企画

京大生と「起業」

2023.08.01

大学生は以前よりも「起業」を身近に感じているのではないだろうか。中高生のなかにも、将来のキャリアとして起業を考えている人もいるだろう。

そこで本紙では起業という選択肢について、京大で教鞭をとる起業家教育の専門家、学生時代に起業し現在も事業を続ける京大の卒業生、そして在学中に起業した現役の京大生の話を聞いた。大学入学後の進路の一つである起業について考える助けになれば幸いだ。(匡・村・史)

目次

【教育者】 起業という形にとらわれないで 京都大学経営管理大学院 山田仁一郎教授
諸大学の取り組み
政府の取り組み
【卒業生】 感謝がつなぐ「自分らしい」仕事 株式会社メディアインパクト 宮嶋健人氏
【現役学生】 「美意識に従う」選択を 株式会社カタルシス 山本周雅さん


【教育者】 起業という形にとらわれないで 京都大学経営管理大学院 山田仁一郎教授


「起業家教育」と訳されることもあるアントレプレナーシップ教育をはじめ、起業への支援が全国の大学で行われている。そこで、京大でアントレプレナーシップ教育を行う山田仁一郎・経営管理大学院教授を訪ねた。山田教授は「起業という形にとらわれすぎない」ことが大切だと語る。大学生の起業へ向ける教育者のまなざしを聞いた。(匡・史)

先生の行うアントレプレナーシップ教育の目的は。
アントレプレナーシップという単語には会社や事業を作るという表層的な意味だけではなく、資源の制約に関わらず機会を追求する、というもっと広い本質的な意味があります。企業家学、経営学の研究者として、経営学を学びたいと思っている方が、社会での働き方、経営という考え方から自由になることを目的に、教育に励んでいます。自由で楽しい生き方の1つとして、アントレプレナーシップ・プレジャーを見いだせる人がいるとしたら、それは素晴らしいと考えています。アントレプレナーシップの世界観を知ることは、世の中を別様の物差しで理解ができるエキサイティングな知識であり、とても面白く、情熱を喚起される経験でもあるのです。

アントレプレナーシップ教育へのスタンスは。
最近起業が流行っているというだけの理由で、教育者が起業を学生に勧めることがもしもあれば、違和感があります。不適切なタイミングで不適切に起業家教育を施すと、起業が嫌になるという研究もあります。例えばアスリートでも、国家が介入して強い選手を育てるという国家目標が作られると、スポーツってそんなものだったっけ、というような気持ちになると思います。同じように、起業家教育はきちんと考えて行われているか、ということに対して、私は早くから関わりながら警鐘を鳴らしている立場です。ただもちろん、大学生が志や運命的な出会いなどきっかけがあって起業したり、もしくは起業するために起業サークルみたいなものに入ってイベントに参加したりすることを否定しているわけでは全くありません。

大学生の起業については。
僕の一つの仮説として、大学生で起業をしようとする人たちは、既存の企業で働くということと、自分で会社を興すという2つの選択肢しか見えていないのではないかと考えています。つまり、大企業とか大組織で働くべきという既存の価値観に対して、そのオルタナティブとして起業という選択肢をとっているのではないでしょうか。その結果、学生にとって起業することが、世間から自己承認を得る手段となってしまっている部分もあると考えます。

大学生に起業を勧める風潮を感じることもあります。
大学生というステータスを使うことが、起業にあたって活きる場合もあるでしょう。しかし「若いから、大学生だから、こうすべきだ」ということはないと思います。私は、「するべきだ」という論調で、人の生き方に介入するのは、少なくとも教育者がすることではないと思っています。

それでも、若くして起業して自己破産した人々に聞くと、若いうちに、つまり失うものが小さいうちに失敗した方がいいよと言う人が多いです。失敗したら恥ずかしいと思うかもしれません。ただ、一度きりの人生で、深く傷ついて学んでやり直すといった生き方を好きなように選べるということもまた大切だと思います。

