企画

般教〈パンキョー〉へようこそ!

2023.08.01

大学の授業は一般に、全学共通科目(一般教養科目、通称般教)と学部の専門科目とに大別されている。京大を含む多くの大学の1回生は、どの学部に所属していても全学共通科目を中心に履修していくことになる。今回、編集員が注目する全学共通科目を担当する先生方から、ご自身の授業について説明いただいた。これをもとに、大学での学びについて想像を広げてほしい。(編集部)

目次

聖書のここの意味って何ですか
――人間・環境学研究科 勝又かつまた 直也なおや 教授

生き物の小宇宙を旅しよう!
――理学研究科 生物科学専攻動物科学講座 高橋たかはし 淑子よしこ 教授

社会を旅する皆さんへ
――国際高等教育院 附属日本語・日本文化教育センター 河合かわい 淳子じゅんこ 教授

教養としてのデータ科学
――国際高等教育院 附属データ科学イノベーション教育研究センター 田村たむら ひろし 教授



聖書のここの意味って何ですか
――人間・環境学研究科 勝又かつまた 直也なおや 教授


皆さんは聖書を読んだことはあるだろうか。私は、学部時代にヘブライ語を初めて学んだ時、聖書をはじめとする、ユダヤ人によって生み出された文献の膨大さに圧倒されて、思い切ってイスラエルのエルサレム・ヘブライ大学に留学して、ヘブライ語典礼詩の研究で博士号を取った。この授業「外国文献研究:英語で読む聖書とその解釈」では、もともとはヘブライ語で書かれた聖書を英語で読み、様々な宗教による解釈も学んだうえで、その意味について自分なりに考えてもらいたい。聖書にはいくつもの興味深い物語が含まれているが、いざ本文を読んでみると、よく意味の分からないものも少なくない。

創世記4章には、有名なカインとアベルの物語が出てくる。最初の人間アダムとその妻エバとの間に、二人の男の子が生まれる。ある日、土を耕す者であった兄カインは穀物の供え物を、羊を飼う者であった弟アベルは肥えた羊を神に捧げる。ところが、なんと神は、アベルの供え物は受け取るが、カインの供え物は受け取らない。これに激怒したカインはアベルを殺してしまうという、人類初の兄弟殺しの物語である。そもそも、なぜ神はカインの供え物を受け取らなかったのか。神の依怙贔屓が兄弟殺しの原因ではないのか。カインの供え物とアベルの供え物の違いは何だったのか。農耕生活と放牧生活という当時の生活様式の違いを反映しているのか。もし、カインとアベルの人間性自体に違いがあったならば、カインの邪悪さは一体どこから来ているのか。

創世記22章は、アケダー(縛り)と呼ばれる物語である。子供を授かることのなかった年老いたアブラハムとその妻サラに対して、神は、近いうちに男の子が生まれることを約束する。ところが神は、やっと生まれた息子イサクを、焼き尽くす生贄として捧げるようにアブラハムに命じる。するとアブラハムは、何も言わずに粛々と準備を進める。息子を縛り、いよいよ刃物で屠ろうとした瞬間、天から身代わりの雄羊が与えられる。このように、極めてショッキングな物語であるが、そもそも、子の誕生とその繁栄を約束する神と、その子を生贄として要求する神との間に、果たして矛盾はないのか。神の命令に対する絶対服従と、人間としての親子の愛情、結局どちらが大事なのか。

このような物語について、1)聖書本文、2)ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教による信仰としての読み方、3)現代の聖書学による学問的な研究を学ぶ。言葉自体は同じテキストなのに、これほどまでに多様に理解されてきたのか、「聖書のここの意味」を明らかにすることに人々はいかに必死だったのか、など実感してほしい。

勝又直也教授(本人提供)



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生き物の小宇宙を旅しよう!
――理学研究科 生物科学専攻動物科学講座 高橋たかはし 淑子よしこ 教授


私は理学部生物(動物)学の教員として、1・2回生用の「生物学のフロンティア」という授業を担当しています。京都大学にはさまざまな分野でトップサイエンティストがおられますが、なかでも生物学の分野では、幅広い分野にわたって世界のリーダーがずらりそろっています。そういう研究者のうち14名が登壇し、毎週1人ずつ最先端の話をします。霊長類を含む動植物の生態学から細胞やDNAの話、そして医学やiPS細胞の話にいたるまで多岐に渡ります。そこでは高校生の時には聞いたことのないようなワクワク感たっぷりの話が満載です。文系・理系を問わず「京大に入ってよかった!」と思ってもらえるような授業にしようと教員達は熱量たっぷりで話をします。

この授業には、京大すべての10学部から学生が集まり、文系学部からもたくさん学生がきます。90分授業の最後の15分は質問タイムを設けており、意欲のある学生達が手を挙げて質問し、教員がそれに答えます。ノーベル賞受賞者の山中伸弥先生(iPS細胞)に向かって堂々と質問するたのもしい京大生がたくさんいます。

私自身は発生生物学を専門としており、1つの受精卵から体が作られていく不思議を解き明かす研究をしています。私は「生物学のフロンティア」の代表教員として、第1回目(4月)で「卵からの形づくり」の話をし、その後の回も教室にいて学生からの相談などに対応しています。

