企画

瀬戸臨海実験所を訪ねて 南紀白浜で生物多様性を学ぶ

2025.08.01

瀬戸臨海実験所を訪ねて 南紀白浜で生物多様性を学ぶ

研究棟の入口

山守助教(4面にインタビュー)が所属する瀬戸臨海実験所は、和歌山県南部の白浜町に位置する。京大吉田キャンパスからは200㌔離れた地で研究者や学生が研究に取り組んでいるという。さらに白浜水族館が併設されており、京大生は学生証を提示すれば無料で入場できる。今年で創立103周年を迎える実験所にはどのような施設があり、どのような研究が行われているのだろうか。今回、実験所所長の下村通誉教授の案内のもと施設を見学し、その実態の一端をうかがった。夏休みの旅先から進学先まで、幅広く進路選択の参考にしていただければ幸いだ。(燕)

目次

瀬戸臨海実験所とは
研究棟
 顕微鏡室
 環境DNA実験室
 共同利用研究室
 飼育室
 共同利用実習室
 畠島
 学生宿舎
京大白浜水族館
 バックヤードへ
 標本室
プライベートビーチで講義⁉


瀬戸臨海実験所とは


瀬戸臨海実験所は1922年、京都帝大理学部の研究所として設立された。日本で4番目の臨海実験所で、現在はフィールド科学教育研究センターに属する。暖流黒潮の影響を受けた白浜町の海岸には亜熱帯性の生物が生息し、加えて岩礁や砂泥地など、日本の海岸を構成するほぼ全ての環境がある。こうした環境を活かして、実験所では海産無脊椎動物を中心とした研究が行われている。生物は共通の祖先から進化と種分化を繰り返して今に至るが、ヒトを含む脊椎動物と体の構造が大きく異なるのが、背骨を持たない無脊椎動物だ。生物の進化の過程を解明するために、実験所は開設当初から、多様な体のつくりを持った海産無脊椎動物を研究してきた。現在は16人の教職員と15人の研究員・学生が研究に取り組んでいる。他大学の学部出身の院生も多く、全国から海の生き物好きが集まるという。

目次へ戻る

研究棟


顕微鏡室


まず初めに案内されたのは顕微鏡室だ。室内には顕微鏡とコンピューターが数台。学生は自由に顕微鏡を用いて研究できる。机上に置かれた生物のスケッチを手にとって、「これは体長1㍉の甲殻類の脚です」と下村所長。プレパラートに置いた標本を顕微鏡で観察してスケッチし、形態的特徴をもとに分類するという。鳥類や魚類はデータベースが充実しているためDNAを用いて種を同定できるが、データが不十分な甲殻類はDNAでの照合ができない。そのため形態により種を記載し、DNA塩基配列などを登録する。こうした作業でデータベースを充実させていき、後続の研究に資するのが瀬戸臨海実験所の役目のひとつだ。

描画装置を付けた顕微鏡。右側についた鏡の下に紙を置く(提供)



下村所長。手に持つのは甲殻類の論文の記載図



環境DNA実験室


環境DNAとは、水や空気などの環境中に存在する生物由来のDNAのことで、調査した環境の生態系の状態の把握などに用いられる。例えば、ある川の水を汲んで環境DNAを調査したとき、ある生物の組織の断片やフンなどに含まれるDNAが検出されると、その水域にその生物が生息していることがわかる。最新機器を使った研究にも幅広く取り組んでいるという。隣接する第二研究棟は環境DNAと分子実験に特化した施設となっている。

共同利用研究室


多くの生物試料や研究環境を備える実験所には、国内外から研究者が訪れ研究に取り組むこともある。そうした外部の研究者が研究拠点として利用するのが共同利用研究室だ。滞在期間は研究者によって異なるが、隣接する宿泊棟と併せて利用されるという。

飼育室


室内では、水が流れる音が絶え間なく聞こえる。海が近く海水が自由に使えるので、海産生物の飼育がしやすい。蛇口から出る海水に満たされた水槽には、貝類が飼育されていた。中には研究のためにビデオカメラで撮影され、行動が記録されている最中の生き物も。実験所の教職員には併設の白浜水族館の飼育スタッフも含まれるため、飼育方法の助言を受けながら研究できるのが長所だ。

水槽の中には貝類が。蛇口から出るのは海水(提供)



共同利用実習室


壁一面のショーケースには顕微鏡が並ぶ。まるで音楽室に並ぶ楽器のようだ。共同利用実習室は理学部開講の実習に利用される。京大の理学部のみならず阪大や東京科学大などの他大学や、高校の実習、留学生向けの国際臨海実習にも用いられ、環境保全の意識を持つ後進の育成に取り組んでいる。ただ、実験所の教員は自身の研究との時間的両立が難しい側面もあるという。

畠島


畠島は実験所が管理する無人島で、実験所からは船で10分程度の位置にある。国立公園の一部として保護される畠島には、岩礁・軽石・砂泥地などの多様な環境があり、研究教育の場として利用されている。1968年の国有地化直後から、100年間継続することを目標とする長期的なモニタリング調査が行われている。長期調査により、人間の活動と環境の関係について示唆深い結果が出ており、世界的にも注目を集めてきているという。「ちょうど3日前に畠島の清掃活動に行きました」と下村所長。地域住民との清掃活動を通して島の大切さや白浜の海の生物多様性を伝えると同時に、環境意識の向上に取り組んでいるのだ。