会社や事業など、仲間と何かを作りあげることが、生きることの理由や喜びに繋がると思うのであれば、悩まずにとりあえずやってみるべきです。その際、大学生であることは付随的なものであって、助けになることも邪魔になることもあると考えます。

そんな中でも、私は大学生に起業を仕掛けて、ともすると利用していることになりかねないプロモーターを一緒に仕事をしながら注意深く観察しています。投資したい人やそれをサポートする人に加えて、関連の部署の行政機関もいっぱいありますが、実際に起業する人たちが足りないというのは1980年代から何十年と言われ続けていることです。単純に人手が足りなくて困っている経営者が、起業体験だとか言って、大学生をこき使うなんてこともあり得ます。やり甲斐搾取じゃないですけど、武器弾薬は用意するから、前線に行っておいでと言っているのと半ば一緒になりかねません。このことは、学生の側がビジネスのメカニズムを理解して、何が行われているのかの全体像(ビックピクチャー)を理解すれば防げると思います。

起業にはリスクが伴うと感じます。
いつでも自分のアフォーダブルロス、つまり自分の能力で許容可能なダメージを自分で見計らうことが大事だと思います。自分にとっての真のリスクと、追求したいものをあわせて考える必要があります。それを見誤らなければ、たとえ起業というリスクを取っても、ちゃんと生き延びることができると思います。逆に、変なプライドや世間体、認知資本主義(※)に囚われすぎて、何も選ばず、行動せずにいる生き方のほうが危険だと感じます。

※編集注:経済を動かす力が、物質的な資産から非物質的な資産に移り、人間の知識や認知能力が決定的に重要になったこと

全国の大学や政府が行う起業支援については。
政府が音頭を取ってベンチャーブームを起こそうとするのを何度も見ているので、かなりアイロニカルというか、冷静かつクリティカルに観察する立場を取っています。政府がスタートアップ企業の数について目標を掲げることや、大学が政府の機関みたいになって、起業家を育てる工場のような役割ばかりを担うことには異論があります。研究者として、ただ起業を推進するのではなく、起業をもう社会機能として健全で少しニュートラルに考えられる程度に社会全体のリテラシーレベルを上げたいと考えています。起業や開業に限らず、自分の人生を自分の意思で決定することは、自然現象であるようで、意外に複雑かつデリケートなものです。大学は人間が学問をし、自由に生きるように生成変化するための場所なので、「起業支援」というイデオロギーについてのリテラシーのレベルを上げる必要があると思います。

京大における起業の現状をどう考えますか。
例えば、東京大学には東大アントレプレナー道場というプログラムがあって、システマティックに起業家を増やす取り組みをして実績を上げています。スタンスとしては政府の意向通り、もっとアントレプレナーを増やすことが、日本のためになるというストレートなものです。事実、東大と京大は、起業数の実績値では3位以下の他大学を突き放しています。

ただ、よく言われることですけど、京大には一匹狼的なキャラクターの人が多くて、自由な発想で楽しく、思いのままにやりたいという色が強いと思います。もちろん、大学に事業化するべき技術シーズや知識はたくさんあるので、起業をもっとシステマティックに行えるようにした方がいいという声もあります。しかし、簡単に言うと、それがそのままでは京大の文化と合ってないから、別のやり方で京大流を追求しているということだと思います。

アントレプレナーにも多種多様なタイプがいます。株式上場して事業規模を大きくしてユニコーン(※)を目指す人たちだけではなくて、たとえば面白いことを追求して、もっとぶっ飛んだことをしたいから、事業規模の物差しで私達がやろうとすることを単純に測るなよ、みたいな考え方をする人も多くいます。私はそのような人の方が面白いと思うし未来に近く、京大っぽいなと思います。起業のいわゆるゴールというのも、人によって全然違うし、違って当然ですね。事業規模もまた手段に過ぎませんから。

