値上げ闘争が盛り上がっていて、各クラスでストライキが起きていた。受益者負担の方向に切り替わる時代。昔の国立大学は、将来の日本を担う若者を育てるために税金を投じるという感覚だったけど、しだいに費用を学生に負担させる流れになって、各大学で学費値上げが起きた。全国で反対闘争が起きて、私も1年生のときに東北大へ行って運動に参加した。当時は、あさま山荘事件などの影響で「過激な学生運動に関わるのはヤバい」という認識があったけど、京大では「ノンセクトラジカル」と呼ばれる動きがあって、これはセクトどうしが争うイメージのある「過激派」と違って、権力の横暴に抗うという発想。その攻防を担っていた京大新聞を存続させることは、「やることが増えて大変だな」と思いつつ、抵抗はなかった。
―印象的な記事は。
篠田らは文系で私は理系だから、それを活かして記事を書いた。たとえば76年にできた伊方原発の記事。加圧水型の軽水炉という新しいタイプの原発で、安全だと言われていたなかで、その問題点を解説した。ただ、最も思い出に残るのは78年、3・26の三里塚開港阻止闘争。新空港(成田)がベトナム戦争のための米軍基地に使われるのではないかと危惧する市民や、土地を開拓された農民らが人生を懸けて反対闘争を展開した。これを取材することになって現地に行ったら、まさに戦場。プレスの腕章をしていたけど、「おまえも闘え」と言われて、集団でゲートから突入したら、機動隊から催涙弾を浴びせられた。「豚箱にぶちこまれる」と覚悟したその瞬間、機動隊が去っていった。別のゲートから突入したグループが管制塔を占拠したということで、そちらの応援に行ったらしい。助かって帰ってきて、詳細な報告記事を書いた。
―紙面づくりで意識したことは。
要するにバランス。権力の側も必ずしも悪いことをするわけではないけど、全員は幸せにならない。不幸になる人が出る場合に、どうバランスをとるか。それを行動で訴える。僕らの上の世代は学生紛争の時代で、社会人になった後も闘争している人がいた。その姿を見ているから、家庭を持ってから捕まるとダメージが大きいし、学生が闘争の主力を担うべきだという認識で、捕まるのが勲章みたいな感覚さえあった。そんな雰囲気が京大にはまだ残っていた。
―新聞の運営はどのように。
とにかく存続させることにエネルギーを使った。主な収入は合格電報。それから新聞の広告。岩波書店から出稿してもらって、そのかわり書評を書いたり。あとは就職説明会を主催して、夏に暑いなか企業を回って就職特集号に広告を載せた。それでも収支はマイナスだったけど、六甲出版という会社から卒業アルバム制作が転がり込んできて、収入が安定した。その会社は大学に協力を持ちかけたけど、特定の民間1社と手を組むことはできないと言われ、京大新聞を紹介されたらしい。
―大学当局から信頼されていた。
職員からの信頼度は高かった。原理研との戦いもあって、とにかく追放しようということで動いていたのもある。他には、紙面のアーカイブ化にも取り組んだ。過去の紙面を集めてマイクロフィルムにした。
―学業との両立は。
4年間ほぼ定期試験がなく、レポートで済んだ。学費闘争などで、期末になると同学会がストを起こして、試験が中止になった。学生も教員もそれを期待する空気だった。一方、私は1年生のときから理学部の岡田節人先生の研究室に出入りして、発生生物学を学んだ。研究と京大新聞とサッカーの3本柱の生活。82年に篠田らとスペインに行ってサッカーのワールドカップを現地観戦したのも思い出。ただ、「なぜ日本が出場していないのに来るのか」と冷たい視線を向けられて、「日本が出たら来よう」と誓った。それから日本サッカーは大きく成長して、98年に初出場した。開催国のフランスに行ったけど、偽チケット問題に巻き込まれて観戦できず、パブリックビューイング会場で君が代を歌った。
―05年には教授として京大に赴任し、京大新聞の顧問になった。
顧問時代のミッションはアーカイブ化のつづき。学生時代以来、マイクロフィルム化が進んでおらず、また取り組んだ。
―学生時代から雰囲気の変化は。
戦う新聞からソフトな路線になっていた。時代の変遷だから、「おまえら闘え」とは言わない。部室の建物も変わっているし、ノスタルジーに浸ることはなかった(笑)。学生と飲みに行ったことは何度かあった。部員がたくさんいてうらやましい限り。
―16年に京大を離れる際、京大新聞に寄稿して「頑張れ! 京大」と書いている。
文科省が大学の序列をつくろうとしていて、私は京大がそこに組み込まれてはいけないと考えた。ある意味でアウトロー的な立ち位置から流れを変えていくことを期待していたけど、結局、序列に入って予算獲得を目指す方向にシフトして、京大のユニークさがだんだん埋もれてしまったなと思う。
―これからの京大新聞に一言。
京大のユニークさを維持するために、学生の思いの丈をぶつけられる場として、オピニオンリーダー的な存在になってほしい。学生の考えを発信したり、大学をよくするにはどうしたらいいのかを学生視点でズバっと言ったりして、「京大生おそるべし」と思わせてほしいね。〈了〉
今回は01年1月から09年12月までの紙面から、一部要約しつつ記述を抜粋する。この9年間は号外4号を含め178号号を発行した。国立大法化やハラスメント、学生逮捕などのニュースを精力的に報じつつ、インタビューなどで最新の研究や文芸動向に関する話題を伝える記事も増えている。
時事▼性暴力に抵抗する歴史・藤目ゆき氏インタビュー:日本軍「慰安婦」制度・米軍基地犯罪▼落合恵美子氏インタビュー:反動の時代に迷走する家族像 教育研究▼大学はセクハラだらけ→加害者にならないために/牟田和恵氏インタビュー:進まぬ性差別の解体、信頼出来る人に相談を▼みんなでもらおうノーベル賞:学部別受賞率▼文・教授にセクハラ疑惑:院試前に不適切な指導か→頻繁に呼び出しセクハラ発言/求められる厳正な処分/院生が相談窓口設置へ→文教授会が独自に10年間指導禁止処分、実効性に疑問も→評議会で停職3か月決定、処分が軽いとの声も/再発防止策は/教授自身の見解表明を▼総合博物館一般公開、電通に展示委託で5億円:ハコモノ行政京大で健在→求められる自前の情報発信▼全学共通教育・セメスター制導入か:学生無視の姿勢に疑問→サークル勧誘に影響/二重登録の禁止も→言語登録オンライン化へ▼京大、国内初ヒトES細胞国産化へ:医学と人権の間で/山積する課題▼総人構内・全学共通教育棟建設へ:残る不透明さ▼探検所探訪・大潟波浪観測所▼銀河の進化に新シナリオ:理・鶴剛助教授インタビュー▼文セクハラ事件、教授が話し合い拒否→院生有志が辞職要求の声明▼京大原子炉、定期検査中に違反発覚 大学運営▼理・教育で差別落書き:全学的な対応は見送り→学生が同和・人権委に申入れ▼複眼時評:「京大三分割」考/柳田充弘氏▼どうなる? 新世紀の京大→法人化/男社会の京大/民族学校の受験資格/キャンパス狭隘化▼総長補佐制導入:土岐教授ら任命、副学長5人体制へ▼バイク、バイバイ:本部構内走行禁止、駐輪場不足の声も▼TOPIC:よみがえる庭、消える庭→時計台記念館化で利用できなくなる中庭の代わり▼総長選、方式変更へ:評議員だけで中間選抜▼総人構内に交通規制:正門使用不能に▼差別落書、事実確認会へ:ずさんな体制が明るみに 学生▼一人暮らし特集:2回生6名の生活▼バイトあれこれ:恐怖のあんまん/開けてびっくりゴミ仕分け人が見た物▼森毅氏インタビュー:問われる多様性▼消える「京大生らしさ」:新入生アンケート▼コラム・極私的偏愛競争予想:賭けて駆って勝ちまくれ?▼模擬店ぼったくり茶屋の記録▼反戦デモ・学生主体で:踊りに託す 文化▼京都人入門→京料理初体験/奥ゆかしさ溢れる京ことば▼免許を取ったらマンガのように疾走!怪走?▼吉村萬壱氏・文學界新人賞受賞:「クチュクチュバーン日記」▼展覧会評:チャルトリスキ・コレクション展▼映画評『ウォーターボーイズ』:水面にはじけるカラ騒ぎ
新聞社▼発行が遅れ申し訳ない▼晴耕雨眠(編集員コラム):2300号なのに合併号。印刷前日まで忘れていた。気張ったせいで永久欠番になった号も以前あると聞くし、これはこれでいい/セメスター制になって夏休みが長かった▼新編集員募集:新聞の明日を作るのはキミだ! 時事▼複眼時評:介護保険の理念→経済・西村周三教授▼講演会録:コスタリカ・キネマ・カフェ→軍隊を捨てた国から学ぶ/釜ヶ崎労働者の現状:産業構造の変化で悪化する「寄せ場」▼同床異夢(編集員コラム):就職セミナー最前線→企業の雰囲気を見極めろ 教育研究▼法科大学院構想説明会:見えぬ具体案▼総合博物館・展示評:今西錦司の世界▼同床異夢:岡真理助教授の講演「イスラム社会と女性」→見えない「認識の暴力」を問う▼インタビュー:日高敏隆・総合地球環境学研究所所長→科学とは何か▼筒井氏に直接辞職要求:学生、初めての直談判/教授は復職を希望▼退官インタビュー:工・土岐憲三教授→皆の気のつかないところで用意しておくのが我々技術者の仕事/京都の地震は迫っている、早く始めないと/文・柏倉康夫教授→報道と学者の世界に身を置いて▼医・保健学科を設置▼教官有志、九大の入学取り消しに意見書→オウム真理教の幹部であったことを理由に取り消し▼21世紀CОEプログラム:京大11件採択▼京大原子炉・無届けでガン治療89件▼複眼時評(教員寄稿)キャンパス歳時記:尾池和夫 大学運営▼総人A号館取り壊し:突然の決定に学生困惑▼理6号館に監視カメラ:見えぬ目的、見られる理不尽▼本部構内再配置、具体案明らかに:文・東館取り壊しか▼図書館長に署名提出:「開館時間延ばして」▼民族学校に門開く:国立大初→人権問題委は受験資格を認めるべきとの最終報告書を提出▼西部講堂・サークル棟に建て替え計画:独法化の中期目標として→新施設の条件に学生反発→意見書提出→副学長と交渉▼TOPIC:「京都大学桂」誕生→工事現場に哀愁 学生▼呪験生ブルース:女神は君に微笑まない!▼賭博的受験講座:競馬と逃れ去る空と海と→編集員が中国への旅費を稼ぐために競馬に初挑戦、仕送りの残り1万円を手にウインズ京都へ▼大学生活とお酒:学生インタビュー・座談会→「飲めないと開き直るしかない」「上回生の振舞いに大きく起因」「男なら飲まねばという雰囲気」▼熊野寮に機動隊:在寮アフガン人の居室捜索→釈放求めて署名/学生1名が公務執行妨害で逮捕、のちに釈放▼京大Q&A:官僚になりたい→東大に行った方がいい/吉田神社に行くと不合格?→嘘/単位は降ってくる?→最低限は必要/ノーベル賞受賞者が多い京大はすごい?→京大を褒める語彙は「自由」と「ノーベル賞」だけ/語学は何を?→中国、イタリア、スペインが評価高い/かっこいい京大生の恋人を作りたい→ださい格好してきた人が急におしゃれになる確率はほぼゼロ/京大生の彼女を作ることはムツカシイ→そんなこと言うやつは彼女がいない/総長は痔が多い?→総長室横トイレには京大で最初にウォッシュレット採用、「痔持ち派」が優勢か▼留年事情:5回生は986名、法が約70%▼11月祭講演会:科学を楽しむ心/「我がゲス的映画人生」/「戦争の世紀」の農業問題▼変わる「京大らしさ」→積極的な就職指導、自由放任は時代遅れ?▼NF仮装行列行われず:参加者の減少が原因▼大道芸事典・哲学の木→哲学の木を切ってみよう!/『読書力』:書物との能動的対話▼ジャグリングドーナッツ:微笑ましくてちょっとすごい 文化▼書評:『レトリックの記号論』▼京大周辺銭湯紹介:そうだ、お風呂へ行こう→白川温泉・銀閣寺湯・東山湯温泉/左京区で33軒、シャワー付き下宿の普及で客減少▼W杯お国めぐり→「日本対戦国に行く」「不可(会計)」→ロシアレストラン「キエフ」へ▼展覧会評:森村泰昌のセルフポートレイト▼同床異夢:阪神好調、半信半疑!?▼映画評:『ハッシュ!』→自分を受け止めてくれる仲間▼書評:▼展示会評:エッシャー試論→視覚の遊戯を通じて/アイヌ工芸の美▼映画評:『模倣犯』▼やってみようネットゲーム:冴えないあなたもヒーローに/将棋倶楽部24▼成り行き旅行記inベトナム:試験忘れ国外逃亡/バイクの川でてんてこまい広告▼センターリサーチ:河合40万3千人、駿台40万5千人、代々木43万4千人
