インタビュー

山極氏 記者会見一問一答

2014.07.16

就任するにあたり

山極 現在全国の多くの大学が大きな波に揉まれている。国際化、日本の経済、そして学問の独自性といったものがいい形で見えなくなっているのが現状だ。その荒波の中で、京都大学の伝統である、自由の学風、創造の精神をどうすれば生かせるのか、そして、世界的に有名な多くの科学者を生み出してきた土壌を支え、それを世界に向けて発信するためにはどうすればいいのかを全学体制で考えていきたい。非常に急速な改革時期に差し掛かっている現在、松本現総長は迅速に方向を定め、舵を切った。そうして松本総長が行った改革を踏まえて、私なりの味をつけていきたい。もう一度建学の精神に立ち返り、大学の財産である学生をいかに育て上げ、世界で活躍できる人材にして送り出すことができるのかを考えて、それを実行に移していくことが、総長として私に課せられている使命だと考えている。

―理事や副学長などとして大学の経営に携わった経歴がないが、そのことに不安はないか。

山極 確かに私は京都大学の執行部に在籍した経験がない。特に一番不安に思われているであろう点は、大学経営だと思う。これからは今までの10年よりも一層、大学がビジネス化していく時代だ。それを私が一人で担うのは時代遅れだと考えている。教学と大学経営という二つの方向を定め、それぞれを全学的に実行できる体制を全学の優秀な教員を巻き込みながら作りたい。

―投票した教職員からは何を求められ、何を託されたと考えているか。

山極 端的に言えば「全学の意見を聞け」と言われたのだと思う。

―これからの6年間で実現したいことは何か。

山極 まずは京大が実行に移しつつある事業「2by2020」をいかにして実現させるか。もう一つは、京大として自己資金を持つこと。運営費交付金がますます削減されているが、その全てに対応していけば、教育現場が非常に貧しくなってしまう。経営努力をして、自己資金を作り、その上に安定的な教育基盤を確保しなければならない。そのための具体案をできるだけ練りたいと思う。企業や経営のプロにも助言を頂きたい。

―総長を引き受ける覚悟を決めさせたものは何だったのか。 山極 予備投票で2位に選出されたことが大きかった。私は総長に立候補したわけでもなければ、自分でやると宣言したわけでもない。そうした状況で多くの教職員が私を推したことに、大きく心を動かされた。私の教える学生が、山極は研究者として終えるべきで、総長として京都大学に貢献するのは間違いだ、というビラを貼って研究者としての私を後押ししてくれもした。その期待に応えられず学生諸君には大変申し訳ない気持ちでいる。ただ、それ以上に大きな期待を寄せられたということが決断した理由だ。

―一部の講義を英語で行うということが学内からかなり大きな反発を呼んだが、これについてどう思うか。

山極 国際的に開かれた大学にするためには英語だけでなく、フランス語、スペイン語、イタリア語など様々な言語が必要だ。ただ、私が身を置く分野で非常に重要なのはやはり英語。だから英語化は必要だと思う。京大では「2by2020」を掛け声に、2020年までに外国語化、英語化に関する数字を2倍にすることを検討している。そのためには京大に外国語が堪能で知識の豊富な教員をただ迎え入れるだけでなく、京大の教員や学生を外国に送り出すことが必要だ。そうした相互交流の中できちんと国際的な力を身につけてほしい。

最近の新聞の「人事が選ぶ大学ランキング」で京都大学がトップになったことについては、大変嬉しく思っている。ただ、評価を詳しく見ると、京大の学生は、思考力は非常に素晴らしいが対人能力では非常に劣るという結果が示されていた。これは現場感覚がなかなか育っていないという証拠であるし、国際的に様々な言語を操って文化や習慣の異なる人たちと討論をした経験がないということだ。そうしたものを鍛えられるような場所づくりをしなければならない。

総長のリーダーシップ

―国会では学校教育法改正案が成立した。教授会の役割を縮小する条文が盛り込まれていたが、これに対しては大学関係者から反対運動があった。教授会との関係、総長のリーダーシップについてどのように考えているか。