畠島の空撮写真(提供)



学生宿舎


現在、瀬戸臨海実験所で研究をする学生は13人。そのうち2人が学部生だ。学部生は理学部の別の研究室に籍を置きながら、実験所で卒論執筆に取り組む。学生の一部は研究棟に隣接する学生宿舎に居住している。実験所では、学生が研究室にいなければならない時間帯(コアタイム)を規定していないため、夜中に研究する学生もいるという。好きな時間に好きなだけ研究をする、まさに研究に絶好の環境だ。「虫がよく出ますが、昆虫好きにはたまらないです(笑)」

学生宿舎。実験所までは草の生い茂る道を徒歩数分



目次へ戻る

京大白浜水族館


実験所には京都大学白浜水族館が併設され、白浜周辺に生息する生き物を中心に約500種を展示している。そのうち、貝やカニなどの無脊椎動物が半数を占めるのが白浜水族館の最大の特徴だ。

京都大学白浜水族館



白浜水族館の入場料は大人600円、小人200円(京大生は学生証提示で無料)。一般的な水族館と比べると格段に安い。これは白浜水族館の持つ目的意識に起因するものだ。下村所長によると一般的な水族館は、人気の生き物を世界中から集めて来場者を楽しませることを目的とする。一方で白浜水族館の目的は、身近な環境で生きている非常に多様な生き物の存在を知ってもらうことにある。オットセイやペンギンといった目を引く生き物はいないが、多種多様なウニや貝が多く展示されている。他の水族館では見られない、二枚貝やカメノテの展示も設けられている。飼育スタッフの採取と地元の漁師の協力によって集められた生き物どうしの、小さな違いを見つけて楽しむことで生物多様性を学べる場となっているのだ。

第2水槽室の様子。中央の水槽には小型の魚が群れで泳ぐ



各水槽には生き物の詳細な説明が載ったファイルが置かれている。体の内部構造や似た種の見分け方などが豊富な図とともに解説されており、マニアックな来場者が特に時間を使うポイントだという。下村所長が「白浜水族館のパンダ的な存在」と紹介したのは黄色い蛍光色のオオカワリギンチャク。白浜近海と伊豆半島でしか見つかっておらず、その希少性と鮮やかな見た目が愛されている。

鮮やかな色彩のオオカワリギンチャク



バックヤードへ


水族館のバックヤードには無数の水槽と配管があった。展示されている生き物だけが全てではないようだ。「これはモクズショイという、隠れるのが得意なカニです」と語る下村所長の手には、水槽から取り出されたカニが。身体中にマジックテープのようにカーブした毛が生えており、海綿や海藻を身につけて輪郭をなくすことでカモフラージュしているという。白浜水族館にはタッチプールがないため、夏休みなどに開催するバックヤードツアーを通して、来場者が生き物に触れる機会を作っている。

海綿を身にまとうモクズショイ



普段は入れない2階に上り、案内されたのは巨大なプール、かと思いきや水槽。総水量240㌧の、白浜水族館最大の水槽だ。来場者が入口から入って最初に見る水槽を、上から見下ろす。中には4種のアジの仲間やサメが泳いでいる。長期休暇のシーズンには餌やりを体験することもできるという。

第1水槽室での餌やり体験の様子(提供)



標本室


白浜水族館3階の標本室には、歴代の研究者が採集した標本が保管されている。見渡す限りの棚には瓶が収納されており、その中には色彩を失った生物の標本が覗く。この標本室には、ある生物が新種であることを記載した論文で使われた「タイプ標本」が収蔵されている。論文を読んだだけでは分からない詳細な部分の観察のために用いる。タイプ標本の収蔵情報はウェブで公開されており、世界中の研究者が観察しに来たり借用したりする。研究の最先端で国際的に活用されている標本なのだ。

標本棚の中には瓶がぎっしり



目次へ戻る

プライベートビーチで講義⁉


続いて実験所の裏にある、普段はほとんど人が入らない磯を案内していただいた。生い茂る草木を抜けると砂浜と海が現れて、北浜洞門と呼ばれる奇抜な形状の岩が現れる。人間よりも何倍も背の高いアーチを形成する巨大な岩場は圧巻だ。「絶景スポットですよ」と紹介された磯は、実験所以外からのアクセスが難しく、事実上の「プライベートビーチ」のようだ。そうした立地もあり、この磯には豊かな自然が育まれている。下村所長が石をふと裏返すと、そこにはヤドカリやカニが。潮溜りにはウニがいる。

潮溜りにはウニ(ガンガゼ)が



潮溜りは水温が上がりやすく、大雨が降ると塩分濃度が下がるので基本的に生物は棲みづらい。一方で競争相手が少ない側面もあり、適応した生物にとっては棲みやすいこともあるという。この磯はILASセミナー(1回生向けの少人数講義)などの実習でも利用されており、身近な生物多様性を学び取る「講義室」でもあるのだ。

岩で形成されたアーチ。その迫力には言葉を失う



目次へ戻る