文化

拝見 研究室の本棚 第3回 山川宏教授(生存圏研究所)

2008.11.06

惑星探査機ボイジャー。外宇宙への旅人によって地球に送られた写真がこの研究に取り組もうと思うきっかけだったと話す。小中学生のころ、新聞の1面に飾られた美しい惑星の写真を見て、どうしたらこんな写真が撮れるのだろう、と考えたのだという。一時は宇宙飛行士も目指した。残念ながらそれは叶わなかったが、元からの夢、ロケットや衛星を「飛ばす」という仕事を選んだ。

もう一つ、心惹かれる世界が、本の中にあった。小中学生のころの読書体験で人と違うところがあるとすれば、それは数学者や科学者の伝記を好んで読んだこと。彼らの成功物語を読むとわくわくして、知的好奇心の赴くままに学究生活にのめり込めたら幸せだろうな、と思っていたという。

やがて2つには接点があることに気づく。結局のところロケットを宇宙に飛ばすことだって、ニュートン力学で「ものがどう動くか」という話に収束していく。その時に使う「道具」は数学だし、今も専門は宇宙工学と紹介されるが、やっていることは天体力学(理学分野)に近い。小さい頃からの数学、物理学への興味が直接つながっているのを感じているという。

2006年までJAXAに勤務。科学衛星の打ち上げミッションにも関わる。「ひてん(工学実験衛星、1988―93年)」「GEOTAIL(地球磁気圏探査衛星、91―94年)」「はやぶさ(小惑星探査機、93―98年)」など、これらはみな、どんな探査をするのか、どんな軌道をとるのか、だったらどんな衛星が必要かというレベルから検討した。大学院生のころから数えて計7つの衛星打ち上げに中心的に携わった。大学と同じで、研究・教育という仕事もあったが、7、8割はプロジェクトに関わっていたという。打ち上げは華やかに見えるが地道な作業も多い。ロケットの姿勢制御システムの設計や人工衛星の軌道計算、2013年打ち上げ予定の水星探査プロジェクトのマネージャーに就任した後は予算とチームのマネジメントという仕事も加わった。その合間に時間を見つけて基礎研究をする、という生活だったという。

そうしたいわば「実践」を常に身近にした研究環境にいられたことは幸せなことだったと話す。だがいっぽうで子どもの頃に読んだ伝記の科学者のように、アカデミックな世界に足を突っ込みたいという意識もあったという。そうして一昨年、京大へ。現在は超伝導コイルを使って太陽風を推進力に変換利用する新しい宇宙船の開発や、軌道工学の基礎研究を行っている。。

衛星の軌道設計に関する本はあるのか、と問うと一冊の分厚いファイルを見せてくれた。古い本のコピーだ。JAXA時代にコピーして持ってきたもの。個人所有でなかったためで、この先も絶対に手に入らないような本はすべてコピーしてきたという。実際に研究で利用するのが一番多いのは本ではなくてこれらコピーした資料だそうだ。ちなみに、軌道設計の本は少し前までほとんどなく、苦労することも多かったのだという。

自宅には仕事に関係する本は一切置いていない。気の向くままにいろんな本を読み、雑多な本棚になっているという。特に趣味の山歩きに関する本が多い。山行計画と衛星の軌道設計は、食料(燃料)と時間の最適化という点で相通じるものがあるのだとか。家の本棚を見てなんの仕事をしているかがわかる人はまずいないだろうとのこと。

逆に研究室の本棚は専門書ばかりなのか、といえばそんなこともない。2つある大きなスチール棚の1つは先述のコピー資料が大量に収まる。一番利用するのはこちらの棚だが、もう一つは分野も内容もばらばらなラインナップが並ぶ。一般向けの比較的柔らかめの理科の本や、数学の本も多い。最近読んでお気に入りは下村裕著『ケンブリッジの卵』(慶應義塾大学出版会)、ケンブリッジ大学に留学した力学研究者の物語(もちろんノンフィクション)だ。科学者の成功談は今でも好きで、研究室にも数冊置いてたまに眺めるという。だが最近の科学者の話はちょっと生々しい話もあって、昔の浮世離れした科学者たちの本の方が好きなんだとか。「子どもの頃の興味を思い出させてくれる感じがします。考え方を参考にしたり、思ったりして、自分も仕事しよう、研究を頑張ろうと思えるんです。」

本気で仕事に専念する時には関係のない本は遠ざける。だが普段から専門書ばかりでは息が詰まる。いろんな本を身近に置くことで気晴らしをして、次の仕事のための活力を取り戻していくのだそうだ。(秀)

《本紙に写真掲載》