インタビュー

松本紘 新総長 「私は戦略を示す」

2008.10.09

10月より第25代京都大学総長に松本紘氏が就任し、新たな京大の運営体制がスタートした。国立大学法人化から4年半が過ぎたが、今なお大学には多くの変化が迫られている。その中で総長となる松本氏は今後の京大のあり方についてどのように考えているのか、話をきいた。(義)

-どのような期待がかかって今回選出されたとお考えですか。

おそらく時代の流れだろう、と思います。時代が大きく変わっているじゃないですか。大学というものは本来急激に変わるものじゃないんだけど、周りが非常に変わっている。国から大学に対して色んな要望が降りてくる。それに対して大学が一切無視するというぐらい安定した基盤・組織をもっているかといえばそうでもない。財政的には半分ほどは国からの支援を受けてやっているので、その国自体が変わっている以上、大学も昔のままでいていいとは多くの構成員が考えていないんじゃないか、と思いますね。やっぱり大学は時代時代に応じて変わるところは変わる、変わらないところは変わらない、というしっかりとした基軸というものが要求されるようになっている。

そしてその変化の典型例が国立大学の法人化。もちろん当初は京大でも反対が激しくて大変だったとは思うのですが、これは法律なので決まったら実施される。その中で京大はどうしていくか考えたときに京大のよさ、昔からの伝統はできるだけ壊さないでおこうというのが法人化された当時の京大の執行部・部局長の考えだったと思うんです。急に変えると大学がおかしくなるので、政府が要求する新体制をゆっくり消化していきましょう、という方針で進んでいた。ところがほかの国立大学は制度がかわったときに、大学の財政基盤を強化する、という政府の方針にのっていった。京大はそれにのらなかった。そのために少し遅れた。遅れたのが悪かったとはいいませんが、遅れたのは事実です。もちろん遅れたために我々がキープできたいい面もたくさんあると思う。ただそれは私は功罪相半ばだと思っている。その中で今どういうことをしたらいいのか、大学全体の悩みであったと思う。

私は3年前に財務、研究、産学連携、情報、総合技術部、図書館などたくさんの担当をうけもった。できる範囲のことをやろうと思って最終的に3つぐらいに絞りましたけど、そういう運営をずっとしてきた。それで遅れた分を回復する、他大学でやっていないユニークな京大らしい点をのばす、時によっては相反するこの2つの要求をバランスとりながら様々な政策をいろんな人々の知恵を借りてやってきた。そういうのを見てる人が見てて、まあこの路線なら急激にむちゃくちゃすることもないし、じっとしてて京大が沈みこんでいくこともなかろう、という判断をされたんじゃないかな、と思いますが、まあ実際のところは分かりませんね。

-在任期間で京大をどのような大学にしていきたいですか。

まず、私が具体的に何々をする、という立場じゃないということを先に理解してもらいたい。総長がこうするからといって変わる大学じゃありません。やっぱり構成員一人一人の意識がどういう方向にすすむか、なんでね。当然最終責任は総長にあると思っています。責任から逃げるつもりはまったくありません。ただ、総長の役割は具体的な戦術ではなく戦略、つまり方向性を示すことだと思っています。「戦略」というのはなにかというと、ある方向を示すこと。これが船長の役目であって、この方向に行くのに舵を何度きれ、とかそういう細かいことをいうのは戦略じゃない、それは「戦術」。だから戦略と戦術は違って、総長というものは戦略を示す。ちょうど今回の選挙でマニフェストをまあ急ごしらえですけど箇条書きで書きました。これが一つの方向なんですね。この方向に進んでいくために対話を大事にしていきたい。

-尾池前総長は就任時に「京大はリーダーシップでうごく大学じゃない、ボトムアップでいかないと」とおっしゃっていたのですけれども、京大の運営の仕方は大体同じような方向とお考えなのでしょうか。

尾池先生が最近おっしゃっていることとしては、ボトムアップに基づくリーダーシップというのがある。あくまでもリーダーシップは発揮する、とおっしゃっている。私はその言葉が自分のやり方にぴったり当てはまるかどうかは分かりませんが、ちょっと違う、とも思っています。