ありがたいことにこの授業は「京大の看板授業」という評価をいただいています。その一方で、370人の教室収容人数を超える学生が希望しますので、毎年抽選になっています。京大では、原則だれがどの授業をとってもよいという学風がありますが、この授業は「1・2回生優先」という条件での抽選となります。皆さんが京大に入学されたら、是非抽選に残っていただき、この授業でお会いしたいですね。

高橋淑子教授(本人提供)



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社会を旅する皆さんへ
――国際高等教育院 附属日本語・日本文化教育センター 河合かわい 淳子じゅんこ 教授


私は全学共通科目で「多文化教養演習:見・聞・知@~」シリーズ、「日本語・日本文化演習」、“Education in Contemporary Japan”などの科目を担当しています。

まず見・聞・知は、「けん・ぶん・ち」と読み、現地を実際に「見」て、人々の話を「聞」いて、対話し、主体的に「知」っていくことを表しています。@の後には、インドネシア、タイ、ベトナム、中国大陸、香港、台湾、韓国、京都が入ります。次に「日本語・日本文化演習」は、日本語・日本文化の特徴を探る授業、そして“Education in Contemporary Japan”は、英語で、留学生と共に日本の教育について学ぶ授業です。どの科目も海外に出かけたり、留学生と議論したりといった、多様な背景を持つ学生たちが共に学ぶ機会が提供されます。

なぜこういう授業を行っているのか。それは、海外に出かけたり、海外から来た人々と一緒に学んだりすると、いいことがあると思うからです。新しい価値観に出会う、人に出会う、外から自分自身を見る、積極的に動くことの大切さを知る等々。

皆さんはこれから人生の中でたくさんの人に出会うと思いますが、慣れ親しんだ場所の外で(あるいはあなたの知らない場所からやってきた)人に出会うことも経験してください。それから、当たり前だと思っていたことが当たり前のことではなかったという経験は貴重です。例えば、ある国のある町のバスは車内アナウンスがありません。それなのに結構なスピードで走ります。日本では当たり前の、次の停留所をアナウンスしてくれる優しいバスはそこにはありません。でも困っていると言えば、手伝ってくれる地元の人がだいたい登場してくれます。どのような進路に進むにせよ、こうした経験は、皆さんの物事の捉え方を豊かにして深めてくれるはずです。

私の専門は教育社会学・比較教育学です。社会学というのは、当たり前と思っていたことが当たり前でないことに気づく喜びを教えてくれる学問だと私は感じています。ピーター・バーガーという社会学者が『社会学への招待』という本の中で、社会学を学ぶことの意味についてこう述べています。「偏見から脱却し(中略)もしかしたら、社会を旅するうちに他人への共感がほんのわずかでも深まるかもしれない。」※

近い将来、皆さんの社会の旅に、ほんの少しでもご一緒できるのを楽しみにしています。

※ピーター バーガー著/水野節夫・村山研一訳、『社会学への招待』新思索社、2007(原著1962)、 257頁

河合淳子教授(本人提供)



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教養としてのデータ科学
――国際高等教育院 附属データ科学イノベーション教育研究センター 田村たむら ひろし 教授


京都大学に入学した学生にとって、学部や卒業後の進路がいかに違っても、何らかの形でデータに向き合って判断を下していくことが避けられない時代です。日本政府もこの潮流に対応するために、文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」も含めたデータ科学教育の強化を進めてきました。京都大学では、私が所属する国際高等教育院のデータ科学イノベーション教育研究センターを中心に様々な学部や大学院・研究所等の協力を得ながら、全学共通科目(主に学部1~2年生を対象とする教養・共通教育のひとつ)の中でデータ科学教育を拡充・整備してきました。具体的には、文部科学省認定制度のリテラシーレベル修了証が授与される「統計入門」や応用基礎レベル修了証が授与される「データ分析基礎」「統計と人工知能」「データ分析演習Ⅰ」「データ分析演習Ⅱ」等が該当します。私自身は、これらの中の「統計入門」と「データ分析演習Ⅱ」を担当しています。

みなさんが京都大学で学んでいく際には、大学入学までの整えられた特殊な条件下で有効なアプローチとは異なって、より一般的な条件下での解決や新しい概念を導出するアプローチも必要になり、戸惑うこともあるかもしれません。私が担当する講義では、こうした変化への適応も助けるために、講義内容をそのまま「講義実録:統計入門(現代図書出版)」として書籍化した上で、知識の整理の場としてのテストや考察の場としてのレポートに加え、段階的理解の場としての「感想・質問」の提出も毎回の平常点として評価対象にする等、学びの質向上を目指しています。

私自身の進路決定においては、親族に本学医学部の卒業生が複数いたことから、幼少時からの大人たちが醸し出す雰囲気に抗わなかったのも一因かもしれません。入学時の動機が明確でなかった分、その後に交流を持った人たちからも影響を受けて大学院も4つ経験しました。このような経験があるからか、現在はより実用的な研究への関心が強く、社会との関わりも含めていろいろな領域の研究をつなぎ合わせるような研究を目指しています。授業の中でみなさんとお会いする機会があれば、このような研究についても具体例を交えながら、データに向き合う魅力や苦悩の一部を共有したいと思います。

田村寛教授(本人提供)



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