【連載第十一回】京大新聞の百年 大学改革を注視、硬軟織り交ぜ紙面化
2024.07.01
84年8月16日号
目次
拾い読み⑩ 「ミーハー」的に手広く(1984〜1993)聞き取り⑤ 「大学新聞の意義 示せた」 1990年代在籍者に聞く
拾い読み⑩ 「ミーハー」的に手広く(1984〜1993)
前回に続いて「拾い読み」を2頁にわたって掲載する。前回は83年12月まで振り返った。今回は84年1月から93年12月までの紙面から、一部要約しつつ記述を抜粋する。
この間、号外2号を含む223号を発行した。「編集部より」と題した欄で発行が遅れた旨をたびたび詫びているものの、新規の連載を多数組むなど意欲的な紙面展開を見せている。話題としては、学内外、さらには海外のできごとも取り上げている。
1984年
新聞社▼編集部より:入社して驚いたこと→部室の建物が綺麗、皆が時間を厳守する、先輩方が朗らか/新人が何人か入社→感覚に隔たり・若い人についていけない▼新入生特集号の販売妨害を糾弾:紙面紹介用紙を破られ新聞が持ち去られた→謝罪し弁償せよ 時事▼戸籍と国籍:何故「押捺拒否」か→逮捕された金氏の寄稿▼特集・第三世界→編集部:国際化の意味を問いながら連帯を考えたい▼トマホーク配備:工学部3回生寄稿/編集部:意外と知られていないのではないか▼雇用機会均等法→編集部:マスコミでは皮相に語られる/より広い枠組みで考える▼就職への提言:全共闘世代とつき合う方法▼激動のエルサルバドル→新国家建設を目指し▼企業人の日記:北陸銀行員▼原爆の図展と市民運動▼学生5名デモで逮捕:京都府警、全斗煥来日の布石、反対運動に事前弾圧→写真で見る:6これが機動隊の暴力→来日当日ルポ:戒厳下の首都▼宍道湖・中海淡水化計画→編集部:京大学閥の関与は▼講演会:原発は軍事化する▼狭山事件再審の最終局面:新証拠に動揺する最高裁 教育研究▼脚光浴びるバイオテクノロジー:なぜ国策として進めるのか 大学運営▼寮生追い出し執行:鴻池寮封鎖▼特集:学園の管理強化→全国アンケート/65大学の団体に依頼、25件回答/筑波大:新聞会は不許可、理由は「許可制に例外つくれない」→許可制=検閲を示唆/熊本女子大:当局が学生新聞局に「ゲラ刷り見せろ」要求/岡山大:男子寮に入寮募集停止▼芦生ダム計画・演習林長が本調査拒否▼芦生問題とは:過疎と開発/大学は建設に迎合▼新附属図書館、開架書庫の拡充:違和感ある入館チェック▼生協食堂レジ化▼図書館を考えるシンポ:コンピュータ国家管理▼ステッカーで汚れた壁を美化:学会に向け学生バイトを雇い▼複眼時評:学寮について思うこと→今日ほど必要性が高い時代はない 学生▼アメフト初代日本一に:京大、社会人チームに辛勝▼自治会なき阪大新稲寮▼全国キャンパスだより:筑波大、学園祭まで大学の監督の目▼座談会・浪人、現役どう違う:1~3回生7名が参加▼イベント情報→アムネスティ映画会、吉田寮祭▼報告:北大恵廸寮入寮募集停止の暴挙:4条件全面撤回求め運動▼入学式、総長「国家社会にまず感謝」/長い式辞に新入生イライラ▼11月祭全学実、原理研追放決議▼七大戦:地元九大がV、京大は4位▼スポットライト:南米5千キロを自転車で走破の工3回生・久保君▼関西大学ラグビー京大Aリーグ復帰 文化▼ナカニシヤ4月売上▼試験が終わったら:京都観光案内▼映評:『風の谷のナウシカ』▼表現派芸術展が関西で目白押し▼書評:『Xデーがやってくる』/『ドナルドダックを読む』無意識下の洗脳隊・ディズニー▼コピーライターと〈贋金つくり〉:詩と資本主義/商品の関係が逆転→神戸市外大助教授▼劇評:ソフトな管理を批判▼こくばん:最近また流行し出したフラフープ
▼「管理社会化への警鐘」まえがき(84年1月1日号)
今、社会の隅々で着実に進行している「管理社会化」/強権的抑圧の下でその構造的矛盾を隠ぺいしながら、「人間」そのものを「社会」に合わせるべく、本来、人間がもっている豊かさが切り捨てられようとしている/コンピュータは今どう使われようとしているのか、「巨大科学」が権力と結びつけばどういうことが可能なのか、法改「正」の背後にはどういう意図があるのか、寄せ場労働者は、在日朝鮮人は、獄中者は、どのように管理されているのか、全国の学園の管理強化は……今の社会を微視的に見つめていけば、どうしてもひっかからざるを得ない〈事実〉があらゆる方面で拡大されている現実にあらためて驚かされる/まず〈事実〉を知らなければならない/キチっと整理して明らかにしていくことは、さまざまな形で今の〈流れ〉に抗している人々をつなぐ「交通手段たる」新聞にとって本来の使命の一つであろう。▼編集部より(84年6月16日号)
京大新聞は、一般紙とも、また単に学園内にその本拠を限定したものとも、明確にその性質を異にする。我々の理想とするのは、「闘うメディア」ーー抑圧される側に常に立ち、個々の現象にひそむ本質を抉り出し、運動の理論的補完や方向づけを行うメディアである。とはいっても、理想はつねに遠い。恥ずかしながら、現在のところ、ニュースを追うのに精一杯、いや洩れ落ちているニュースもあるとの批判は免れえないであろう。我々は、しかしなお、ニュースを書こうとする。事実を分析していく作業を通し、敵は誰か、いかに闘うかとの問いに、自身及び読者を対決させてゆきたいと思う。1985年
時事▼西欧事情18:イタリア→ちょろまかす銀行員▼アパルトヘイト難民に支援を:基金京都事務局▼こくばん:名誉やプライバシーの保護求め紛争起きている▼男中心主義の改革説く:上野千鶴子・平安女学院短大助教が新歓講演▼裁判への決意新た:阪大矢崎さん支援集会/当局の一方的解雇、立場弱い定員外職員▼徴税強行・京都市VS仏教会・拝観停止:古都全体に広がる波紋▼京大学生新聞インタビューに原理研と知らず対応:経済研助教授が釈明「今後は一切協力しない」▼最高裁による再審棄却を非難:狭山事件、府下学生ら集会▼ニカラグア経済封鎖を弾劾:中米革命連帯関西集会▼新たな「英霊」づくりを許すな!:靖国問題研究会▼東アジア反日武装戦線メンバーへの死刑攻撃を許すな:反対京都連絡会寄稿→「大逆罪」の復活、死刑は時代遅れ▼弁護士に聞く国家秘密法▼原理研また読書コンクール実施:学内浸透図る▼甲山裁判:完全無罪判決を勝ち取る→説得力ある判決、捜査当局の責任明らか▼脳死シンポ実行委開設→編集部:情に訴えて煽るマスコミに欠落した視点を掘り起こす→曖昧な脳死基準 教育研究▼遺伝子操作は安全か▼京大に医の倫理委が発足▼木材から発泡プラスチック▼ボパール化学災害の要因を探る 大学運営▼京大学術情報システム整備委が発足:全学電算化へ始動▼ルポ:田辺移転に揺れる同志社大→助成金目当ての移転、学長が団交から再度逃亡→起工式強行:学友会は阻止へ▼報告:京都女子大生寮の実態:門限を破ったら退学▼女性教官の実状:能力は同じで男女間格差あり/まだ男社会、女性の教授は4人▼教官座談会:皆と一緒になりたがる学生▼学生部、立て看板再撤去→編集部:表現の自由を守っていかねば▼女性の留学生専門職員誕生▼研修員は教授の奴隷か:文・女性差別を告発▼将来計画検討委の答申を批判するシンポ:文・学友会主催▼防衛医科大の東日本医科大体育大会への加盟を許すまじ:医学部動く会→反軍意識の風化▼NASAの博士、理学部へ▼危険性を帯びた生協法改正▼総長に聞く:寮問題「京大らしく対処」 学生▼寒いよサークル:教養部、石炭配給を停止→蓄えなく予算捻出も難しい▼幻の「早大第4次闘争」か:早大生報告→授業料値上げめぐり▼文化学術サークル案内:アマチュア無線部、狭山︱久世を闘う会▼探検部も海外へ登山隊▼室町寮:20年を1冊に『あゆみ』発行▼女子学生の就職意識:筑波学生新聞より転載→多い「結婚後は離職」、一息つくころ後悔も▼京大差別事件に対する見解:糾弾実行委寄稿→「障害」真似る京大生▼文学部で学生部団交:授業料免除めぐり▼11月祭仮装行列▼11月祭、『意思の勝利』がナチスのプロパガンダだとして上映中止→上映者はパンフで説明したと釈明/編集員の意見「中止は最悪」▼京産大が独走しV15、京大は4位:京都学生駅伝▼京大アマチュアボクサー大健闘 文化▼ドイツ表現主義映画点描:鋭角映像文化隆盛の現代に意義ある評価▼カンニングの現象学▼阪神劇的V(7か月後先取り)▼島田紳助インタビュー:大阪は金が無いから知恵で勝負や/「やっぱ京都が好きやね」▼海外演劇:南ア風刺劇▼私の勧める一冊:本庶佑『カミュ著作集』▼映評:『キリング・フィールド』描かれない「虐殺の背景」▼「月刊電柱ファン」:鴨川等間隔アベック→京の新名物に