山極 京大では今年3月に教育組織改革に向かって舵を切った。教員組織と教育研究組織を分離させて、教授は教員組織に所属し、そこから教育と研究の現場に向かうという三つ巴の体制を作った。その方向性は間違っていないと思う。しかし、教授会を尊重する立場は京大に厳然としてある。教育法改正案には、学長は教授会の意見を聞くという修正が加えられたが、実際面でも教授会の意見を尊重するということを肝に銘じたい。ただ、教員の意識改革をしなければならない時期には来ている。研究大学と位置づけられる京大は様々な分野の教員を抱えている。京大に対して教員がどういう意識を持っているのかを見据え、改革していかなければならない。教員とじっくり話をさせていただいて検討したい。

―松本現総長はかなりのトップダウンで色々な改革を進めた。例えば教養教育の改革は、学内からかなりの反発を受けた。大学の経営と教授会の関係をどのように修復していくのか、またこの対立を緩和するために何をすべきか。

山極 総長のリーダーシップとは、皆さんの意見を迅速にまとめ、企画をつくり、それを実行することだと思う。今の京大に足りないのは情報の開示だ。全ての情報を開示し、教員に伝えた上で意見を聞き、限られた時間の中で迅速に実行できるプロセスを作る必要がある。

―京大の総長というのは、一人ひとり非常に個性の強い教員をまとめる、いわば猛獣使いだと聞いたことがある。自身ではどのようなものだと考えるか。

山極 猛獣使いと言ったのは、確か尾池和夫先生(第24代京都大学総長)だ。私自身は猛獣として生きてきたので、これから猛獣使いになろうと思っている。京大は非常に個性豊かな先生が多い。それが京大だと思うし、京大が世界の最前線で活躍できる人材を育ててきた土壌であり、自由の発想、創造の精神を生んだのだと思うが、猛獣であるだけではいけないだろう。走る方向を猛獣使いによって定められないと予期せぬ方向へ飛び込んでしまう。その方向性とそこから得た成果をみんなで確認するということをやりたい。それが総長のリーダーシップだと思う。

―6年間という総長の任期についてはどう思うか。

山極 文科省の規程では2年以上6年以内というのが総長の任期。6年という期間がどういうものかは実際に経験してみないと分からないが、私の希望としては2つある。まずどこかで一区切りおき、総長の業績をきちんと評価する時間がほしい。それをどの時期に設けるかは、今後の総長選考会議の仕事だろう。もう一つは教員が総長をリコールできる制度を設けることだ。総長が暴走しないよう外から歯止めをかけるシステムがあった方が、私としても非常にやりやすい。

研究活動について

―研究活動については今後どうするのか。

山極 総長に選ばれ非常に多くの課題を任された以上、研究については一度店じまいをしなければならないだろう。

―総長に就任するにあたって、教えている学生に残す言葉などあれば。

山極 私が大学院生を取る時には、一緒になって学位をとろう、という約束をしている。だから学生に対する指導は総長就任を期に終わるわけでは決してない。きちんと指導したいと思っているし、現場感覚をずっと持ち続けたい。時間的な余裕ができれば、研究面での仕事もしたいと考えている。

新総長の人となり

―京大に入学したのはなぜか。

山極 湯川秀樹先生に憧れて物理をやろうと思ったからだ。大学に入ってから良い先生、先輩に巡りあい人類学や霊長類学に目覚めた。入学時の希望や志望はその後の経験によって大きく変わるし、大きく変えることができるようにしたい、と考えている。

―座右の銘は何ですか。  
山極 泰然自若。人間を超えようといつも思ってきた。人間の視点だけではなく、より広く深い自然の視点から人間を眺める。そうすれば我々人間が抱えている問題の実相が見えるのではないか、それを超える工夫を得られるのではないかと思っている。ゴリラのように泰然自若としていたい。

―趣味は何ですか。

山極 京都の山へ春や秋にでかけて山菜やキノコをつみ、料理して食べること。自然と付き合うのが趣味だが、今はあまり時間がない。幸いなことに京都は都市と山が近いから、その趣味を少し続けようと思う。

学生に向けて

――学生に向けて何かあるか。

山極 京都大学のアクターは学生。これは学内の執行部に学生が参加してほしいという意味ではない。我々が下支えをして学生に世界へ羽ばたいてほしい。教員免許を持たない我々が学生の前に立つためには、世界に通じる研究の自信と実績が必要だ。教員が知識や経験を学生に伝え、新しいことを生み出すための舞台を整えなければならない。学生には京大の自由の学風と創造の精神を忘れずに、教員と対話して教員の経験や知識を奪い取ってほしい。

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