新聞社▼編集部より→変則的な発行状況となり号数が前後/99年開始の連載・吉田寮物語が終了、度重なる掲載の遅れをお詫び▼京大新聞共催講演会企画「ブータン難民」:問題を見えにくくする構造▼本紙文学新人賞の吉村氏が芥川賞を受賞 時事▼インタビュー:フジテレビアナウンサー・福元英恵氏(農学部卒)/弁護士・土井香苗氏/エイズ、今若者が危ない 教育研究▼インタビュー:溝上慎一氏→大学生もラクじゃない!?/西垣通氏→情報学へのいざない▼寄稿・アフガン支援活動を振り返って:法・学生→山積する課題 大学運営▼インタビュー:塩沢由典氏→ベンチャー振興の意義/大山完爾教授→ゼニゴケへのこだわり▼大学を考える10冊→『理系の女の生き方ガイド』『新卒無業。』『キャンパス性差別事情』『分数ができない大学生』▼退官インタビュー:法・松村岐夫教授→政治を統計的に斬る/AA研・石田紀郎教授→苦しむ民とともに歩む▼京大医療事故再考→遺族を支援する会「病院側の体制改善を」▼高等教育研究開発推進機構、発足:京大が「教育」に本腰→自学自習は受け継がれるか▼〈連載・大学発最前線〉ベンチャーは女性向き:ダブルワークス▼京大病院、肝臓提供者死の波紋▼教育・セクハラ教授辞職:関大教授時代、学会後に路上でキスを強要、宿舎の部屋に呼ぼうとしたことが発覚→教授が京大へ転勤し、被害者は京大院への進学を断念▼アカハラ発覚:文・教授、制度なき留年処分▼京大原子炉が運転休止へ:研究用炉は生き残れるか▼理・植物園、植物学教室の独善的措置か:樹木伐採反対派の職員解雇の恐れ▼植物学教室が本紙報道に抗議「ジャーナリズムの基本を逸脱」→編集部「教室教授に取材せず」「軽率だった」「内容に間違いはなく、訂正要求には応じない」▼民族学校受験資格問題、認めるべきと方針発表:文科省へ要請→事実上認可へ▼21世紀CОE:再生医療など11件▼鷲田清一氏インタビュー:哲学と文体の肌理と→微妙な差異を認め合う▼寄稿:京大植物園観察学生会→住民へと開かれた植物園へ▼植物園シンポ:様々な立場からの提言 教育研究▼総人2号館完成▼動き出す桂キャンパス1→吉田の過密化、名乗りを上げた工学研、問われる総合大学のあり方、学生「行きたくない」▼尾池氏が総長に:決選投票を制す→インタビュー:京大はリーダーシップで動く大学ではない/企業の倫理は合わない/法人化への免震工事を▼中期目標公表:曖昧な表現、不満も露呈▼法人化究明会:質問事項に総長が回答▼時計台、改修完了▼君は猫に勝てるか?→センター試験問題を読み上げ、野良猫が立ち止まった番号の札を回答と見なす/英語で全問正解/後日その猫に手を振ると知らんぷり、所詮は畜生 学生▼11月祭講演会「監視・自治・大学」→理6号館監視カメラ問題/学内民主主義の崩壊/安全が見落とすもの▼吉田寮物語6→正常化=管理強化の始まり▼論考・寄宿舎の役割:冨岡勝氏▼受験に恋があって何が悪い!:かつての受験生のタワゴト▼最前線大学発ベンチャー:サークルからの起業/環境コンサル▼新入生アンケート:志望理由は「京大」から「京都」へ▼七大戦大特集▼劇団ケッペキ収穫祭▼11月祭の紆余曲折/環境対策委員会:地球に優しい祭りを/講演会→見つめ直す憲法/今、学生運動を問う/教官酒場:教官からカンパ、日本酒を学生に振舞う/模擬店経営のススメ:経済学部生のマーケティング分析▼総長団交実施:当局、文書での確約を拒否→学生の意見を反映させるシステムが機能していないことが明らかに 文化▼作家・徐京植氏インタビュー→想像力の欠如に抵抗▼シャヒード展▼旅行記@屋久島▼島崎藤村の姪が生きたもう一つの「夜明け前」▼映画評:『死ぬまでにしたい10のこと』『KILL BILL』▼書評:『磁力と重力の発見』『「いき」の構造』広告▼センターリサーチ:駿台41万4千人、河合塾41万人、代々木44万1千人
時事▼入社2年目、毎日新聞記者インタビュー 教育研究▼複眼時評:フロイト記念公園/新宮一成氏▼法科大学院試験行われる:選抜から育成へ→改革の中心人物・田中成明氏に聞く▼サイード追悼:岡真理さんに聞く▼世界の受験生:アメリカ→入るのは自由/フランス→6月の憂鬱/中国→悩める小皇帝▼複眼時評:マサイ族の勇士/ドイツはなぜイラク戦争に反対か/最先端研究拠点HОPEから/社会に評価されない社会科学を目指して▼退官インタビュー:池田浩士氏→大学は解体され私は去る/西田利貞氏→学問は最も遊びらしい▼理・植物園、再度除草剤散布▼文・アカハラ事件報告会▼経済・履修可能授業が大幅減▼連載・大学発ベンチャー:進む制度整備→知的財産と産学官連携のポリシー▼インタビュー:松沢哲郎氏→霊長類学のススメ/前川和彦氏→東海村事故後、何が変わったか▼人文研が本部構内へ移転→新センター設立▼21世紀CОEインタビュー:評価する側とされる側 大学運営▼経営協議会、学外委員内定▼法人人事続々▼時計台レストラン、ラ・トゥールとは▼中期目標、具体性なく理念的▼立て看はどこへ?→東一条通り・東大路通りの50枚が撤去された▼どうなる? アルバイト:学相廃止から2か月▼カウンセリングセンター職員に聞く:どこに行けば幸せになれるのか?▼吉田南、自転車通行禁止→話し合いに向け調整難航▼法人化議論の団交実が解散:活動員寄稿▼北西門改修計画が浮上:大学執行部は立て看排除を否定▼吉田南構内にローソン出店:国立大初▼ルネ10周年、巨大パフェに挑戦▼尾池和夫総長に聞く法人化後の京大 学生▼大学デビューをプロデュース▼副学長団交、書面での確約勝ち取る▼アメフト初戦快勝→秋リーグ展望▼旅する学生:ペルシアの風/鈍行列車で行く日本海5日間/編集員が東京へ→東大新聞との交流/アメリカで「世界」見つける▼BOX建て替え計画を追う:衝撃の合意案▼野菜市の会→学生有志で結成、農家から直接買い取り販売▼寄稿:学生ビジコン紹介▼スポーツ特集→女子ラクロス部インタビュー/スポーツを擁護する3冊の旅▼留学生向けフリーマガジン発刊→生活に役立つものをロボガレージ代表に聞く:人型ロボットの最先端▼11月祭企画紹介→映画は20世紀を総括できるか/オタク論・オタク史/薬害の恐怖/学問世界の密室/模擬裁判▼イカ京と対談:京都犬の会→ミスコンに物申す▼劇団ケッペキ:五感で感じるその場限りの空気▼西部構内、空きBOXの抽選会行われる▼京大ミスコン実現ならず 文化▼神頼み:1面に合格お守り▼吉村萬壱さんインタビュー▼教習所特集▼戦場のフォトグラファー、ジェームス・ナクトウェイの世界/戦争とプロパガンダ▼特集・百万遍の食:東京ラーメン/進々堂/フジ/梁山泊▼個人的CD評:ミスチル、エレカシ、くるり、たま、押尾コータロー▼映画評:『華氏911』→映画における政治的なもの▼マンガ評:古谷実『シガテラ』▼京都検定テキスト紹介▼映画評:『誰も知らない』(是枝裕和)▼小説家・高橋源一郎さんインタビュー:新たな物語を提示する小説を▼書評:『物語消滅論』
新聞社▼晴耕雨眠(編集員コラム):BOX棟脇に畑つくった→じゃがいもやひまわり育った/11月祭統一テーマ、もっとましなテーマにしろよ▼京大新聞新歓バーベキュー開催▼編集部より→今年80周年を迎えた 時事▼京のしょくびと:芸妓としての人生「職の価値は後付け」▼その就職待った!:経済・久本憲夫教授インタビュー▼起業家セミナー開催▼メディアの10年→新聞もテレビもネット事業へ/個人情報保護法施行、報道の自由の侵害と反発も教育研究▼新入生へ助言:筑紫哲也氏▼インタビュー:京大らしさとは→教育・竹内洋教授/「ダイエット一辺倒」に問題提起→医・由良茂夫助手/有機農業と戦争→人文研・藤原辰史助手/メディア権力と戦後体制の「神話」→佐藤卓己教授▼プログラミングコンテスト:情報学研チームが世界大会出場▼科学者の批判的精神再考→反原発運動の苦しさ▼総合博物館企画展:考古学を愉しむ/日本の動物の起源▼総人座談会:学生主導の探究に期待▼講義録:宇宙科学入門/映像芸術論▼特集・京大の留学事情:センター長に聞く▼研究室紹介:シミュレーション技術/必要性増すゲーム理論とは/ハダニから見る食糧問題/現場から見た薬作り/火山学者が語る啓発/「自然と人間の調和」目指す人類学/プラナリアが語る再生医療→阿形清和教授/diversityの法学→高山佳奈子教授▼子宮内因子のメカニズム解明▼専門職大学院2校新設へ:マネジメントと公共政策▼経済学部団交:カリキュラム問題を論議▼京大OCWの今後:知財共有と教育オープン化▼複眼時評:いま「学徒出陣」→西山伸/石積みの崖と変動帯の地形→尾池和夫総長▼バックナンバー桂移転、理系雑誌限定に反対の声▼ダイオキシン発生過程を解明▼京大教員、高校生向け書籍紹介→『ゲド戦記』『宇宙船ビーグル号の冒険』▼前原誠司氏講演会:京大国際関係論研究会▼特集・京大学術出版会:編集長が語る▼日本哲学史・本田正勝氏:京都学派と太平洋戦争 大学運営▼標準額引き上げ→授業料値上げ▼西部パトロール中止へ:「自主改善」に期待▼合否連絡に高額な手数料:二次試験会場で詐欺まがい事件▼07年度から後期入試廃止▼京大に5機構発足→図書館、情報環境、環境安全保健、国際交流推進、国際イノベーション▼新たに授業料減免を設置→成績不問、経済面で判断▼立て看板、傷害事故発生で撤去:事後報告に不満も▼京大、バイト紹介でナジックと提携へ▼北部構内に新建築モデル「J・Pod」:演習林発の社会貢献▼尾池総長インタビュー→授業料標準額値上げは「不意討ちだ」▼キャリアサポートセンター紹介▼石垣問題説明会:結論は持ち越し→副学長が「逃亡」▼「京大ブランド」に協賛金:電通と新企業スポンサー制度▼JR井手氏、学外委員辞任▼桂にローム記念館▼京大発ベンチャー向けファンド設立へ▼職員給与の未払い発覚:総額約3200万▼ルネのクリスマスメニュー▼長尾・前総長インタビュー▼体育館でアスベスト発見:使用再開めど立たず▼男女共同参画の全学委発足 学生▼百万遍石垣改修工事→学生が反対運動→説明会で批判相次ぐ:大学側「立て看板に影響ない」強調→学生案で合意:石垣と樹木の大部分を保存→工事着工、違約金発生せず/「石垣★カフェ」は自主撤退/東山副学長「署名の数を見て学生の「愛着度」がわかった」▼初めての一人暮らし:家具屋に聞く「理想の部屋」▼サークル検索サイト「サークルナビ」運用開始▼学生が主導でカバン製作:知識を肌で感じる面白さ▼サークルスポット:有機野菜農業研究会→商品経済からの自立/男子ラクロス部/相撲部▼海外インターン体験談@バングラデシュ▼11月祭・学生部援助25%減額:規模縮小へ懸念、副学長に申入書/企画紹介→米軍犯罪を暴く/今考える動物実験▼ミスコン実の有志「雅コンテスト」主催へ→解説・ミスコンが残したもの▼ルポ:造形芸大・瓜生山祭/関学・新月祭▼石垣カフェ寄稿:図書館職員▼京大生覚せい剤で逮捕:総人学部長が声明 文化▼米なんか炊くな:炊飯器で肉じゃが/黄桃のケーキ▼京都の花街:酔と粋の世界を愉しむ▼書評:『不正逮捕』→記者の倫理/『認知症とは何か』/『難民キャンプの子どもたち』/『京都学派と日本海軍』→「戦争協力」のレッテル越える▼特集:京の寺社▼インタビュー:ラジオを通して感じる京都▼運転免許未取得日記▼複眼時評:イスラエル生まれの長男/勝又直也助教授→留学中に結婚、育児▼百万遍の食:学士堂→開店当時から変わらぬ味/tipitina’s→豊富なカクテル▼映画評:宮藤官九郎初監督『真夜中の弥次さん喜多さん』/『まだまだあぶない刑事』/『リンダリンダリンダ』→わかりきった結末、予測不能の爽快感/『四月の雪』▼こくばん:テレビ置いてないのにNHKの受信料を払った▼吉村萬壱氏インタビュー▼時計台で高月紘・環境まんが展▼おしゃれ手帖IN京都大学▼本屋さん紹介→丸山書店/ガケ書房/恵文社/竹岡書店/萩書房 広告▼リクルート▼石垣カフェ、かき氷始めました(50円)▼読売新聞▼とくら▼京大会館レストラン「このえ」
