インタビュー

湊長博 総長インタビュー

2024.03.16

湊長博 総長インタビュー

インタビューに応じる湊総長(=百周年時計台記念館)

2020年10月に第27代総長・湊長博氏が就任して、およそ3年が経過した。総長の任期は6年間であり、ちょうど折り返し地点を迎えた格好だ。コロナ対応や国際卓越研究大学制度など、課題の多い半期だったと言えるだろう。

総長へのインタビューを通して、湊体制の半期と、今後の展望に迫りたい。なお、総長へのインタビューは2023年12月中旬に行った。(編集部)

目次

この半期は「50点」
コロナ対応 「整然と」行えた
国際卓越研究大学 「詰めが甘かった」
意思決定 「意見の集約」必要
総長選考 京大は「我々のもの」ではない
海外への挑戦 経済的支援の成果強調
保健診療所閉鎖 「行き違い」あった
学生福祉 「不十分」
新しい「土台」作る

この半期は「50点」


――半期に点数を。

100点満点では50点だね。やりたいことの半分くらいはできた。ただ、最初の3年間はいろんな仕掛けを作った段階で、目に見える成果や評価はこれから出てくるものだと思います。半分くらいの目的は達成していると思いますが、これから出てくるであろう問題点への対処次第で、本当にいい形にできるかどうかがかかっていると思います。

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コロナ対応 「整然と」行えた


――コロナ禍における対応への評価を。

コロナ禍のような事態は想定しておらず、変化し続ける状況に対して臨機応変に対応することが求められました。かなり困難なことではありましたが、想定よりは上手く対応できたと思っています。

緊急事態で大切なのは、学生や教員など3万人近い構成員の行動をきちんと把握することだと思います。これは管理するという意味ではなく、今回で言うと感染症へ対応するために衛生上必要なことでした。メールなどを用いた緊急時の安否把握など、以前から大地震を想定した訓練は何度も行ってきていて、コロナ禍でもある程度機能したと考えています。

また、大学全体として統一的な対応を行うことも意識しました。このような事態の時に各部局の判断に任せると、どこかの判断が間違った場合に大学全体に伝播してしまうので、部局と本部とのコミュニケーションを密に取ることを徹底しました。

感染状況に応じて、授業形態や課外活動などの対策レベルを全学として設定し、できるだけ大学全体で足並みを揃えて対応しました。加えて、PandAなどのシステムは本来コロナ禍への対応が目的ではなかったですが、学生がオンラインで授業をスムーズに受講するのに役立ったと思います。また、ネット環境を整えるためにWi-Fiの設備を配布するなどの対応は比較的うまくいったのではないでしょうか。総合的に、緊急対応は全学で整然と行うことができたと思います。

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国際卓越研究大学 「詰めが甘かった」


――国際卓越研究大学制度について。

まず、国際卓越研究大学という制度の目的を考えてほしい。

大学を順位付けするために行われているものではありません。日本の大学の研究する力が、国際的に見て相対的に低下しているのではないかという懸念からこの制度の構想は始まっています。それは日本の研究力が下がっているということではなくて、諸外国の研究力の増加スピードに対して、日本が遅いということで、これは我々も否定しません。

そしてこの制度は、各大学に対して、日本の研究力が低い原因を指摘させて、国際的に競争力のある大学になるための手段を提案させるものです。これに明確な答えはないわけですよ。審査をする方も、各大学の提案する内容にどれほど合理性や蓋然性、実現性があるのかということを考えて、資金援助の可否を決めるというものなんです。

だから当然、それぞれの大学が目指しているものは違うから、どちらの方が良いとか悪いとかいう話ではない。ですから、当選とか落選とかいうものとは、カテゴリーが全然違うということを分かっていただきたい。問題になるのは、やはり京都大学が目指す大学像です。

――どのような大学を目指す。

日本中だけでなくて、世界中の人が、京都大学はこんな大学だというイメージを持っている大学ですね。ただ、その中の最大公約数的なことを言うと、まずはっきりしているのは「研究をする大学」であるということ。研究するというのは、新しいもの、新しい価値を作り出す大学であるということ。領域は何でもいいのですが、世界にまだ存在しないことを必死に見つけようとする、探索型の大学であると思います。

