企画

【連載第十回】京大新聞の百年 「何ができるか読者と考えたい」 学内外の話題追う

2024.06.01

【連載第十回】京大新聞の百年 「何ができるか読者と考えたい」 学内外の話題追う

77年10月16日号

2025年4月の創刊100周年に向け、京大新聞の歴史を振り返る連載の第十回。時系列で振り返る「通史」は前回(5月1日・16日号)までで1980年代に到達した。今回は、実際の紙面の記述を書き留める「拾い読み」を中心に構成する。加えて、京大新聞と約50年来の付き合いのある伊藤公雄・京大名誉教授からの寄稿も掲載する。連載を通して社会背景や編集部の理念を顧み、今後の紙面づくりや各方面の歴史考察への寄与を図る。(編集部)

目次

拾い読み⑨ 一般紙や天皇制も追及(1975〜1983)
寄稿 「縁は奇なもの」 京都大学名誉教授 伊藤公雄

拾い読み⑨ 一般紙や天皇制も追及(1975〜1983)


恒例の「拾い読み」を2頁にわたって掲載する。前回は75年5月末に人手不足で休刊するころまでを振り返った。今回は、復刊後の75年9月から83年12月までの紙面を扱う。

この間、号外2回を含む182号を発行した。休刊による「準備期間」を経て、それまでの週刊から月2回発行にペースを落としたものの、特集や寄稿を通して問題提起や主張を繰り広げるあり方は健在で、学内外の様々な話題を取り上げている。

79年には1部100円に引き上げ、81年には年間購読料を3千円とし、今と同じ料金体系となった。以下、紙面の記述を抜粋し、要約しつつ原文の表記を残して掲載する。「※」は編集部による補足説明。


1975年


9月(休刊後)〜

新聞社▼11月祭で主催シンポ「第三世界の文学表現」/卒業者人名録3800円→7万名の住所を網羅 時事▼業界展望:自動車→長期的には拡大/紙→無公害パルプ製造法も進む/化学工業→量から質への転換/損害保険→福祉社会実現へ▼石油産業の歴史▼ソニー社の信念▼現地報告:激動の国々を行く→タイ:4万人が暗殺に抗議、階級攻防激しく/熱いインドの夏:揺さぶられるガンジー政権▼政府の「障害者」実態調査粉砕へ:京都実行委結成→差別の固定を危惧▼天皇訪米阻止:羽田現地に6千決起→9・30厳戒体制突破へ▼南北問題の世界的意義→第三世界支配体制の危機と再編/南北問題の新局面としての70年代 教育研究▼人と自然と→関連した生態系の認識を:危険な農林業の工業・経済化 大学運営▼府警、学内を不当捜査:機動隊200名が吉田寮や同学会ボックスへ▼国立大学授業料2倍へ:要請される反撃体制→年3万6千円から7万2千円に▼東南ア研問題(※学生の図書館利用制限)再燃か▼紙上論争・学問の名にかくれた侵略の論理→同学会から東南ア研への質問状と回答全文 学生▼京大七大戦で総合優勝▼アピール・同学会中闘委→天皇訪米阻止に実力決起せよ!▼3学部で学生大会:全学スト体制確立す▼国際反帝闘争に決起:学費値上げ阻止宣言す▼教育学部・院生組合結成▼学費値上げ阻止へ:慶大構内で全国総決起集会▼医学部チェック問題(※病院実習の単位収得条件の強化):4回生無期限スト 文化▼映画評:『日本妖怪伝サトリ』▼書評:『沖縄の日本軍』 広告▼日産▼ソニー▼野村総研▼月桂冠▼梁山泊▼タカラブネ▼浜学園▼ATAKA▼購読者に特別優待→夢の島ハワイ6日間の旅/申込先:京大新聞社

▼社告(1975年9月16日号)
休刊に際し、多大のご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げる。3か月間の準備期間をもって定期的発行の体制も整いつつあるが、財政能力の関係もあって、当分の間、月2回発行としたい。来年度からは週刊に戻し、読者諸兄姉のご期待に応える。定期購読者には期間相当分の延長で対応。購読料は年1500円となる。