新聞社▼新編集員大募集▼紙面編成変更:2面を〈大学・総合〉3面を〈教育・研究〉4面を〈文化・生活〉面とし、各面特色ある紙面目指す▼京大新聞のサイト管理を引き継ぎ、「新聞社らしいホームページ」へ改装した 時事▼水俣病50年▼旅する学生:徳山ダム・沈む村の見聞録教育研究▼内田樹・神女大教授インタビュー:現代思想って?▼医・白川教授を懲戒解雇:医療関連会社から資金授受▼映像アーカイブセンター設立▼1回生講義で家庭教師勧誘:大学側は注意喚起▼がんセンター設立へ:任天堂相談役から寄付▼研究室紹介:霊長類から問うヒト→山極壽一教授/農業組織経営学、コーヒーから見える不平等▼クラシスを追う:履修登録ウェブシステムの中枢/学生88人の情報漏洩:システムの不備/異議申し立て制度開始:曖昧評価を排除へ▼実験室で金銭など盗難:学内で相次ぐ▼医学研、精子幹細胞からノックアウトマウス作成▼薬・血圧調整作用を解明▼南京大学と交流協定▼経営管理大設立記念講演:京セラ稲盛氏▼文学部創立100周年▼法科大学院、予備校教育から脱却目指す▼女性研究者支援体制確立へ:京大モデル採択▼地球系専攻桂へ移転▼院試で相次ぐミス:情報学研や工学研▼保健除き後期試験廃止▼中西寛氏インタビュー:国際政治学のすすめ▼京大の文化財:附属図書館▼国連エイズセンター開設:世界初、京大医学研内に▼情報学研・教授に停職2か月:院生にセクハラ▼情報学研・関西に共同大学院を開設:IT技術者を養成、けいはんな連携構想実現へ▼京大教授も「やらせ質問」:大学共催のタウンミーティングで▼特集・地震の国で防災を考える→防災研所長に聞く 大学運営▼入試の舞台裏:入試スタッフに密着、改修工事に伴い関西文理学院で受験する「カンブリ受験」も/採点は3段階、判定会議で合格者が決まる▼厚生課職員:パソコンなど不正発注で懲戒解雇→計378万円相当、パソコン19台とプリンター1台を発注、換金/職員「ローンの支払いで金が必要だった」と認める▼本部事務組織を大規模再編:新センター設置、学生部も再編→効率化と企業型改革▼京大総長賞を創設、第1回授与式▼京大と早大共同開発ブランドビール発売→京大に売上40万円▼吉田食堂の職員に聞く→進路選択、生活形態、学生の印象/30部配布し14部の回答、「おばさんと気軽に話してくれなくなった」という意見も/吉田食堂の料理はおいしい→そう思う57%/労働環境に満足→そう思う0%▼京大会館、厳しい財務状況:改善迫られる▼京大が携帯サイト新設:イベント情報掲載▼5月病、気軽に受診して▼船井電機の社長、桂に講堂と交流センターを寄付、数十億円▼学内施設の耐震調査:震度6弱で14%倒壊、全体の4分の1が「補強必要」▼国際機構、田辺市と提携:行政課題解決へ▼京大メルマガ創刊→総長発案、社会へ積極発信▼附属図書館・祝日利用を明文化▼ベネッセ・寄付講座新設:総額2億4千万円▼京大とキャノン、協働プロジェクト発足▼桂図書館、計画白紙へ:寄付金が無期延期に▼全学同窓会が発足▼法人化から2年、京大の懐事情▼理1号館、地下火災で騒然:通気ダクト老朽化が原因か▼連載:京大の人権教育→学生が主体的に考える場築く▼文学作品に見られる浪人像/浪人生の歴史▼編集員の受験体験記/コンビニで買うおやつ4選 学生▼京大生3人集団準強姦罪で起訴:対応に終われる当局→アメフト部員3名が女子大生2名に大量の酒を飲ませて性的暴行を加えたとして京都地検が起訴→1953年「荒神橋事件」以来の放学処分/有罪判決も▼ビラの行方、華々しき新歓の裏で:1か月で約1トン半、ビラまきの実態→えこみっとが回収/夜2時半まで:清掃員の実態▼京人探訪:体育会幹事長→組織をまとめる難しさ痛感/「彩京前線」代表→何もないところから始める喜び▼学生が新入生に憲法9条意識調査→変えるべきでない6割▼B連幹事引継ぎへ:建て替え計画本格化→学生部と大筋で合意、予算獲得へ▼サークルとお仕事・らいふすてーじの場合→確立された編集体制▼吉田寮・建替案白紙に:時間制限つき副学長団交→寮自治会、抗議文を提出▼工学研院生、大麻所持で逮捕→スペインから密輸「全く身に覚えない」▼11月祭講演会:バイオエネルギー最前線/障害者解放運動のいま/少年と野宿者襲撃/イスラームの魅力▼熊野寮に機動隊:今年4度目▼特集・この街に住みたい→札幌、高円寺ほか/岐阜、石川などが優秀と独自評価▼大森望インタビュー:SFへの入り口 文化▼自転車旅行記・中山道をゆく▼タイ紀行・仏教の国で聞いた人々の願い▼夏バテ解消レシピ▼青春映画3選▼京大とともにある風景:琵琶湖疎水
新聞社★編集部より→2400号を迎えた▼晴耕雨眠:史上初のカラー面▼講演会「『溜め』を剥がれる若者たち」:経済学部11月祭実行委と共催 時事▼原理研に注意▼「慰安婦」問題上映会:風化させないために▼アジア開発銀行京都総会に問題提起▼フィリピン訪問記:医療従事者輸出国の現実/医学生寄稿▼複眼時評:ネットで実名をさらすと/文・永井教授▼起業グループ逮捕:出資持ちかけ京大生9人詐欺被害 教育研究▼富山・履修漏れ問題、大学教員に聞く▼映像アーカイブセンター設立へ:講演開き訴え▼文・地理学教授アカハラで厳重注意▼経済・入試に理系枠▼またセクハラ発覚:人環教授▼京大病院、心臓血管外科長を解任▼准教授・助教を新設▼〈新連載・研究ノート〉アイデアで生き抜くポストゲノム時代:理・西村教授/「コンピュータを着る」:ウェアラブルの可能性▼文・東館、工4号館へ機能移転→発端は思いがけない補正予算▼京大基金を設立:財源確保へ▼院の内部進学率を3割に:政府教育再生会議が答申→3研究科長に聞く▼工・研究型インターン開設▼農・図書館移転▼細胞膜のシグナル伝達を解明:再医研、エイズ研究に寄与へ▼花山天文台、天体観望会▼複眼時評:河上肇と左京区の労働運動/最近の研究雑観:塩田教授→メールの登場で、手紙の時代が夢のようなスピードで連絡可能に、研究競争にも拍車/河合隼雄を偲んで:森毅氏▼追悼:今村仁司氏▼京大と市教委、連携協定を締結→駒込教授寄稿「異議あり」「学問の自由を掘り崩すのか」▼ロマン派が呼び起こす大戦の記憶▼新型ブラックホール発見▼山中伸弥氏に聞く再生医科学・iPS細胞の発見▼工・教授、研究生から腕時計受領か▼シニアキャンパス開催:体験授業に満足の声▼工、専門科目にクラシス導入:全学導入の一歩▼福岡伸一氏に聞く:科学的議論の先▼戦争小説の誕生と兵士の沈黙:人文研プロジェクト▼キャップ制で留年者多数:予想外の事態、管理下の弊害か▼京大教員から動物園企画官へ:上野さんインタビュー▼大型化石類人猿を発見▼ヒト皮膚からiPS細胞:山中教授ら成功→編集員の視点:倫理面でも万能か▼瞬間記憶力はヒト大人以上:霊長類研、チンパンジー実験▼電気自動車、京都から発信:京大ベンチャービジネスラボラトリーが発表 大学運営▼BOX棟建替計画、3階建・渡り廊下:施設部案提示▼授業料標準額09年度まで据え置き:国大協などの反発受け▼稲盛財団が記念館を寄付:薬・構内に▼ジェンダー研修会開催:セクハラ起こさないために▼寄付講座を5つ新設:進む産学連携▼女性研究者支援センター開所▼京大東京事務所、東京駅直結タワーへ移転▼連載:京大で子どもを育てる/戦後、高まる保育所への需要/「ポストの数ほど保育所」をテーマに▼京大、茶道メンバーズに入会▼非正規職員ら、組合立ち上げ:Union Extasy▼帝都大学?:正門などでドラマ「ガリレオ」撮影▼京大病院、暴行相談を放置:労働局から行政指導▼慶應大と連携協定▼京大生協、レジ袋廃止へ:ゴミ減量目指す▼総長カレー、予想以上の売れ行き▼法律事務所が本部構内にオープン▼後期入試完全廃止へ▼啓かれる知的財産:リポジトリとは▼「待機乳児」保育室はじまる▼京大雑記:予算消化するぐらいなら学費下げてよ 学生▼集会所で火災:タバコの不始末▼B連の歴史を振り返る:02〜07年、何を成し何を勝ち取ったか▼北部祭典・カフェ企画者に聞く:「場作り」のススメ▼ボックス建替、施設環境部案に条件付き合意→継続折衝を要求▼受験生を鍋で慰労:在学生有志がゲリラ敢行▼今年はポコちゃん:折田先生像→酔っ払いが破壊▼七大戦、京大総合優勝▼新入生アンケート:8割が入学前の情報収集にホームページ利用▼西部が賑やかに→プレハブの仮サークルボックスに6団体が引越し/ゴミ撤去に40万円▼現役院生で町議当選:宮本さんインタビュー▼B連内で部屋割り合意▼晴耕雨眠:最近「ホームページにあるから見て」とよく言われ、「もう少し優しく接して」と言いたくなる▼京大生、560円寿司パック万引きで逮捕▼11月祭統一テーマ「超意欲的ニート」:誤ったイメージ助長、学生有志が異議▼NFテーマ撤回:「満喫! モラトリアム」に 文化▼森見登美彦氏インタビュー→『夜は短し……』が本屋大賞ノミネート/僕はもう少し長いこと知る人ぞ知る作家のままだと思っていた/うれしいけど、状況に負ける▼『〈新釈〉走れメロス』森見登美彦▼藍染の原理:進々堂でサイエンスカフェ▼芸術の居場所:総合大学で学ぶために 広告▼センターリサーチ:駿台39万6千人、代々木41万2千人▼セキスイ:50%はキスでできています▼ベネッセ(全面)▼ソフトバンク百万遍
新聞社▼文学賞原稿募集/賞10万円→若島氏、吉村氏、谷崎氏が審査▼晴耕雨眠:ボックス前に作った畑が、新ボックス棟の完成に伴い最期を迎える/ボックスの引っ越しに追われる▼京大新聞主催11月祭講演会:記者になりますか? それともジャーナリストになりますか?/上杉隆氏 時事▼爆笑問題、教授と激論:NHK公開収録▼最近の就活:キャリアサポートセンター長に聞く/売り手市場でうまくいかない「マッチング」▼東国原知事・堀場雅夫氏講演:新入生キャンペーン実行委▼追悼・鴨川バーベキュー:京都府河川課に聞く▼アレイダ・ゲバラ氏講演会:チェ・ゲバラの長女で医師▼国連総長や仏元首相、豪首相が京大で講演▼採用活動の早期化に「待った」:8大学工学部長が声明▼韓国徴兵拒否運動講演 教育研究▼iPS研究の拠点形成へ:山中教授がセンター長▼多色LED開発:医療へ応用▼京大病院助教を解雇:看護師にセクハラ▼iPS無償提供へ:国内外の研究機関へ▼高槻農場の味知って:生協でいちご販売▼京大宇宙学:総博企画展▼京大、JAXAと提携▼OCWで西田幾多郎企画▼野生動物研究センター、市動物園と連携▼教育体制への批判多く:京大学生生活白書▼複眼時評:システムキッチン→藤原辰史氏/大きな素数の世界新記録/高学歴ワーキングプア▼iPS知財管理会社設立:創薬で実用化目指す▼京大と立命館、名古屋でオープンキャンパス▼新規タンパク質を発見:疾患の原因を分解▼iPS、初の国内特許▼理、博士課程に経済的支援:授業料負担ゼロに▼新連載・拝見、研究室の本棚:水野真理准教授▼益川名誉教授講演▼文学部に石像出現?:ローマ時代の美▼素粒子論研究室の河合教授に聞く:ノーベル賞の小林・益川理論→のちに訂正・再掲「多くの誤り」▼野生動物研究センター長インタビュー 大学運営▼大学院の「壁」緩和へ:東大・早慶と協定▼キャンパス全面禁煙に:規程は作られず→京大雑記:3か月たってまだ吸っている人がいる▼高さ規制例外1号は京大病院新病棟▼ボックス棟予定地から遺構出土:鎌倉時代の住居跡?▼話せる図書館:「環on」開室▼京大ホームページリニューアル▼次期総長に松本副学長:工学系が制す▼国際交流目的ホール竣工:留学生の交流の場▼図書館大規模改修へ▼キャンパスポンド:堀田池▼みやこめっせで入学式?:体育館のキャパでは耐えられない→大学関係者「昔に比べ保護者がたくさん来場」▼成果第1号は京大マンガ:精華大と連携協定▼松本総長インタビュー:「私は戦略を示す」▼新ボックス棟お披露目:もはや廃墟ではない▼尾池前総長退任インタビュー→総長の役割は「壮大なクレーム対応」▼稲盛財団記念館が竣工▼中川翔子さんラジオ公開収録:京大は「のどかな雰囲気」▼副理事・理事補を設置▼初のスーパー特区:京大から3件▼京大職員、殺人で逮捕 学生▼京大雑記:卒業旅行、人気はイタリア▼5回生からの大学:留年ことはじめ▼ボックス棟使用規則、規約違反の処分をめぐって結論に至らず:B連総会開催/22時以降可、すなわち24時間使用可の旨は確認、学生部職員の声をふまえて時間外使用が想定できる場合は申請する旨も確認▼京大美術部ルネ展▼ルポ:吉田寮祭ヒッチレース▼京大生の足、自転車:なぜ渋滞起きる▼鳥人間コンテストに懸けた夏▼防犯カメラ設置の熊野寮で起きていたこと→監視カメラ報道の違和感:院生寄稿 文化▼広島カープ・宮崎投手インタビュー:社会人10年へてプロに▼百万遍カレー戦争:スパイシー/こあの助/ラジュ/総長カレー▼翻訳者に聞く「三国志」の読み方▼インタビュー:笙野頼子氏/マンガ家・山田玲司氏/小説家・谷崎由依さん▼教習所特集:24時間耐久でロードムービーを見てみた▼こくばん:活字離れに歯止めをかける媒体の一つが日記/個人ブログやミクシーを利用する京大生も少なくない▼映画評『靖国』『おいしいコーヒーの真実』▼障害者として尊厳ある人間として生きる▼連載小説:吉村萬壱氏、文学賞受賞作▼ユージン・スミス写真展▼正しいナンパの待ち方▼正しい大麻栽培の仕方:捕まって始まる新しい人生▼国際シンポ:世界の中の源氏物語 広告▼セキスイ広告記事2頁
