複眼時評

藤原広臨 医学研究科准教授「百錬自得の脳科学――剣道八段合格を機に」

2024.03.16

小生、精神科医として、診療・認知科学等の研究・教育に従事しており、近年では生活習慣とメンタルヘルス、特に不安・うつ、発達症傾向等との関連に関心を置いています。私事にて失礼いたしますが、2023年11月、剣道八段に合格することができました。恩師や家族等の教え・サポートがあってのことと、心より感謝申し上げます次第です。未熟者ながら、このたまたま偶然の幸運を機に益々精進したいと思っています。本稿では、小生自身が小学1年生に習い始めた剣道の観点から、運動習慣としての武道とメンタルヘルスとの関連について述べてみたいと思います。

性に合ったのか、剣道をやめたいと思ったことはあまりなく、中学・高校においては、意外に試合前の特訓のため試験休みが短いときのほうが好成績といったことが多々あり、この頃から「こころ―からだ」の関連について思うところがありました。大学を卒業し、研修医となって以降8年近くほぼブランクしていた時期や、コロナ禍にあっては必ずしも身心ともに万全ではなかったことも振り返り、生活習慣の一部として剣道が生活全般に対しベネフィットをもたらし、生活が安定すれば逆に剣道の稽古も促進するということを実感しております。

ここからの着想にてここ数年、剣道・武道等のメンタルヘルスとの関連を調べることも生業の一部としており、剣道をいわば動的なマインドフルネス瞑想、つまり禅を背景とする瞑想に加え、運動も相まった行動療法的アプローチとしてとらえ、そのメンタルヘルス・ベネフィットを解き明かしていきたく、脳MRIや心理アンケートを用いた研究を推進しています。以下、これまでの成果についてご紹介してみたく思います。

まず、運動習慣がメンタルヘルスに良いということは、比較的多くの方に受け入れていただけると思いますが、実際に、適度な運動習慣が自己効力感を涵養する可能性等が示されています(Hassmenら、2000)。次に、運動競技の中で日本古来の武道についての同様の報告もあり、例えば、注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を軽減するとの報告などがみられます(Woodward、2009)。しかし、武道のメンタルヘルス・ベネフィットに関する脳神経基盤を調べた研究は乏しいため、剣道高段者にご協力いただき、脳の機能的MRI(fMRI)を用いて「モチベーション」にかかわる脳内ネットワーク(MN)を調べました。この研究では、安静時および注意力に関する課題施行時にてfMRIを撮像しました。結果、剣道高段者では対照群と比較して、安静時においてはMNの結合が低く、一方、課題下においては高まっているということが示されました。ここで大事なことは、この研究における協力者の皆様は、高段者にて経験年数は概ね20年以上程度であり、かつ、週あたり最低2回程度は稽古している方々ですので、「習慣的な」プレーヤーであるということです。したがってモチベーション・注意という観点からは、剣道高段者ではオン/オフのコントラストが大きく、「習慣的な」鍛錬が認知機能、ひいてはメンタルヘルスの維持増進という意味においてベネフィットをもたらしている可能性が考えられました(筆者Fujiwaraら、2018)。前述のマインドフルネス瞑想は、一昔前より各種精神疾患等の行動面からのセラピーに適用されていますが、これに類する形で、武道のメンタルヘルス・ベネフィットについてもひきつづき情報発信していきたく思います。

武道の特徴の一つとして挙げられるのは、精神性に重きをおいていることです。もちろん、あらゆる運動競技で精神性は重視されていると思いますが、とりわけ武道においては、「不動心・無心・人格の涵養」といった精神性を高めることそのものを目的としているところが特徴的であるといえると思います。剣道の世界では、「百錬自得」という言葉が良く用いられます。繰り返し演練することによってスキルが身につく、ということですが、このことは、剣道そのもののスキルアップと関係するのみならず、付随する「身体知・教養知」の涵養という点でも重要なタームであると考えています。これにより、自尊感情が涵養されたり、スキルアップの段階を追うごとに新たなテーマが見いだせたり、それを克服するための研鑽が進んだりするということが付随すると考えられるからです。換言しますと、能楽における世阿弥の「花」ということは、おそらくは、狭義の意味でのスキルアップ以上のものにより身につく風格等も含むということで、剣道における八段位も、これに類するものを追求するにあたっての登竜門に立たせていただいた、という認識でおります。

一般に、発達症の代表である自閉スペクトラム症(ASD)では、ある種のパターンを好むというこだわりが症候のひとつであることが知られていますが、場合によってはこの特性が、「百錬自得」の推進・目標の達成にポジティブに働く可能性もあり得るのではないかということを、経験論的には感じています。このように、あらゆる精神医学・心理学的な症候は、その程度やコンテクストによっては、画一的に病理的解釈がなされるのではなく、ベネフィットとして働く可能性もあるという見方も必要ではないかと考え、日々の診療・研究の推進、さらには教育論的にも生かしていきたく思っています。

最後に、本稿のメッセージとして、武道がメンタルヘルスに良い、ということはひとつあるのですが、生活習慣としての稽古・鍛錬等の効能は、洋の東西等を問わず、例えば絵画・音楽等の芸術や、勉学、職務などに広く当てはめて解釈することが可能で、何の世界であれ、習慣的「百錬自得」の意義を見出してもよいのではないか?ということを申し上げたいと思います。一方で、運動し過ぎで依存症の色彩を帯びるリスクについての国際アンケート調査の成果も発信しており(Shibata、筆者ら、2021)、取り組みようによっては、いわゆる燃えつき症候群や怪我の多発などの有害な事柄につながりうることも重視されるべきでしょう。運動を含む生活習慣全般について、ほどほどに、肩の力を抜いた取り組み方が大事になってくるとのコンセプトにて「生活習慣の最適化」を目指して取り組んでいきたく思っています。

藤原広臨(ふじわら・ひろのぶ)
京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)准教授
兼、理化学研究所革新知能統合研究センター 社会における人工知能研究グループ 分散型ビッグデータチーム、大阪大学社会技術共創研究センター総合研究部門