京大の学生のようなトップレベルの学生にとって、外部からの評価や能力を客観的に踏まえると、アントレプレナーシップや狭義の起業のチャンスは大きいこともまた事実だと思います。そのことを前提として、それに伴うビジネスや人生上のトラップについて、私は適切な警鐘をならしながら啓蒙活動やお手伝いをしています。

※編集注:「設立から10年以内」「企業評価額が10億ドル以上」などの条件を満たしている企業。成長が見込まれ、投資先として有望とされる企業を指す。

若者へのメッセージを。
何かわくわくしたことをやりたいとか、何かに挑戦したいという想いや情熱の発現の一つとして起業したいと言っている人もいるのではないでしょうか。私自身は、起業、会社を興すことそのものの形に、とらわれすぎない方がいいと考えています。同時に、起業が面白い働き方、学び方の1つであることも事実でしょう。気候変動問題など、新しい事業創造でこそ、世界を変えていくことは政府の動きをただ待つより、エキサイティングな生き方かもしれない。

同時に、若い世代にとって大事なのは、志を追求するなかで世界に対して責任を負って生きている大人と出会って付き合うことだと思います。肩書きにかかわらず「この人は師匠として尊敬できる大人だな」「こういうふうに自分は成熟したいな」という人と出会っていくことが大事だと思います。

どうすればそのような人に出会えますかという質問をされることがあります。正しい答えがあるわけではないと思いますが、フィジカルに動くことが大切だと考えています。例えばあなた方がこのインタビューを対面で依頼したことは本質を捉えていると思っていて、いろんな場所に行って直接人と出会うことが大事です。出会いを重ねて、お互いに私たちは変わっていくことができます。

力が入りすぎていない方がホームランを打てると言われるように、いきなり起業の当事者として責任をかぶったり、起業家に早くならねばならないと思い込みすぎたりしない方がいいと思います。焦らずに近くへ旅に出ることの方がいいタイミングに巡り会えるということをお伝えしたいですね。(了)

山田仁一郎(やまだ・じんいちろう) 1970年、東京都生まれ。2000年北海道大学大学院経済学研究科博士課程修了。21年より京都大学経営管理大学院・教授。日本ベンチャー学会副会長。アントレプレナーシップ、経営戦略、組織論を専門とする。

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諸大学の取り組み


◯京大における起業支援


京大では、産官学連携本部が学部生を対象とした一般教養科目「起業と事業創造」を開講している。授業の目的は「ビジネスの知識の無い生徒が一から学ぶことを念頭に、今後の主体的な学習・探求の基盤となる知識と考え方を身につける」ことが掲げられており、到達目標として▽イノベーションとアントレプレナーの役割について理解すること▽様々な分野で加速度的に進展する技術革新の可能性について関心を持つこと▽事業機会の特定、資源の調達等、起業にかかわる一連のプロセスについて基礎的な理解を得ること、を挙げている。

◯他大学の動向


東京大学は2004年に大学発ベンチャー支援を開始し、社会を変えるイノベーションの担い手は大学や大学発ベンチャーであるという方針を掲げる。16年には投資事業会社である東京大学協創プラットフォーム開発株式会社を設立した。

また、起業家を講師として招いて起業に関する基礎知識を学んだり、実際にチームを組んでプレゼンを体験したりできる「アントレプレナー道場」というコースを学部・大学院向けに通年開講している。

名古屋大学は教養科目として「クリエイティブイノベーション講座」を学部生向けに開講し、イノベーションを作り出すための基本を学生に伝えている。また、東海地区の国立5大学からなるTongaliという起業家育成プロジェクトを16年に立ち上げ、地域と連携して起業支援を行っている。

大阪大学は「イノベーションデザイン実践」という授業を大学院生向けに開講し、参加者の研究テーマをステークホルダーやマーケットなどの様々な視点から捉える機会を提供している。課外活動では、Innovators’ Clubというコミュニテイを設立し、学生起業やイノベーションに興味がある学生・大学院生・若手研究者が集う場を提供している。