新聞社▼文学賞最終選考評:吉村氏「バラエティに富んでそれぞれおもしろい」若島氏「前回は吉村さんしかいない感じだったが、今回はそんなことはない」▼留学生向けに、一つの試みとして英語版を号外発行する▼晴耕雨眠:講演なんて儲からない→やめて焼き芋の出店でもやったらどうか▼京大新聞主催11月祭講演会:鼎談・IT時代のジャーナリズム→佐々木俊尚×岡留安則×佐藤卓己 時事▼新型インフル、京大でも感染確認▼臓器移植法改正を考える:法・位田教授▼新型インフル、学内で感染拡大▼11月祭企画紹介:PHP研究所所長と京都市長対談→武士道サークル立志会主催 教育研究▼アカハラ確認できず:工院生自殺、調査結果▼語学クラス再編:35人で迎える新時代▼放射線治療で医療ミス▼〈研究ノート〉無機超伝導研究の魅力と可能性/日本法制史▼京大の法曹教育:変わるのは定員だけでよいのか▼伝え語るパレスチナ:広河氏講演会▼博士定員削減へ:文科省、国立大へ要請▼人文研対談:21世紀の音楽批評→カノン崩壊後いかにあるべきか▼山中教授に米医学会最高賞▼高槻農場、移転決定▼講演会:人はなぜ笑うのか/学術会議会長ら▼ノーベル賞・南部氏来学▼第一次大戦と中国:人文研共同プロジェクト▼アホウドリ再生の道▼追悼:レヴィ=ストロース→出口康夫准教授の談話ほか▼旧帝・早慶学長、予算削減に抗議:各学会も「事業仕分け」に異論▼春秋講義で松本総長が講演「科学の発展なしに人類は生き残れない」 大学運営▼学習室24開室▼学生座談会:大学×防犯カメラ→当たり前の光景になる前に考えるべきこと▼雇い止め抗議でスト突入:非常勤雇用期限問題▼クラシス全学展開準備完了か▼地裁、時間雇用組合に仮処分→雇い止め条項撤廃と待遇改善を求めて座り込みしていた組合「ユニオンエクスタシー」に対して「くびくびカフェ」にて占有移転禁止の仮処分決定書を手渡した→その後提訴→組合敗訴、裁判費用を負担▼京大病院医師、傷害で逮捕▼附属図書館改修終了:3階刷新▼吉田南構内再整備案▼京大生協、CD店頭販売終了▼留学生数、10年後に倍増へ:「教育の国際化」加速か▼5年条項・私の視点:法・高山佳奈子氏▼ルネ別館閉館へ▼ルネ改装:自転車コーナーなど新設▼教員辞職「学生との不適切な関係」:情報公開のあり方に疑念▼白眉プロジェクト始動:期待の若手へ研究専念の環境▼人環図書館の玄関リニューアル▼東京オフィス開所▼学生証、ICカード化:生協の組合委員証機能も▼時計台地下にカフェ:タリーズコーヒー開業へ 学生▼大学生のしごと絵図:郵便局、児童館、中華、引っ越し、コンビニなど▼法学部生、大麻所持で逮捕→無期停学▼『京大俳句』復刊目指し句会▼映画「鴨川ホルモー」完成:劇団ケッペキや吉田寮が協力▼新吉田寮めぐり予備折衝:寮自治会「新A棟」に前向き▼吉田寮横学生集会所のサークル、移転案浮上:西部講堂南に代替施設▼LGBTサークル結成▼北部夏祭り:日本酒に舌鼓▼サークル棟完成:11月から引っ越し→07年12月開始の工事大詰め、02年に計画浮上、08年10月にA・B棟が完成し15団体が移動、その跡地にC〜E棟を建設▼経済4回生、薬物所持で逮捕▼時計台に登る:熊野寮祭▼iGEM、京大チーム銀賞獲得 文化▼正しい頭突きの仕方:慎重にしかし躊躇せずに▼ルネベスト『京阪神珈琲の本』▼未来フォーラムで平野啓一郎氏語る▼タダで楽しむ京都の秋:30分皿洗いすれば食べさせてくれる王将出町店▼映画評:松本人志『しんぼる』 広告▼センターリサーチ:駿台40万6千人、代々木41万3千人
目次
聞き取り⑦ 統一性のなさと向き合う 2000年代在籍者に聞く聞き取り⑧ 戦う新聞からソフト路線に 元顧問に聞く70年代と00年代
拾い読み⑭ 豊富な話題で紙面に賑わい 2001〜2009年の紙面
聞き取り⑦ 統一性のなさと向き合う 2000年代在籍者に聞く
2000年代の京大新聞を知る3名に、東京で話を聞いた。2学年ずつ離れた先輩・後輩の間柄で、今でもときどき飲みに行くという。在学中の編集部内外の様子を振り返ってもらうと、「いい意味で断絶があった」と世代間の変化がみえた。(村)
「先鋭化」脱却、いい意味で断絶
雑然とした雰囲気に魅力
―入社のきっかけは。
中川 法学部のクラスの友人が京大新聞の新歓のチラシを持ってきた。確か『あの人に会う』というキャッチコピーで、有名人に取材できるかもしれないから一緒に行かないかと誘われた。記者職への関心もあって行った。最初は10人ほど入って、男女比は半々。いろいろあってだんだん抜けて、女性編集員が自分だけになった。最終的には3人で回していた。とにかく新聞を出さないといけないという思いだった。
関崎 一番少なかった時代?
中川 上の世代は2人でつくっていた。しんどかったと思う。
典略 後輩がやめてしまって、先鋭化していた印象がある。
中川 最初は、先輩から批評されるのは怖かった。原稿をバンって壁に貼られて、かなり年上の先輩から批評される。書き直してまた出してを繰り返す。
典略 僕は最初、誘われてアメフト部に入ったけど、部活が大変で授業に出られなくて退部した。いろいろなサークルを回って、劇団ケッペキと京大新聞に入った。入社理由はボックス(部室)の居心地がよかったから。棚に本がずらっと並んでいて、古びたオーディオがあって、雑然としている。同期がたくさん入って、それぞれ個性的で、お互いを受け入れる雰囲気もあって空気感が合うと感じた。壁に「京大新聞は闘うぞ」みたいな落書きとか、ヘルメットもある。そういう怖さはあって、嫌だと感じた人もいたと思う。
関崎 僕は旅系のサークルにいたけど行かなくなり、「なんかやらなきゃ」と思って入った。続けたということは居心地がよかったんだろう。地方出身で、居場所を求める部分もあった。
典略 寂しいとき深夜にひとりでボックスに行ったね。誰かいるかなと思いつつ、誰もいないでほしいなとも思いつつ入って、お酒を飲んで帰る。
関崎 心の置きどころ的な意味合い。そこにいることへの理由づけとして、新聞の活動がある。
典略 イチから全部やるのが楽しかった。東大新聞と交流する機会があって、あちらはレイアウトとかは人を雇って、基本的に記事を書くだけと聞いた。
ニュースも旅行記もあり
典略 僕らのころに面構成を明確に決めた(※各面に「大学・総合」「文化・生活」などと銘打った)。1面はストレートニュースをしっかり載せる。とはいえ、難しさも感じた。当時は大学法人化などがあったけど、学生が直接何かを変えるのは難しいし、声を上げるのは一部の人だけ。どれだけ周りを巻き込めるかが重要になるなかで、上の世代と違って自治への関心が薄い学生が多くて、読者が興味を持たないニュースを報じる意味があるのかと葛藤した。それでも、仲摩くんという同期が、やはり報じるべきだと積極的に取材していて、僕も基本的にその方向だった。一方、書評やコラムしか書かない編集員もいて、同期の中でも感覚に差があった。その点、中川さんの世代はストレートニュース中心という意識で一致していたと思う。
中川 結果的に、学生自治や大学に関連するストレートニュースを重視するメンバーが残ったという認識。
典略 それを聞いていたから、多様な感覚を尊重するのが一番いいだろうという意識があった。もちろんやめた人もいたけど、ニュースより書評や旅行記を書きたいという人も、ストレートニュースをバリバリやる人も、共存できるようになったのが僕らのころだと思う。さらにあとの世代は、それぞれがどっちもやるという印象。
―典略さん自身はニュース寄り。
典略 そうだね。2年生のときにアメフト部員による強姦事件があって、それが自分の中で大きかった。部にいた時期があったから、当事者を知っているし、部の成績が低迷して鬱々とした雰囲気だったのもわかる。そういう状況で取材して、淡々と報じる。ジャーナリズムというものを考えるきっかけになった。
どういう立場で書くか
中川 私は入ったころ、先輩が文学部教授のセクハラ問題を熱心に報じていたのが印象的。90年代から00年代にかけて、今にも通じるキャンパスセクハラが問題になっていた。その書きぶりは、基本的に学生の立場から。教員や大学当局との力関係をふまえて、どういう立場で書くかをしっかり考えろと叩き込まれた。学生自治を守っていくために、学生の動きを報じるのが京大新聞の役割だという共通認識があった。
典略 そのころの編集会議はドロドロしていたのでは。
中川 ドロドロというよりも、先輩からの原稿の指摘はとても厳しく、議論も真剣勝負で緊張した。「これ、どの立場で書いてるの? きみは大学当局なの?」って。
典略 たしかに怖かった。「この原稿おもしろくないね」と言われたり。
中川 でも、ある意味で京大に来たと実感する経験だった。学部で授業を受けていても、受験勉強の延長のような雰囲気だけど、京大新聞に来ると圧倒的な知識量の先輩がいて、「こんなに物事を考える人がいるのか」と思わされた。おもしろい話もいろいろ聞かせてくれた。
典略 思い描いていた京大生のイメージのさらにその上を行くような先輩たちがいて、同じ空間で過ごせてよかった。卒業する先輩に本を譲ってもらうと、その量が何百冊とあって驚いた。
―典略さんの世代の会議は。
典略 議題にもよるけど、石垣カフェのようにテーマ性があるときは、それぞれが考えを持って、どういう立場で記事を書くか、遅い時間まで議論した。
関崎 長時間化は典略さんと仲摩さんのせい(笑)。ふたりが言い合って、周りは黙って聞くという構図。レジュメをしっかり作って議論するという経験ができたのはすごくよかったけど。
典略 僕は大学側と学生、どちらの立場もふまえたいというスタンス。たとえば石垣カフェの話では、石垣撤去には反対で、基本的に学生寄りの見方だけど、強行的な反対運動という点で、多くの人から共感を得ていたとは言いにくいとも思っていた。だから折り合いをつけるべきだろうと。一方、仲摩くんは学生自治が大事で、大学当局の思い通りにすべきではないという考えが強かったように思う。そこで主張がぶつかった。多様な意見が出るのはいいことだし、両論を書けばいいけど、紙面にする以上、何らかの方向性が示されることになるから、かなり議論した記憶がある。
中川 自分が入ったころと比べて、いろいろな考えを包摂しながら多様な紙面をつくるようになって、年を追うごとに発展しているなと感じた。
典略 先輩方とは、いい意味で断絶がある。僕らのころは議論が過熱すると、高本くんという同期が「まあまあ」となだめてくれた。ホームページを整備したのも彼のはず。当時はSNSの先駆けのころで、新聞が学生に読まれなくなっていた。なんとか目にふれる機会を増やそうと、新聞以外の伝え方としてネットに力を入れはじめた。僕らの世代を境に、京大新聞からマスコミに就職する人が減っていったことも指摘できる。
しがらみにとらわれず
関崎 文学賞を実施したことが印象に残っている。同期の高橋くんがやろうと言い出した。自分たちで何かを起こすのはすごくいいなと思った。あとは初めてのカラー印刷。それまでなかったけど、技術的に可能と聞いて、せっかくだからやろうと。
―号外の七大戦特集でカラー。
典略 僕たちは七大戦をあまり取材しなかったね。
中川 しなかった。
典略 原理研究会(統一協会の下部組織)系の「学生新聞」が関わっていたから、うちとしては絡みづらかった。
中川 私のころは原理研とかなり緊張関係があった。
典略 正面きっての戦いはなかったけど、アルバム制作に介入してくるとかはあった。
関崎 「学生新聞」が関わる七大戦だからこそ、うちが取り上げようという考えもあった。
典略 体育会の部員は新聞と言えば「学生新聞」と思っていたし、そのイメージを塗り替えることにつながる。本来は学生スポーツを取り上げるのは自然なことだし、それをしがらみにとらわれず実行できたんだね。
