文化

研究ノート 第5回 ウェアラブルコンピューティング

2007.12.16

子供のころ、アニメで見た未来的な機械にあこがれたことはないだろうか。あのあこがれを現実に変えていく研究分野がある。ウェアラブルコンピューティング(以下ウェアラブル)といって、コンピューターを着る技術である。今回は京大でウェアラブルを研究する学術情報メディアセンターの義久智樹助教に話を聞いた。 (幸)

◇さあ着てみよう

ウェアラブルの一般的なスタイルは、頭にHMD(head mounted display)を装着し、コンピューター本体を腰から下げ、手元にポインティングデバイスを握る。コンピューターを、画面、本体、マウスに分割した格好である。本体はウェアラブル専用のものである必要はなく、カバンに入れたノートパソコンでも構わない。普段のパソコンが場所を選ばず見られるということである。小型のキーボードを装着してもよいが、ほとんどの操作をマウス代わりとなるポインティングデバイス(ジョイスティックのようなもの)を使って、画面上で行う。文章を作成したりするのは難しいが、情報を見る程度なら十分。そもそもウェアラブルはその用途からして、情報を作ることではなく受け取ることに向いているようだ。

しかし、一般的なスタイルとはいえ、ウェアラブルはまだまだ発展途上な分野だ。既存のものよりより便利な新しい機器の開発が、義久氏の研究である。既成にとらわれない発想とそれを実現する技術が求められる。蛇口をひねるように操作するポインティングデバイス、マウスと一体化したディスプレイなど、様々な物を作ってきた。

ウェアラブルの核となるのは、HMDだ。さまざまな型があるが、片目、もしくは両目の前にディスプレイが表示される。写真のものはシースルーという型で、実際につけてみると13型のテレビ画面が約60センチメートル先にあるように見え、焦点を置かなければ画面は透けて、背後にあるものも見える。特に健康に危険はないが、子供の日常的な使用は、視力の発達に偏りができてしまうためよくないという。

他にも、サングラス型のもの、頭から被るタイプのものなど様々な形がある。商品としても販売されており、10万少しあれば購入できる。

また、HMDの利点は、どこでも見られるだけではない。着用している本人しか見えないため、周りから見られることがないのである。電車でノートパソコンを使うように、隣からは何をしているか丸わかりで、できることが限られるということもない。「携帯電話ののぞき見防止シールなんか見るとHMD使えばいいのに、と思いますね」と義久氏は語る。

◇ウェアラブルの用途

もともと、ウェアラブルは、(インターネットと同様)アメリカで軍事用として研究の始まった技術である。現在では、産業用などでは実用されており、企業も大々的にとはいかないが、商品として販売している。 産業におけるウェアラブルの魅力は、現場にいながら必要な情報がすぐに見ることができ、作業をする手をあけられることである。たとえば工業などにおいて、工場で作業をしながらリアルタイムな在庫や発注の状況などの情報がわかる。いちいち事務所に戻ることもないし、膨大な情報を印刷して持ち歩くよりはるかに効率がいい。

工業だけではない。コンピューターとは無縁に思える農業にも、ウェアラブルコンピューターは存在する。義久氏も制作に携わったもので、実用されてはいないが、サイファーギアという。フィールドにいながらにして農薬の散布状況や天気がわかることに加え、手袋につけたセンサーによって果肉の生育状況などといった目には見えないものまでがわかる。多くのものを取り付けたため配線には苦労し、結局服に縫い付けたという。

◇ウェアラブル普及のために

しかし、便利だからといってすぐに普及するわけではない。メーカーは、産業用として作ってはいるものの、市場がなかなか大きくならない。期待されるのは、個人用の市場であり、認知度を上げることに義久氏も力を入れている。

義久氏は学生時代、塚本昌彦氏(現神戸大学工学部教授)のもとで学んで以来、ウェアラブルを研究している。塚本教授は現在NPO法人チームつかもと(ウェアラブルコンピューター研究開発機構)の理事長を務めており、義久氏もその理事を務めている。チームつかもとはウェアラブルの普及、啓蒙を目的とした産官学連携研究チームである。

普及活動は主に講演やワークショップを通して行われている。12月8日にも義久氏は京大博物館にて、小中学生向けのワークショップ「コンピューターを着てみよう!」を開催した。携帯電話、ワンセグ、ipodなどの流行から考えて、ウェアラブルの普及のためのニーズは十分にあるという。だが、期待ほど認知度が上がっていないのが現状である。

普及への課題は省電力化と見た目である。省電力化は単純に技術的問題だが、見た目はそうはいかない。人がつけていないもの、まして認知度も高くないものを身につけると、当然ながら目立つ。義久氏も、研究を始めたころは頻繁にHMDを着用していたというが、現在はあまり普段着用することはなく、着用はもっぱら研究中だという。普段着用しなくなったのは、作業中でなければ、自分の場合特に必要がないことと、やはり人目が気になるからであるという。

対策として、小型化、メガネや服への埋め込み、いろいろな可能性が模索される。究極的には、人体への埋め込みという選択肢もあるが、義久氏はそれには気持ち悪さを感じ、反対だという。逆に、目立つなら逆にどこまでも目立たせればいいのではないかと考え、派手な装飾をしたこともあるという。これはウェアラブルファッションショーでは好評であったという。

しかし、身につけるものであるということは、流行に乗れば爆発的な勢いで普及する可能性を秘めている。「流行が始まれば、10万円台の価格も2〜3万まで下がってくることも考えられるし、そうなれば10年、20年と言わず、1年、いや2,3ヶ月後には道行く人みんながHMDを着用している時代が来る。」と、強気の予測を立てる義久氏は「芸能人に着用してもらえれば普及は早いと思います」と語る。

《本紙に写真掲載》