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政府の取り組み


◯政府の目標


2022年1月、岸田首相は年頭記者会見で「スタートアップ創出元年」を宣言し、内閣の「新しい資本主義実現本部」は同年11月「スタートアップ育成5か年計画」を策定した。「スタートアップを生み育てるエコシステム」を創出して「戦後の創業期に次ぐ、第二の創業ブームを実現」することを掲げ、22年度第2次補正予算にスタートアップ関連の施策を約1兆円計上した。具体的な目標として、現在8000億円規模のスタートアップへの投資額について27年度に10兆円規模とすることや、将来的にユニコーンを100社、スタートアップを10万社創出し「アジア最大のスタートアップハブとして世界有数のスタートアップの集積地を目指す」ことを掲げている。なお内閣官房の資料によれば現状、日本に存在するユニコーンは6社(22年7月時点)、スタートアップは1万社(20年度)である。

◯政府の取り組み


これらの目標達成のため、大学や小中高生を対象とした取り組みも掲げられている。

大学発のスタートアップ創出の後押しを目的とする「1大学1エグジット運動」では「研究大学1大学につき50社起業し、1社はエグジットを目指す」方針を示す。また、東京や関西などのスタートアップ・エコシステム拠点都市を中心に、大学発の研究成果の事業化を5年間で5000件以上支援する計画などを掲げた。

また、小中高生を対象に、起業家を講師に招いた「起業家教育の支援プログラム」の新設や「総合的学習などの時間を活用した起業家教育の拡大」に取り組むとしている。

用語解説


エグジット:起業後に株式の価値を高めてから利益を得ること。

研究大学:「世界水準の優れた研究活動を行う」大学群。文部科学省が京大を含む22の大学や大学共同利用機関を指定し、補助金を交付している。

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【卒業生】 感謝がつなぐ「自分らしい」仕事 株式会社メディアインパクト 宮嶋健人氏


起業した学生は、その後どのような人生を歩むのか。生の声を聞くべく、株式会社メディアインパクト代表の宮嶋健人氏を訪ねた。宮嶋氏は京大生時代に立ち上げたウェブ制作会社を10年以上営んでいる。「機会を提供してくださった方々に恩返ししたい」。言葉の端々にあふれる心からの感謝と、「ウェブで食べていく」という「負けん気根性」で、平坦ではない起業後の歩みを積み重ねてきた。その人柄に「自分らしく」働く秘訣をみた。(匡・村)

◯3回生で趣味を仕事に


起業のきっかけは。
趣味のホームページ制作が少しずつ仕事になった感覚です。先輩のお父さんが会社を経営されていて、その取引先や自社のウェブサイトの仕事を頼みたいと声をかけていただきました。それを機にウェブ制作の個人事業を始めて収入を得て、学部3回生のときに確定申告のために開業届を出しました。

どのくらい売り上げがありましたか。
学費や生活費を賄ったり必要な備品を購入したりできる程度の売り上げにはなりました。炎天下でテント設営の日雇いアルバイトをしたことがあり、その苦労を思うと、自分の好きなことで報酬をいただけるのはありがたいと思いました。

学生での起業に不安は。
スモールビジネスの個人事業はアルバイトとほぼ同じ感覚で、リスクが低いです。スタートアップ企業と違って投資家への還元というプレッシャーがありません。社員を雇うようになってからは大変な思いをしましたが……

◯「たまたま」を呼んだ「負けん気」


社員を雇いはじめた経緯は。
京都府の起業支援の一環で、今使っているオフィス(※)を紹介してもらったのですが、その入居にあたって審査を受けました。地域のために持続的に経営することを府に約束する意味もあって法人化し、その後、雇用も生んでいったという流れです。

