インタビュー

西辻一真 マイファーム代表取締役社長 「“自産自消”理念に集まる人たち 農業復活の一つのモデルに」

2009.01.16

―農業に関わる仕事がしたいと思ったのは、いつごろからですか。

実家が福井県でしたから、周囲には耕作放棄地がたくさんありました。ときどき大阪や京都に出てくると、使われていない土地がないな、と感じて、使わないともったいないと思っていました。農学部に入ったときは、遺伝子組み換えを使ってすごい作物を作り、福井県で栽培したらいいだろうな、と思っていました。ですから卒論も遺伝子組み換えについてです。

でも、「遺伝子組み換え作物は、まだまだ先の話だな」と思って、独学で農業経済の勉強をしていました。減反や高齢化、肥料の高騰の仕組みが分かってきたころ、ちょうど「食」の問題がクローズアップされてきました。統計では、ちょうど200人に1人が農業を「やってみたい」と答えています。農業をやりたがっている人と働き手のない農家がいる。その両者を結びつける仕事がしたいと思いました。

―でも、就職は広告代理店ですね。

就職活動のときには、3年間必死でやらせてくれるところ、を基準に探していました。もちろん、かなり落とされましたが。

最初から3年間が前提だったので、同期入社の人たちよりもかなり厳しかった。他の人たちは既存顧客の営業をしているのに、自分は新規の、しかも大企業への営業。大企業にテレアポだけで営業しました。代表の電話が駄目だったら、別の窓口にまた電話をかけてみるとか、面識もないのに(多い姓だからという理由で)「田中さんお願いします」とか。かなり無茶なことをしていた。今から考えると、人脈が作れたのが一番大きいですね。独立して最初に仕事をした農家さんも、そのときの顧客です。

―耕作が放棄された土地があって、その農地を農業希望者に利用してもらう。これはすごくシンプルなやりかただと思います。むしろ今までこれをしてこなかったことが不思議に感じられますが。

新規就農者にとって一番の壁は法律です。農地の耕作者が農地の所有者でなければならない、という農地法ですね。例えば農業希望者が100人いるとして、農地法の壁で20人くらいになる。次に、必要なものが揃わない、つまり初期投資で3~4人になる。最後に集客ノウハウの問題があって、これをクリアしないと収益としてあがらない。すると、ほとんど0人に近くなる。これまでになかったという話でいくと、反応としてすごく多いのは、「やりたかったのにできなかったことなんだよ」「先を越された」「悔しい」という声を多く聞きます。

―法律の問題をクリアするというと、実は行政書士の仕事に近いのでは。

毎回、マイファームを作るたびに、地方自治体の農業委員会に説明をしにいっています。単に貸し借りをするのではなくて、「農家が主体となってやっている」といちいち説明するわけです。

―お客さんはマイファームにどのくらいの頻度で来るのですか。

週末くらいですね。管理人さんが常駐できるわけではないので、あまり頻度が高くても困ります。小さな面積なので。お客さんの実業がある程度忙しい方がよいので、30~50代のファミリーを想定しています。子どもがいるとちょうどいい食農教育になるので、教育の場という意味合いもあります。

―すると、管理人さんの仕事が重要だと思うのですが、管理人さんは農家がやっているのですか。

最初は農家さんにお願いしていましたが、現在では農業初心者から始めた人にお願いしています。お客さんのなかには、鍬と鎌の違いが分からなかったり、畑にヒールで来たりする感覚の人もいます。農家さんの感覚からすると信じられない。でも、フランス料理の一流レストランに行くとき、どんな格好をしていけばいいかと尋ねることと同じことです。

―現在、活動の三本柱として、「農地活用」「村おこし」「生産者支援」の事業を展開していますが、この形になったのはなぜですか。

「村おこし」と「生産者支援」は、マイファームが大きくなることで付随してきた仕事です。自産自消推進が最初にあって、農家さんへの方向性としては、農業のコンサルティング、つまり営農指導が出てくる。都市から遠いところでは、村おこしが出てくる。お客さんには、農業検定や資格検定を作ったり、栽培の体験ができるキットを作ったりしています。よく皆で話していると、これって結局JAだなという結論(オチ)になります。