75年4月1日号



1976年


新聞社▼真夜中の饗宴への招待状:主催・京都大学新聞社→講演会の如く人を見下ろす形式を排し、酒と肴を用意して徹夜も辞さぬ無制限勝負を開催▼購読料改定→1部70円、年2千円▼販売ボックス新調:旧来のものが風化し、壊れた 時事▼南朝鮮人民への連帯を:革命16周年集会▼差別の現実をふまえ討論:沖縄解放討論集会▼狭山闘争、全国各地で集会→編集部:上告棄却=闘争圧殺の事態で、最高裁に事実審理を行わせ、石川氏を保釈させる闘いを▼鉄塔防衛から廃港へ:支援の拡大を訴え集会→三里塚連帯京都集会に労働者・学生ら200余名▼現地ルポ:三里塚の歴史▼刑法「改正」保安処分に抗して:新段階を迎えた闘争→収容所精神病棟解体へ▼毛主席逝去:京大でも追悼集会▼緊急アピール:原水爆禁止問題研究会→被爆朝鮮人・孫氏の「送還判決」を糾弾▼寄稿:毛沢東路線を後継する華国鋒体制の確立に慶祝を送る 教育研究▼語順の不可逆性▼捕食者優先の法則:西欧文化の特色示す/数学によるメタファー 大学運営▼基本理念なき暴挙:学費値上げ学部長会見▼69年文学部院入試裁判:有罪判決出される▼入試を強制的に実施→無期ストに対し機動隊を動員▼アピール・廃寮粉砕の戦いに支援を:阪大三寮委▼東北大闘争で当局、学生処分を「撤回」:完全勝利に迫る闘争▼「鉄格子はずす」総長発表:闘争の発展に恐れて 学生▼学費闘争・全学スト提起→各学部で進む闘争体制:全国的共闘の発展めざす▼学園評論(社説):学費闘争の昂揚を▼教養部無期ストに突入:学費値上げ阻止掲げ▼パンフ紹介:京大学生社会運動史年表▼スト圧殺に鋭い反撃:緊迫する学費闘争▼新入生へ店紹介:喫茶や書店、名刹▼後期値上げ策動に学費闘争を▼69年京大時計台闘争公判1:京大神話の崩壊→「話合い」の裏の暴力的封鎖解除/証人調書の全文掲載▼本学アメフト初優勝、関学に圧勝:宿願の壮挙▼地塩寮募集要項 文化▼書評:『明日の太陽一女性の闘いー南アフリカにおける人種差別と抑圧』▼映評:『風の景色』→間接的な情感/景色は抽象的 広告▼河合塾▼駿台(1面掲載あり)▼代々木学院▼広島YMCA学園▼新宿セミナー▼きよす▼京大フレッシュブック:京大アルバム実行委員会(写真部)▼関西寝具装飾センター▼天寅▼新聞(読売・朝日・日経)

76年5月1日号



1977年


新聞社▼魯迅逝去40周年講演会▼アピール:京大教官の方々へ『京大学生新聞』について▼評議会による竹本処分強行を弾劾する!:京大新聞社編集部有志名義 時事▼編集部座談会:もうひとつのGパン論争/目にあまる差別構造→阪大講師ベーダー氏の発言「ズボンを履いた女とは話したくない。ズボンの女はブスで虫だ」「ズボンは下層労働者の着るものであり、知性と教養の場である大学にはふさわしくない」→この問題を取り上げるようにと投書があったので、編集員で討論する→共感する社会的反応、それを面白半分に取り上げるマスコミの姿勢に横たわる数々の歪み▼就職の論理:北大、東北大、一橋、阪大、横国大、早稲田、慶應、京大、大阪市立大、神戸大、九大の大学新聞の共同企画→ある生の軌跡:映画監督やテレビ局ディレクター、新聞記者、紳士服社長など各大学の卒業生インタビュー▼世界の原発反対闘争:西独・仏の反対闘争▼原理研レポート第1回:その腐食の軌跡→勝共思想による権力との癒着/第二回人格改造の5日間▼肖像権の周辺:弾圧加えられるプライバシー/認識乏しい「肖像権」 大学運営▼工学部学位論文に金品授受:企業との癒着あらわに→工学部長室占拠へ:学位売買の責任追及▼大阪大学寮闘争未公開秘文書を暴く▼竹本処分に決着を:評議会を包囲せよ/スト突入へ、教養部代議員大会成立▼竹本処分強行さる:新たな粉砕闘争へ全学突入→全学教官有志、時計台に座り込む:官報の処分「公告」は無効▼3次にわたり機動隊学内に乱入:機動隊常駐体制へ時計台に「戒厳令」 学生▼書評:学士山岳会の悲喜劇▼三里塚反対同盟からの檄文:空港粉砕へ総決起を!▼寮生に不当判決:寮生大会めぐる「暴力事件」で→日本共産党と権力が一体となった弾圧といえる/廃寮化攻撃にそなえる闘争の構築が要求される▼八島氏の断髪式:4年間髪を伸ばし続けた学生が竹本処分への抗議アピールのため実施 文化▼レコード評:プログレッシヴ・ロック・ロシア紀行連作から:ロシア文学者寄稿 広告▼六甲出版→卒業アルバム・フレッシュブック出版▼名曲喫茶シンフォニー▼明電▼毎日新聞「真実を伝えて100年▼日立CATVシステム▼銀行(日本興業、富士、日本長期信用など)▼日本電信電話▼日本石油▼大協石油▼花王石鹸▼KDD▼島津製作所▼第一生命▼安田火災海上保険▼エーザイ▼日清製粉▼日新製鋼▼ダイキン▼ユニバーシティプレスユニオン▼公文数学研究会▼南海電気鉄道▼海津天神社ユースホステル

▼原理研究会の活動に関するアンケート協力のお願い(1977年6月16日号)
原理研究会の活動らは反共的新聞会のデッチ上げなど多岐にわたる形で大衆運動を妨害、もはや許しがたい/統一教会は首相ら自民党韓国ロビーと密着していることは公然の秘密となっており、日韓のドス黒い地下水脈のパイプである/編集部は総合的に特集し批判の矢とする/その一環として皆様の協力を得て調査したい。