※編集注:当時の名称は「西陣IT路地」。NPO法人京都西陣町家スタジオが京都府と連携して運営する。起業を目指す人に施設や相談体制を提供している。

既存の企業へ就職する選択肢はありましたか。
就職したかったですが、うまくいきませんでした。生活に不可欠で人の役に立つ仕事がしたいと思ってインフラ業界を志望しましたが、面接で「御社のウェブ担当になりたい」と言い続けて……結局、個人事業を法人化して自分で会社をつくることにしました。

事業が軌道に乗った転機は。
すべてたまたまの出会いからです。府のオフィスに空きが出ることを教えてもらえたり、お客様の紹介で次の依頼を得たりして、思いもよらないつながりができました。

何が「たまたま」を引き寄せたと思いますか。
私は基本的に自信がないですが、負けん気根性はあって、「ウェブで食べていきたい」という気持ちは強かったです。「私に仕事を頼んでいただけませんか」と言い続けましたね。

◯会社の預金が数万円に


今の事業内容を教えてください。
ウェブ関連の受託開発です。最初はパソコン版のホームページ開発だけでしたが、その技術を応用してスマートフォンの普及にも対応し、アプリ開発なども受け付けています。最近受注が多いのは業務効率化システムの構築です。たとえば予約サイトの内容反映を自動化するシステムです。他には、企業の研修用ゲームソフトの開発もコロナ禍以降、増えています。

起業から得た教訓は。
黒字を出すのは大事だということです。会社を立ち上げて7年目ごろ、かなり困りました。当時は、預金残高だけを見て「しばらくは大丈夫」という感覚で動いていました。それどころか「黒字になると税金を払わなければいけない」と考えて、節税のつもりで経費を使うことをためらいませんでした。その結果、大きな赤字になって資金繰りが厳しくなり、会社の預金が数万円しかない状態に陥りました。自分の役員報酬を会社に貸すことで回っていましたが、身の丈に合わない雇用や運営の甘さを痛感しました。人を増やしても仕事や売り上げが増えるとは限らない。当たり前のことですが、わかっていませんでした。事業がうまくいっているときに余力をつけておかないと、いろいろな変化に耐えられません。

◯信頼関係を増幅


大事にしていることは。
人と人とのつながりです。いい仕事をして、お客様やその先の方々との信頼が広がれば、みんながうれしい。そういう信頼関係を増幅させる仕事が大事です。誰かを傷つけずにみんなで喜べたとき、金銭面だけでなく精神面でやりがいを感じます。このオフィスに入居したことで、さらにそういう思いが強くなりました。就職活動がうまくいかず悩んでいたときに機会を提供してくださった方々や、これまで様々な面で支援してくださった方々に恩返ししたいです。

今後の目標は。
変化に強い組織をつくって、社内や取引先の方々、さらに大きく出れば世界の人々の信頼関係を増幅させる、そういう仕事を提供し続けていきたいです。

◯毎週、感謝を伝える


起業してよかったことは。
自分らしく働けることです。一緒に働いてくれている方々にとっても、それぞれの自分らしさを大事にできるチームになっていると思います。たとえば、早起きが苦手な方は昼から出勤するとか。通勤に時間をかけたくない方は自宅からリモート勤務する方もいます。「普通」に合わせて角が取れた状態になることも大切かもしれませんが、人間はもともとゴツゴツした一人ひとりの特性がありますし、それを大事にしたいです。会社の経営目的である「全従業員の物心両面の幸福追求と、地域・社会への貢献」に沿っているかどうかを判断基準にして、それぞれの働き方を尊重しています。他にも、社員の提案をつぶさないように心がけています。

自分の考えと違う提案を採用することは。
たくさんあります。たとえば、ある社員の提案で新しいプログラミング言語を取り入れました。最初は、他の社員ができないものを使うことに抵抗がありましたが、いい機会と捉えてみんなで勉強しました。興味のない社員はそれこそ「ゴツゴツ」したままで。結果的に今もその言語を使っています。うちの会社は給料が高いわけではなく、知名度も乏しいですし、働いてもらえることは当たり前ではないと思います。いかに自分らしく働けるか、「ここでなら働いてもいいかな」と思ってもらえるかが大事です。