関崎 先人がベースを作ってくれたからこそ、自由にいろいろなことができた。講演会もやった。経済学部の学生団体と共催したのを覚えている。07年の11月祭の統一テーマが「超意欲的ニート」に決まって、のちに撤回された件。ニートとされる人の中には働くことができない人もいるし、そういう目線が足りないという問題意識で声を上げる学生がいて、一緒に講演会をやろうという話になった。テーマ撤回で終わらずに何らかの形でつないでいこうという気持ち。それなりに人が集まった。
サークルである以上、楽しくないといけない
自由と堅実さと
典略 僕らのころは、言い方は悪いけど「所詮サークルだ」という意識があって、関心の方向がバラバラでいいと思っていた。結果的に紙面の統一性がなくなって、扱うべきネタがこぼれ落ちることもあった。
関崎 班(※テーマ別の取材班を常設して紙面構成の安定化を図る制度)が形骸化していた。
典略 無理があったと思う。号ごとに班員を輪番にしていたから、班の中で関心の強い人とそうでない人が出る。特に継続的に追うニュースだと、関心がない人は知識もない。
関崎 個々人の思考が違うから、編集方針の統率がとれない。正直、とれていなくてもいいと自分は思っていたし、デスク(号ごとの責任者)が自分の色を出せばいいという意見もあった。
典略 デスクがニュースの漏れを細かく確認する人ならいいけど、必ずしもそうはいかない。それぞれ学業や就活も堅実にやっていたし。僕らの世代で留年した人はほぼいなかった。上の世代の方々は留年が珍しくない雰囲気だったと思う。5、6回生が普通にいる。
関崎 僕らのころはそういうベテランがいないし、勢いで動いていた部分があった。面数は多いほどいいという発想で、「16面発行しようぜ」みたいな。
中川 雰囲気が変わったのを感じた。健全化へ一歩踏み出した世代と言えると思う。
典略 サークルである以上、楽しくないといけないという感覚。それぞれの人生があるし、新聞に捧げるわけではない。
中川 私たちは人生を食われちゃった世代だからね。
典略 人生を食われた世代と食われなかった世代で分かれる。
中川 京大新聞は、大切なものを守るためにがんばる貴重な存在だと思うし、その一員でありたいという思いで取り組んでいたから、後悔はしていないけど。
関崎 その世代がつないでくれたから今がある。
―在籍当時の資金状況は。
典略 広告はだいぶ少なかった。出稿してくれていた古本屋が潰れたり。
関崎 載せてもお金を回収できないこともあった。しつこく取り立てることはしないし。
典略 広告がなくてもアルバムがあれば大丈夫という雰囲気。
―かつての提携会社と訴訟に発展したと聞く。当時の危機感は。
典略 負けていたら京大新聞はダメになっていただろうね。
関崎 僕も少し関わったけど、先輩の大島さん(連載第14回登場)のところで片付けてくれたから、僕は卒アル事業そのものの発展に力を入れることができた。背負うものが大きいという点は問題になっていて、編集員が自ら裁判に臨んだり、車の名義人になったりしていた。先輩が定款を作って、団体に法人格を持たせようと検討したこともあった。実現しなかったけど、真っ当な話だったと思う。
大切にするものは不変
典略 自治会の人が記事に対して「この書き方は違う」と言ってくることもあった。
中川 たしかに自治会を意識しながら書いていた記憶がある。
典略 ボックス棟の建て替え反対派から苦言を呈されることも。あの木造の建物を壊すと、混沌とした京大らしい雰囲気が損なわれるという考え。当時はいろいろな団体が集まって対応を議論した。関心が高く、学生が積極的に取材に応じてくれた。
中川 新しい建物の管理方法について、よく議論していた印象。
典略 最初は大学が管理するという話だったけど、交渉して勝ち取った。社会と対峙するという大義名分を認識しつつ、社会問題に通じるテーマを取り上げる機会が少ないなかで、西部の建て替え問題は印象深い。
―今も学生が管理している。一方、コロナ禍の間、大学当局は感染対策として課外活動団体に活動計画書の提出を課した。中川さんから抗議した方がいいと助言されたことがある。
中川 学生団体は微妙で難しい立場とはいえ、発行前の取材情報を教えるのはもってのほか。自主独立や批判精神が大事だと、先輩からよく言われた。学生と大学に権力勾配があるなかで、当局から独立して新聞を発行して、学生の立場に立って物事を見る。私はそういう心持ちを大事にしていたし、それが京大新聞の価値ではないか。紙面に載るものは時代ごとに変わっても、大切にするものは変わらないと思う。それを守り続けてほしい。〈了〉
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聞き取り⑧ 戦う新聞からソフト路線に 元顧問に聞く70年代と00年代
再生生物学の研究者で、05年度から15年度まで理学研究科教授として京大新聞の顧問を務めた阿形清和さんにオンラインで話を聞いた。70年代には学生として京大新聞に在籍し、連載第8回で取材した橋本聡さんや篠田謙一さんらとともに、休刊からの復活直後の新聞発行を担った。異なる2つの時代を知る阿形さんにとって、京大および京大新聞はどんな存在なのか。(村)
学生が思いの丈をぶつける場になってほしい
闘争の取材で逮捕を覚悟
―入社の経緯は。
篠田と橋本の言うとおり。私がキャプテンを務めるサッカー同好会に、広島県選抜の経験がある橋本を入れようと思って交渉したら、橋本がほぼひとりで新聞を回していて、「サッカーはしたいけど……」と。そこで、2対1のトレードを申し出て、同期の篠田がカメラ、私が記者をやることにした。そこから私たちのチームは、同好会なのに天皇杯(大学以外のカテゴリーも含めた日本一決定戦)の京都大会を勝ち抜いて関西大会に進むほど強くなった。今でも年に一度集まってサッカーをする。
―京大新聞に入ることに抵抗は。
わりと積極的だった。そのころ学費値上げ闘争が盛り上がっていて、各クラスでストライキが起きていた。受益者負担の方向に切り替わる時代。昔の国立大学は、将来の日本を担う若者を育てるために税金を投じるという感覚だったけど、しだいに費用を学生に負担させる流れになって、各大学で学費値上げが起きた。全国で反対闘争が起きて、私も1年生のときに東北大へ行って運動に参加した。当時は、あさま山荘事件などの影響で「過激な学生運動に関わるのはヤバい」という認識があったけど、京大では「ノンセクトラジカル」と呼ばれる動きがあって、これはセクトどうしが争うイメージのある「過激派」と違って、権力の横暴に抗うという発想。その攻防を担っていた京大新聞を存続させることは、「やることが増えて大変だな」と思いつつ、抵抗はなかった。
―印象的な記事は。
篠田らは文系で私は理系だから、それを活かして記事を書いた。たとえば76年にできた伊方原発の記事。加圧水型の軽水炉という新しいタイプの原発で、安全だと言われていたなかで、その問題点を解説した。ただ、最も思い出に残るのは78年、3・26の三里塚開港阻止闘争。新空港(成田)がベトナム戦争のための米軍基地に使われるのではないかと危惧する市民や、土地を開拓された農民らが人生を懸けて反対闘争を展開した。これを取材することになって現地に行ったら、まさに戦場。プレスの腕章をしていたけど、「おまえも闘え」と言われて、集団でゲートから突入したら、機動隊から催涙弾を浴びせられた。「豚箱にぶちこまれる」と覚悟したその瞬間、機動隊が去っていった。別のゲートから突入したグループが管制塔を占拠したということで、そちらの応援に行ったらしい。助かって帰ってきて、詳細な報告記事を書いた。
―紙面づくりで意識したことは。
要するにバランス。権力の側も必ずしも悪いことをするわけではないけど、全員は幸せにならない。不幸になる人が出る場合に、どうバランスをとるか。それを行動で訴える。僕らの上の世代は学生紛争の時代で、社会人になった後も闘争している人がいた。その姿を見ているから、家庭を持ってから捕まるとダメージが大きいし、学生が闘争の主力を担うべきだという認識で、捕まるのが勲章みたいな感覚さえあった。そんな雰囲気が京大にはまだ残っていた。
アーカイブ化にも着手
―新聞の運営はどのように。
とにかく存続させることにエネルギーを使った。主な収入は合格電報。それから新聞の広告。岩波書店から出稿してもらって、そのかわり書評を書いたり。あとは就職説明会を主催して、夏に暑いなか企業を回って就職特集号に広告を載せた。それでも収支はマイナスだったけど、六甲出版という会社から卒業アルバム制作が転がり込んできて、収入が安定した。その会社は大学に協力を持ちかけたけど、特定の民間1社と手を組むことはできないと言われ、京大新聞を紹介されたらしい。
―大学当局から信頼されていた。
職員からの信頼度は高かった。原理研との戦いもあって、とにかく追放しようということで動いていたのもある。他には、紙面のアーカイブ化にも取り組んだ。過去の紙面を集めてマイクロフィルムにした。
京大のユニークさ埋もれる
―学業との両立は。
4年間ほぼ定期試験がなく、レポートで済んだ。学費闘争などで、期末になると同学会がストを起こして、試験が中止になった。学生も教員もそれを期待する空気だった。一方、私は1年生のときから理学部の岡田節人先生の研究室に出入りして、発生生物学を学んだ。研究と京大新聞とサッカーの3本柱の生活。82年に篠田らとスペインに行ってサッカーのワールドカップを現地観戦したのも思い出。ただ、「なぜ日本が出場していないのに来るのか」と冷たい視線を向けられて、「日本が出たら来よう」と誓った。それから日本サッカーは大きく成長して、98年に初出場した。開催国のフランスに行ったけど、偽チケット問題に巻き込まれて観戦できず、パブリックビューイング会場で君が代を歌った。
―05年には教授として京大に赴任し、京大新聞の顧問になった。
顧問時代のミッションはアーカイブ化のつづき。学生時代以来、マイクロフィルム化が進んでおらず、また取り組んだ。
―学生時代から雰囲気の変化は。
戦う新聞からソフトな路線になっていた。時代の変遷だから、「おまえら闘え」とは言わない。部室の建物も変わっているし、ノスタルジーに浸ることはなかった(笑)。学生と飲みに行ったことは何度かあった。部員がたくさんいてうらやましい限り。
―16年に京大を離れる際、京大新聞に寄稿して「頑張れ! 京大」と書いている。
文科省が大学の序列をつくろうとしていて、私は京大がそこに組み込まれてはいけないと考えた。ある意味でアウトロー的な立ち位置から流れを変えていくことを期待していたけど、結局、序列に入って予算獲得を目指す方向にシフトして、京大のユニークさがだんだん埋もれてしまったなと思う。
―これからの京大新聞に一言。
京大のユニークさを維持するために、学生の思いの丈をぶつけられる場として、オピニオンリーダー的な存在になってほしい。学生の考えを発信したり、大学をよくするにはどうしたらいいのかを学生視点でズバっと言ったりして、「京大生おそるべし」と思わせてほしいね。〈了〉
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拾い読み⑭ 豊富な話題で紙面に賑わい 2001〜2009年の紙面
今回は01年1月から09年12月までの紙面から、一部要約しつつ記述を抜粋する。この9年間は号外4号を含め178号号を発行した。国立大法化やハラスメント、学生逮捕などのニュースを精力的に報じつつ、インタビューなどで最新の研究や文芸動向に関する話題を伝える記事も増えている。
2001
