文化

〈映画評〉子どもたちが魅せる、東西ホラーの融合作 『ブラック・フォン』

2022.07.16

1978年コロラド州デンバー北で、少年が次々に行方不明になる事件が発生。連続誘拐犯「グラバー」の犯行と噂される。主人公フィニーも、下校途中、マジシャンを名乗る不気味な男に話しかけられると、ガスを嗅がされて黒いバンに押し込まれてしまった。目を覚ますと、コンクリート張りの地下室に。脱出を諦めかけたフィニーの前で、断線した黒電話のベルが鳴る。それは、グラバーに殺害された子どもたちからの電話だった。

西洋ホラーにありがちな狂気に侵された連続殺人犯という設定に、霊との交信という超自然的要素を付与したことが本作の新しさだ。この「モノを通じた死者との通信」という構図は、『リング』『着信アリ』といったジャパニーズホラーの古典を彷彿とさせる。その点、物体から「敵」が現れる日本作品に慣れた観客は、死者の声がフィニーの「味方」であることに、予想外な面白みを感じるだろう。ただ、死んだ子どもたちがフィニーを助ける理由などは語られず、サスペンス作品としてはやや説明不足な点もある。

電話からの助言に従い脱出を試みるが、ことごとく失敗するフィニー。一方の妹グウェンは、神に願うことで過去の出来事を夢に見る能力を用いて、フィニーの居場所を突き止めようと奔走する。

2人の父親は、典型的な「DV男」として描かれる。グウェンの神秘的能力を嫌う彼は、事件に関連する夢の内容を警察に語ったグウェンを、キッチンの台に押し付けてベルトで叩き叱咤する。対して、こっそりと地下室の階段を登ったフィニーが見たのは、台所でベルトを片手にどっかり椅子に座るグラバーの姿だった。ここで、表面的には無関係な父とグラバーが、重なって見えてくる。地下に閉じ込められる主人公は、父親により精神的に抑圧される兄妹の相似だ。物語序盤、フィニーが自ら部屋を出るまで暴力を振るわず、穏やかに振る舞うグラバーに不可解さも感じるが、それは、目の届く場所に兄妹を閉じ込め、そこから逸脱すると激怒する父のあり方そのものである。抑圧するものに必死で抗い、自らの手で自由を勝ち取る幼い2人の姿は、見る者に純粋な勇気を与えるだろう。

さらに本作のテーマとして、子どもたちが持つ「信じる力」にも注目したい。壊れた黒電話の音はグラバーも耳にしたが、非現実的だと笑って無視した。一方、そのありえるはずのない死者の声を信じたフィニーは、何度失敗しても助言の通りに脱出に挑み続ける。また、グウェンも、願ってもフィニーに関係ない夢ばかり見ることに苛立ちつつ、最後まで夢を見せる神を信じ抜いた。自分が体感する世界に誠実に向き合い続けた兄妹の姿は、「他者から見た正しさ」に従うことに慣れた大人にとって、あまりに勇敢で偉大である。

サイキックな表現を中心に解釈の余地を多分に残す本作だが、緊迫感に満ちた王道ホラーとしても十分に見応えがある。静かになったと思うと大きな音と共に異物がアップされる演出には、分かっていても、いや、分かっているからこそ、心臓が跳ねる。また、電話の声が指示する一見的外れな行動と、彼らが口にする意味深なフレーズがひとつの線に繋がるラストは、霧が晴れるように爽快だ。

昨今、動画配信サービスの普及により、家のテレビで手軽に映画が見られるようになった。しかし本作は、ぜひ映画館で視聴してもらいたい。指定の座席に拘束されるもどかしさと、圧倒的な音響が胸を叩く感覚が、恐怖の波を幾重にも増幅させるだろう。1日から、全国で公開されている。(桃)

製作年:2022年
製作国:アメリカ
上映時間:104分
監督:​​スコット・デリクソン

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