インタビュー

無いなら作る 理想の学術誌 野生生物研究会 『おりば』刊行記念インタビュー

2024.10.01

無いなら作る 理想の学術誌 野生生物研究会 『おりば』刊行記念インタビュー

横川さん(左)はコムシ、大島さん(中央)はササラダニ、高谷さん(右)はハネカクシをそれぞれ対象として研究を行っている=農学部総合館中庭

今年7月、京都大学野生生物研究会(野研)は学術誌『おりば』の刊行決定を発表した。「関西の自然史学的知見の蓄積」が目的という本誌。現会長で『おりば』編集長の大島雅晴(おおしま・まさはる)さん(理学部3年)、編集委員の横川智之(よこがわ・ともゆき)さん(理学部2年)、高谷佑生(たかたに・ゆう)さん(農学研究科修士1年)にお話を伺った。(鷲)

目次

親しみやすさ重視し命名
雑誌掲載は「ハードル高い」
懐の深さと信頼性の両立
京都で作る意義
「公益性の高い運営」目指す
待望の声多数 研究者も支持
口コミで地道に拡散
自然科学の基礎として
自然を愛し、楽しんで

親しみやすさ重視し命名


――『おりば』の名前の由来は。

大島 僕はササラダニの分類の研究をやっています。僕が編集長になることが決まったので、ササラダニに由来する名前を付けたいと考え、学名であるOribatidaの前半部分を取って『おりば』にしました。この部分だけだと「森」という意味です。ササラダニの学名と、自然史のフィールドとしてもっとも重要な森という2つの意味がかかっています。キャッチーで覚えやすく、親しみやすい名前になったと思います。

――創刊号はいつ刊行。

高谷 NFで会誌と一緒に販売することを見据えて、11月頭に出版します。

大島 紙には紙の良さが多くあるので、オンラインだけでなく紙媒体でも出します。発行はさしあたり年1回の予定ですが、記事の集まり具合や皆さんのご意見を踏まえて柔軟に調整していければと考えています。特に年1回のみの発行の場合、投稿から出版までに時間が空いてしまうことが起きやすいので、早く成果を出すことが求められる学生の選択肢には入りにくくなります。そのため、将来的にはある程度短期間で発行を行えればとも考えています。

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雑誌掲載は「ハードル高い」


――刊行のきっかけは。

高谷 僕は中高6年間、生物部での活動として、大阪府八尾市の高安地域で昆虫の定期調査をやっていました。その中で、大阪での記録がまだない生き物を見つけることがありました。ただ当時中高生だった自分にとって、その記録を学術誌に発表することはハードルが高く、どこにも発表できずにいました。大学に入ってから、野研の仲間や知り合いの中高生も同じような悩みをもっていることを知り、関西地方を包括するような博物系の雑誌があればいいなと思っていたのが、『おりば』刊行の基となったそもそもの発想です。

――なぜハードルが高い。

大島 中高生だと得られる情報に限りがあります。まず生物の記録をどこに出せばいいかがわかりません。学会誌に出すとなっても「学会」という言葉だけで心理的なハードルが上がります。

高谷 加えて、適切な指導者がいないことが大きな問題です。『おりば』を通して、博物学的な記録を後世に残すだけではなく、近畿地方の教育インフラを構築したいと考えています。『おりば』への投稿の過程で、たとえば編集部が中高生に記録に足りないデータを助言したり、適切な専門家を紹介することでコミュニティづくりに貢献したりできると思います。

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懐の深さと信頼性の両立


――『おりば』の特長は。

大島 投稿者の属性に制限を設けず、専門家だけでなくアマチュアや中高生からの投稿も受け付けます。発見の大小を問わず、どんなにマイナーな分類群の生き物の記録でも受け入れる幅の広さも大事にしています。また、記事のオープンアクセス化を目的として、J-STAGEというサイトに全号をアップロードします。誰でも自由に、簡単にアクセスできるようにすることで、発見を皆で共有できる雑誌にしたいと考えています。

高谷 自然史の記録を残す上で、継続して出版物を出すことが重要です。京大には、マニアックな生物の自然史を研究している学生が集まる環境があるので、持続的に活動していくことが可能だと考えています。持続可能性という観点からも、『おりば』は京大の学生団体が担うべきだと思います。

大島 特定の編集委員が善意で運営している学術誌もあります。構成員が定期的に入れ替わる学生団体だからこそ、特定の編集委員に負担が集中することを避けられます。

自然史の記録には信頼性も欠かせません。ある程度の専門性をもった野研の会員が標本の同定の根拠や収蔵場所などについてチェックするようにします。

高谷 分類学者による種の同定はとても重要な価値をもちますが、そのすべてが正確であるとは限りません。のちにその種が数種に分けられたり、いるはずのない場所にいたと記録されていたことがわかったりすることがあります。記録の信頼性を検証できるようにするために、科学における再現性の観点から、証拠となる標本がちゃんとあるのか、そしてどこにあるのかを確認することを大切にしていこうという意識をもっています。

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京都で作る意義


大島 もっと根本的には、『おりば』の強みは近畿地方という自然史研究の空白地帯を埋める存在であるところにあると思います。

高谷 近畿地方は、北海道や長野や四国といった環境や生物相に特徴のある地域に比べるとどうしても生物採集の優先順位が低くなるので、記録が少なく標本も抜けやすいです。

大島 でも、実は近畿も面白い。

横川 日本列島は東北日本と西南日本がくっついて形成されました。東北日本と西南日本のそれぞれの環境に適応した生物の一部は、日本列島が形成された現在でも混ざることなく分布していて、近畿地方はそれぞれの集団がせめぎ合う舞台となっています。そのような特徴をもつ地域で生物の分布記録が蓄積し、分布境界の変遷を経時的に観察することができれば、人為的な影響や環境の変動により移りゆく自然、たとえば温暖化の影響で西南集団の分布域が拡大するなど、を理解することにつながり、極めて意義深いと思っています。