新しいことをやろうというときには、取り組む主体が精神的に自由でないといけない。つまりこれまでの既成概念とか、普通にまかり通っていること、真実として言われていることは本当なのかどうかというところを疑ってかかってきました。京大はこのようなことを研究の主たるモチベーションとしてきた大学で、それは我々の譲れない姿です。ちなみに、東北大学は「実利大学」といって、半導体など世の中に具体的に役に立つもので貢献するという色の大学です。今回認定候補になった東北大学には東北大学のやり方があるし、それは京大のものとは違います。

――これからの大学運営の方針は。

京大はノーベル賞受賞者を多数輩出しており、世界でも有名な大学です。様々な革新的な研究を行い、結果として世界に影響を与えてきました。世界の歯車を動かすような研究を今後もしていきたいと考えています。今、これから先も我々がそういう大学であり続けられるかどうかというのが問われていると思います。自画自賛して満足していては駄目です。世の中の仕組みや科学自体が大きく変化する中で、今までのように影響力のある価値を生み出すためにはどうすればいいかという議論をしてきました。

そのためには、教育のあり方や、研究環境、研究支援の仕組みを見直して、改善点を出していく必要があります。公募では、本来目指す大学像に近づくための方法を提案しました。

内閣府の有識者会議のコメントは、体制強化計画において京都大学の目指すものとその方策については非常に高く評価するというものです。ではなぜ採択に至らなかったかというと、詰めが甘い、要するに、組織の体制など具体性が乏しいということでした。

来年(編集注:2024年)秋にも同じ公募があり、これで最後だと思います。それに向けて、基本方針は変えないけれども、具体的な詳細や計画のロードマップなどを今、必死に検討しているところです。

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意思決定 「意見の集約」必要


――国際卓越研究大学の公募では意思の伝達にも意見がつけられた。理想とする意思決定の方法は。

答えがない問いだと思いますが、研究や教育を扱うのだから、現場からの課題や要請を受けてボトムアップを行うことは当然で、必要不可欠な部分だと思います。

ただ、現場からの要望や希望を解決するための具体的なプランを立てて、実行するプロセスについては、それぞれに任せきりにするのではなくて、システマチックに行われなければならないと思います。

プランの実行にはお金や人手も必要ですし、限られた資源でどのように実行するかという体制は、仕組みの問題だと思います。

トップダウンの意思決定を意図しているのではありませんが、ボトムアップの形で進めるには、ある程度組織立てた意見の集約と課題の解決も必要だと思います。

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総長選考 京大は「我々のもの」ではない


――国立大学を取り巻く環境は変化し続ける。総長選考(※)の方法について。

総長選考会議に学外のステークホルダーを含んでいることは当然のことだと思います。京大の内部の人がよく「京大は我々のものだ」と言うが、税金が投入されて運営されている以上、これは誤解です。もちろん国が持っているものでもないし、これまで産業界や経済界をはじめとして、たくさんの人々の貢献によって大学は形作られてきています。ですから、意思決定の際に我々大学内部の人間だけが関与するというのはアンフェアだと思います。

そういう意味で、今の合議制、学長選考会議という仕組みは合理的なものだと考えています。ただ、外部のステークホルダーの選考方法や関与の仕方については望ましいあり方を探っていかなければならないと思います。内部だけ、外部だけの声で決まってしまわないように、お互いにチェックしてバランスを取ることができるガバナンス体制が理想だと思います。

※現在の総長選考の流れ
学内・学外委員が半数ずつを占める「総長選考会議」が学内投票の結果を基に選考を行う。学内予備投票の結果を基に教育研究評議会が学内から15名程度の候補者を推薦し、選考会議が6名の第一次候補者を選出する。その後学内の意向調査が実施され、その結果などを「考慮」したうえで、選考会議が総長を選ぶ。

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海外への挑戦 経済的支援の成果強調


――就任当初に掲げた、学生・研究者の海外留学について。

前提として、研究者にしろ学生にしろ、精神論として「海外に行くことは大切だ」と言っても、それは海外に飛び出していく原動力にはなかなかならないと思います。海外へ行く研究者や学生の数が増えない原因は様々ですが、一つには経済的な問題が挙げられます。今の為替を考えると、海外に出るのは経済的に楽なことではない。経済的な支援については、民間と協力して、海外に行きたい学生を支援するファンドを作りました。とりわけ、まだ数は多くないですが、短期の留学だけではなく、中長期にわたって自由に学びたいという学生も支援できるファンドも立ち上げました。

