ニュース

総合生存学館 設立10年 変わる運営体制・資金難に対応

2023.06.16

4月、総合生存学館(思修館)が設立から10年の節目を迎えた。学館はグローバル人材の育成を目指す5年一貫制の博士課程大学院。その運営体制の変遷を振り返ってみると、資金不足が懸念されるなどして、全学で運営する体制へと徐々に変化したことが浮き彫りになった。

目次

総合生存学館とは
学館の発足
資金難に対応
運営体制の変更
運営体制の再変更
今後の学館

総合生存学館とは

学館は5月27日、オープンキャンパスを開いた。会場は東一条館で、オンラインでも中継され、約50名が参加した。当日は村上章学館長の挨拶にはじまり、教員が学館の教育について説明し、在学生や卒業生が自らの研究内容や学生生活を語るなどした。

学館は、人類が直面するグローバルな課題を学問領域の壁を超えて分析し解決へ導いていく「総合生存学」という学問の確立と、総合生存学を修得したリーダーの育成という2つの目標を掲げている。目標達成のため、▼学生一人ひとりに合わせたカリキュラム設計を行う「テーラーメイド型カリキュラム」▼多様な学生が共同生活を送る「合宿型研修施設」▼様々な分野の学外講師と討論を行う「熟議」▼自らの専門分野以外の7分野から選択して履修する「八思」▼海外の国際機関などでインターンシップを行う「武者修行」など、特色ある教育が行われている。

目次へ戻る

学館の発足

学館の通称「思修館」は、学館が行ってきた教育プログラムの名前である。京大は2011年、文部科学省が実施する大学院支援事業「博士課程教育リーディングプログラム」に「京都大学大学院思修館」などを応募し、採択された。同プログラムは、「産学官にわたりグローバルに活躍するリーダー」の育成を目指し、専門分野の枠を超えて、所定の条件を満たす教育プログラムを最長7年間支援するものだ(19年度に終了)。

13年4月には、思修館を実施する大学院として、総合生存学館が設置された。15年にかけて関連施設が整備されていき、第一研修施設の「廣志房」、第二研修施設の「船哲房」、第三研修施設や講義室を擁する学館の拠点「東一条館」が完成した。とりわけ東一条館は、左京区役所の跡地に建設され、耳目を集めた。除幕式で山極壽一総長(当時)は「地域住民との交流の場としたい」と挨拶した。

しかし、15年に行われた中間評価では、「計画を下回る取組」であり「一層の努力が必要」とする「B評価」がついた。現地視察の報告書は、「計画を確実に実行」していると評価しつつ、▼総合生存学の学理がまだ明確でなく、既存の研究科との役割分担を明確にする必要がある▼専門性が高く理解しづらいという学生の不満があり、改善が望まれる、などと指摘した。

目次へ戻る

資金難に対応

また、プログラムの補助期間終了が近づくにつれ、学館の資金不足が強く懸念されるようになった。16年に実施された外部評価において川井秀一学館長(当時)は、毎年の補助金が約3億5千万円だと明かしたうえで、補助金交付が終了した後の財源の確保が「喫緊の課題」だと述べた。また、学館の自己評価書には、「プログラム予算が増額されない」にもかかわらず、「学生関係支出が年々増加し」、「学館の財務状況は極めて厳しい運用を余儀なくされてきた」とも記された。学館は12年度より「思修館基金」を設け、16年度までに約5億円を集めていたが、大半を研修施設の建設費に費やしていた。

こうしたなか、予定通り18年3月に、プログラムの補助期間が終了した。事後評価では、「事業の目的を達成できたと評価できる」とする「A評価」がつき、中間評価を覆す結果となった。

思修館基金には21年度末までに約8億4千万円の寄附が集まっており、支出額との差引残高は約3億2千万円となっている。学館は、コロナ禍の影響で海外研修が中止になったことが大きいとしつつ、近年の支出の減少傾向が続けば、「一切の基金収入がなくなったとしても、15年間基金を維持することができ」ると分析している。また、近年の増収傾向がしばらく続けば、さらに長期間学館を運営することが可能になると考えている。

