〈映画評〉チクタクと迫る青春の終わり 『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』(2022.01.16)

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本作は、実在したミュージカル作家ジョナサン・ラーソンの自伝的ミュージカル作品『tick,tick…BOOM!』を映画化したものだ。原作『tick,tick…BOOM!』は劇中劇として配置され、そのミュージカル公演に重ねて、作家自身の人生を描く。

舞台は1990年のニューヨーク。作家志望のジョナサンは30歳の誕生日を1週間後に控えている。ウェイターとして働く合間に曲を書くものの、電気代の支払いすらままならない。かつてともに役者を志した友人は広告代理店に就職し、安定した収入と快適な暮らしを得ているし、両親は彼の年齢ですでに家庭を築いていた。20代のうちに作家として成功したいと切望する彼には、いつからか頭の中で秒針の進む音が聞こえるようになった。そんなとき、8年かけて書いた『Superbia』がプレビュー公演のチャンスを得る。作品が評価されれば、ブロードウェイでの上演が叶うかもしれない。しかし、そうでなければ……。

青年時代を捧げて目指したミュージカルの世界で、いまだ何者でもない焦燥感。商業主義や消費社会への反骨心も、今にもくじけそうだ。物語と並行して進むミュージカルの伴奏が映画の背後に流れ続け、その軽やかなテンポは主人公の焦りと重なるようでもあり、対極を成すようでもある。

作家にとって、時計の音の先に予感される〝BOOM!〟という爆発音の正体はなんだろうか。ダンサーである恋人スーザンは地方都市での堅実な暮らしを望み、ジョナサンに対して、ともにニューヨークを離れようと決断を迫る。また、ジョナサンの友人たちはひとりまたひとりと、流行するエイズに罹り20代で亡くなっていく。迫り来るのは、30歳という物書きとしてのタイムリミットと、恋人と共に暮らす人生を選ぶためのタイムリミット。そして、死の影に怯える友人のそばで、ひょっとすると自分にも明日訪れるかもしれない、死という究極のタイムリミットさえ意識される。

実際のジョナサンは『Superbia』の後、『tick,tick…BOOM!』(1991)、『RENT』(1996)を書いた。『RENT』はその後ブロードウェイで12年間上演され続ける大ヒット作となった。しかし、ジョナサンはその公演初日の前日に他界した。大動脈瘤による、35歳の若さでの急死だった。

作品中ではホームビデオ風の映像がたびたび挟まり、あたかも1990年にジョナサン・ラーソンその人を撮った映像のように感じさせる工夫がなされている。しかし、ジョナサンの死後にスーザンがストーリーテラーをつとめる形式でありながら、舞台上のジョナサンが自身の物語を一人称的に語る場面と、ジョナサンの伝記的な物語、そして「リアル」かのようなホームビデオが交互に現れる構成は何重にもメタ的であり、時系列的にも複雑で気を散らされる。

とはいえ、ラストではホームビデオ風の映像が効果的に働く。作品の最後に30歳の誕生日を迎える彼はまだ無名の作家にすぎず、死後に自身の作品が大成功することなど知るはずもない。画質の悪いビデオカメラに収められた俳優の表情が、演技とわかっていても、あまりに「リアル」だ。夢を持つ者も持たない者も、私たちの誰もが、同じように老いと死に向けて今日も1日を過ごす。若さを切り崩す日々が何の実も結ばないという虚しさを感じたとき、私たちの脳内にも秒針の音が響き出すのだろうか。主人公の表情にその恐怖を見たようで、ヒヤッとした。

本作では、『ハミルトン』で知られるミュージカル作家のリン=マニュエル・ミランダが初めてメガホンを取った。また、ブロードウェイの著名な俳優が多く出演している。たぐいまれな名作を生みながら、その快挙を知ることなく世を去ったミュージカル作家を讃えて映像化された本作と、彼の生きた証としての楽曲の数々。輝かしいけれど息の詰まるような青春の重みが胸に迫る。(田)

作品情報
製作年:2021
製作国:アメリカ
上映時間:121分
監督:リン=マニュエル・ミランダ

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