1986年
新聞社▼座談会:京大新聞社編『口笛と軍靴』を囲んで 時事▼獄中からの声:死刑反対集会に寄せて▼犯罪報道への視点:マスコミの「筆加減」に左右される人権▼ピースボート道中記:カンボジア→家族の会話も取り締まり▼「円」新高値を追う▼京大反原発学習会:ソ連の事故で緊急集会→「日本は安全」論を否定▼大阪城公園で反天皇制集会▼〈検証〉原発の諸問題:ドラム缶60万本/反原発教官インタビュー▼教養部で映画『山谷』上映:寄せ場の闘い展開▼30年目の水俣病:研究会講演▼韓国労働の軌跡:日韓問題学習会▼国際化進む社内研修▼日本経済の動向:日本債券信用銀行調査部寄稿▼企業担当者座談会:ワコール、京セラなど▼複眼時評:違法駐車に手を打たず違法駐輪を撤去する京都市▼下北半島・自然保護大会▼チェルノブイリ後の欧州の惨状▼弁護士インタビュー:厳しさ増す治安立法の周辺▼京大教官の式典参加に抗議署名運動▼731部隊を描く上映会▼東京高裁を実力糾弾:寺尾差別判決から12年▼寄稿:外登法打破の地平▼狭山事件に新証言:証拠ねつ造▼精神衛生法改「正」:刑事法研▼越冬闘争の支援集会▼市政を問い直す:京都市長リコール対策事務局長寄稿 教育研究▼伸縮性に富む手術糸を開発▼著者に聞く:本庶佑『遺伝子が語る生命像』▼遺伝子発現過程に新発見▼フェミニズムなど議論:米英文学者講演 大学運営▼沢田総長退任式:学生らが抗議行動、職員が排除図り暴行→職員が学生を殴る蹴るの暴挙▼京大と東大、併願可に:京大にも「ミニ東大化」の波▼〈特集〉受験機会複数化→各学部教官に取材▼AB分け正式決定:5回受験も可能→32大学教官有志、実施延期求め声明▼ルポ:同大田辺開校▼連載・終末の光景:熊取原子炉▼芦生演習林、返還要求応じず:京大「学術的に高い価値」▼文・博物館新館完成▼討論会:「情報学部」を考える▼中央書籍部、西部食堂に移転か 学生▼吉田寮在寮期限に各学部で学生が反対の声▼女子寮祭:化粧講座や菓子販売▼吉田寮祭、家族連れなど鴨川レース見物▼自治療存続へ集会:全国から参加も▼七大戦7年ぶり優勝▼関西学生集会、中曽根訪韓阻止を連呼▼文・学生大会、議案書すべて可決:大学再編許さぬ▼新寮獲得へ集会:吉田寮自治会、座り込みも▼京大アメフト学生日本一に 文化▼埼玉県人がみた京都:異常な寒さ暑さ、守ってほしい交通モラル▼ニーチェと現代:シンポ報告▼書評:医療制度の病巣を抉る/『望遠鏡から見た世界』/『現代マンガの全体像』/『女という快楽』▼ギリシャ・トルコ紀行:蜃気楼の彼方から▼映評『チャップリンへの逆説的な愛』▼音楽と政治のプラトー:新天皇主義文化批判のために→編集部:音楽に社会問題が突出▼こくばん:嫌煙ブーム▼映評:『解放の日まで:在日朝鮮人の足跡』 広告▼全国家庭教師派遣協会
▼京都大学新聞に御注意!(86年3月1日号)
※原理研への注意を促す記事のパロディ風に書かれた紹介記事京大新聞は無神経である
85年12月16日号の西島新総長のインタビュー記事は、選挙の1か月後、就任3日前というせっかちさ。多忙をきわめる同氏にインタビューを申し込むとは、なんという無神経であろうか。
京大新聞はミーハーである
就職雑誌『京大生への提言』で、『殺される側の論理』などの著書で有名な本多勝一・朝日新聞記者、『必殺シリーズ』などを制作する山内久司・朝日放送ディレクターに取材、昨年の受験生号では漫才師の島田紳助氏にインタビューした。テレビにもしばしば登場する森毅・教養部教授、『構造と力』などの著書で「A・A」現象を世に巻き起こした浅田彰・人文研助手など学内の有名人にも目を光らせている。
京大新聞は予言者である
85年の受験生特集号では「阪神劇的V」なる記事を掲載。受験生諸君は目を白黒させたが、「大阪の恥」とまで罵られた阪神タイガースは現実に優勝してしまい、今では京大新聞を「予言者」として崇める動きが出てきている。京大新聞はこれを機に自らを神格化しようと企んでいるとみられるが、この件で京都テレビの取材を受けた編集員は緊張のあまり声が震えてチビったとの情報があり、「神格化」は起こり得ないと予測される。
京大新聞は権威主義である
定期講読案内には冒頭に沢田敏男総長、次頁に加藤幹太学生部長の推薦文が掲載されている。他にも京大新聞を推薦する各学部の教授が多く名を連ねている。
1987年
新聞社▼矢張二郎「緊迫と苦悶の48時間」:『サクセスブック』に掲載した浪人体験記が反響、ファンレターや会いに来る高校生まで 時事▼「君が代」テープ配布問題、法廷へ:訴訟経過報告▼水道敷設ないウトロ地区▼総合公園計画に「待った」:京大びわ湖研究会▼韓国民族民主運動の発展:在日青年同盟▼複眼時評:帰路に立つ中国▼「障害者」解放運動の現在:全障連副幹事インタビュー→編集部:現代社会の本質を考えることにつながる▼社長はかく語る:聞き手・8大学新聞▼〈討論会〉治安立法にひそむもの:医学部新聞会部員、刑法「改正」関西実行委、医学部動く会会員→エイズ予防法、国家秘密法、外登法、監獄法、精神衛生法▼講演録:アウトノミアと脱構築戦略▼大国インドネシアへの独立闘争:東チモールの独立に連帯する会▼部落解放研が旗上げ▼エイズから社会を見る:医学部新聞会主催シンポ▼女解研学習会:性暴力は告発されにくい▼不屈の民ウチナンチュー:天皇訪沖をひかえた沖縄▼講演会:死刑に抑止効果なし▼原理研講演集会:勧誘活動の一環か▼私たちは就職協定を守ります:239社声明▼韓国当局、元京大留学生をスパイ容疑で起訴▼西船橋事件の女性差別▼白人議会に終止符を:南ア問題研究会▼部落解放研の立て看板に落書き▼〈緊急特集〉天皇・裕仁:来るべきXデーのために▼天皇の戦争責任:京大名誉教授▼文学部1週間スト▼天皇訪沖阻止闘争が高揚▼琵琶湖の危機:アオコ大発生▼緊急特集:韓国の現在→大統領選挙を受け▼甲山偽証罪裁判に完全無罪判決 教育研究▼ダイエットに辛味が有効:農・栄養化学教室発表▼未来はプロペラ新時代:航空工学科助教授 大学運営▼京大、学研都市参入へ:同学会など反対表明▼京大原子炉、計画見直しへ▼受験機会複数化で合格者増▼共通一次導入を振り返る:予想されなかった輪切り現象▼女子寮職員、夜間のみ補充配転▼新学部設置を検討:教養部改組へ▼京大自然史博物館具体化へ▼熊野寮に不当捜査、ステッカー貼りに軽犯罪法適用→同学会、弾劾アピール▼今年の入学者:関東勢が大量進出▼警察、無届で構内乱入▼生協「卓上メモ」300回:内容に工夫こらす▼教養部に点字ブロック設置▼西部で入構規制実施▼東大・九大寄附講座設置へ:強まる産官学連携▼授業料免除願書交付遅れる:印刷の遅れ▼臨教審最終答申を読む:阪女大教員→編集部:「美辞麗句」を取り去ってもらう▼京大90年史編集開始:京大新聞も協力▼「京大に立派な劇場を」:総長、将来構想を表明▼アスベストで西部生協会館封鎖 学生▼〈軌跡〉杉本寮の行方:激動の1年▼春の珍事、キリンの落書:壁一杯に一夜で完成▼フィリピン学生、授業で交流▼増えるチャリ族を追う▼アメフト京大V2→ライスボウルも制し日本一 文化▼教官インタビュー:2次試験はギャンブル、気楽に臨もう▼「極」私的「うる星」論:高橋留美子の世界▼書評『電子国家と天皇制』/『国家秘密法は何を狙うか』→写真も撮れなくなる?/『森の仲間たち』→最近ブームの自然写真▼映評:『未来世紀ブラジル』▼こくばん:マンガをビニール袋詰めで売る本屋が増加▼ついに出た電子辞書▼教官対談:酒の飲み方▼対談:谷川俊太郎×山中康裕