―「マイファーム」の理念として、「自産自消」を掲げています。もちろん「地産地消」をもじっているわけですが、この言葉に集約した意味は。

大枠は農業支援なのですが、「自産自消」は消費者に向けたアプローチです。マイファームのことを皆で話しているときに出た話が基になっています。それは、ロシアやキューバで飢饉のとき、自分たちで農業をしたという事例でした。その意味を話すうち、「これって地産地消、超えてね?」となって。また、消費者に対して「安全な食品を食べたい」と言う前に、「農業がどれだけ大変か知っていますか?」というメッセージもあります。一般に農家のイメージを色で表すと、黒や茶、緑が多くて、赤やオレンジはほとんどありません。でも実際に土に触れて作物を作るって楽しいことです。マイファームがコミュニティビジネスだと注目されるのも、その点からだと思います。

まずは理念ありきで、社会から必要とされているものを具現化した取り組みだと思っています。理念に対して皆さんがついてきてくれているので、「多産多消」はしません。

―実際に仕事を進めていくと、農家の現状も見えてくるわけですか。

農家さんのところにいくと、僕はたいていサラリーマンの話をします。今、米を1反(1000㎡)作っても数万円にしかなりません。でも、農家さんは肥料や機械などの原価計算をしていないし、品質管理もしていない。これでは経営は成り立ちません。例えば雨の日に何をしていますか、と聞くと、「酒飲んでる」「遊んでる」という答えが返ってきます。サラリーマンだったら、時間外労働もしているのに。メールマガジン作るなど、お客さんのフォローもできますから、可能性を閉じないでください、というのが僕のメッセージです。「何かやってみたいけど、することなくてな」という農家さんがいたら、しめたもので、マイファームを勧めてみます。

―大学内でも、「農業を何とかしなきゃ」とか「農業をやってみたい」という人は多いです。

学生からも企業からも同様の相談を受けます。でも、「~したい」というインの部分に対する、「~できる」というアウトの部分を考えなくてはなりません。農業だけで採算をとるのは、資本力がある企業でないと難しいと思います。農業生産のみで無理ならば、生産でないところで採算をとらなくてはなりません。だから僕らの仕事は、言ってしまえばサービス業です。一つのソリューションとして農家さんにやってもらいたい。

―関西を中心に事業を展開してますが、その強みは何ですか。

京大があるのが何かと都合がいい(笑)。首都圏ではベンチャー企業がたくさんあって、なかなか出る杭になりづらいところがあります。しかし、関西ではそもそもベンチャー企業が少ないから、進んで出る杭にさせてくれます。また、前の会社のマーケティング戦略で、新製品は西から流通させるというものがあります。関西から攻めていこう、と。

―これからの目標を聞かせてください。

現在、マイファームが全国に79ヶ所あります。これを4年後には、1000ヶ所に拡げることが目標です。来年か再来年中に農地法が改正されるといわれているので、それが一つの区切りになると思います。ただ、実感として、都市農業の成功モデルは見えてきたのですが、田舎のモデルはまだ見えません。

仕事を進めていて、敵がいないというか、味方がたくさんいるという印象を持っています。農業で食い合う場合ではありませんから、競合という概念がありません。一つのモデルとして参考にしてもらって、皆さんどんどんやってください、というスタンスでやっています。個人的には、十数年したら会社を他の人に任せて、福井で村おこしプロデューサーをやるつもりです。



※マイファーム
07年創業。関西を中心に貸し農園「マ  イファーム」を広げている。農地活用  のほかには、村おこし、生産者支援な  どの事業も行なっている。08年8月に  は、京都ビジネスグランプリで優勝し  ている。目標は「マイファーム」を全  国1000箇所まで広げること。

※農地法
国民の食料を生産する農地の所有や  利用関係を定めた法律。農地はその耕  作者自身が所有することを適当と判断  している。農地の売買、転用、権利設  定(貸し借り)などについて、届け出  ることを義務付けている。1952年  制定。