77年10月16日号



1978年


新聞社▼新聞社主催→広中平祐氏講演会「大学生活とは何か」/シンポジウム「学生︱メディアを考える」/京大生のための就職説明会:日本長期信用銀行の調査部長の講演▼悪質な妨害を弾劾する:西部生協入口の京大新聞配布ボックスを戸外へ放り出し、新聞数百部を窃盗するなどの妨害があった/編集方針に異議があれば大衆的な場で討論すべき▼『京大を受ける人のために』1500円▼卒業アルバム:京大アルバム委員会(京都大学新聞社気付) 時事▼時の目:日本共産党の「偉大な貢献」は必ず戦闘的学生大衆、教職員からの完膚なき糾弾の鉄槌で報いられるであろう▼世界経済時評:高成長の矛盾露呈▼伊方原発訴訟、不当判決下る▼三里塚現地ルポ:国家の暴力的開港攻撃と闘う「ミミズの思想」▼甲山事件第1回公判:編集部→記事化について多くの意見があった/我々の問題とすべきではないという意見も/現地調査を行い、冤罪を確信/我々のできるあらゆる努力を惜しまない▼幕引き策動を許すな:水俣病の国家責任追及へ/告発する会寄稿▼横須賀〜島根、核燃料輸送に抗議:名神高速で阻止行動を展開▼編集部ルポ:七尾火電阻止闘争→何を見出すべきかを読者と考えたい▼反原発闘争:現状と報告→オーストリアでの国民投票勝利への経過▼伊方原発控訴審の課題:弁護団主任寄稿▼69年時計台医学部図書館闘争裁判、有罪判決を弾劾:京都地裁、法秩序維持を強調▼アンケート:テレビを持っているか→教養部学生740件のうち持っているは468件▼アピール:京大熊取2炉建設・警官常駐化体制を糾弾する 教育研究▼文化は生命とともに:数学者の理学部リレー講義より▼カンニングシンポジウム:点数の絶対生の否定/実際の動機▼ミクロの世界の巨大分子:西島安則▼生命科学が人類にもたらすもの:〈対談〉岡田節人×寺本英→「試験管ベビー」は日常化する/体外受精技術の発達、社会構造のあり方が問われる/クローニング技術のもたらすもの大学運営▼「厳しい父親」の意味:岡本総長の新年の挨拶の一節は、警察権力と一体となった弾圧態勢思考を裏書きしている▼岡本総長、府知事選に出馬?▼全国大学ルポ第4回:法政大学→総長団交、学生弾圧を自己批判▼厳戒の中機動隊1万3千、政府公団開港を強行:闘争の継続を確認/戸村委員長「開港は死を意味する」▼廃寮化攻撃に抗して:京大学寮大集会▼解説:桂山氏追及討論会/原発安全性に裏付けなし▼岡本総長、地裁で証言:京大時計塔落書事件▼団交に機動隊介入:寮職員の待遇改善を拒否▼京産大ルポ:極右翼的大学支配の構造/自治権の奪還へ向けて▼機動隊乱入:教育学部長団交を破壊 学生▼文・農学生大会で政治スト決議▼時計台裁判6名全員起訴▼熊野寮生が学生部前泊まり込み:学生部長へ団交要求▼天皇式典裁判判決:懲役1年、執行猶予2年→在位50年奉祝式典の京大内挙行を阻止すべく闘争を展開した元京大同学会委員長の裁判▼アピール:京大時計台裁判有罪判決を糾弾/被告団 文化▼ユージンスミス写真展:水俣▼映画評:『スターウォーズ』→開き直った面白さ/『火の鳥』/視座を歪めるヒトラーの「魅力」▼新書から:『刑吏の社会史』/ソ連における少数意見▼対談:現代の「奥の細道」を求めて→カメラマン×詩人▼木イチゴ声明序説/編集部:久々に演劇戦線より寄稿▼マンガ論:評論家の草森氏→編集部:現代の学生にとってマンガは「必読の書」 広告▼TBSブリタニカ▼京都書院▼きよす▼コマラーメン▼ビヤホールミュンヘン▼笹ヶ峰ヒュッテ▼ホテル松井本館▼レコードショップ優里奈▼スナックゲリラ▼美松名劇▼スナックボギー▼京都大栄経理学院▼公務員試験協会▼保谷硝子▼テルモ▼大日本インキ化学▼P&G▼西友

▼〈特集〉学生とマスメディア:新聞論 京大新聞編集部座談会(1978年10月16日号)
・商業新聞→おもしろくない・権力に依存
「必ず既成権力に依存して報道するという逃げ道を持つ」

・学生新聞→新たな方向性の模索期
「学生たちに読まれなくなった現状をどう捉えるか」「今こそ学生新聞がまじめにオモシロさを追求すべき時」

※北海道大新聞は「ノンセクトとして頑張っている」「闘う学生新聞の典型」、東北大新聞は「最近はおもしろくなくなってきた」、東京大新聞は「学生が作っている感性が見当たらない」「批判的視座が一切欠落」