目次へ戻る

運営体制の変更

設立当初、学館の運営は、「重要事項」を審議する「教授会」と、学事に関する特定事項を審議する「学館会議」が担っていた。しかし、18年4月、運営体制が大きく変更された。教授会は「思修館協議会」と呼ばれるようになり、学館長や学館の専任教授に加え、学館担当理事や教育担当理事、他部局の長らも構成員に加わった。「学館の専任教員(学館長含む)は、構成員の2分の1未満とする」こととされ、学館長が他部局の長などを構成員に指名するにあたっては「2人の理事の意見を反映させる」ことになった。ただし、これらの変更は、「京都大学大学院総合生存学館の組織に関する規程」の改正を経ずに行われた。規程が改正されたのは、学館会議を「総合生存学館会議」に改称することと、それまで学館会議自身が定めていた「組織及び運営に関し必要な事項」を、教授会が定めるようになることについてのみ。これら運営体制の変更の理由について、学館の年次報告書は、「補助期間の終了に伴い、全学のさらなる支援体制を得られるように」したと説明した。

目次へ戻る

運営体制の再変更

21年7月には、研究科長部会に「総合生存学館教育研究体制等の在り方検討特別委員会」が設置された。同委員会は22年4月、学館のあり方の見直しに関する報告案を提示し、6月末、総長・理事らからなる役員会で協議されたのち、規程を改正して学館の運営体制を変更することが決定した。変更について京大の職員組合は昨年4月、学館の「設置認可内容に反する改変」だと指摘し、「所属教職員が含まれない特別委員会で決定・強行し人事・教育・研究の権利をはく奪」していると批判していたが、決定は覆らなかった。

そして、今年4月、改正後の規程が施行され、学館の運営体制が変更された。主な変更点は次の3つだ。

第一に、学館長について、これまでは教授会の議にもとづき総長が任命していたが、全学的な審議機関である教育研究評議会の議を踏まえ、総長が「指名」するようになった。また、京大の専任教授に加え、副学長も就任可能となった。実際に湊長博総長は、定年退職し京大の専任教授ではなくなっていた村上章副学長(当時)を学館長に指名した。

第二に、副学館長の選任について、これまでは学館の教授から学館長が指名していたが、他部局の教授も指名可能になった。実際に村上学館長は、▼池田裕一・学館教授▼齋藤敬・学館教授に加え、▼杉山雅人・国際高等教育院特定教授を副学館長に指名した。

第三に、予算や人事といった重要事項を審議する機関として、「協議会」が新設された。協議会の委員には、学館長・副学館長に加え、全ての研究科長などが含まれ、全研究科が学館の運営に参画することとなった。18年の変更で導入された「思修館協議会」と似ているが、思修館協議会で構成員の2分の1未満に抑えられた学館の専任教授について、協議会では副学館長を除き全く含まれなくなくなった。また、理事が構成員ではなくなった。

18年以降、教授会から思修館協議会に、思修館協議会から協議会に、全学で学館を運営する方向に漸進的に改革が進んだといえるだろう。改革の主眼は、学館の資金難への対処に置かれていると思われる。外部資金獲得のため、トップダウンで運営する必要があると判断されたのだろう。

目次へ戻る

今後の学館

学館は昨年9月、「今後の学館」と題して、他研究科との連携強化などの3つの方針等をHP上で発表した。すなわち、▼「総合生存学」が注目されていること▼教育研究を全学体制で推進することになったこと▼来年度から「これまで以上に他研究科との連携を強化していく」ため、志ある学生の受験を求めることの3点である。

学館によると、「全学で教育研究体制を整備すること」が決定したのを受け、昨年9月に学館内の企画委員会で合意し、掲載することになったのだという。このうち、他研究科との連携強化の具体的な内容について尋ねたところ、学館は協議会の設置を一例として挙げつつ、新体制については「調整・検討を進めている最中」だとした。また、村上学館長は、「現時点では様々なことについて調整中で、今後どうなっていくかまだお答えする段階にはない」として、本紙の取材を辞退した。

「他研究科との連携強化」は単に運営体制の変更に留まるものなのか。あるいは教育研究の現場にも影響するものなのか。この点は未だ定かではない。後者であれば、従来も他研究科の教員が学生の指導にあたってきたところ、さらにどのような策が打ち出されていくのか、注目していきたい。

目次へ戻る