ボトムアップっていうのはあくまでも全員が議論する中であがってきたものを、総長などが選ぶなり、判断するなりしてやるわけ。でも私は、方向性は示したいと思っている。その方向に対しての具体的な戦術ややり方については議論を十分に喚起したい、と。そして議論の中からあがってきたものを聴く大きな耳を持ちたい。ボトムアップということばは耳のきこえはいいけど、実際はどうなのかというと問題もある。各部局で代表をだして意見があがってくるわけだけどあがってくる時のプロセスをよく見ないと、本当にそこに全員の意見が集約されているかが分からない。どのレベルでも部局相互の意見が合致するとは限らない。でも各部局できまっていることはくつがえせないでしょ、代表者の方々は。ボトムアップという限り。それで協議したところで妥協しかできない。それが更に段階的にあがっていくとすると各部局のお家事情が妥協されてあがってくる、ということになりますよね。そうして出た結論がベストかといわれると、ベストじゃないこともある。そういう時は執行部が判断すべきなんですね。役員は下からあがってきたものに黙って判子を捺す、というだけでは全然意味がないので、やっぱり責任を持つ以上よく考えて、判断すべきときには判断しなければいけない、と思っています。だから私はどっちかっていえば、方向は示してその方向に従って皆さんの意見を聴いていく。自分からなにも示さずにただみんなの意見まってるよ、という姿勢はとりたくないわけ。それをどう表現するか難しいのですがボトムアップに基づくリーダーシップ、とはなかなか言い難いんですね。

-さきほどおっしゃていた京大のよさ、伝統はなんだと思いますか。

京都大学の伝統としては初代木下広次総長がおっしゃった有名な三つの言葉があります。

まずは「自学自習」という言葉。これは受け止め方によって随分幅のある言葉ですが、称賛される際には学生に自分の勉強したいことを自由に学んでもらう、おしつけの教育はしない、という風に捉えられる。ただ、そうはいうものの現実にそのいい点がね、発揮できる体制にあるか、学生のレベルがどうか、といった点を考えると、最近はそれが難しいと言う人が増えている。京大生は教育せずとも自学自習だ、としていると必ずしも学生のレベルは上がらないんじゃないかと考える人がいる。実際時代がそういう曲がり角にきていると思うんですね。だから、全学共通教育についても今どのようにしようか色々と議論している。

話が若干ずれますが、私は全学共通教育は重要だと思っています。今盛んにどうしようか議論している。多くの世間の人たち、特に企業人は最近の学生は幅が狭いと言います。教養人として最低限知っているべきものが欠落してるんじゃないのかと。だから大学のいわゆる教養教育というものにもっと時間を割いて徹底的にやるべきという声がある。そういった時に自学自習というものが単なるほったらかしでいいのか、ある程度こういうこと勉強した方がいいですよ、と枠をつくった方がいいのか、という点は議論していくべきだと思っています。

私自身は、教養教育は学生のやりたいようにある程度はやらせたらいいと思っているけれども、優しい単位だけとって単位もらえたらおわり、ということではよくないと思います。やっぱりある程度の緊張感が教員と学生の間にないといけない。教員から学生にする要求の仕方もあるんですが、学生にあの先生いいかげんだといわれることのないように教員側も緊張して、どういうメッセージを学生に伝えたいのかを考えるべきでしょう。 二つ目に「自重自敬」という言葉があります。これは大変大事な概念で、学問の本来の考え方をいうと、「知っとけ」ってことでしょ。なにを知っとけばいいかというと、まず「己を知っとけ」ってことなんですね。自分を知るってことが学問の基本なんです。その中で相対的な知識ができてきて、人がどう言っています、世の中がどうなっています、将来こうなるでしょう、といったことが頭に入って来るわけですね。そして主体から客体に移っていくわけですよ。主体がスタートで、まず自分がしっかりしていないといくら勉強したって意味がない。だから自らを重んじ、自らを敬う、という「自重自敬」の精神が学問をする上では大切なんです。

それと関係する次の言葉に「自得自発」という言葉があります。つまり、人と接するなりして知識・技術を得る中で自分を啓発する、そして自分からその啓発された内容を発信する、と。人間が教育・研究・学問をするっていうのには、元々そういう意味があった。自分を高める、そして社会のために役立っていく、という意味が。だから自分の存在とはなにか、からはじめて他者を含めた社会のあるべき姿はどのようなものか、といったところまで考えすすめていく。こういうことの集大成が学問だと僕は思っているわけですね。僕は学問というのは真実を巡る人間関係であると常々言っているんですけど、それはそういう意味なんです。だから学生が自分を確立してその六つの「自」を十分に考えて学問をしていくというのが京大の伝統じゃないかと考えているんです。

教員・事務職員の溝を埋めるため、知識豊富な中間職員を

-具体的な話になりますが、マニフェストにあった中間職員というものの働きについて具体的にはどのようなものを想定していらっしゃいますか。

これはこれまでも随分と議論してきましたが、絶対に重要だと思っています。学生が十分な教育を受ける、十分な研究環境を与えられるためには教員と事務職員の果たすべき役割が十二分に補完的でなければならないのですね。ところが今までは教員組織は事務組織に頼りきれない。事務職員も教員の言っていることが分からない、という状況でちょっと溝があった。この溝を埋めるのが中間職員。これが定義です。