78年7月16日号



1979年


新聞社▼購読料改定→1部100円に▼新歓企画・森毅氏講演会→入場無料▼新編集員募集/作文「最近の新聞を読んで」を課す▼縮刷版→6巻で4万2千円(科学情報社)▼1800号を迎えて:卒業生手記▼本紙名誉顧問入山雄一氏逝く:老衰のため/戦前戦後を通じ半世紀にわたって学生新聞と共に歩まれた▼本部正門で12本(警察発表=ブルジョワ新聞発表では6本)火炎瓶炸裂:本社に「黒色旅団関西支部」から犯行声明 時事▼世界経済時評:毛沢東主義の基盤▼緊急特集:崩壊した安全神話/スリーマイル島原発事故、下界へ放出された死の灰/清華大学教員・京大原子核工学助手インタビュー▼狭山部落差別事件:石川無実の新証拠発見/京大筆跡研のカラー写真で明らかに▼朝鮮人被爆者と「8・6、ヒロシマ」:京大原水爆禁止問題研究会寄稿▼〈特集〉就職をどう捉えるか→オイルショック当時の混乱期は過ぎた▼羨望の的「損保人気」の基本的考察▼パリ通信:無血のボカサ追放劇の裏側▼原理研と組んだ関電原発広告を糾弾する:抗議文→「やっぱり原子力かね」という愚劣な言葉 教育研究▼現代教育再編への批判的アプローチ:大学教育の本質的意味▼71年中教審答申・京大における教養部大学院構想▼複眼時評:驚倒大学総長丘元未知雄▼マルクーゼ論▼人文研50周年所長インタビュー:戦後戦前の負を克服すべく出発 大学運営▼慶応大で原理研が機動隊を呼ぶ▼79年合格者発表:現役組の健闘目立つ/初の共通一次試験の影響か▼異様な厳戒体制:入学式▼住民団体からの申入書:京大原子炉所長▼熊取実験所タレ流しの構造:熊取問題全学署名実行委員会→編集部:実験所が住民を欺く道具として利用した京大という「権威」の虚構▼熊取実験所:放射性物質焼却の事実暴露さる▼全学集会:吉田・熊野寮自主管理闘争、「不法占拠」発言追及に対し学生部当局居直る▼大阪市大、寮生7名に逮捕攻撃:全学総決起集会開かる 学生▼受験生への提言:京大新聞編集部→受験教育体制への批判的視座:受験生の姿に我々は悲壮感を覚えずにはいられない▼学園論壇(投稿欄・久しぶりの掲載):教養部自治会を問う/告訴・告発路線を糾弾する▼闘争報告:合成洗剤公害アンケート/教養部環境問題ゼミ▼スポットライト:ザイールからの留学生▼ニセ「C自」、学外で自治委員会開く:潜入した学生「会場でもゲバルト部隊に暴行を受けた」 文化▼木イチゴ声明3:日本左翼演劇人の低落▼ベスト3とワースト3書籍:教員や編集員が選ぶ▼シネマ・ド・オルフェ:自主上映運動の視点/ダダ・シュールレアリスム▼書評:『反原発事典』人民を愚弄する原発推進者/巨大な管理社会=地球▼学園論壇:『北方舞踏派』の存在価値は何処に→公演広告の掲載に対し、「彼らの舞踏のあり方は「自己満足」にすぎない」と批判の投書▼討論報告:連続シンポジウム・金芝河:階級と民族と自我の統一▼音楽雑談:スティービー・ワンダー『シークレットライフ』▼チェコ・ポエティスム宣言︱プラハ1927第2回:社会的閉塞性からの脱却 広告▼京都中央信用金庫▼フィルムアート社▼同学社▼森北出版▼第三書房▼ズッコケムービー『アニマルハウス』▼紀伊国屋書店▼自由國民社▼日本評論社▼小学館▼アメリカンセンターライブラリー▼東芝ミニカセットレコーダー:450グラムの情報活動→片手に持ったまま操作できます▼日本電信電話公社:今でも電話機を「伝話機」と思い込んでいませんか?/全国に広がる通信ネットワークはコンピュータと結ばれ、音声・文字・画像を運びます▼入試情報センター▼新聞(毎日・朝日・読売「おいぼうず、未来が見えるか」・日経・京都・産経)

▼こくばん(編集員コラム)(1979年1月1日号)
・ ニュースとか論文とかと異なり、カタイ文章、内容を避けるのが編集部の暗黙の確認事項になっている。

・ 書き方を定式化するなら「日常性に密着した内容を書きなぐり、言葉の端々に政治的皮肉、風刺、ののしりを含む。読者を大笑いでなくクスっと笑わせ、2、3回読む気にさせる」もの。

▼「1800号迎える」(1979年6月1日号)
1925年の創刊以来、題字を3度あらため、現在に至っているが、大学に根拠を置いて社会に鋭く切り込む編集を志す方針は変わっていない。しかし、過去の大学新聞の採ってきた「不偏不党」「公正中立」という立場性は、60年安保闘争以降の学生運動がその思想性を深化させるにつれ超克され、特に69年全共闘時代において明確な形で再定義された。以来、京大新聞は、はっきりと一つの立場にたって編集活動を営んでいる。「民衆の側に立つこと」これが現在の京大新聞編集の根幹である。いま1800号を迎え、われわれはさらにいっそう充実した紙面を創ってゆく決意を新たにしている。愛読者諸氏のかわらぬご支援を期待する。