高谷 平安時代から続いた森林伐採によって、京都周辺の多くの山は、大正時代までははげ山でしたが、戦後には今と同じ水準にまで森林が回復していました。こうして人為的な影響を長い間受けてきた森林相での生物の研究は、世界的に見ても非常に貴重です。そういった歴史をもつ京都という土地で『おりば』を作ることにとても価値を感じます。

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「公益性の高い運営」目指す


――HPに学術誌の問題点への言及があった。実感する機会があったということか。

高谷 大学の教員は基本的に国から研究費をもらって研究をしており、資金源は市民が納めた税金です。ならば、研究の成果は学術誌への発表などを通して市民にフィードバックされるべきという考えは当然です。しかし、学術誌の多くは商業誌と化しているのが現状です。論文を投稿するのに数十万円かかる場合もあるし、論文を読むのにもお金がかかります。また、投稿論文をオープンアクセス化するために100万円を超える掲載料を取る雑誌もあります。一方で、依頼されて査読を行う研究者には給与が支払われません。研究資金の源である国のお金が民間に吸い取られるだけの現状にいびつさを感じています。

そうしたいびつさを排することが僕たちのポリシーのひとつです。投稿料を博士課程までの学生は無料、それ以外の方も格安に設定し、オープンアクセス料も取らない。見る側はネット環境があれば無料で見られる。そして校正などの仕事をした人には少ないながらもちゃんと報酬が支払われる。そういった公益性の高い運営のしくみを作り、維持できると示したいと思っています。

――学術誌運営のノウハウは。

大島 ありません。しかし、専門性のある学術誌に限定しないのであれば、野研が長年発行を続けている会誌『やけん』の編集のノウハウはあります。加えて、編集委員の中には僕を含め、学術誌に論文を投稿し、査読等を経て掲載に至る、というプロセスを実際に経験している人もいます。この経験は学術誌の運営においても大きく役立つと考えています。

高谷 専門的な内容については、各分野の専門家、つまり博士号をもつ人に訊こうという話になっています。交流のある若手の分類学者に記事を見てもらったり、運営体制をチェックしてもらったりすることも考えています。

――運営の規模感は。

高谷 編集や校正をする編集委員は10人くらい、アドバイザーなどの協力者は50人くらいの想定です。

大島 自分の専門性を生かす機会は重要なので、編集委員でない会員も積極的に関わってほしいと思います。

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待望の声多数 研究者も支持


――刊行決定の反響は。

高谷 多かったのは「待っていた」という声です。関西で自然史の研究成果を投稿できる媒体が無いということもあるし、そもそも日本全体で見ても少ないので、それを作ろうとしていることを評価してもらえています。Xでの反響も大きかったです。また、先日京都で開催された国際昆虫学会議で、若手の分類学者たちに『おりば』の理念や運営の持続性について質問攻めにされましたが、受け答えをすると皆さん「そこまで考えているなら」と支持してくれました。

持続性について懸念はあります。ただ、僕の後輩の世代が精力的に情報発信をしてくれているので、最近の野研は人が増えて非常に盛り上がっています。『おりば』の刊行をきっかけに、この流れをさらに盛り上げていければ持続性も担保されると考えています。

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口コミで地道に拡散


――広報活動は。

高谷 あえて派手に宣伝するのではなく、専門家によるチェックや再現性の担保を通して口コミでじわじわと信頼を得て、「これなら出してもいいかな」と皆に思わせることを大事にしたいです。

横川 野研の会員は近畿地方で生物の自然史の研究をしていた学校の卒業生が多いので、母校の後輩との交流の中で伝わっていくこともあると思います。

大島 僕たちの理想に近い形で創刊号を出して、口だけじゃなかったことを示せれば、おのずと評判は広がっていくはずです。もともと必要性の高い学術誌なので、広報活動を頑張るよりも実績で勝負するほうが向いているしかっこいいと思います。

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自然科学の基礎として


――自然史とは。

大島 ひとことで言うと「自然に対する知見を深める学問」です。生き物に限らず鉱物なども対象になります。自然の中に足を踏み入れて、自分の目で見て発見することが大事です。京大は伝統的にフィールドワークに根ざした学問に強い大学なので、そこで自然史を大事にした学術誌を出すことにはとても意味があると思います。

横川 自然科学は基礎的なものから発展的なものまで幅広い学問分野ですが、そのすべては自然に存在するマテリアルをベースにしなければ成立しません。しかし、国内の生物・鉱物の博物学的な標本数は、国外に比べてかなり不足しています。この根本的な問題に対応するうえで、自然史は非常に重要な分野だと思います。

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自然を愛し、楽しんで


――自然史の研究をしている人たちにメッセージを。

大島 自然が好きだという気持ちを大事にしてほしいです。その熱意を無駄にしないために、自分の発見を積極的に発表してほしい。自然史をやりたいならしっかり情報収集をして進学先の大学を決めることをおすすめします。

横川 新しい発見は森の中に転がっています。ぜひフィールドに出て自然を楽しんでください。

高谷 自然史研究はとても楽しく、魅力的な営みです。そして、その営みが、いつか誰かに知られ、広がり、素朴な「愉しみ」につながると思っています。年齢、国境、時代を超えて、我々の観ている世界を伝えていきましょう!

――ありがとうございました。

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