時事▼性暴力に抵抗する歴史・藤目ゆき氏インタビュー:日本軍「慰安婦」制度・米軍基地犯罪▼落合恵美子氏インタビュー:反動の時代に迷走する家族像 教育研究▼大学はセクハラだらけ→加害者にならないために/牟田和恵氏インタビュー:進まぬ性差別の解体、信頼出来る人に相談を▼みんなでもらおうノーベル賞:学部別受賞率▼文・教授にセクハラ疑惑:院試前に不適切な指導か→頻繁に呼び出しセクハラ発言/求められる厳正な処分/院生が相談窓口設置へ→文教授会が独自に10年間指導禁止処分、実効性に疑問も→評議会で停職3か月決定、処分が軽いとの声も/再発防止策は/教授自身の見解表明を▼総合博物館一般公開、電通に展示委託で5億円:ハコモノ行政京大で健在→求められる自前の情報発信▼全学共通教育・セメスター制導入か:学生無視の姿勢に疑問→サークル勧誘に影響/二重登録の禁止も→言語登録オンライン化へ▼京大、国内初ヒトES細胞国産化へ:医学と人権の間で/山積する課題▼総人構内・全学共通教育棟建設へ:残る不透明さ▼探検所探訪・大潟波浪観測所▼銀河の進化に新シナリオ:理・鶴剛助教授インタビュー▼文セクハラ事件、教授が話し合い拒否→院生有志が辞職要求の声明▼京大原子炉、定期検査中に違反発覚 大学運営▼理・教育で差別落書き:全学的な対応は見送り→学生が同和・人権委に申入れ▼複眼時評:「京大三分割」考/柳田充弘氏▼どうなる? 新世紀の京大→法人化/男社会の京大/民族学校の受験資格/キャンパス狭隘化▼総長補佐制導入:土岐教授ら任命、副学長5人体制へ▼バイク、バイバイ:本部構内走行禁止、駐輪場不足の声も▼TOPIC:よみがえる庭、消える庭→時計台記念館化で利用できなくなる中庭の代わり▼総長選、方式変更へ:評議員だけで中間選抜▼総人構内に交通規制:正門使用不能に▼差別落書、事実確認会へ:ずさんな体制が明るみに 学生▼一人暮らし特集:2回生6名の生活▼バイトあれこれ:恐怖のあんまん/開けてびっくりゴミ仕分け人が見た物▼森毅氏インタビュー:問われる多様性▼消える「京大生らしさ」:新入生アンケート▼コラム・極私的偏愛競争予想:賭けて駆って勝ちまくれ?▼模擬店ぼったくり茶屋の記録▼反戦デモ・学生主体で:踊りに託す 文化▼京都人入門→京料理初体験/奥ゆかしさ溢れる京ことば▼免許を取ったらマンガのように疾走!怪走?▼吉村萬壱氏・文學界新人賞受賞:「クチュクチュバーン日記」▼展覧会評:チャルトリスキ・コレクション展▼映画評『ウォーターボーイズ』:水面にはじけるカラ騒ぎ
2002
新聞社▼発行が遅れ申し訳ない▼晴耕雨眠(編集員コラム):2300号なのに合併号。印刷前日まで忘れていた。気張ったせいで永久欠番になった号も以前あると聞くし、これはこれでいい/セメスター制になって夏休みが長かった▼新編集員募集:新聞の明日を作るのはキミだ! 時事▼複眼時評:介護保険の理念→経済・西村周三教授▼講演会録:コスタリカ・キネマ・カフェ→軍隊を捨てた国から学ぶ/釜ヶ崎労働者の現状:産業構造の変化で悪化する「寄せ場」▼同床異夢(編集員コラム):就職セミナー最前線→企業の雰囲気を見極めろ 教育研究▼法科大学院構想説明会:見えぬ具体案▼総合博物館・展示評:今西錦司の世界▼同床異夢:岡真理助教授の講演「イスラム社会と女性」→見えない「認識の暴力」を問う▼インタビュー:日高敏隆・総合地球環境学研究所所長→科学とは何か▼筒井氏に直接辞職要求:学生、初めての直談判/教授は復職を希望▼退官インタビュー:工・土岐憲三教授→皆の気のつかないところで用意しておくのが我々技術者の仕事/京都の地震は迫っている、早く始めないと/文・柏倉康夫教授→報道と学者の世界に身を置いて▼医・保健学科を設置▼教官有志、九大の入学取り消しに意見書→オウム真理教の幹部であったことを理由に取り消し▼21世紀CОEプログラム:京大11件採択▼京大原子炉・無届けでガン治療89件▼複眼時評(教員寄稿)キャンパス歳時記:尾池和夫 大学運営▼総人A号館取り壊し:突然の決定に学生困惑▼理6号館に監視カメラ:見えぬ目的、見られる理不尽▼本部構内再配置、具体案明らかに:文・東館取り壊しか▼図書館長に署名提出:「開館時間延ばして」▼民族学校に門開く:国立大初→人権問題委は受験資格を認めるべきとの最終報告書を提出▼西部講堂・サークル棟に建て替え計画:独法化の中期目標として→新施設の条件に学生反発→意見書提出→副学長と交渉▼TOPIC:「京都大学桂」誕生→工事現場に哀愁 学生▼呪験生ブルース:女神は君に微笑まない!▼賭博的受験講座:競馬と逃れ去る空と海と→編集員が中国への旅費を稼ぐために競馬に初挑戦、仕送りの残り1万円を手にウインズ京都へ▼大学生活とお酒:学生インタビュー・座談会→「飲めないと開き直るしかない」「上回生の振舞いに大きく起因」「男なら飲まねばという雰囲気」▼熊野寮に機動隊:在寮アフガン人の居室捜索→釈放求めて署名/学生1名が公務執行妨害で逮捕、のちに釈放▼京大Q&A:官僚になりたい→東大に行った方がいい/吉田神社に行くと不合格?→嘘/単位は降ってくる?→最低限は必要/ノーベル賞受賞者が多い京大はすごい?→京大を褒める語彙は「自由」と「ノーベル賞」だけ/語学は何を?→中国、イタリア、スペインが評価高い/かっこいい京大生の恋人を作りたい→ださい格好してきた人が急におしゃれになる確率はほぼゼロ/京大生の彼女を作ることはムツカシイ→そんなこと言うやつは彼女がいない/総長は痔が多い?→総長室横トイレには京大で最初にウォッシュレット採用、「痔持ち派」が優勢か▼留年事情:5回生は986名、法が約70%▼11月祭講演会:科学を楽しむ心/「我がゲス的映画人生」/「戦争の世紀」の農業問題▼変わる「京大らしさ」→積極的な就職指導、自由放任は時代遅れ?▼NF仮装行列行われず:参加者の減少が原因▼大道芸事典・哲学の木→哲学の木を切ってみよう!/『読書力』:書物との能動的対話▼ジャグリングドーナッツ:微笑ましくてちょっとすごい 文化▼書評:『レトリックの記号論』▼京大周辺銭湯紹介:そうだ、お風呂へ行こう→白川温泉・銀閣寺湯・東山湯温泉/左京区で33軒、シャワー付き下宿の普及で客減少▼W杯お国めぐり→「日本対戦国に行く」「不可(会計)」→ロシアレストラン「キエフ」へ▼展覧会評:森村泰昌のセルフポートレイト▼同床異夢:阪神好調、半信半疑!?▼映画評:『ハッシュ!』→自分を受け止めてくれる仲間▼書評:▼展示会評:エッシャー試論→視覚の遊戯を通じて/アイヌ工芸の美▼映画評:『模倣犯』▼やってみようネットゲーム:冴えないあなたもヒーローに/将棋倶楽部24▼成り行き旅行記inベトナム:試験忘れ国外逃亡/バイクの川でてんてこまい広告▼センターリサーチ:河合40万3千人、駿台40万5千人、代々木43万4千人
2003
新聞社▼編集部より→変則的な発行状況となり号数が前後/99年開始の連載・吉田寮物語が終了、度重なる掲載の遅れをお詫び▼京大新聞共催講演会企画「ブータン難民」:問題を見えにくくする構造▼本紙文学新人賞の吉村氏が芥川賞を受賞 時事▼インタビュー:フジテレビアナウンサー・福元英恵氏(農学部卒)/弁護士・土井香苗氏/エイズ、今若者が危ない 教育研究▼インタビュー:溝上慎一氏→大学生もラクじゃない!?/西垣通氏→情報学へのいざない▼寄稿・アフガン支援活動を振り返って:法・学生→山積する課題 大学運営▼インタビュー:塩沢由典氏→ベンチャー振興の意義/大山完爾教授→ゼニゴケへのこだわり▼大学を考える10冊→『理系の女の生き方ガイド』『新卒無業。』『キャンパス性差別事情』『分数ができない大学生』▼退官インタビュー:法・松村岐夫教授→政治を統計的に斬る/AA研・石田紀郎教授→苦しむ民とともに歩む▼京大医療事故再考→遺族を支援する会「病院側の体制改善を」▼高等教育研究開発推進機構、発足:京大が「教育」に本腰→自学自習は受け継がれるか▼〈連載・大学発最前線〉ベンチャーは女性向き:ダブルワークス▼京大病院、肝臓提供者死の波紋▼教育・セクハラ教授辞職:関大教授時代、学会後に路上でキスを強要、宿舎の部屋に呼ぼうとしたことが発覚→教授が京大へ転勤し、被害者は京大院への進学を断念▼アカハラ発覚:文・教授、制度なき留年処分▼京大原子炉が運転休止へ:研究用炉は生き残れるか▼理・植物園、植物学教室の独善的措置か:樹木伐採反対派の職員解雇の恐れ▼植物学教室が本紙報道に抗議「ジャーナリズムの基本を逸脱」→編集部「教室教授に取材せず」「軽率だった」「内容に間違いはなく、訂正要求には応じない」▼民族学校受験資格問題、認めるべきと方針発表:文科省へ要請→事実上認可へ▼21世紀CОE:再生医療など11件▼鷲田清一氏インタビュー:哲学と文体の肌理と→微妙な差異を認め合う▼寄稿:京大植物園観察学生会→住民へと開かれた植物園へ▼植物園シンポ:様々な立場からの提言 教育研究▼総人2号館完成▼動き出す桂キャンパス1→吉田の過密化、名乗りを上げた工学研、問われる総合大学のあり方、学生「行きたくない」▼尾池氏が総長に:決選投票を制す→インタビュー:京大はリーダーシップで動く大学ではない/企業の倫理は合わない/法人化への免震工事を▼中期目標公表:曖昧な表現、不満も露呈▼法人化究明会:質問事項に総長が回答▼時計台、改修完了▼君は猫に勝てるか?→センター試験問題を読み上げ、野良猫が立ち止まった番号の札を回答と見なす/英語で全問正解/後日その猫に手を振ると知らんぷり、所詮は畜生 学生▼11月祭講演会「監視・自治・大学」→理6号館監視カメラ問題/学内民主主義の崩壊/安全が見落とすもの▼吉田寮物語6→正常化=管理強化の始まり▼論考・寄宿舎の役割:冨岡勝氏▼受験に恋があって何が悪い!:かつての受験生のタワゴト▼最前線大学発ベンチャー:サークルからの起業/環境コンサル▼新入生アンケート:志望理由は「京大」から「京都」へ▼七大戦大特集▼劇団ケッペキ収穫祭▼11月祭の紆余曲折/環境対策委員会:地球に優しい祭りを/講演会→見つめ直す憲法/今、学生運動を問う/教官酒場:教官からカンパ、日本酒を学生に振舞う/模擬店経営のススメ:経済学部生のマーケティング分析▼総長団交実施:当局、文書での確約を拒否→学生の意見を反映させるシステムが機能していないことが明らかに 文化▼作家・徐京植氏インタビュー→想像力の欠如に抵抗▼シャヒード展▼旅行記@屋久島▼島崎藤村の姪が生きたもう一つの「夜明け前」▼映画評:『死ぬまでにしたい10のこと』『KILL BILL』▼書評:『磁力と重力の発見』『「いき」の構造』広告▼センターリサーチ:駿台41万4千人、河合塾41万人、代々木44万1千人
▼こくばん「京大新聞は永久に不滅」(2003年1月16日号)
(前略)読者の京大新聞に対する印象を想像すると、「かたそう」とか「とっつきにくい」とかそういった単語を思いついてしまう。(中略)しかし、どれだけマイナスなイメージがつきまとっても、京都大学の出来事を伝えるという基本的な立場は不変であると個人的には信じたい。それもできるだけ批判的な視点から伝えていくのである。と偉そうなことを述べたが、実質が伴っているかというとそうとも言い切れないのが辛いところだ。京大の出来事なんて『京大広報』に代表される各種広報誌、さらには京都新聞などにも載っているし、検索サイトで「京都大学」を検索してみれば、最新の膨大な情報に接することができるだろう。それに比べて京大新聞は月二回の発行で情報は古い。京都大学の全情報を網羅しているわけでもない。京都大学においてあってもなくてもいいような存在になっているのかもしれない▼けれども、ただ情報を流すだけなら誰でもできる。学生の立場で、批判的な立場で物申すことができるのは京大新聞だけだと思っている。現在その役割を十分に果たすことができていないとしても、その可能性が一番高いのは間違いなく京大新聞だと思う▼この先、京大新聞が進む道は険しいだろう。正直そう思ってしまう。学内の出来事に関心を持つ人が少なくなっている気がする。学生はもちろん職員、教員など京都大学を構成するすべての人の間で。そんな状況で新聞を発行し続けるのは大変なことだ。数年後、紙の新聞はないかもしれない。ひょっとすると途中で消えてしまうかもしれない。だけどあえて宣言しよう。「京大新聞は永久に不滅です!」(犬)▼編集部より(2003年5月1日号)
近頃京大新聞は定期発行が続いている。近年まれにみる事態に各方面から驚きの声があがっているとかいないとか。大学では日々様々な事件が起こる。(中略)学生業を続けながらだから京大の事件を全てカバーすることはままならない現状ではあるが、一般紙には学生の視点の記事は載らない。私たちはこれからも京大新聞を作り続ける。2004