79年10月16日号



1980年


新聞社▼新歓企画・野坂昭如講演会▼定期購読・年2500円▼子猫の育ての親求む→新聞社ボックスに住む猫さんが、3匹の赤ん坊を出産/猫密度が激上し、生活環境が悪化▼懸賞小説募集、特選10万円→のちに延期▼入山雄一・終身名誉顧問の1周忌▼5・24全国大学新聞交流会 時事▼抗議声明:部落解放同盟中央本部→編集部「東京高裁は事実調べも行わず全くデタラメ/石川氏を獄中から奪還しなければ」▼〈韓国特集〉編集部:韓国民衆の闘争は光州へ広がった/論評よりも民衆の生の叫びに耳を傾けよう/真実を伝えない一般商業新聞を弾劾する▼天皇制特集→編集部:今一度スポットをあて、一歩解体へと進め得る展開を試みる▼全国11大学共同編集企画「学生と就職問題」:東京学生就職センター室長に聞く→企業側が大学生女子は使いにくいという先入観を持ちすぎ▼マスコミ受験見聞録▼反弾圧レポート・流動的下層労働者の戦いに連帯を!/山村組闘争の現場から▼報告・ナミビア人民の闘いに連帯するパリ国際会議→焦点化する文官派遣問題▼天皇制アンケート調査:1回生350人の回答を集計→天皇の戦争責任ある47%、ない45%▼反徴兵や韓国民衆との連帯:日比谷集会に7千余名▼8・6はいつまで風物詩であり続けるのか:1980原水禁世界大会を振り返って 教育研究▼インタビュー:生田耕作教授→バイロス画集事件(※猥褻で摘発された)をめぐって▼S君、大阪府立高校で教育実習:山城高(※竹本闘争関与を理由に実習拒否した)校長謝罪す 大学運営▼志願状況:文4・7倍、法6・9倍、農2倍、理9・1倍、医8・6倍▼熊取住民に聞く→編集部:住民の声に耳を傾けよう▼一方的通告、寮生・寮食堂炊フ無視の学生部▼相次ぐ立看撤去・また沢田総長陣頭指揮▼スポットライト→寮食堂の栄養士▼移転・学費を闘う、同大無期限休講へ:収拾を図る当局▼ちょっとひと言:時計台に貼ったステッカーが即日はがされた→時計台の聖域化を憂う▼綱紀粛「正」通知:学内労働者への管理強化▼熊取・立看問題:農・文学部長団交行わる▼原子核工学教室、15年前から放射能汚染→緊急糾弾集会/時計台前で沢田総長を追及▼府大でもサークル棟とり壊される:管理強化めざし強権的に 学生▼12・15暴力事件デッチ上げ→熊野寮生の炊フ補充をめぐる交渉で機動隊導入▼寮生2名不当逮捕:緊急抗議集会▼文学部学生大会、7日間スト貫徹▼大学生活諸注意:早めに下宿を▼大学短波通信→筑波大新聞:学園祭中止を決定/北大新聞→筑波「新幹線」に次いで北海道「在来線大学」で管理強化で進んでいる/立命大新聞:モニターカメラの設置、管理体制の構築か/山形大新聞:学生大会の出席者が形骸化/拓殖大新聞、日大新聞、鳥取女子短大新聞ほか▼こくばん:長嶋の巨人監督解任▼自主管理寮へのアプローチ:阪大寮闘争、西の筑波へ/岡山大の寮運営委インタビュー→団交を要求するも、大学は機動隊を導入し強硬姿勢 文化▼京大女解研新歓映画会「女ならやってみな!」▼アンドロギュノスの午后:同性愛の戦闘性→編集部:性のあり方をめぐる議論が盛んで、その議論が商品化されている▼音楽雑談:ジョン・レノンが死んだ▼インタビュー:モリ・トラオレ/日本は巨大な映像消費社会だ▼チェコ・ポエティスム宣言:全人格的創造意欲をみたす「総合芸術」▼あるドイツ文学者の闘争とハイネ論 広告▼刊工業新聞▼西欧見聞録ツアー:メガネのミキ▼京都中央信用金庫▼ダイエー▼インドネシア石油▼松下電器▼京都信用金庫▼IBM▼きよす▼宮城県観光連盟

▼経理部長に答える(1980年1月16日号)
本紙掲載の寄稿に経理部長から事実誤認との申し入れがあった。「監守を置けと各学部に恫喝してまわっている」との記述に「恫喝はしていない」と主張し、「京大新聞社の責任者が謝罪に来い。次号に訂正と謝罪文を載せなければ、学生部による京大新聞の購入を打ち切らせる」と述べた→学生部による購入は、各学部評議員が大学運営に活用したり、学内情報の得にくい研究所の所員等の資料にしたりするために10年以上行われている。経理部長の私的思惑で縮小、打ち切りされるような性質のものではない→その旨伝えたところ、経理部長は前言を撤回し、「京大新聞の購入を縮小、打ち切りは絶対にしない」と編集部に確約した。