1988年
新聞社▼11月祭で新聞販売ボックスにゴミ→塗装して見た目をきれいに 時事▼エイズ予防法案を考える・大阪ゲイコミュニティ:法による性道徳の規定を許すな▼やってないのに死刑:道庁爆破事件裁判▼沖縄読谷村「日の丸」焼き捨てを語る▼過去ではない水俣・対チッソ自主交渉へ▼学生数百人・機動隊を学外に実力排除:抗議の学生を不当逮捕/公安刑事が車両番号のチェックも→中核派学生部隊が革マル派部隊に襲われ、京都府警本部が通報を受けたとして機動隊約300人動員▼京大女子学生の就職意識インタビュー:男子の方がOBから電話があるなど露骨に不利/DM請求の葉書が返ってこないことも▼緊急特集「廃炉の時代」の到来:原子力産業の誤算▼検証・Xデーの舞台裏▼見えてくる経済性優先:アスベストを追放しよう連絡会▼原理研:暗躍する国際謀略組織▼経済評論家寄稿:強盗とパン屋はどこが違うか▼全国で家宅捜索の嵐:市民運動家が狙い撃ち▼冬枯れ散策京都:鴨川▼ルポ・精神医療の開放化▼白保新空港の現状と問題:強引に進む着工計画→編集部:空港建設が国家の軍事戦略に基づく以上、楽観できない▼連載・教科書裁判が問うもの▼連続特集・ばいばい裕仁:今こそ天皇制にかわる新しい原理を▼労基法の改悪を考える・『新地平』より転載 教育研究▼新テスト構想:何が新しいのか→「能力主義」こそ再検討を▼東大・京大2次問題予想▼法・来春は数学抜き二次試験 大学運営▼市内で大学を狙った放火連続▼国立大入学金値上げか▼過去最多55名が退官▼学生部長が確約を破棄:熊野寮トイレ補修めぐり▼機動隊・独自判断で乱入:教養部長の抗議を無視▼京大原子炉、今度はトリチウム漏れ:1年以上放置▼新春特集:検証・京大の将来設計図→シアター、博物館、高層化▼西部サークル棟全焼:出火原因は不明、14団体の部室が被害▼揺れ動く入試:京大、分離・分割(前後期)方式導入 学生▼おめでとう日本一:京大アメフトはなぜ強いか/監督に聞く▼「らいふすてーじ」掲載文に吉田・熊野寮自治会が抗議→「学寮を寝床に」との記述は「自治会活動の否定」と批判▼こくばん:学生は「若いうちに何かやっておけ」という脅迫の中に置かれる▼アメフト部3連覇阻まれる▼12月祭:教養部で開催▼吉田寮・団交要求の集会開く/「廃寮許すな」の署名運動を開始▼「将来計画検討委」路線の批判点:同学会書記局▼京大越冬実結成▼受験生の夜食特集▼西部火事・被災サークル活動再開▼西部講堂はアングラ文化の拠点:西連協▼地塩寮・電気24時間ボイコット:関電のナミビアウラン密輸に抗議▼連載・西部空間を考える:火災から焼け跡ライブ▼冬の珍事:時計台前にクリスマスツリー 文化▼こくばん:芸術作品に「女性とは観られるべき存在」という考え/ミスコンの背景にも▼マイケルと私▼紅茶の起源を辿り宋と出会う▼書評:『フーコー』を読む/神戸市外大教員▼書評特集:ビキニから「ポスト核抑止戦略」へ
1989年
新聞社▼京大新聞に来ないかい:文章好き、酒飲み、事務好き、現代思想かぶれ、カメラマン▼編集部より→発行が1か月近く遅れ、猛省し正常化に取り組む 時事▼特集・ばいばい裕仁:CRY DAY EVENT成功▼浦和地裁、竹本氏にほう助罪の有罪判決→控訴へ▼鴨川ダムの問題点:京大びわ湖研究会▼教育にも消費税が:強まる経済的圧迫▼オーストラリアの反核運動▼地上げ反対の集会:ウトロ地区▼企業ルポ:東海旅客鉄道/中央リニア構想へ▼シンポ:中国はどこへ▼教科書裁判が問うもの:731部隊とは▼製薬企業の犯罪:訴訟原告による解説▼企業DMにCD・ビデオ登場▼ルポ:フィリピンにおけるODA→住民を虫けら扱いの開発▼ナミビア選挙で京大生が民間監視団に参加▼複眼時評:夫婦同姓に疑問→国立大では通称使用が認められない▼鴨東線(三条~出町柳)10月開通→三条の自転車置き場屋「京大生が3分の1に減った」/鴨東地域が打撃、出町柳は盛況 教育研究▼「総合人間学部」構想発表:教養部を廃止→特集:編集部「取材をもとに問題点まとめた」→教養部は「高校の延長のようで面白くない」との声→教官の安易な授業、学生の受け身の態度も問題/学生・職員も含めて話を進めるべき▼教養部は自転車でいっぱい:語学教室の密集が原因、教務係「時間割組みやすかった」▼学部の授業登録を電算化:「二重登録」取り締まり可能に▼文学部は二重登録チェックせず▼全学部で分離分割方式に統一▼霊長研からチンパンジー逃走、小学生に噛みつき翌日やっと御用▼肺移植目指す勉強会設立▼京大病院の体外受精胎児が2例続けて無脳症と診断・中絶と報告 大学運営▼国立大授業料値上げへ→今春すでに33万6千円へ引き上げ、消費税導入でさらに負担増▼吉田西寮撤去:空地にプレハブ→寮生「自主管理の発展を」▼中央食堂改装:明るくなった▼教養部当局、ステッカー貼り規制▼学生ボックス「尚賢館」全焼:原因不明→跡地は自転車置き場▼熊取原子炉、運転再開:住民説明会開かず 学生▼4寮紹介▼軽音楽部の軌跡▼こくばん:東京は坂が多い/3回生までに単位を取り就職するあり方には不満▼教養部に学生が小屋建てコーヒー提供:学生掛「困るので勧告したが、すぐに取り壊すことはない」→のちに学生が撤去「やることなくなった」▼中国人留学生が集会:戒厳令に抗議▼原理研の京大学生新聞が、教養部当局の持つ全新入生の住所を閲覧して書き写す許可を得た→学生有志が当局に抗議、許可保留の確約を得た▼経済・新歓実シンポ:ポスト80年代を考える:浅田彰・上野千鶴子ら▼11月祭実行委で恋人リサーチ問題:現金と引き換えに女性の情報を渡す模擬店→審議の小委員会設置→C実(教養部)で禁止決議→P実(教育学部)で再議論→当日出展され批判も(※各学部実とC実を合わせて全学実)▼京大サッカー・アイスホッケーが関西1部昇格▼大文字山ゴルフ場建設:計画の白紙撤回 文化▼特集:なさけなさの系譜学▼ぐるっと京都:170円市バス小旅行▼映評:『ハーヴェイ・ミルク』→70年代ゲイ解放運動が放つ個性▼新刊紹介:『JRの光と影』▼高麗美術館探訪▼書評:『全共闘経験の現在』▼岸和田・地車祭:祭り中心に生活動く▼ナカニシヤ書店閉店:取り扱い教科書は生協に引き継ぐ▼海外ミニ通信:オスロ編→ノルウェー唯一の若者の自主管理空間 広告▼でんわの藤本▼家庭教師研究会▼一番ラーメン▼住友クレジット▼日本銀行▼光悦教習所▼デンカ▼JPモルガン▼増永眼鏡
1990年