研究者の立場から言うと、今の日本の大学教員はなんでもやらなければならない。薬品の発注から実験・管理に至るまで。しかしそれでは研究効率が非常に悪い。しかも本当はその人のブレインに期待されて教員になっているのに、ブレインじゃなくて手を使う時間が増えるんです。でもね、欧米の多くの国々の大学にはアカデミックスタッフ、中間職員がいるんですよ。一人の教員がいれば、周りにそのアシストをする人がたくさんいるわけですね。教員は考えるだけ。これやりたい、こうやろう、というだけ。そうするとスタッフが教員の意向を聴いて諸々の事務作業をする。しかもそういうスタッフは学問の専門家じゃないけど、学問の必要性・目的というのが十分に理解できる知識があるので一々教員に聞かなくとも効率的に準備などを進められる。その間に研究者はまた別の問題を考えられる。余った時間を研究時間、あるいは教育の準備期間にあてられる。だから中間職員の職務は非常に重要です。

-その人材はどのように確保するのですか。

やはり時間をかけて教育していくのが必要でしょう。私としてはできるだけ事務職員の能力を引き上げたい、研究に関して知識のある事務職員を増やしていきたいと思っているのですが、同時に場合によっては、研究者側から研究より事務の方が面白いと思ってきてくれることも期待しています。やっている研究が頭打ちでどうも面白くない、という研究者・あるいはポスドクの人たちにとっての選択肢の一つとしての職業になれば、とも思います。ただしちゃんと処遇はして、専門職として独立するようにしたい。そうすれば大学も成果がどんどんでる、と思っているんです。

私の経験では研究担当のときに理想的な形がありました。事務職員の方々はよく働いてくれましたけど、やはり研究者じゃないので研究者の現実的な要求とか実質的な問題とかをなかなか肌で感じられない。それで私は研究者の方にきてもらったんです。すると申請書を書いてもらう、国のプログラムをとりに行くという時に、事務職員の目では理解できないようなところに研究者の目が入って、教員と事務職員の協働作業ができたのです。それで能率がそれまでの2倍くらいに上がりました。知識ある人がきて意欲をもって色々とやっていく。そうして中間職員に少し近づくわけです。その内に事務職員の方もどうすれば研究費をとれるか、研究者のトレンド、政府の考えが分かるか、が勉強になる。これは教職員双方にとって非常にプラスになったと思います。

-記者会見時に基礎研究・文系学問にも援助をしていくとおっしゃっていましたがその財源としてはなにを。

今現在は間接経費(※1)から出しています。競争的資金(※2)のうち30パーセントは大学につくのでそれを財源にしている。大きな流れとして国は徐々に基盤経費(※3)を競争的資金にシフトしているので、競争にそぐわない分野、長い時間をかけないと実績の出ない分野に渡るお金は段々と減ってきている。だからそういう分野には大学として当然援助すべきなんです。それができるのが総合大学のいいところ。一方では金を稼げる人がいて、一方では金を稼げない人がいる。そしたら少しこっちからいただいて、こっちにまわす、という仕組みが作れるじゃないですか。だから「全学協力経費」というのを今作っている。支援金を出すという意味では今までと変わらないのですがなかなか申請がないんでね、分かりやすいシステムにしているところです。

-このほど理学研究科では博士課程への給与支給、実質的な授業料免除をはじめましたがこれはやはり人材確保という意図でしょうか。また、今後他の研究科に拡がっていく可能性は。

各研究科で決めていることなので私は知りませんが、とてもいい取り組みだとは思います。私も学生の頃経済的に苦しかったので困ったときそういう助けがあることがどんなにありがたいか身にしみて分かっている。

学生さんが頑張っているなら、困っているなら支援する、というのは重要です。だから大学全体で若手研究者のうちから優秀な人を採用して支援するシステムを作ろうと思っている。年20人、5年間で100人ほど。年間10億かかります。今現在、国からのお金が年間10億円減っていっています。そういう財政状況の中でもどんなことをしてもこの10億円は捻出しなければならない。

もちろんさっきいった基礎学術の分野にもお金をまわしたいんですよ。私は大学は土壌だと思っているんです。文化土壌。学術土壌。文学も哲学も数学も理学も、全部あって豊かな土壌なんです。ところが国がその土をどんどん大洪水で流していっている。だから大学は学問・社会の基礎をつくっている豊かな土地ですよ、と国に対して口をすっぱくして訴えていきたいと思っているんです。

