文化

〈映画評〉台湾からの心温まる贈り物 「幸福路(こうふくろ)のチー」

2020.01.16

祖母の死をきっかけにアメリカから台湾に帰郷したチーことリン・スーチーが、幼少期の思い出を呼び起こすと共に自身の半生を振り返る姿を描いた台湾発長編アニメーション。ソン・シンイン監督自身の経験が反映された半自伝的作品となっている。過去の自分に思いを馳せるチーの姿、特に子供時代と現在の彼女が共演するシーンなどから、高畑勲監督の『おもひでぽろぽろ』といった日本の作品を連想してしまう人も多いのではないだろうか。

京都大学大学院で映画理論を学んでいたという監督は、留学の際に細部まで意識して描写した日本の作品に影響を受けたと語る。作中では、観客が気付かないであろう窓枠など建物のディテールや人物の仕草(再会した父がポケットに宝くじを隠す場面)などに、その影響が見て取れる。リアルな描写の現実パートがある一方、それとは異なる作画でどこかファンタジー色のある幼少期のチーの妄想パートも印象的だ。個人的には、子供から見た怒れる大人が鬼のように見えることを表現したシーンで、とりわけアニメーションの良さを活かせていると感じた。

80年代後半に巻き起こった民主運動にチーが参加する姿から分かるように、彼女の思い出は実際の台湾の政治・社会情勢や災害の記憶とともに語られる。台湾の近現代史に疎いと事情の把握に苦労するかもしれないが、これらの出来事が描かれることでリアルとファンタジーという2つの性質が1つの作品としてまとめられている。

様々な表現を用いて映し出されるチーの半生。そこから浮き彫りになるのは、子供の頃に思い描いた大人になれなかった人物の苦悩である。そんな彼女に救いの手が差し伸べられるラストは、誰にでも幸せが訪れることを訴えるが、ただ綺麗事で終わらない。最後の「永遠の幸せなんてない」という祖母のセリフからは、続かないからこそ日々を懸命に生きなければならないという監督のメッセージを感じるだろう。郷愁のみに終始しない素晴らしい作品と言えよう。(湊)

制作年:2017
製作国:台湾
原題:幸福路上
上映時間:111分
監督:ソン・シンイン

関連記事