新聞社▼工繊大新聞・同志社学生新聞局と共同でイベント開催:「メディアを探るクロストーク」▼『権力にアカンベエ』1600円:京大新聞編集部が見た「昭和史」▼『就職専科』本年度も発行→「京阪神3大学の4回生にDMで届く▼編集部より:言い訳できないほど発行が遅れている/12月号より受験生特集号を先に発行した 時事▼原理研の活動と実体:40日間の合宿▼新連載:バングラデシュルポ→いつも生ゴミが放置▼終われない水俣展▼海外ミニ通信:スペイン▼寄稿:反アパルトヘイトのこれから/南ア問題研究会→編集部:マンデラ氏釈放も手放しに喜べない▼転換期における日本とアジア〈最終回〉→編集部:「国際化」の虚実をどう照らし出すか▼甲山事件差し戻し判決抗議集会▼就職戦線早や「内々定」も▼フリーターをさぐる:理由や形態は千差万別▼シンポ:天皇制→「うまくできた制度」「国民が壊さなかったから存続」▼新連載:臓器移植を問い直す→編集部:解禁してよいか吟味/滋賀医科大教授「自分のことを自分で決めない日本人」▼新連載:地下にわだかまる余熱→ルーマニア滞在記/編集部「新政権の内実を知るうえで有意義」▼原理研、ソフト路線に変化:新聞のバラマキも再開▼梅田地下街、新聞販売店撤去に惜しむ声▼京都府、鴨川ダム建設を断念▼シンポ:差別と日本社会→被差別部落と仕事▼フィリピン民主運動はいま:交流センター寄稿▼共同作業所紹介→編集部:障害を持ちながら積極的に周囲と関わり生きる人がいると聞き、うかがった▼中東派遣問題で京大職組が要望書▼ビルマ「民主化」学生の軌跡:タイ国境を訪れた京大生インタビュー▼新連載:歴史から「現在」を照射する→編集部「アジアの人々の流入が始まる時代展開をどう認識するか」▼割り箸から消費生活見直しへ:学生寄稿 教育研究▼初のセンター試験実施▼帰国子女入試を考える:通用しない偏差値の価値観▼パソコンで原発事故の被害予想:京大原子炉助手が開発▼医の倫理員会:生体肝移植を審議▼舞鶴ヘリ基地建設に反対:農・水産実験所が要望書▼教養部当局が大学改革を考えるシンポ開催▼連載・教育の不自由:ペーパーテスト入試の功罪▼数理研森教授フィールズ賞▼教養部改革始動:人間・環境学科設置へ▼複眼時評:文学と経済学の間 大学運営▼京大を建てた人々:学内建築めぐり▼大学のランク付け促進した共通一次、私大巻き込むセンター試験▼KUINS第1期計画が完成:学術情報を電話回線で処理→解説:進む情報の一元管理/文部省の政策に則る→「予算が下りそうな研究を」という傾向が強まる危険性▼TOPIC:落書きに当局が貼り紙「言いたいことがあるなら話し合いに応じる」→「ほんとか?」の落書きが加わる▼A号館夜間ロックアウト計画→学生の反対で回避▼倫理委、生体部分肝移植を承認→解説:脳死問題を避けられる利点→国内で2例目の実施▼移植の2児死亡:要求される術後管理▼薬学部、入館時に指紋識別装置使用▼連載:公園の風景・鶴見緑地公園→編集部:公園を媒介とする問題を考える▼学内に機動隊導入:総長室占拠の学生を退去させる▼教官有志、即位儀礼に合わせた日の丸掲揚に抗議▼京大学術出版会スタート 学生▼再生紙リサイクルへ:牛乳パック回収委員会寄稿▼経済自治会が団交:カリキュラム変更めぐり▼最後の杉本寮祭に京大生有志熱演▼サークルスポット:放送再開が楽しみな自由ラジオ/エスペラント語同好会→真の国際語目指す/賀茂川鳥類調査グループ▼工・新歓実講演:環境はなぜ壊さるのか▼熊野寮に警察の捜索、公務執行妨害で学生逮捕▼西部講堂前で焼跡ライブ▼熊野寮、寮食堂存続めぐり抗議 文化▼こくばん:手書きの年賀状は十人十色、最近流行るワープロはつまらない▼書評:『沈思』文化大革命の凄絶な証言/『病院で死ぬということ』医師によるガン患者の描写▼インタビュー・辻元清美さん:ピースボート主催者▼CD評:寂しいメジャーデビュー・上々颱風▼こくばん:「踊るポンポコリン」が空前の大ヒット▼教員書評特集▼女問研が抗議「差別を助長」:映画部上映会、会場変更
1991年
新聞社▼京大サクセスブック・フレッシュブック▼筑紫哲也氏新歓講演会→入場300円、購読者は無料 時事▼湾岸戦争・揺れるもう一つの国境線:トルコから帰国のフリーライター寄稿▼美浜原発抗議集会:細管破断事故の解明求め▼ネグロスの現状:劣悪な環境→医師一人あたりの人口5万7千人▼バングラデシュを往く:ODAの現場へ▼TOPIC:祇園祭▼原発停止訴え僧侶が行脚▼新連載:アジア民衆法廷準備会寄稿→編集部:最近次々と起こる戦争責任追及の動きが持つ意味は▼甲山事件、上告審はじまる▼新連載:ウトロ裁判と戦後補償→「ゼロかマイナスしかない裁判」▼新連載・「唯一性」を超えて:ソヴィエトが共産党解体で失敗/博士学生寄稿▼アメリカ障害者法と私達 教育研究▼姑息な受験テクニックなんて不必要だ:確率論的入試論▼数学で出題ミス▼人権問題講義設置へ:当局が検討▼アジア研究の系譜2:東亜新秩序の研究で出発した人文研▼退官教授インタビュー:教養部上田教授「逃亡と書かれるのが嫌で団交は全部受けた」▼教官に聞く:教養部は絶対に廃止すべき/よくなる保証はない/理念があるうえで文部省に合わせ表向きだけ組み替えた▼工学部、環境地球工学専攻新設▼教養部教官、「クラス入り」規制乗り出す→例年春先に中核派の学生が授業中に教室へ入り天皇制打倒など訴える→今年は教官が退室促す事態が頻発→学生が教授会議場に入って抗議▼教養部改革の行方:西島総長に聞く→独立研究科設置「理念の一つの表れに過ぎない」/教養部長に聞く→「自分の弟子を育てたいという素朴な動機」▼工学部工化科、二重登録チェック開始:他学科「規制の予定なし」▼医、今年度入学生から仮進学なし▼文学部、文化行動学科新設▼消えゆく湖の調査へ:京大教授らカザフへ▼「国家プロジェクト」が「オオタカの里」を飲む:学研都市西木津地区▼法・専門科目重複受験制限へ 大学運営▼京大トイレうんちく学▼評議会、京大のエンブレム制定→庶務課職員が考案▼生協組合員証を磁気カード化▼教養部図書館、入退館時に新システム→附属図書館と同様、利用証を挿入してつっかえ棒を押し回す/導入費用は1千万▼西部で車両入構規制:管財課「『本来の業務』の履行」▼生協書籍月間ベストセラー▼教養部廃止、新学部設置決定:来年度発足▼授業料銀行支払い可に:従来は時計台の収入掛の窓口支払いのみ▼医学部病院、駐車有料化▼生協組合員センター、原爆資料館に建て替え▼どうなる東大駒場寮・三鷹寮:新寄宿舎構想▼返還反対の署名提出:芦生ダム反対連絡会 学生▼学士山岳会救援活動断念:記録的な豪雪→隊長「周到な計画、それでも事故は起こった」▼熊野寮自治会と当局合意:寮生経費負担で炊夫補充▼半確信犯が多数?:大量留年者の怪▼宇治植樹祭反対集会▼サークルスポット:さだまさし研究会/パッパラパー同好会→集まってイベントを企画▼新入生アンケート:千百名余り回収/京大志望理由「自由の学風」32%▼野球部、連敗42でストップ▼11月祭特集:バブルブルブルはじけてボン→剝ぎ落された「神話」/講演各氏インタビュー▼11月祭で使い捨て皿やめませんか:牛乳パック回収実行委寄稿▼教養部廃止へ教養部スト実、公開質問状 文化▼鷲尾いさ子と西田ひかる▼どぶろくの作り方▼複眼時評:若島正→今から20年後、京大新聞で会おう▼アラブのあぶら:西部講堂ごった煮のステージ▼音楽評論家・北中氏インタビュー/レコード店紹介▼連載・公園の風景:鹿児島・磯庭園/長崎平和公園▼書評:カフカとサーカス▼市美術館、ミレー展▼書評:『ゲイリベレーション』/『ムー大陸の謎』/『キャッチフレーズの戦後史』▼映画評:竹中直人初監督作品 広告▼日経アドレ創刊号▼公認会計士協会▼介助者募集:森永ヒ素ミルク事件の被害者
1992年
新聞社▼社告:西部構内にトラックは似合わない→構内活動に補償のない限り今計画案の遂行は認められない 時事▼朝鮮人強制労働の本質:調査団事務局長寄稿▼越冬から日常へ:釜ヶ崎闘争報告▼理系金融マンの実態▼マスコミ就活体験記→重箱の隅つつく一般教養▼長崎市長インタビュー:「戦争責任発言」から3年▼薬害としてのエイズの側面→編集部:最近の報道が差別に拍車をかけている▼ベトナム終戦後17年:東南ア研助教授インタビュー▼中国の改革開放の現段階:桃山学院大講師▼バブル崩壊後の行方:京大経済研助教授インタビュー→長期的に見れば安定▼PKO法案反対の声あがる:関心の広がりいまひとつ→派遣違憲訴訟弁護団寄稿:内政干渉の危険大▼「唯一性」を超えて〈最終回〉:全10回、ソヴィエト・ラテンアメリカの社会を分析▼原爆展を語る会開催▼ウトロ・フィールドワーク:変わらぬ暮らし▼パレスチナ解放機構駐日代表が講演▼マレーシア・サラクワで見てきたこと:4回生講演→先住民の土地が国家に取り上げられる 教育研究▼新連載:一般教育の行方→編集部:一般教育が軽視される傾向▼増え続ける書物:文・図書館、一部は「疎開」▼多くの学部で大学院重点化▼脳死移植、手順は未定:京大倫理委員長インタビュー▼複眼時評:今西錦司の死に臨んで→無機質なダーウィン進化論を批判 大学運営▼新総長、井村氏に聞く:「社会に開かれた大学めざす」▼農学部倉庫全焼▼視覚障害を持つ京大生に聞く→京大にとって初/点字の図書や音声ワープロを備えたパソコンを大学が購入してくれた▼北部も車両入構規制へ▼西部構内に工事用道路計画▼法学部、法経北の夜間入館を規制へ▼本部もゲート設置の動き▼西部トラック問題の団交決裂:学生が音楽流し学生部側が激昂「お前らこれでいいんだな」→学生部長に聞く:「工事強行する意思はない」→ルート変更で決着、確約書を引き継ぐ旨を確認▼ライス値上げなど討議:生協総代会▼飛び級導入し5年一貫教育へ:連載・工学部改組の動きを追う▼万波・新学生部長に施設問題を聞く:「学生の自主管理の方がいい」▼経済・団交:監視カメラ導入に反対→代替案検討へ▼生協中央食堂、プリペイドカード方式実施される▼ゲートが辿った道:研究での車使用に不便▼教授会から助手を排除:総合人間学部、学部化に伴う措置/背景に他学部の圧力?