時事▼入社2年目、毎日新聞記者インタビュー 教育研究▼複眼時評:フロイト記念公園/新宮一成氏▼法科大学院試験行われる:選抜から育成へ→改革の中心人物・田中成明氏に聞く▼サイード追悼:岡真理さんに聞く▼世界の受験生:アメリカ→入るのは自由/フランス→6月の憂鬱/中国→悩める小皇帝▼複眼時評:マサイ族の勇士/ドイツはなぜイラク戦争に反対か/最先端研究拠点HОPEから/社会に評価されない社会科学を目指して▼退官インタビュー:池田浩士氏→大学は解体され私は去る/西田利貞氏→学問は最も遊びらしい▼理・植物園、再度除草剤散布▼文・アカハラ事件報告会▼経済・履修可能授業が大幅減▼連載・大学発ベンチャー:進む制度整備→知的財産と産学官連携のポリシー▼インタビュー:松沢哲郎氏→霊長類学のススメ/前川和彦氏→東海村事故後、何が変わったか▼人文研が本部構内へ移転→新センター設立▼21世紀CОEインタビュー:評価する側とされる側 大学運営▼経営協議会、学外委員内定▼法人人事続々▼時計台レストラン、ラ・トゥールとは▼中期目標、具体性なく理念的▼立て看はどこへ?→東一条通り・東大路通りの50枚が撤去された▼どうなる? アルバイト:学相廃止から2か月▼カウンセリングセンター職員に聞く:どこに行けば幸せになれるのか?▼吉田南、自転車通行禁止→話し合いに向け調整難航▼法人化議論の団交実が解散:活動員寄稿▼北西門改修計画が浮上:大学執行部は立て看排除を否定▼吉田南構内にローソン出店:国立大初▼ルネ10周年、巨大パフェに挑戦▼尾池和夫総長に聞く法人化後の京大 学生▼大学デビューをプロデュース▼副学長団交、書面での確約勝ち取る▼アメフト初戦快勝→秋リーグ展望▼旅する学生:ペルシアの風/鈍行列車で行く日本海5日間/編集員が東京へ→東大新聞との交流/アメリカで「世界」見つける▼BOX建て替え計画を追う:衝撃の合意案▼野菜市の会→学生有志で結成、農家から直接買い取り販売▼寄稿:学生ビジコン紹介▼スポーツ特集→女子ラクロス部インタビュー/スポーツを擁護する3冊の旅▼留学生向けフリーマガジン発刊→生活に役立つものをロボガレージ代表に聞く:人型ロボットの最先端▼11月祭企画紹介→映画は20世紀を総括できるか/オタク論・オタク史/薬害の恐怖/学問世界の密室/模擬裁判▼イカ京と対談:京都犬の会→ミスコンに物申す▼劇団ケッペキ:五感で感じるその場限りの空気▼西部構内、空きBOXの抽選会行われる▼京大ミスコン実現ならず 文化▼神頼み:1面に合格お守り▼吉村萬壱さんインタビュー▼教習所特集▼戦場のフォトグラファー、ジェームス・ナクトウェイの世界/戦争とプロパガンダ▼特集・百万遍の食:東京ラーメン/進々堂/フジ/梁山泊▼個人的CD評:ミスチル、エレカシ、くるり、たま、押尾コータロー▼映画評:『華氏911』→映画における政治的なもの▼マンガ評:古谷実『シガテラ』▼京都検定テキスト紹介▼映画評:『誰も知らない』(是枝裕和)▼小説家・高橋源一郎さんインタビュー:新たな物語を提示する小説を▼書評:『物語消滅論』
2005
新聞社▼晴耕雨眠(編集員コラム):BOX棟脇に畑つくった→じゃがいもやひまわり育った/11月祭統一テーマ、もっとましなテーマにしろよ▼京大新聞新歓バーベキュー開催▼編集部より→今年80周年を迎えた 時事▼京のしょくびと:芸妓としての人生「職の価値は後付け」▼その就職待った!:経済・久本憲夫教授インタビュー▼起業家セミナー開催▼メディアの10年→新聞もテレビもネット事業へ/個人情報保護法施行、報道の自由の侵害と反発も教育研究▼新入生へ助言:筑紫哲也氏▼インタビュー:京大らしさとは→教育・竹内洋教授/「ダイエット一辺倒」に問題提起→医・由良茂夫助手/有機農業と戦争→人文研・藤原辰史助手/メディア権力と戦後体制の「神話」→佐藤卓己教授▼プログラミングコンテスト:情報学研チームが世界大会出場▼科学者の批判的精神再考→反原発運動の苦しさ▼総合博物館企画展:考古学を愉しむ/日本の動物の起源▼総人座談会:学生主導の探究に期待▼講義録:宇宙科学入門/映像芸術論▼特集・京大の留学事情:センター長に聞く▼研究室紹介:シミュレーション技術/必要性増すゲーム理論とは/ハダニから見る食糧問題/現場から見た薬作り/火山学者が語る啓発/「自然と人間の調和」目指す人類学/プラナリアが語る再生医療→阿形清和教授/diversityの法学→高山佳奈子教授▼子宮内因子のメカニズム解明▼専門職大学院2校新設へ:マネジメントと公共政策▼経済学部団交:カリキュラム問題を論議▼京大OCWの今後:知財共有と教育オープン化▼複眼時評:いま「学徒出陣」→西山伸/石積みの崖と変動帯の地形→尾池和夫総長▼バックナンバー桂移転、理系雑誌限定に反対の声▼ダイオキシン発生過程を解明▼京大教員、高校生向け書籍紹介→『ゲド戦記』『宇宙船ビーグル号の冒険』▼前原誠司氏講演会:京大国際関係論研究会▼特集・京大学術出版会:編集長が語る▼日本哲学史・本田正勝氏:京都学派と太平洋戦争 大学運営▼標準額引き上げ→授業料値上げ▼西部パトロール中止へ:「自主改善」に期待▼合否連絡に高額な手数料:二次試験会場で詐欺まがい事件▼07年度から後期入試廃止▼京大に5機構発足→図書館、情報環境、環境安全保健、国際交流推進、国際イノベーション▼新たに授業料減免を設置→成績不問、経済面で判断▼立て看板、傷害事故発生で撤去:事後報告に不満も▼京大、バイト紹介でナジックと提携へ▼北部構内に新建築モデル「J・Pod」:演習林発の社会貢献▼尾池総長インタビュー→授業料標準額値上げは「不意討ちだ」▼キャリアサポートセンター紹介▼石垣問題説明会:結論は持ち越し→副学長が「逃亡」▼「京大ブランド」に協賛金:電通と新企業スポンサー制度▼JR井手氏、学外委員辞任▼桂にローム記念館▼京大発ベンチャー向けファンド設立へ▼職員給与の未払い発覚:総額約3200万▼ルネのクリスマスメニュー▼長尾・前総長インタビュー▼体育館でアスベスト発見:使用再開めど立たず▼男女共同参画の全学委発足 学生▼百万遍石垣改修工事→学生が反対運動→説明会で批判相次ぐ:大学側「立て看板に影響ない」強調→学生案で合意:石垣と樹木の大部分を保存→工事着工、違約金発生せず/「石垣★カフェ」は自主撤退/東山副学長「署名の数を見て学生の「愛着度」がわかった」▼初めての一人暮らし:家具屋に聞く「理想の部屋」▼サークル検索サイト「サークルナビ」運用開始▼学生が主導でカバン製作:知識を肌で感じる面白さ▼サークルスポット:有機野菜農業研究会→商品経済からの自立/男子ラクロス部/相撲部▼海外インターン体験談@バングラデシュ▼11月祭・学生部援助25%減額:規模縮小へ懸念、副学長に申入書/企画紹介→米軍犯罪を暴く/今考える動物実験▼ミスコン実の有志「雅コンテスト」主催へ→解説・ミスコンが残したもの▼ルポ:造形芸大・瓜生山祭/関学・新月祭▼石垣カフェ寄稿:図書館職員▼京大生覚せい剤で逮捕:総人学部長が声明 文化▼米なんか炊くな:炊飯器で肉じゃが/黄桃のケーキ▼京都の花街:酔と粋の世界を愉しむ▼書評:『不正逮捕』→記者の倫理/『認知症とは何か』/『難民キャンプの子どもたち』/『京都学派と日本海軍』→「戦争協力」のレッテル越える▼特集:京の寺社▼インタビュー:ラジオを通して感じる京都▼運転免許未取得日記▼複眼時評:イスラエル生まれの長男/勝又直也助教授→留学中に結婚、育児▼百万遍の食:学士堂→開店当時から変わらぬ味/tipitina’s→豊富なカクテル▼映画評:宮藤官九郎初監督『真夜中の弥次さん喜多さん』/『まだまだあぶない刑事』/『リンダリンダリンダ』→わかりきった結末、予測不能の爽快感/『四月の雪』▼こくばん:テレビ置いてないのにNHKの受信料を払った▼吉村萬壱氏インタビュー▼時計台で高月紘・環境まんが展▼おしゃれ手帖IN京都大学▼本屋さん紹介→丸山書店/ガケ書房/恵文社/竹岡書店/萩書房 広告▼リクルート▼石垣カフェ、かき氷始めました(50円)▼読売新聞▼とくら▼京大会館レストラン「このえ」
2006
新聞社▼新編集員大募集▼紙面編成変更:2面を〈大学・総合〉3面を〈教育・研究〉4面を〈文化・生活〉面とし、各面特色ある紙面目指す▼京大新聞のサイト管理を引き継ぎ、「新聞社らしいホームページ」へ改装した 時事▼水俣病50年▼旅する学生:徳山ダム・沈む村の見聞録教育研究▼内田樹・神女大教授インタビュー:現代思想って?▼医・白川教授を懲戒解雇:医療関連会社から資金授受▼映像アーカイブセンター設立▼1回生講義で家庭教師勧誘:大学側は注意喚起▼がんセンター設立へ:任天堂相談役から寄付▼研究室紹介:霊長類から問うヒト→山極壽一教授/農業組織経営学、コーヒーから見える不平等▼クラシスを追う:履修登録ウェブシステムの中枢/学生88人の情報漏洩:システムの不備/異議申し立て制度開始:曖昧評価を排除へ▼実験室で金銭など盗難:学内で相次ぐ▼医学研、精子幹細胞からノックアウトマウス作成▼薬・血圧調整作用を解明▼南京大学と交流協定▼経営管理大設立記念講演:京セラ稲盛氏▼文学部創立100周年▼法科大学院、予備校教育から脱却目指す▼女性研究者支援体制確立へ:京大モデル採択▼地球系専攻桂へ移転▼院試で相次ぐミス:情報学研や工学研▼保健除き後期試験廃止▼中西寛氏インタビュー:国際政治学のすすめ▼京大の文化財:附属図書館▼国連エイズセンター開設:世界初、京大医学研内に▼情報学研・教授に停職2か月:院生にセクハラ▼情報学研・関西に共同大学院を開設:IT技術者を養成、けいはんな連携構想実現へ▼京大教授も「やらせ質問」:大学共催のタウンミーティングで▼特集・地震の国で防災を考える→防災研所長に聞く 大学運営▼入試の舞台裏:入試スタッフに密着、改修工事に伴い関西文理学院で受験する「カンブリ受験」も/採点は3段階、判定会議で合格者が決まる▼厚生課職員:パソコンなど不正発注で懲戒解雇→計378万円相当、パソコン19台とプリンター1台を発注、換金/職員「ローンの支払いで金が必要だった」と認める▼本部事務組織を大規模再編:新センター設置、学生部も再編→効率化と企業型改革▼京大総長賞を創設、第1回授与式▼京大と早大共同開発ブランドビール発売→京大に売上40万円▼吉田食堂の職員に聞く→進路選択、生活形態、学生の印象/30部配布し14部の回答、「おばさんと気軽に話してくれなくなった」という意見も/吉田食堂の料理はおいしい→そう思う57%/労働環境に満足→そう思う0%▼京大会館、厳しい財務状況:改善迫られる▼京大が携帯サイト新設:イベント情報掲載▼5月病、気軽に受診して▼船井電機の社長、桂に講堂と交流センターを寄付、数十億円▼学内施設の耐震調査:震度6弱で14%倒壊、全体の4分の1が「補強必要」▼国際機構、田辺市と提携:行政課題解決へ▼京大メルマガ創刊→総長発案、社会へ積極発信▼附属図書館・祝日利用を明文化▼ベネッセ・寄付講座新設:総額2億4千万円▼京大とキャノン、協働プロジェクト発足▼桂図書館、計画白紙へ:寄付金が無期延期に▼全学同窓会が発足▼法人化から2年、京大の懐事情▼理1号館、地下火災で騒然:通気ダクト老朽化が原因か▼連載:京大の人権教育→学生が主体的に考える場築く▼文学作品に見られる浪人像/浪人生の歴史▼編集員の受験体験記/コンビニで買うおやつ4選 学生▼京大生3人集団準強姦罪で起訴:対応に終われる当局→アメフト部員3名が女子大生2名に大量の酒を飲ませて性的暴行を加えたとして京都地検が起訴→1953年「荒神橋事件」以来の放学処分/有罪判決も▼ビラの行方、華々しき新歓の裏で:1か月で約1トン半、ビラまきの実態→えこみっとが回収/夜2時半まで:清掃員の実態▼京人探訪:体育会幹事長→組織をまとめる難しさ痛感/「彩京前線」代表→何もないところから始める喜び▼学生が新入生に憲法9条意識調査→変えるべきでない6割▼B連幹事引継ぎへ:建て替え計画本格化→学生部と大筋で合意、予算獲得へ▼サークルとお仕事・らいふすてーじの場合→確立された編集体制▼吉田寮・建替案白紙に:時間制限つき副学長団交→寮自治会、抗議文を提出▼工学研院生、大麻所持で逮捕→スペインから密輸「全く身に覚えない」▼11月祭講演会:バイオエネルギー最前線/障害者解放運動のいま/少年と野宿者襲撃/イスラームの魅力▼熊野寮に機動隊:今年4度目▼特集・この街に住みたい→札幌、高円寺ほか/岐阜、石川などが優秀と独自評価▼大森望インタビュー:SFへの入り口 文化▼自転車旅行記・中山道をゆく▼タイ紀行・仏教の国で聞いた人々の願い▼夏バテ解消レシピ▼青春映画3選▼京大とともにある風景:琵琶湖疎水