80年9月10日号



1981年


新聞社▼〈急募〉新編集員・カメラマン→委細面談・各種保険不備▼購読料改定→1部100円は据え置き、年間を3千円に 時事▼冤罪を考える:第1回甲山事件/園児証言の諸問題▼書評:『西ドイツ過激派通信』▼投稿:反原子力全国闘争を▼10・1訪問解禁、君はどう動くか:説明会会場情報▼就職体験記:抑えられぬ怒り→日本女子大卒/放送局の試験での経験「『女の子はアナウンサーの方がいいんじゃない?』『結婚しないの?』面接はすべてこの調子で終始」▼エルサルバドル第1回:自由のための戦い→解放をかけて武装闘争へ 大学運営▼〈特集〉熱帯農学を撃つ!:密室で画策された専攻▼各門にガードマン:交通規制、全学に拡大▼複眼時評:構内の変容→自動車規制で北部構内は駐車車両が減った/教養部では自転車が増えた▼熊取2号炉概算要求を許すな!:反原発学習会▼学園論壇:いま大学図書館は→文教予算の緊縮で一律に定員削減を行うという官僚的判断による運営が学ぶ者を疎外▼沢田総長、企業から「指導料」→現金やゴルフ用品、本人釈明「常識外れではない」▼在寮者確認問題、学生部が一方的文書送付▼ルポ:筑波大学にあがる叛逆の火の手/強化される弾圧に抗す 学生▼サークル紹介:バスケ、三里塚闘争委員会、女解放研究会、文芸部、バーベル部ボディビル部門など▼現代社会を考える:管理社会化に抗する自治寮空間/原発推進政策の裏側/成田空港は何をもたらしたのか/天皇制は終わらない/関西学術研究都市構想とは/何故光州、金大中か▼廃寮化攻撃へ全国総決起集会▼大学短波通信:北大新聞→北の筑波か▼こくばん→東大新聞の京大のルポに「(東大の)本部―駒場間は地下鉄40分程の隔りがあるが、京大は公道1本で分けられているだけ」/最近は本部と教養部が違う大学のように思える▼学新時評:デタラメ「京大ルポ」糾弾!東大新聞、理念なき報道姿勢→一読して唖然/商業週刊誌タッチにオモシロオカシク書きなぐっている▼筑波大新聞:「大学改革に先導的役割」・「〈管理運営〉十分な指導性を発揮」→編集部:大学新聞にこうしたおぞましい記事が掲載されること自体が筑波の現実を如実に示している/上智新聞:「ミスコンテスト、女性差別か否か」→「主催者側と女問研側の言い分は平行線」▼ちょっとひと言:新入生の便覧から「自治会」という文字が消えた/大学の方針が見て取れる▼アピール:反戦デモへの不当規制、不当逮捕に抗議▼学園論壇:革命の条件としての法秩序の崩壊→前々号の投稿への反論▼学生座談会:学生は本当に無関心か→現状を知れば考え方も変わる 文化▼小泉今日子さんコンサート:ファンが殺到し中止に▼こくばん:漫才ブーム▼アメリカ通信:渡米教官寄稿→アメリカのマクドナルドも猫の肉?「噂」の持つ世界共通性▼音楽雑談:ラスタフ

81年2月16日号



1982年


新聞社▼ちょっとひと言:インフルエンザが猛威をふるって新聞発行が遅れた/先日も読者から「発行日を守らんなら、もう読まん」とお叱りを受けたばかりなのに/校正ミスをチェックされた新聞を読者から返送されたこともあった/1月16日号について→12・15集会一色、党派機関紙と見違うばかりのニュース面、紙面反省会では皆に批判され、読者からも早速批判が寄せられた 時事▼刑法改正阻止に向けて:法務省日弁連意見交換会糾弾の声▼熊取に原子炉はいらん:反原発学習会→2号炉は予算認められず▼〈長期連載〉ユーラシアを行く→ワルシャワ:ドルの通用する街▼拡大する国際金融市場▼原理に一切協力しない:経済学部長が確約「『京大学生新聞』に対してインタビューに応じたことを反省する/原理研究会との関係については知らなかった」▼反原理の闘いを:原理研の被害者を出さない会▼障害者問題:大企業ほど「障害者」を切り捨てる▼天皇誕生日に果敢な抗議「くたばれヒロヒト」の大ステッカー▼不当逮捕4周年、集会に結集を:甲山事件後援会▼報告:大阪反核集会、万博か学園祭のような雰囲気▼北白川スポーツ会館:体育会が運営 教育研究▼レポート:いけない義務教育 大学運営▼「交通規制」の本質:「目隠し」で養育されるエリート集団▼生協にコンピューター:業務の人的限界を理由に▼竹本氏不当逮捕にあたって:編集部「我々は決してそれを許してはならない」▼「基本方針」のペテンをあばく:学生部秘密決定/「本学は学寮の管理状態が不正常であることに加え……」▼投稿:図書館問題→図書館コンピュータ化は利用者のプライバシーを守れるか▼飛騨厚生課長の問題発言:本紙入手の録音テープで詳細明らかに→寮生「払えない寮生はやめろという話になる」飛騨「ああ、授業料払えないような学生はやめなさい」 学生▼アピール:学友2名不当逮捕を糾弾する/全学自治会同学会▼特集:アンケート調査より政治意識を探る→教養部クラスで回収235件、研究室やサークルで回収218件→自活は1割、高い出席率、ビラ「受け取らないようにしている」3人に1人▼アメフト、甲子園ボウル初出場:関学を粉砕す 文化▼ユーラシアを行く7:映画館にも侵入する「国家」▼書評:『つくられる「よい子」たち』▼読書特集:歴史からの視点→編集部:大阪城400年まつりが環太平洋軍事ブロック化を担う関西新空港建設義務論に直結/歴史教科書と愛国心/パレスチナ問題とは