▼機械系実験棟、新築→『AERA』で老朽化を報じられ予算が組まれた▼錯綜する文学部建て替え構想▼旧教養部建築構想:部屋不足解消進まず 学生▼バイトのお話:KBS京都/祇園祭巫女/受水槽清掃員/モグラ男▼パンダに振袖華やかに:卒業式▼英会話は必要?:多くの京大生は意識薄く▼教養部廃止後、どうなる宿泊研修の存続▼新入生アンケート:「自由な学風に惹かれた」57%/1202人回答▼休学ノススメ▼11月祭、桜田淳子講演会企画される:統一協会員の学生が提案→認められず取り下げ▼NF中に産学共同企画:全学実が非難決議→中止へ▼文学部、スト要求通り団交実施:学生控室の存続決まる▼NF企画紹介:写真展・スラムの子どもたち/点字の展示/ネグロスに生きる▼NF中の使い捨て皿使用禁止宣言▼吉田寮、再度の団交で確約:寮生の自治運営を約束▼京大鉄研、『叡山電鉄』出版 文化▼飲食店紹介:クラークハウス/フジ▼お土産ガイド:京都饅頭天国▼怪人二十面相試論▼京都美めぐり:素朴で温かな民芸品/京都民芸館▼鎖国時代に世界レベルの地図:文・博物館企画展▼エスニック映画のすすめ▼ボガンボス無料コンサート▼フィルム&ブック:『蜘蛛女のキス』をめぐって/理3回生・河田学▼スキタイ黄金美術展▼映画紹介:『1492』→好意的に描かれるコロンブス▼東大名誉教授映画評 広告▼ヤンマー学生懸賞論文▼京都レジャーランド→コンパ3千円
1993年
新聞社▼『V・O・K・U』→創刊2年目の総合情報誌/定期購読・年2千円 時事▼シンポ「コメ輸入自由化」開催▼かんぼじあ通信:国連ボランティアの便りを転載▼不況の波に抗する釜ヶ崎:日本最大の寄せ場▼内定取り消し企業に報告義務▼皇室報道の犯罪:共同通信記者▼意外といいかも?公務員就職:今春就職の卒業生に聞く▼NGO「就職」事情▼どうなる牛乳パック回収:大変な仕分け作業▼モザンビークPKOを考える:中部大学講師寄稿▼朝鮮学校生が署名活動:民族学校の処遇改善訴え▼フランス訪問の旅:もんじゅスタッフ寄稿▼複眼時評:国産米食ってカエルを守ろう▼アジア第三世界と連帯し、日本の侵略とたたかう国際連帯学生集会開催:同志社大でフィリピンの学生を招く 教育研究▼『人間の価値』:1918〜45年のドイツ医学展▼人文研客員教授、大麻密輸▼寄附講座とティーチング・アシスタント、評議会で規定決まる▼さよなら教養部:「紛争後」パラダイムの終焉▼10年一貫教育体制へ:医でも大学院重点化/社会人も受け入れ▼全学共通科目本格化:煩雑さに不満も▼北部構内農場で田植え:不作も研究には豊作?▼理学部建て替えと自然史博物館計画▼独立大学院構想が進行中:生命科学科など▼生態学会が要望書:芦生演習林の保全▼放送大学、京都ビデオ学習センターが京大構内に▼農・改組構想:学科を10から3に▼連載・研究室の虚実:検証・矢野問題→表出した強姦事件、全面否認で辞職▼独立大学院構想、「総合エネルギー科学研究科」:各部局の「切り売り」が焦点に▼総合人間学部、教官アンケート:担当教官の不満「一体どんな授業をすればよいのか」 大学運営▼ゲート問題本部構内説明会:学生との話し合いで紛糾→暫定措置へ▼西部裏の留学生寮建設:工繊大当局が説明会▼西部構内に車止めチェーン設置▼人間・環境学研究科、新研究棟建設へ▼北部構内の道路上に障害物設置→バイクの速度が出ないように/「学外者らしき人がシンナーを吸いながら車を運転」との苦情も▼総合人間学部で当局がビラ剥がし強行:学生が抗議▼北部構内ゲート規制実施へ▼第3キャンパス構想再浮上:候補地として関西学研都市、利害調整が焦点▼授業料、学部間格差導入か▼理・改組へ:修士8割増で学部定員を超える▼時計台前、石畳敷設工事 学生▼バイトあれこれ:プログラマー▼サークルカタログ:少林寺拳法「やらないのは不幸」▼熊野寮にガサ入れ:別件捜査の疑い▼農・自治会再建へ:常任委7年ぶり発足▼ウエイトリフティング部の選手が世界ジュニア選手権出場▼七大戦、京大優勝▼相撲部:東南ア研横にある土俵▼文・学生大会成立→学部長と団交▼日本の戦争・戦後責任の解決求める日韓学生実行委結成 文化▼猛虎全国ツアー:阪神の選手名と同じ駅名乗りつぶし▼あーす書房オープン▼パチンコ東西対決→サクセスブックで人気の2人の対決▼CD評:マルコムXスピークス→アメリカは白人以外を必要としない▼特集:週刊誌『金曜日』を考える→腐敗の補完物としてのマスコミ▼『噂の真相』編集長インタビュー▼ポルトガルと南蛮文化展▼新入生アンケート:入学理由「学風が合いそう」44%→回答数は約600件▼レズビアン&ゲイ映画祭:西部講堂▼書評:生殖医療の現在/医者の権力の実態▼『痴呆好況団体』公演中止の取材をめぐる私見:ともに意見を述べ合うことが大事▼複眼時評:巨人にキューバの選手は来るのか▼旅行特集:人気1位は応酬→HIS社員談話も 広告▼HIS▼社会保険庁▼センターリサーチ→河合塾29万人、代々木30万人、駿台27万人▼ダイキン・テクノロジー「未来に夢、走ります」▼日住サービス幹部社員候補特別採用
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聞き取り⑤ 「大学新聞の意義 示せた」 1990年代在籍者に聞く
1990年代の京大新聞を知る4名に話を聞いた。80年代後半から在籍した大畑さんと、2学年下で90年代前半をともに過ごした(卓)さんには、大阪で当時の様子を振り返ってもらった。永野さんと(は)さんは90年代前半に在籍した同期で、オンライン上で約30年ぶりの再会となった。次回以降に掲載予定の90年代「通史」に先取りして、当時の編集部内外の様子を見ていく。(聞き手:村・史)
●大畑さんと(卓)さん
大畑泰次郎さん(88〜92)、(卓)さん(ペンネーム、90〜97)=6月8日、大畑さんの事務所
セクハラ・大学改革……変化を先進的に追う
大学改革に呼応した特集
―入社の動機は。
大畑 親の影響で市民運動に関心があって、大学新聞ならいろいろ取材できるだろうと思った。
卓 漠然と興味は持っていて、直接的なきっかけは時計台前の新歓行事で新聞をもらったこと。
大畑 週に1回、編集会議。議長が進行役を務めた。
―議長は固定? 80年代は議題提起者が交代で務めたと聞く。
大畑 固定だった。僕の少し上の世代からそうだったと思う。
卓 当時、国の大学改革の流れで京大の機構改革の動きが本格化し、それに伴って旧来の「自由な大学」のイメージも変わりつつあった。教養部(※1)は、京大らしい自由な雰囲気の象徴だったけど、もっと専門的な研究に力を入れようという発想で総合人間学部に改められた。これに関して、教官を呼んで対談してもらったり、「さよなら教養部」と題した特集を載せたりした。一方で、雑多なコラムやサークル紹介も載せていた。