2007
新聞社★編集部より→2400号を迎えた▼晴耕雨眠:史上初のカラー面▼講演会「『溜め』を剥がれる若者たち」:経済学部11月祭実行委と共催 時事▼原理研に注意▼「慰安婦」問題上映会:風化させないために▼アジア開発銀行京都総会に問題提起▼フィリピン訪問記:医療従事者輸出国の現実/医学生寄稿▼複眼時評:ネットで実名をさらすと/文・永井教授▼起業グループ逮捕:出資持ちかけ京大生9人詐欺被害 教育研究▼富山・履修漏れ問題、大学教員に聞く▼映像アーカイブセンター設立へ:講演開き訴え▼文・地理学教授アカハラで厳重注意▼経済・入試に理系枠▼またセクハラ発覚:人環教授▼京大病院、心臓血管外科長を解任▼准教授・助教を新設▼〈新連載・研究ノート〉アイデアで生き抜くポストゲノム時代:理・西村教授/「コンピュータを着る」:ウェアラブルの可能性▼文・東館、工4号館へ機能移転→発端は思いがけない補正予算▼京大基金を設立:財源確保へ▼院の内部進学率を3割に:政府教育再生会議が答申→3研究科長に聞く▼工・研究型インターン開設▼農・図書館移転▼細胞膜のシグナル伝達を解明:再医研、エイズ研究に寄与へ▼花山天文台、天体観望会▼複眼時評:河上肇と左京区の労働運動/最近の研究雑観:塩田教授→メールの登場で、手紙の時代が夢のようなスピードで連絡可能に、研究競争にも拍車/河合隼雄を偲んで:森毅氏▼追悼:今村仁司氏▼京大と市教委、連携協定を締結→駒込教授寄稿「異議あり」「学問の自由を掘り崩すのか」▼ロマン派が呼び起こす大戦の記憶▼新型ブラックホール発見▼山中伸弥氏に聞く再生医科学・iPS細胞の発見▼工・教授、研究生から腕時計受領か▼シニアキャンパス開催:体験授業に満足の声▼工、専門科目にクラシス導入:全学導入の一歩▼福岡伸一氏に聞く:科学的議論の先▼戦争小説の誕生と兵士の沈黙:人文研プロジェクト▼キャップ制で留年者多数:予想外の事態、管理下の弊害か▼京大教員から動物園企画官へ:上野さんインタビュー▼大型化石類人猿を発見▼ヒト皮膚からiPS細胞:山中教授ら成功→編集員の視点:倫理面でも万能か▼瞬間記憶力はヒト大人以上:霊長類研、チンパンジー実験▼電気自動車、京都から発信:京大ベンチャービジネスラボラトリーが発表 大学運営▼BOX棟建替計画、3階建・渡り廊下:施設部案提示▼授業料標準額09年度まで据え置き:国大協などの反発受け▼稲盛財団が記念館を寄付:薬・構内に▼ジェンダー研修会開催:セクハラ起こさないために▼寄付講座を5つ新設:進む産学連携▼女性研究者支援センター開所▼京大東京事務所、東京駅直結タワーへ移転▼連載:京大で子どもを育てる/戦後、高まる保育所への需要/「ポストの数ほど保育所」をテーマに▼京大、茶道メンバーズに入会▼非正規職員ら、組合立ち上げ:Union Extasy▼帝都大学?:正門などでドラマ「ガリレオ」撮影▼京大病院、暴行相談を放置:労働局から行政指導▼慶應大と連携協定▼京大生協、レジ袋廃止へ:ゴミ減量目指す▼総長カレー、予想以上の売れ行き▼法律事務所が本部構内にオープン▼後期入試完全廃止へ▼啓かれる知的財産:リポジトリとは▼「待機乳児」保育室はじまる▼京大雑記:予算消化するぐらいなら学費下げてよ 学生▼集会所で火災:タバコの不始末▼B連の歴史を振り返る:02〜07年、何を成し何を勝ち取ったか▼北部祭典・カフェ企画者に聞く:「場作り」のススメ▼ボックス建替、施設環境部案に条件付き合意→継続折衝を要求▼受験生を鍋で慰労:在学生有志がゲリラ敢行▼今年はポコちゃん:折田先生像→酔っ払いが破壊▼七大戦、京大総合優勝▼新入生アンケート:8割が入学前の情報収集にホームページ利用▼西部が賑やかに→プレハブの仮サークルボックスに6団体が引越し/ゴミ撤去に40万円▼現役院生で町議当選:宮本さんインタビュー▼B連内で部屋割り合意▼晴耕雨眠:最近「ホームページにあるから見て」とよく言われ、「もう少し優しく接して」と言いたくなる▼京大生、560円寿司パック万引きで逮捕▼11月祭統一テーマ「超意欲的ニート」:誤ったイメージ助長、学生有志が異議▼NFテーマ撤回:「満喫! モラトリアム」に 文化▼森見登美彦氏インタビュー→『夜は短し……』が本屋大賞ノミネート/僕はもう少し長いこと知る人ぞ知る作家のままだと思っていた/うれしいけど、状況に負ける▼『〈新釈〉走れメロス』森見登美彦▼藍染の原理:進々堂でサイエンスカフェ▼芸術の居場所:総合大学で学ぶために 広告▼センターリサーチ:駿台39万6千人、代々木41万2千人▼セキスイ:50%はキスでできています▼ベネッセ(全面)▼ソフトバンク百万遍
2008
新聞社▼文学賞原稿募集/賞10万円→若島氏、吉村氏、谷崎氏が審査▼晴耕雨眠:ボックス前に作った畑が、新ボックス棟の完成に伴い最期を迎える/ボックスの引っ越しに追われる▼京大新聞主催11月祭講演会:記者になりますか? それともジャーナリストになりますか?/上杉隆氏 時事▼爆笑問題、教授と激論:NHK公開収録▼最近の就活:キャリアサポートセンター長に聞く/売り手市場でうまくいかない「マッチング」▼東国原知事・堀場雅夫氏講演:新入生キャンペーン実行委▼追悼・鴨川バーベキュー:京都府河川課に聞く▼アレイダ・ゲバラ氏講演会:チェ・ゲバラの長女で医師▼国連総長や仏元首相、豪首相が京大で講演▼採用活動の早期化に「待った」:8大学工学部長が声明▼韓国徴兵拒否運動講演 教育研究▼iPS研究の拠点形成へ:山中教授がセンター長▼多色LED開発:医療へ応用▼京大病院助教を解雇:看護師にセクハラ▼iPS無償提供へ:国内外の研究機関へ▼高槻農場の味知って:生協でいちご販売▼京大宇宙学:総博企画展▼京大、JAXAと提携▼OCWで西田幾多郎企画▼野生動物研究センター、市動物園と連携▼教育体制への批判多く:京大学生生活白書▼複眼時評:システムキッチン→藤原辰史氏/大きな素数の世界新記録/高学歴ワーキングプア▼iPS知財管理会社設立:創薬で実用化目指す▼京大と立命館、名古屋でオープンキャンパス▼新規タンパク質を発見:疾患の原因を分解▼iPS、初の国内特許▼理、博士課程に経済的支援:授業料負担ゼロに▼新連載・拝見、研究室の本棚:水野真理准教授▼益川名誉教授講演▼文学部に石像出現?:ローマ時代の美▼素粒子論研究室の河合教授に聞く:ノーベル賞の小林・益川理論→のちに訂正・再掲「多くの誤り」▼野生動物研究センター長インタビュー 大学運営▼大学院の「壁」緩和へ:東大・早慶と協定▼キャンパス全面禁煙に:規程は作られず→京大雑記:3か月たってまだ吸っている人がいる▼高さ規制例外1号は京大病院新病棟▼ボックス棟予定地から遺構出土:鎌倉時代の住居跡?▼話せる図書館:「環on」開室▼京大ホームページリニューアル▼次期総長に松本副学長:工学系が制す▼国際交流目的ホール竣工:留学生の交流の場▼図書館大規模改修へ▼キャンパスポンド:堀田池▼みやこめっせで入学式?:体育館のキャパでは耐えられない→大学関係者「昔に比べ保護者がたくさん来場」▼成果第1号は京大マンガ:精華大と連携協定▼松本総長インタビュー:「私は戦略を示す」▼新ボックス棟お披露目:もはや廃墟ではない▼尾池前総長退任インタビュー→総長の役割は「壮大なクレーム対応」▼稲盛財団記念館が竣工▼中川翔子さんラジオ公開収録:京大は「のどかな雰囲気」▼副理事・理事補を設置▼初のスーパー特区:京大から3件▼京大職員、殺人で逮捕 学生▼京大雑記:卒業旅行、人気はイタリア▼5回生からの大学:留年ことはじめ▼ボックス棟使用規則、規約違反の処分をめぐって結論に至らず:B連総会開催/22時以降可、すなわち24時間使用可の旨は確認、学生部職員の声をふまえて時間外使用が想定できる場合は申請する旨も確認▼京大美術部ルネ展▼ルポ:吉田寮祭ヒッチレース▼京大生の足、自転車:なぜ渋滞起きる▼鳥人間コンテストに懸けた夏▼防犯カメラ設置の熊野寮で起きていたこと→監視カメラ報道の違和感:院生寄稿 文化▼広島カープ・宮崎投手インタビュー:社会人10年へてプロに▼百万遍カレー戦争:スパイシー/こあの助/ラジュ/総長カレー▼翻訳者に聞く「三国志」の読み方▼インタビュー:笙野頼子氏/マンガ家・山田玲司氏/小説家・谷崎由依さん▼教習所特集:24時間耐久でロードムービーを見てみた▼こくばん:活字離れに歯止めをかける媒体の一つが日記/個人ブログやミクシーを利用する京大生も少なくない▼映画評『靖国』『おいしいコーヒーの真実』▼障害者として尊厳ある人間として生きる▼連載小説:吉村萬壱氏、文学賞受賞作▼ユージン・スミス写真展▼正しいナンパの待ち方▼正しい大麻栽培の仕方:捕まって始まる新しい人生▼国際シンポ:世界の中の源氏物語 広告▼セキスイ広告記事2頁
2009
新聞社▼文学賞最終選考評:吉村氏「バラエティに富んでそれぞれおもしろい」若島氏「前回は吉村さんしかいない感じだったが、今回はそんなことはない」▼留学生向けに、一つの試みとして英語版を号外発行する▼晴耕雨眠:講演なんて儲からない→やめて焼き芋の出店でもやったらどうか▼京大新聞主催11月祭講演会:鼎談・IT時代のジャーナリズム→佐々木俊尚×岡留安則×佐藤卓己 時事▼新型インフル、京大でも感染確認▼臓器移植法改正を考える:法・位田教授▼新型インフル、学内で感染拡大▼11月祭企画紹介:PHP研究所所長と京都市長対談→武士道サークル立志会主催 教育研究▼アカハラ確認できず:工院生自殺、調査結果▼語学クラス再編:35人で迎える新時代▼放射線治療で医療ミス▼〈研究ノート〉無機超伝導研究の魅力と可能性/日本法制史▼京大の法曹教育:変わるのは定員だけでよいのか▼伝え語るパレスチナ:広河氏講演会▼博士定員削減へ:文科省、国立大へ要請▼人文研対談:21世紀の音楽批評→カノン崩壊後いかにあるべきか▼山中教授に米医学会最高賞▼高槻農場、移転決定▼講演会:人はなぜ笑うのか/学術会議会長ら▼ノーベル賞・南部氏来学▼第一次大戦と中国:人文研共同プロジェクト▼アホウドリ再生の道▼追悼:レヴィ=ストロース→出口康夫准教授の談話ほか▼旧帝・早慶学長、予算削減に抗議:各学会も「事業仕分け」に異論▼春秋講義で松本総長が講演「科学の発展なしに人類は生き残れない」 大学運営▼学習室24開室▼学生座談会:大学×防犯カメラ→当たり前の光景になる前に考えるべきこと▼雇い止め抗議でスト突入:非常勤雇用期限問題▼クラシス全学展開準備完了か▼地裁、時間雇用組合に仮処分→雇い止め条項撤廃と待遇改善を求めて座り込みしていた組合「ユニオンエクスタシー」に対して「くびくびカフェ」にて占有移転禁止の仮処分決定書を手渡した→その後提訴→組合敗訴、裁判費用を負担▼京大病院医師、傷害で逮捕▼附属図書館改修終了:3階刷新▼吉田南構内再整備案▼京大生協、CD店頭販売終了▼留学生数、10年後に倍増へ:「教育の国際化」加速か▼5年条項・私の視点:法・高山佳奈子氏▼ルネ別館閉館へ▼ルネ改装:自転車コーナーなど新設▼教員辞職「学生との不適切な関係」:情報公開のあり方に疑念▼白眉プロジェクト始動:期待の若手へ研究専念の環境▼人環図書館の玄関リニューアル▼東京オフィス開所▼学生証、ICカード化:生協の組合委員証機能も▼時計台地下にカフェ:タリーズコーヒー開業へ 学生▼大学生のしごと絵図:郵便局、児童館、中華、引っ越し、コンビニなど▼法学部生、大麻所持で逮捕→無期停学▼『京大俳句』復刊目指し句会▼映画「鴨川ホルモー」完成:劇団ケッペキや吉田寮が協力▼新吉田寮めぐり予備折衝:寮自治会「新A棟」に前向き▼吉田寮横学生集会所のサークル、移転案浮上:西部講堂南に代替施設▼LGBTサークル結成▼北部夏祭り:日本酒に舌鼓▼サークル棟完成:11月から引っ越し→07年12月開始の工事大詰め、02年に計画浮上、08年10月にA・B棟が完成し15団体が移動、その跡地にC〜E棟を建設▼経済4回生、薬物所持で逮捕▼時計台に登る:熊野寮祭▼iGEM、京大チーム銀賞獲得 文化▼正しい頭突きの仕方:慎重にしかし躊躇せずに▼ルネベスト『京阪神珈琲の本』▼未来フォーラムで平野啓一郎氏語る▼タダで楽しむ京都の秋:30分皿洗いすれば食べさせてくれる王将出町店▼映画評:松本人志『しんぼる』 広告▼センターリサーチ:駿台40万6千人、代々木41万3千人