▼読者からの手紙(1982年2月16日号)
①1・16号の紙面に不満/集会以外にも学内外のいろんな動きがあるだろう/1面が1つ半のニュース、2面が1つの論文というのは淋しい/②東大新聞を読んだときは京都はいいところだと思ったが、1・16号のこくばんには幻想だと書いてあり、真実はどうか特集を企画してほしい。

《編集部からの応答》
①→大きな意義を持つ集会だったが、それだけに偏ってしまったことは否めない。
②→幻想一般を否定しているわけではない/東大新聞の特集は、京都女子大学を勝手に「京都大学附属女子大」と決めつけるなど、週刊誌のおもしろがり記事的なセンスで、京都女子大生を単に京大生の「受け皿」として侮辱している/京大には、ノーベル賞をもらうような独創的な人もいれば、権威主義的で官僚的な人もいる。「京大生の実態」と言われても、一概には言い切れない/一部を誇張しておもしろおかしく書くことはしない。

82年2月16日号



1983年


新聞社▼合格電報▼紙面の充実を求め、新しい企画を打ち出す▼朝日新聞編集委員・筑紫哲也講演会→前売り250円/定期購読者は無料▼11月祭企画→対談:粉川哲夫VS池田浩士▼「ユーラシアを行く」終了→新企画「最新・西欧事情」/予備知識もない日本人がまた一人、フラフラとヨーロッパをうろつく▼モニター募集→20名程度、新聞を無料送付/月に1回程度アンケートに答えてもらう/応募には紙面批評を提出→多数の場合は審査▼秋期新入部員募集▼新編集員募集:君も自主的創造の空間へ 時事▼「障害」者と共に:連載第3回→周りから産んだらあかんという声が巻き起こった/介護者たちは彼女を全面的に支援した▼エンプラ入港に抗議行動▼最新西欧事情:連載第1回→悲しい顔でジュースを売る男たち/毎年、数百万人が海外旅行する時代になった▼各学部で原理新聞を追及 教育研究▼テーマ書評第一回:今教育を考える 大学運営▼各大学で寮つぶし:同大、阪大、関学大、岡大▼学内問題を考える第2回:医療矛盾のしわ寄せ/京大医療技術短期大学部▼京大に外国人教授:国公立で戦後初▼吉田厚生センター完成▼教養部教室ロックアウト:進む管理強化▼時計台ガラス破壊:NHK・関西テレビ、問題ある報道姿勢/寮問題への意図的な関連づけ 学生▼学友2名不当逮捕:関西新空港建設抗議行動で▼「在寮期限」撤回:96時間抗議のハンスト▼アピール:学生部は確約を実行せよ/4寮自治会▼緊急報告:学生部長団交、次回継続団交に集結せよ▼こくばん:退職後ゲートボールに興じる人生の先輩の後姿とテニスコートの京大生のそれは恥ずかしいくらい似ている▼スポットライト:京大医学部新聞会/イバラの中に咲く一輪の可憐な赤い花→「医学に関わる自分の立場を問い直す意識に基づいた活動が高揚し、混迷し、その成れの果てが僕らの活動」▼甲子園ボウル、悲願の大学日本一:日大に圧勝▼スポットライト:京大ユネスコ▼京大FOCUS4:夜11時になると「売切」になる京都のビール自販機/試験期の訳本 文化▼音楽評:ケルン放送管弦楽団▼映画評:『2001年宇宙の旅』 広告▼ネスレ▼からふね屋▼くれしま▼全国家庭教師派遣協会▼東大無線▼伊藤萬▼ビクター

▼「京都大学新聞のきわどさ」森毅氏寄稿(1983年3月1日号)
・ 京大新聞には教師もけっこう書いている。ただし、それが大学サイドというわけではなく、この際とばかりに大学の悪口に精出しているのが、このメディアの面白いところだろう。

・ ぼくなんかも原稿を頼まれると、外では遠慮するようなきわどい文章を書いてしまったりする。ただ、少し物騒なことに、この新聞は外でもけっこう注目されているらしく、大新聞や週刊誌などに引用される危険がある。しかし、せっかく大学新聞というからには、そうした一種のきわどさがなくては意味があるまい。

(当時教養部教授)