大畑 あとは複眼時評(教員のコラム)。人脈発掘の面もあった。
卓 面識のない先生も快く引き受けてくれた。
今思うと先進的だった
―他に印象に残る記事は。
卓 学研都市計画(※2)のルポ。京大が施設を建てようとしていた場所がオオタカという希少種の生息地だとわかった問題で、京大新聞の社用車で取材に赴いたら、途中でタイヤが溝にはまって大変だった。あとは当時現役の長崎市長だった本島等さんのインタビューにも行った。
大畑 89年に天安門事件が起きて、中国やアジアに関心を持ち、インタビューなどした。京大は歴史的にアジアの国々と関わりが強いし、それがどういう方向に行くのかという問題意識で。
卓 その記事は反響があった。新京都学派(※3)の人たちへのインタビューとか。教官から「連載読んでます」と言われた。
大畑 インタビューは都合よく紙面を埋められるという側面もあった。書き手が足りないときは、海外に長期滞在した友人に依頼してルポを書いてもらうこともあった。
卓 「矢野事件」(※4)で浮き彫りになったセクハラ・アカハラしかり、大学で問題化したテーマがのちに世間で広く知られていくという例は多い。LGBTの話もそう。僕は知り合いに誘われて性的少数者の解放をテーマにしたイベントに関わったことがある。そういう動きも取り上げていた。今から考えれば、先進的に扱っていたテーマがいくつかあると思う。
大畑 LGBTに加えてダイバーシティという感覚も、「矢野事件」のようなハラスメントの問題と重なって、90年代から徐々に広がった。女性研究者が少ないという課題も、そういった問題とリンクする。私学は最近、多様性確保に向けた憲章を出しているけど、京大は?
―いくつか目標を掲げて、今春には特色入試の「女子枠」導入が発表された。憲法学などの教員に取材して特集した。
大畑 僕も卓も法学部だけど、反省として思うのは、もっと授業に出て法学系のことを勉強して、それを京大新聞にも活かせばよかったなと。
卓 そういう発想はなかった。せっかく間近に先生がいるのに。その点、大畑さんのアジア研究の連載はいろいろな人に取材している。梅棹忠夫氏など、万博でも活躍したような京大人文研のスターとされる教官が、どういう学術的基盤に立つかを多角的に捉える企画。あるようでない着眼点だった。
大畑 その話は琉球遺骨(※5)の問題とつながる。人類学者らが遺骨を研究資料と捉えていることが返還を妨げるネックだと聞いて、そこにはまだ清算されていない植民地主義的な思想が残っているのかもしれないと思った。一方、その点だけ主張しすぎても「左」的になるから難しい。仕事で医学系の研究に触れることが多いが、そこでは研究倫理が重要。研究するときには必ず倫理委員会を経ると思うけど、それがどこまで浸透していて、実際にそのルールが守られているのかという点は、今の学生新聞が取り上げたらおもしろいテーマだと思う。
広告減、就職雑誌廃止
卓 運営面では、75年の休刊後に確立した体制のおかげで活動できていた。入学・卒業アルバムと予備校広告が収入源の中心。就職情報雑誌も、京大生に配るということで広告を出してもらえて、かなりの収入になった。僕自身、スーツを着て東京に営業へ行った。でも、バブル崩壊でだんだん広告が減って、読み物を増やすことにした。それで『就職専科』から『V・O・K・U(ボーク/Voice Of Kyoto University』という雑誌に切り替えた。これも結局あまり儲からずに終わった。各大学の学生新聞からなる連合があって、共同でリーフレットを作って営業に使ったりもした。発行経費を大学に頼らず、自らで稼ぐことは、自由な報道を確保するためにも大切なことだと思う。
大畑 私がいたのはバブル崩壊前後。まだ景気も就職状況もよくて、その余韻で企業広告を得られた。貯金もあって自由に動けていた。90年代後半に厳しくなったと聞くし、日本経済の「失われた30年」の初まりに重なる。
卓 デジタル化の時代にも差しかかる。ワープロが京大新聞に導入されたのが90年。NECの文豪ミニという機種を経費で買ってきた。印刷所でもテキストファイルでの出稿に変わった。完全なアナログから少しずつ変化した。
学内とつながる社会問題
―記事のネタはどう集めた。
卓 僕の同期は環境系サークルに入っていて、そこで関わった環境問題の話を記事にしていた。僕は吉田寮にいたから、寮に出入りする人から得た情報を京大新聞にフィードバックした。
大畑 大学新聞は本来、学内のニュースを追うべきなんだろうけど、60〜70年代の先輩方は京大とは直接関係ない政治運動の話も載せていた。そのころと比べると、80〜90年代は学内広報紙的な面も強まったと思う。最近の紙面でも、たとえば昨秋に判決が出た琉球遺骨返還訴訟は、やはり京大に関係があるわけで、そういう動きを追うのはいいことだと思う。琉球の裁判の弁護団長を務めた丹羽雅雄弁護士と話す機会があって、「裁判に若い人が来ていると気づいて聞いたら、京大新聞の学生さんだった。すごく励まされた」と言っていた。
卓 丹羽さんにはインタビューした縁がある。当時増えていた外国人労働者を丹羽さんが支援されていたから話を聞いた。
大畑 社会問題を取り上げながらも、学内のネタとしてつながっていることを取り上げるというのは、学生新聞の伝統だよね。大学が流す公式情報だけを取り上げてもおもしろくない。
卓 そのつど確認していたわけではないけど、共通認識としてそういう感覚はあったと思う。京大新聞には学生運動に片足を突っ込む人も距離を置く人もいた。そういうなかで、学内団体の動きを伝えつつ、京大で起きるできごとをジャーナリスティックに伝えようという姿勢。
大畑 政治運動の色が濃すぎるのは私は抵抗があって、そうならないようにしていた。
卓 iPS細胞のような有名な研究成果の発表は一般紙にも載る。もちろんそういう話題も重要だけど、それだけだと一般紙と変わらない。それよりは、学内の動きに対して「これはおかしい」と声を上げている人たちとか、国内外の社会問題に関心を持って動いている人たちの取り組みを積極的に取り上げた。僕は学内のニュースに重きを置いたけど、同期には京大の枠を取っ払っていろいろな問題に注目する人もいた。学生団体にしてはお金があったから取材に出かけることもできるし、自由に動ける雰囲気があった。11月祭ではイベントも実施した。京大が生体肝移植(※6)を成果としてアピールしていたころに、それを批判的に捉えるシンポジウムを開いたり。あと、ニュースキャスターの筑紫哲也さんを招いて講演してもらった。その様子を記した原稿をつくって筑紫さんに確認の連絡を入れたら、怒りの手紙とともに返送された。ほぼ話したままで編集していなかったから。「仮にも新聞と名乗るものがこんなことではダメだ」と。それでも丁寧に見てくださったけど。
反原理の戦いの歴史
卓 原理研究会(統一協会系の宗教団体)は『京大学生新聞』を定期的に発行していた。体育会の話がよく載っていた印象。学内の自転車のカゴに勝手に入れたりして配っていた。CARPという統一協会系の団体も学内で活動していて、僕たちは広島カープの山本浩二監督の写真を貼って「偽CARPあらわる」というチラシを作って注意喚起した。紙面でも定期的に呼びかけた。当時の原理研は表立った動きはそんなになくて、まさか数十年後に注目されることになるとは思わなかった。
大畑 当時は京大新聞を邪魔する人たちぐらいの感覚だった。政治家と関係性を持って国の意思決定を歪めようとするような組織とは認識していなかった。
卓 安倍氏の銃撃事件を機に統一協会への関心が高まったとき、著名な弁護士がSNSで京大新聞の注意喚起の記事を紹介して、その投稿は多くの人に見られていたね。
大畑 京大新聞が存続することは、反原理の取り組みの歴史を残すことでもあるわけだね。
自由や正義を背景に
卓 今何人ぐらいいる?
