文化

〈映画評〉「私は告発する」 オフィサー・アンド・スパイ

2022.07.01

1894年、フランスで一人のユダヤ系陸軍大尉がパリ軍法会議にかけられた。彼の名はアルフレッド・ドレフュス。ドイツに軍事機密を流したとして反逆罪で終身刑を宣告された、世界史を学ぶ者なら一度は聞いたことがあるだろう彼。その元教官であるジョルジュ・ピカールこそが今作の主人公である。防諜の責任者でもある彼は、ひょんなことからドレフュスが無罪である証拠を見つけてしまう。彼の冤罪を確信し上官に対処を迫ったピカールだったが、国家的なスキャンダルを恐れた上層部の隠蔽工作により左遷されてしまう。時は流れて1897年、ピカールはドレフュス事件の再審を求めてパリに戻り、作家エミール・ゾラらとともに、腐敗した権力や反ユダヤ勢力に立ち向かっていく。

ドレフュス事件の名はユダヤ人迫害に通じる冤罪事件として有名だが、実際に何が起こったかを知っている人は多くない、と監督・脚本を務めるロマン・ポランスキー氏は語る。「冤罪をかけられた男」という物語的な魅力と、反ユダヤの動きが活発化している現代との共通性が、本作を映画化した理由であるという。

作中の時間は過去を回想したかと思えば未来へ飛び、ドレフュス事件の全貌を知らなければ一度で理解するのは難しい部分もあるように感じられた。しかし、その中で描かれる人間の醜さ、狡さ、堕落した様子は息をのむほどの迫力をもってこちらへ訴えかけてくる。年月が経ち技術は進歩して、筆跡鑑定の不備で有罪になることはもはやありえないだろう、とは監督も述べている。だが、どれほど技術が進歩しようとも人間の在り方というものは早々変わるものではない。楽な方に、自分に都合のいい方に流されやすい一面を持たない人間がいるだろうか。腐敗に負けずドレフュスの冤罪を訴え続けた主人公のピカールとて、習慣のようにユダヤ人を嫌う当時の典型的なフランス人の感覚や、官僚の夫を持つ女性と悪びれず不倫関係を続ける側面を持っている。悪役と呼べる国家権力に立ち向かう主人公を清廉潔白には描かないことで、この事件の生々しい現実味を伝えてくる。これこそが私たちの生きるこの時代にも通ずる問題を描く本作の、最大の魅力であろう。(楽)

作品情報
製作年:2019年
製作国:フランス・イタリア上映時間:131分
監督:ロマン・ポランスキー

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