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保健診療所閉鎖 「行き違い」あった


――22年3月に保健診療所(※)を閉鎖した。福利厚生についての考えを。

キャンパスは複数あるのにもかかわらず、本部の一角だけに学生の診療所が集中しているのはナンセンスだと思っていました。また、コロナ禍も手伝って、精神的な問題を訴える人が多く、そのような相談事に力を入れる必要があると考えました。

出入りしたことの秘密が担保されるような施設の整備や、相談できる要員を増やすということに投資をしました。たしかに、資本を精神面のケアに向けたことは事実です。しかし、上手く伝わらずに当時の担当者が診療所を閉鎖してしまいました。言い訳に聞こえるかもしれませんが、私は診療所を全部閉鎖するということは言っていません。行き違いがあったというのが正しいと思います。

精神的な相談事の対策は、まだ圧倒的に足りていないと考えています。医療の介入を含めて、そのような問題にどのような体制で対応するかはまだまだ未完成で、僕は手をかけないといけないと思っています。

※保健診療所
1923年に学生健康相談所として設置され、学内者向けに内科・神経科などを提供してきた。2021年12月に「人員や予算に限りがある中で、できるだけニーズに応えるため」として大学が閉所を発表した。存続を求める声が上がり、終了を一時撤回したが、22年3月末ですべての一般診療を終えた。同年4月からはカウンセリングルームを改組して学内5か所に相談室を置いている。なお、保健診療所の閉鎖を発表した21年12月当時の学生・環境安全保健担当理事は村中孝史氏、環境安全保健機構長は吉﨑武尚氏。

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学生福祉 「不十分」


――その他に福祉の問題点は。

診療所以外にも学生の福祉は不十分です。例えば、4、5千人が利用する吉田南構内。雨が降ったら学生が食堂の前で傘を差して行列を作るなんて、そんなひどい大学はないよ。図書館もぼろぼろだし、今吉田南構内を、学生がもう少しまともにご飯を食べたり、ゆっくり本を読んだり、また雑談ができる場所で過ごしたりできるように計画しています。ただ、これには100億円近いお金がかかるでしょうね。125周年記念で基金をたくさん集めて、目標額は集まったんですけれども、実行するにはまだ足りないんですよ。当初予定していた国際交流会館の建設を中止するなどして、少しずつ現金を貯めています。総長の一番大事な仕事は、いろんなところに頭を下げて資金を集めることで、自分はセールスマンだと思っています。

学生福祉は非常に不十分です。しかし京大はこれまで「学生はほっといても育つ」と言ってごまかしてきた。精神的にはほっといたらいいと思いますが、物理的にほっといたら駄目。もう少しお金をかけてやらないといけないと思いますし、すぐとはいかないけれども、少しずつお金を集めて、もう少し学生が真っ当に生活できるようにしたいと思っています。

研究に熱意を持って取り組む人材を担保しようと思ったら、入学してからサポートをうまくする必要があります。研究大学のベースには、モチベーションのある学生が育ってくれないといけない。これをいい加減にして、高いお金で外国から研究者を連れてきたらいいというのには、僕は基本的に反対。育てない限り駄目だし、長持ちしないと思います。

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新しい「土台」作る


――残り半期の決意を。

この半期を振り返って50点だと言いましたが、研究であれ教育であれ、大学の改革というのは時間のかかることだと思います。教育や研究だけでなく、自律した運営体制の構築などを仕込んできたのがこの3年間だと思っています。

国際卓越研究大学制度のことで言うと、25年後に補助金が終わった後、自分たちでお金を稼ぐシステムを構築するものだと思っています。次の総長に誰が就任するのかは分かりませんが、運営者に依存しない仕組みを作ることができれば、今後もその枠組みから大きく離れた運営が行われることはないでしょう。だからあと3年の間に、全学の合意を得た上で、新しい形の土台を作って、うまく引き継げるようにしたいと考えています。

――ありがとうございました。〈了〉

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湊長博(みなと・ながひろ)
1951年富山県生まれ。京都大学医学部卒。医学博士。専門は免疫学。
自治医科大学内科助教授や京大大学院医学研究科教授などを経て、2010年から医学部長・医学研究科長を務めた。14年に研究・企画・病院担当理事となり、17年からは企画の立案や調整を担うプロボストを兼任した。
2020年10月1日、京都大学総長に就任。