―所属20人、実働10人ほど。
大畑 僕たちのころより多い。今どきどうしてだろう。
卓 新聞という存在は、SNSとかに情報があふれるなかで「ここは信用できる」という感覚をよりどころに生き抜こうとしている。当事者に話を聞いて、複数の情報源から真偽を確認する。ネット情報を拾うだけのいわゆるコタツ記事とは違う。
大畑 ネットで誰でも発信できるようになったのは30年前との大きな違い。学生新聞は、大学というある種の囲いの中で、幻想かもしれないけど学問の自由や正義がバックにあることが強みだと思う。大学における知の蓄積を活用することが重要。
卓 入学者名簿はさすがにもう載せていないか。熊野寮生の名簿はまだ載せているね。寮生が一部勝訴した吉田寮の裁判(※7)を見て思ったけど、確約書のように紙として残しておくのは大事なことだなと。交渉したうえで約束したことを紙に落とし込むと、それが力を持つ。〈了〉
※関連用語
1 教養部1、2回生向けに「一般教育科目」を提供する部局。93年3月に廃止された。
2 学研都市関西文化学術研究都市。78年の政府計画発表以降、「京阪奈」地域で研究の新拠点として開発が進められた。
3 新京都学派戦後、京大人文科学研で学際的な研究を進めた桑原武夫、今西錦司ら一派。
4 矢野事件京大東南アジア研究センター・矢野暢教授をめぐり、複数の秘書らへの継続的な性暴力が明らかとなり、職員有志らの追及を経て同氏は93年末に辞職。
5 琉球遺骨訴訟京大の研究者が1929年に墓から持ち出した遺骨の返還を求め、子孫らが2018年12月に起こした訴訟。地裁・高裁いずれも請求を棄却。
6 生体肝移植90年6月、京大病院で国内2例目となる実施。
7 吉田寮訴訟京大が現棟の明け渡しを求めて2019年4月に起こした裁判で、京都地裁は一部寮生の居住継続を認めた。
1 教養部1、2回生向けに「一般教育科目」を提供する部局。93年3月に廃止された。
2 学研都市関西文化学術研究都市。78年の政府計画発表以降、「京阪奈」地域で研究の新拠点として開発が進められた。
3 新京都学派戦後、京大人文科学研で学際的な研究を進めた桑原武夫、今西錦司ら一派。
4 矢野事件京大東南アジア研究センター・矢野暢教授をめぐり、複数の秘書らへの継続的な性暴力が明らかとなり、職員有志らの追及を経て同氏は93年末に辞職。
5 琉球遺骨訴訟京大の研究者が1929年に墓から持ち出した遺骨の返還を求め、子孫らが2018年12月に起こした訴訟。地裁・高裁いずれも請求を棄却。
6 生体肝移植90年6月、京大病院で国内2例目となる実施。
7 吉田寮訴訟京大が現棟の明け渡しを求めて2019年4月に起こした裁判で、京都地裁は一部寮生の居住継続を認めた。
●(は)さんと永野さん
永野香さん(91〜98)=6月1日、京大新聞部室
※(は)さん(ペンネーム、91〜98)にはオンラインで取材=6月9日、永野さんも同席
社会課題に共感、問題を「抉る」
節目の号が欠番に
―入社のきっかけは。
永野 習い事の関係で新歓行事に行きそびれた。先に入社していた友人の高橋理枝さんについていき、入った。
は 高校で新聞部だった。文章を書くのも写真を撮るのも好きで。
―人数は少なかった。
永野 会議に出ていたのは10人前後。危機とまでは思っていなかったけど、少なめだった。
は 後輩部員が定着しなくて苦労した。毎回の発行は余裕がなく、日付どおりに出たことは数えるほど。たびたび合併号で調整した。年20回発行と伝えているから、4回は合併できるという計算。さらには2100号が欠番になった。節目だからしっかり準備しようとして1号飛ばしたら、結局うやむやになった。
―普段の会議の雰囲気は。
永野 弁の立つ先輩ばかりで、会議に出るのは緊張した。特に紙面批評(発行直後の反省会)が辛辣だった。会議中はピリピリしていたけど、それ以外の時間はのんびり過ごせて、その雰囲気が好きでのめり込んだ。
は 先輩がサクサク進めていた印象。構成力のある人だったから、大学全体を見てネタを探してきて、何面に何を置くというのがすぐに決まった。記事のネタはいろいろあった。車両の入構を規制するゲート(※8)ができたころで、今に通じる管理強化が進んだ時代だった。一方で、西部構内は、西部講堂でライブが行われたりして自由な雰囲気だった。ぬかるんだ西部広場に、印刷所から持ち帰った新聞を車で運び入れるのは、運転のいい練習になったな。大阪の福島に印刷所があって、そこは印刷費が安かった。当時は電算写植。ワープロで原稿を作って、フロッピーディスクに保存して持って行くとゲラを用意してもらえて、それをチェックする。写真を載せるときは、フィルムカメラで撮って、白黒掲載用のドット画像にするためにスキャナーで読み込んで現像してもらう。けっこうお金がかかった。
―校正作業は。
は デスクという号ごとの責任者を決めて、その人はすべての記事に目を通した。面ごとに進捗を管理する「面担」もいた。
永野 印刷所で読んでその場で編集することもあった。直してもらってまた見て……の繰り返しで、1週間ほど通い詰める。
京大の枠を超えて深掘り
―印象に残る記事は。
は 思い出すのは森毅教授。昔からのお付き合いで、困ったらファックスで「何か書いてください」と頼んだ。「京都墓地めぐり」の寄稿では、僕が写真を撮りに行った。
永野 森毅先生のような名物教官がおられた教養部は、大学改革の一環で廃止された。それに続いて大学院重点化(※9)が進められて、院の定員が増えた。その年に院進学した私は、重点化が何を意味するか、わからないなりに取材して記事にした。京大周辺の社会問題に関連する記事も多かった。京都の南にあるウトロ地区の訴訟(※10)とか。
は 甲山事件(※11)や水俣病(※12)といった裁判も進行中で、関係者に取材や寄稿を依頼した。他には森永ヒ素ミルク事件(※13)の被害者の方にもインタビューした。夜中の介護が必要で、数人の編集員が交代でお手伝いした。あとはネグロス・キャンペーン(※14)。今で言うフェアトレードのような活動で、それを取り入れようとする人が身近にいた。今では当たり前になっている活動が起きはじめたころだった。編集部としてそういう問題に関心を持ち、会議で取材方針を決めた。
―京大と直接関係なくても取材。
永野 そう。PKO法案(※15)、脳死移植問題とか。京大の枠を超えて、社会的に焦点が当たっている問題はどんどん取材しようという雰囲気だった。当時、インテル会(同窓組織)の集会が開かれて、私たちより40歳くらい上の先輩が、「自分たちは学内の事件を扱ったけど、最近は社会時評みたいになっている」と苦言を呈されたのを覚えている。私たちとしては、社会課題に向き合う人たちに共感して意義を見出していたけど、先輩方はもっと京大のできごとを追うべきという考えだったみたい。
は 京大からの報道向け発表を拾ってニュースにした記憶がないな。大本営発表ではなく、独自にネタを探そうという感覚があった。そうでないとおもしろくないよねと。
―今も「垂れ流し」を避ける感覚はあるが、記者クラブに入って報道発表は受け取っている。
は 記者クラブには入っていなかった。入れてもらおうとも思わなかった。