そう思ってもらうために取り組んでいることは。
感謝を伝えることです。毎週金曜日、全員に「今週もありがとうございました」というメッセージを送っています。内容は週ごとに様々です。雇い主が横柄な態度では働きたいと思えないでしょうし、逆の立場だったら、自分の働きを見てもらえていると実感できたらうれしいなと。感謝は示さないと伝わらないですから。本当にありがたいので、その気持ちを伝えています。

◯ゴツゴツしたままで


起業して後悔したことは。
ありません。他の企業に就職した自分を想像することはありますが、隣の芝生は青いと言いますし、どの道も正しいと思います。大小さまざまな失敗もしましたが、それがあったから今があると思います。

学生生活での後悔は。
あまり思い浮かびません。そのときどきで一生懸命がんばったと思います。好きなことを続けたのはよかったです。ウェブ制作以外ではテニスを続けています。数年前に仕事をし過ぎて体を壊して半年ほど働けなくなったことがあって、お金よりも健康のリスクの方が大きいと思いました。運動の時間や、誰かと一緒に喜ぶ時間を大事にしたいです。

中高生や大学生にメッセージを。
好きなことをして、ゴツゴツしたまま生きていただけたらいいなと。ストレスが多いなかで、無理やり自分を周りに合わせても持続性に欠けると思いますし、それぞれが自分や相手を大切にする、そういう社会になってほしいです。(了)

宮嶋健人(みやじま・けんと) 株式会社メディアインパクト代表取締役。05年に京大総合人間学部入学、17年に京大大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。07年にウェブ制作の個人事業を開業し、11年に法人化。現在はNPO法人「京都西陣町家スタジオ」の理事として起業を志す個人・団体の支援も行う。

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【現役学生】 「美意識に従う」選択を 株式会社カタルシス 山本周雅さん


現役の京大生にも、在学中に「起業」という選択肢をとる人がいる。その1人が京大起業部・部長の山本周雅さん(総合人間学部7回生)だ。

バーの開業をきっかけに、現在は知識伝承の事業に主軸を置く山本さんは「アート×アカデミック×ビジネス」を体現したいと話す。山本さんと起業の「これまで」と「これから」を聞いた。(匡)

起業のきっかけは。
大学の生活はガラパゴス化していると感じたことがきっかけです。学部の小さいコミュニティや、サークル、もしくは留学生同士だけで話すことが多いなと感じていました。普段関わりのない人に心理的安全性を担保した状態で気楽に話しかけられる場を作りたくて、個人事業として百万​​遍交差点近くの物件にバーを立ち上げました。その際に行ったクラウドファンディングの縁が今も続いています。その後2020年に株式会社カタルシスを立ち上げました。

他にされている事業は。
バーのほかに二つあって、一つがキャリア支援です。起業の支援であったり、ビジネスコンテストを開いたり、または社会人と話す場を作ったりするものですね。

あと一つが知識伝承の事業です。職人さんの技術や意識をどう後世に伝えていくかという課題を持った、老舗の漢方薬会社と造園業の会社と連携しています。事業の拡大や伝承にあたって、今職人さんが持っている知識をうまく伝える仕組みが必要になります。データサイエンスの技術を用いるのではなく、非言語的な、いわゆる勘とか感覚でやっているものを言語化するのが我々の取り組みです。SECIモデル(※)と呼ばれる学術的なモデルを、実際に会社の中で動かすお手伝いをしています。この取り組みが事業として一番成り立ちそうなので、卒業後もやっていこうと考えています。

※編集注:個人が持つ知識や経験などの暗黙知を、形式知に変換した上で組織全体で共有・管理し、それらを組み合わせることでまた新たな知識を生み出すフレームワークのこと。