83年11月16日号



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寄稿 「縁は奇なもの」 京都大学名誉教授 伊藤公雄


数十年にわたって京大新聞と付き合いのある伊藤公雄・京大名誉教授に、京大新聞との関わりや1970年代以降の京大の様子を振り返ってもらった。伊藤氏は京大文学部出身で、大阪大の助教授・教授などを経て05年から17年まで京大文学研究科教授を務めた。現在は両大学の名誉教授。日本社会学会や日本ジェンダー学会などの会長を歴任した。(編集部)

* * *

ぼくが京都大学文学部に入学したのは1971年。その頃の京都では、全共闘運動=学園闘争とともに安保=沖縄闘争などの政治闘争が継続していた。もともと全体主義的な政治に対する反発(というか怖れ)から学生運動に入ったぼくは、実は、当時、京大新聞編集部の主流派の(はずだ)社青同解放派=反帝学評にシンパシーを抱いていた。そんな事情もあり、京大新聞には注目していた。それにしても、反レーニン主義(民主集中制型の組織への反対とローザルクセンブルク的な民衆の自然発生性への信頼)を掲げていたこの党派が、その後の内ゲバの深化の中で、最もレーニン主義的な中央集権型の組織になってしまったのには、今でも心からびっくりしている。

1972年秋、それまで共産党系=民主青年同盟系が握っていた全学自治会=同学会が、旧全共闘側にひっくり返った(いわゆる「同学会再建」)。すでに、内ゲバ(革命的共産主義者同盟の二派=中核派と革マル派、さらに社青同解放派と革マル派の間での内ゲバは凄惨を極めた)が始まっていたこともあり、この同学会再建の運動は、元々京大では最も基盤を持っていた共産主義者同盟(ブント)関西派の影響の強い小グループやノンセクト(セクトに属さない人や反セクトの人)の人々が担うことになった。そんな流れの中で、ぼくも、黒いヘルメット(アナキスト系やノンセクトの人がよく被っていた)から、ブント系の赤いヘルメットへと被るヘルメットの色が変わっていった。

同学会の再建後の1973年春、ぼくは同学会系の新入生歓迎の一連のイベントの責任者になった。この企画には当時の京大新聞も積極的に協力してくれていたこともあり、京大新聞のボックスにもよく出入りすることになった。ところが、この新入生歓迎会の一連のイベントの中で性差別問題が発生した。(問題になったイベントを企画した赤軍派系のグループが雲隠れしてしまったこともあり)全体の責任者であるぼくは、糾弾(当時のことだから、殴る蹴るは当たり前)の矢面に立つことになった。糾弾する側には、元解放派の男性がいた(この人は後にパートナーへのDVなど多くの性差別的事件を起こしたことを後で聞いた)こともあり、それまで一緒に活動していた京大新聞の解放派の人たちも、糾弾の場には顔を出していた(基本的に「傍観」していたといった方がいいだろうけれど)。自己批判のために1週間かけてほぼ寝る間もなく、女性差別問題の本や文献を読みまくり、自己批判書を書いて公開することになった。この経験が、後にジェンダー論を研究テーマの一つにすることに繋がったのだから、「縁は奇なもの」だ。性差別問題で自己批判をしたということで、男性の身ながら、その後はウーマンリブの女性たちとの共同行動に参加したり、学内で発生した性差別事件に取り組んだりもした。

1970年代中期の京大は、全国的にも珍しく学生運動が生き残った。昭和天皇の訪米に際しては、同学会としてアメリカ派遣団を送り、日本とアメリカの「両岸」での訪米阻止闘争をやったり、東北大学の学生処分に京大から支援グループを派遣したりと、さまざまな活動が行われていった。なかでも1970年代最大の運動は第二次竹本処分闘争(全共闘運動のイデオローグの一人だった竹本経済学部助手の冤罪による全国指名手配と、それを理由にした処分をストップさせる運動)だっただろう。当時の朝日新聞は「常時活動家70人、緊急動員200人、最大動員1000人」が同学会の組織力だと書いていたが、だいたい当たっていると思う。第二次竹本処分闘争のあった1977年には、ぼくはすでに大学院生だったが、この闘争には深く関わった(大学院生や教員などの参加も目立ったというのも、この時期の特徴だった)。

ぼくが、再度、京大新聞と関わりを深めたのは、1970年代後半の竹本処分闘争前後のことだったと思う。1980年代には、イタリアに留学していた時調べたイタリアのアウトノミア運動について喋ったり書いたりもした(一部ペンネームで)。また、「京大新聞顧問」を自称していた森毅さんとの付き合いも、それまで以上に深まる時期だった(森さんの追悼会を主催したし、森さんの追悼文を京大新聞に掲載していただいた)。阪大の教員を経て、京大で教えるようになってからも何度か京大新聞には書かせていただいた。その意味で、個人的にも馴染みの深いメデイアだったと言えるだろう。

ここ20年ほど、世界中で1960〜70年代の若者の反乱の研究が深まりつつある。にもかかわらず、この分野での日本での研究は低調だ(日本の研究者よりも海外の研究者の研究の方が目立つのではないかと思うくらいだ)。以前から、ぼくも、「内ゲバ」の研究をしようと思い続けてきたが果たせずにいる。「あの時代」を振り返るには学生新聞は重要なメデイアだ。京大新聞とのお付き合いは、多分、これからも続くはずだと思う。今後ともどうぞよろしく。

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