永野 発表を流すのは私たちのすることではないという考え。それより問題になっていることを深掘りしようと。象徴的なのが、京大新聞の宣伝ポスター。「抉りビジネス」というフレーズを考えて載せた。入構規制をめぐる理学部長団交とか、卒論期間の図書閲覧室の工事をめぐる文学部長団交のように、当局の一方的な決定に声を上げることが日常的に行われていて、それを取材した。もっと上の世代には、自ら学生運動に関わっている人もいたけど、私たちはいわゆるノンポリ。諸団体から独立した報道機関であることが軸になっていたと思う。このように学内外の問題を報じる一方で、美術館やギャラリーを取り上げる「京都美めぐり」という企画を連載した。会議で提案したら、「やってみたら」と特に反対されなかった。それと、受験生応援号は、かなりおちゃらけた記事を載せた。
営業担当の手当継続
は 経営的には、余裕はなかったけど貯金はあって、切り崩していた。収入として、いくつか広告を得ていた。日本銀行からももらったね。就職特集を年2回ほど載せて、就職情報誌も発行した。でも、91年ごろにバブルが崩壊して広告収入が減った。僕は営業担当で、当時、景気がよかったころの名残で新聞の経費からお金をもらっていた。月2万ほどだったと思う。財政が苦しくなっていたから、もういらないと言ったんだけど、責任を明確にするためにという判断で、私のころは支給が続いた。アルバムや受験生向け「サクセスブック」も収入源だった。
永野 私はサクセスブックに力を入れた。
―担当を置いていた。
永野 編集長ではないけど、責任者的な立場になる人を決めた。出版元の六甲出版さんが寛容で、自由につくらせてもらえた。フランス核実験へのハンストとかアメフト日本一とか様々な話題を扱った。院進学を目指す人にも読んでもらおうと思って、院生座談会も実施した。〈了〉
※関連用語
8 車両規制ゲート94年、北部構内の入口に設置。パスカード式の遮断機。管理強化との批判集まる。
9 大学院重点化大学院生の増加などを目指し90年代に進められた。京大など複数の大学が部局運営の基礎を学部から大学院へ移行。
10 ウトロ地区立ち退き訴訟戦前に動員された朝鮮人労働者らの飯場跡に形成された集落をめぐり、土地の転売を経て89年に住民を被告として提起された訴訟。住民側が敗訴したものの、国内外の支援で一部の土地が買い取られ、市営住宅が建設された。
11 甲山事件兵庫県の福祉施設での児童死亡をめぐる冤罪事件。
12 水俣病裁判熊本水俣病の患者認定や損害賠償をめぐって69年から行われた複数の裁判。
13 森永ヒ素ミルク事件55年、森永乳業徳島工場製の粉ミルクに混入したヒ素により多数の乳幼児が死亡。食品添加物見直しの契機に。
14 ネグロス・キャンペーン飢餓に苦しむフィリピンのネグロス島の住民を支援するNGO。
15 PKO協力法「国連平和維持活動」参加について定める。92年6月制定。これにもとづき同年9月に初の自衛隊派遣(カンボジア)。
8 車両規制ゲート94年、北部構内の入口に設置。パスカード式の遮断機。管理強化との批判集まる。
9 大学院重点化大学院生の増加などを目指し90年代に進められた。京大など複数の大学が部局運営の基礎を学部から大学院へ移行。
10 ウトロ地区立ち退き訴訟戦前に動員された朝鮮人労働者らの飯場跡に形成された集落をめぐり、土地の転売を経て89年に住民を被告として提起された訴訟。住民側が敗訴したものの、国内外の支援で一部の土地が買い取られ、市営住宅が建設された。
11 甲山事件兵庫県の福祉施設での児童死亡をめぐる冤罪事件。
12 水俣病裁判熊本水俣病の患者認定や損害賠償をめぐって69年から行われた複数の裁判。
13 森永ヒ素ミルク事件55年、森永乳業徳島工場製の粉ミルクに混入したヒ素により多数の乳幼児が死亡。食品添加物見直しの契機に。
14 ネグロス・キャンペーン飢餓に苦しむフィリピンのネグロス島の住民を支援するNGO。
15 PKO協力法「国連平和維持活動」参加について定める。92年6月制定。これにもとづき同年9月に初の自衛隊派遣(カンボジア)。
「大きかった」矢野事件
大畑 「矢野事件」は大きかった。セクハラという言葉が出はじめたころで、アカハラなんて言葉は全くなかった時代。大学教授への幻想が崩れたできごとだった。矢野氏が被害者らに対して名誉毀損等で裁判を起こして、一方、被害者は京都弁護士会に人権救済申立をしていた。僕たちはその代理人弁護士に取材した。大手の新聞は、有名な大学教授だから腰が引けたのか、当初なかなか取り上げなかったけど、僕たちは報じた。
卓 問題の教授が、自らをほめたたえる「五訓」と称する紙を研究室に貼って唱和させていたことをスクープした記事では、新聞記者になった京大新聞の先輩が「俺が監修してやる」と言って、スキャンダラスな文章に仕立ててくれた。写真付きで報じたら、特ダネだったから話題になった。週刊誌から確認の電話がかかってきたり、新聞記者が取材のために部室を訪ねてきたり。僕はたしか連載の1回目に記事を書いて、先輩に批判された。やや軽いタッチで、深刻な問題だという論調ではなかったから、「こういう書き方はよくない」と注意された。それ以降は他の方々も含めてしっかり向き合って取り上げた。
永野 関係紙面は飛ぶように売れた記憶がある。元秘書の方から「五訓」が記された紙を提供してもらった。「矢野先生は世界の宝」などと書いてある。大手の新聞社に先駆けて報じたから注目された。学内外の人から情報提供があり、数人で協働して連載を組んだ。その後、矢野氏から損害賠償請求の訴えを起こされた京大女性教官懇話会の小野和子先生が、裁判の証拠書類として京大新聞を出してくださった。発行が遅れていたから、日付と記載内容が合わないという指摘を受けてしまったけど、大学内の学生報道機関として存在意義を示せたと思う。小野先生をはじめ、勇気ある行動をとった女性たちに感銘を受けた。
特ダネ報じて反響
大畑 「矢野事件」は大きかった。セクハラという言葉が出はじめたころで、アカハラなんて言葉は全くなかった時代。大学教授への幻想が崩れたできごとだった。矢野氏が被害者らに対して名誉毀損等で裁判を起こして、一方、被害者は京都弁護士会に人権救済申立をしていた。僕たちはその代理人弁護士に取材した。大手の新聞は、有名な大学教授だから腰が引けたのか、当初なかなか取り上げなかったけど、僕たちは報じた。
卓 問題の教授が、自らをほめたたえる「五訓」と称する紙を研究室に貼って唱和させていたことをスクープした記事では、新聞記者になった京大新聞の先輩が「俺が監修してやる」と言って、スキャンダラスな文章に仕立ててくれた。写真付きで報じたら、特ダネだったから話題になった。週刊誌から確認の電話がかかってきたり、新聞記者が取材のために部室を訪ねてきたり。僕はたしか連載の1回目に記事を書いて、先輩に批判された。やや軽いタッチで、深刻な問題だという論調ではなかったから、「こういう書き方はよくない」と注意された。それ以降は他の方々も含めてしっかり向き合って取り上げた。
紙面が裁判で証拠に
永野 関係紙面は飛ぶように売れた記憶がある。元秘書の方から「五訓」が記された紙を提供してもらった。「矢野先生は世界の宝」などと書いてある。大手の新聞社に先駆けて報じたから注目された。学内外の人から情報提供があり、数人で協働して連載を組んだ。その後、矢野氏から損害賠償請求の訴えを起こされた京大女性教官懇話会の小野和子先生が、裁判の証拠書類として京大新聞を出してくださった。発行が遅れていたから、日付と記載内容が合わないという指摘を受けてしまったけど、大学内の学生報道機関として存在意義を示せたと思う。小野先生をはじめ、勇気ある行動をとった女性たちに感銘を受けた。