起業部の部長もされている。
部の活動としては、すでに起業している人や、もしくは起業する前に経験者と触れ合いたいという人たちが集まるコミュニティとして、交流会や自分のアイディアを発表する集まりを開催しています。

法律や事業の立て方のような起業のノウハウを共有するというよりも、起業に際するマインド、考え方を共有することに集まるメリットがあると思います。

いろいろな人が集まりますが、誰が成功するかなんてことは分かりません。ただ、交流する中で、事業をやり抜く情熱を持っているかというパーソナリティは分かりますね。

起業という選択肢を取る理由は。
自分が作りたい世界を作る自由度が高いことだと思います。

学生起業は起業の中で一番ハードルが低いと感じています。生活コストの低さと、休学などで新卒の身分を保って、うまくいかなかったら就職するという逃げ道があることがその理由です。実現したい世界を若いうちに作り上げる経験は貴重ではないかなと思います。

僕自身は、初めはコロナの影響などで休学していたのですが、今は休学の理由が変わっています。ビジネスという一側面の視点しかないのは狭い考え方だと捉えています。そのうえで、アカデミック、アートとビジネスの三つを合わせるとすごい創造性を発揮できると考えているので、アカデミックの分野にある程度触れ続けたいなと思っています。SECIモデルのような学術的なアプローチがうまくいくのかを近くで見続けたくて大学に残っています。

起業における目的や目標は。
会社として「More Katharsis, More Creative」という標語を掲げています。バー、キャリア支援、そして事業の伝承も、個人と組織の創造性を引っ張り出して開花させることが事業の目標であり、僕個人としての目標でもあります。

事業規模の話はされないですね。
事業規模の目標を掲げる方が良いことは分かっているのですが、目標にしていることは「いかにいいものを創りあげるか」ということです。今後の展望として一貫しているのは「アート×アカデミック×ビジネス」を体現することで、知識伝承の事業はこれに向いていると感じています。良いものを作ることができたら事業は自然と大きくなると思いますし、生活ができればそれ以上に望むものはないですね。

大学が行う起業の授業をどう捉えられていますか。
学生を対象にするには規模の大きすぎるものが多いと感じます。例えば大きいベンチャー企業の創業者の人の話を聞くと、その場では浮き足だつと思いますが、実際のところは何の役にも立たないと思います。大学生の起業は自分に身近なところを観察したうえで、ひとつひとつ事業を作っていくという手法なので、起業や事業作りのイロハを分かっていない状態でそのような授業を聞いてもあまり意味をなさないと思います。

国や大学はスタートアップとかを押し出しますが、大学生の起業にはなじまないはずなんですよ。まずは実際に起業している学生のところに直接行く方が、より現実的な情報を得られると思います。僕も起業する前は、実際に学生起業でバーや教育関連の事業をしている人のところで働くなどして経験を積みました。

後輩にアドバイスするなら。
たとえばイベントのような小さい規模のものでも、自分で物を作って、世の中に投げかけて反応を得るという経験は必須だと思います。自分の見ている世界がいかに狭いか、認知バイアスで縛られているかという自己内省をすべきです。ここは京大生が特に弱い分野だと思います。

自分の経験を話すと、より客観的に、論理性を持っていかにビジネスを大きくしていくかということに縛られていました。でも経験を通して、アートのように、主観に基づいて自分の言葉で話すことで生み出す創造性も意外と大事だということに気づきました。

人生の選択の中で一番大事にされていることは。
「自分の美意識に従う」。自分が美しいと思ったものに従う方がいいと思います。うまく生きていけるかなとか、お金の工面はちゃんとできるのかなという不安はいつもありますが、自分の美意識に従わないと満足できないと思って指針にしています。(了)

山本周雅(やまもと・しゅうが) 総合人間学部7回生。2020年、株式会社カタルシスを創業し、現在も代表を務める。京大起業部部長。天王寺高校出身。

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