-そういった国への提言・働きかけとなると、国立大学協会などの組織の働きもあると思うのですが。

もちろん使わなければいけないし、それだけでなく京都大学から情報を発信していかないといけない。やっぱりマスメディアにさらされる機会が京大は少ないと思います。東京行って京大見えてますか、って聞くと見えてませんって言うんですよ。財界も、企業も、政府もそう言う。それを打開するためには、やっぱり東京の方までみえるような発信をしていかなければならない。尾池先生はHPが重要だということで毎日アクセス数なんかチェックしておられたようだけど、それだけじゃなく、やっぱり新聞とかテレビとかを使っていかなければならないと思います。そういうところで、大学はこれくらいの役割を果たしていますよ、大学が弱ればこうなりますよ、といったことを言い続けなければいけない。これは総長からだけじゃなくていろんな先生からのメッセージとして発信して頂きたいです。

その一つの目論見として「ぶら下がり取材」みたいなのをやってみようと思っています。一ヶ月に一回になるか二週間に一回になるか分からないけど、なんとなく用件はないけど記者らと懇談をもって、そこにうちの大学の先生方、場合によっては大学院生をつれてきてしゃべってもらう。今はなかなか何か成果がないと記者発表しないけど、具体的な成果が出なくともいい研究をしている方はたくさんいるので、そういう人にはこちらから手をさしのべる。それも総長の仕事だと思っています。

-総長としては社会への情報発信という方向を強くうちだす、と。

そうですね、それはやっていきたい。それからさっき言った財政基盤の強化。そんな金のことなんか言うな、大学は清貧や、というのが昔の学者のイメージだけど、そう言っていたら、さっき言っていたような学生・若手研究者への援助、基礎学術分野への支援なんてできないでしょう。だから財政的なことも総長の役割の一つだと思っています。今回理事の一角に外部戦略担当理事というのを置ましたがそれはそういう目的でね、大学のいいところを世間に発信していこう、発信してお金が少しでも入るように、と考えているんです。まあざっくりといって100億円位足りませんね、今。その中で少なくともさっきいった研究者の支援と学生の教育環境整備はやっていかなければならない。

役員・研究者との対話を重視

-理事や外部の役員さんとの関係・連携をどのように。

一体感をもってファミリーのようにやっていきたいと思っています。理事には各々の担当がありますが、担当のところだけ見ていればいい、という時代ではない。たとえば研究といったって教育と無関係じゃないし、教育といったって施設と無関係じゃないしね。だから毎回理事が集まって、お互いに情報交換と戦略に関する議論をするようにしたいんです。今までは理事同士で常時シェアをするというやり方はしてこなかった。しかし次期はそういうシェアを大事にしたい。それを調整するのが総長であり、総長室であると思っています。

また同時に部局とのパイプを太くしたいですね。今は部局長会議というものがあるけどそれだけなんです。あまりにもパイプが細すぎるので部局長懇談会みたいなのをいくつかに分けてやって、理事や総長を交えてざっくばらんに意見をきいて、間違った運営にならないようにしようと思っています。

-理事をなさっている間に若手研究者の方々とランチミーティングなどもしておられましたが、その中で思ったことは。また学生へのメッセージは。

若手研究者との話し合いは有効だったと思います。私が想像していた以上に部局・専門分野によって考え方が違うということを実感しました。必要な研究経費の額も研究環境も違うということもあるのでしょう、いい勉強になりました。今後もそういう機会があればぜひやりたいと思います。私は分かっているつもりでいたけど先生方の本当の願望、要望をつかみきれていないと思うんですね。だから一時僕はおよそ3000人いる全教員と会ってみようと思ったんです。まあこのスケジュールの中ではできない、ということでなかば諦めたんですけど。でも本当は特に若い人とは十分に話をする機会を設けなきゃならないと思っています。

学生へのメッセージとしては、少なくともさっきいった三つの言葉、「自○自○」の意味をよく考えてほしい。そして自信・プライドを持ってほしい。将来はなんであれなんらかの専門家になっていく。その自分の選んだ道では必ずや大成する、世界一になる、という気概をもってほしいと思います。

(9月22日、理事室にて)




※1 間接経費 競争的資金のうち、それを受ける研究者が所属する「研究機関」のための補助金。

※2 競争的資金 科学研究費補助金、世界トップレベル研究拠点プログラム、グローバルCOEプログラム、科学技術振興調整費等研究支援のための補助金。

※3 基盤経費 施設・環境整備など大学の運営に必要な分野にあてられる補助金。

《本紙に写真掲載》