複眼時評

原田大樹 法学研究科教授「コロナ禍が遺したもの」

2023.03.16

コロナ禍が始まって3年が経過する2023年5月8日に、コロナウイルス感染症の位置づけを、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の「新型インフルエンザ等感染症」から五類感染症に変更することが予定されている。感染症法は感染症の危険度に応じて、感染症を一類感染症から五類感染症までと「新型インフルエンザ等感染症」等に分類し、行動制限の内容等を差別化している。「新型コロナウイルス感染症」は、行動制限としては二類感染症(結核等)に近い新型インフルエンザ等感染症に含まれている。そして「新型コロナウイルス感染症」は、「新たに人から人に伝染する能力を有することとなったコロナウイルスを病原体とする感染症であって、一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」(感染症法6条7項)と定義されている。たしかに、流行開始期には国民のほとんどが免疫を持っておらず、デルタ株の流行期には重症化のリスクが高かったものの、その後は予防接種がなされ、オミクロン株の毒性は相対的に低下したとされる。そこで、現在のコロナウイルス感染症はこの定義には当たらなくなったものとし、法改正をすることなく、五類感染症を具体的に規定する厚生労働省令を改正してここに加えることが想定されている。

我々はこの3年余り、新型コロナウイルスに翻弄されてきた。本紙を手にしている新入生も、行動制限の影響で学校行事が例年通り実施されず、高校生活を十分に満喫できなかったと感じているかも知れない。日本社会全体としてみても、外出抑制やオンライン方式の普及など、従来の生活スタイルが大きく変化した。ここでは、コロナ禍が社会に遺したものを3つ挙げることとしたい。

第1は、「遊び」の重要性である。かつて公衆衛生政策の中心であった結核を中心とする感染症対策の比重は次第に低下し、コロナ禍に至るまで、保健所が持つ行政資源は縮小していた。また、保健所に限らず、感染症に対応する社会全体の人的・物的資源は、合理化・コスト削減の中で減少傾向にあった。しかし、平時ではない状況に対応するためには、そのための余剰資源を抱えている必要があることが、コロナ禍によって改めて明らかになった。そこで、短期的にみた重要性だけで資源配分を大きく変更しない、社会の寛容さや余裕が求められている。

第2は、「暫定的対応」の難しさである。とりわけ新型コロナウイルスの流行初期においては、ウイルスに対する知見が限定的で、どのように対処することが正解なのか分からないまま、眼前の問題を解決するために何らかの対応が必要とされた。正解が分からない中で少しでもそれに近づくためには、幅広く情報を集めてそれを自ら批判的に吟味する作業が不可欠である。また、科学的な答えが出ていないときにはとりわけ、政治過程が果たすべき「言葉による社会統合」が重要である。

第3は、「人と会う」ことの非代替性である。感染リスクの低減を重視する観点から外出制限や面会制限が呼びかけられ、人と直接会って話す機会を最大限抑制することが求められた。その結果、オンライン会議からオンライン飲み会に至るまで、オンライン方式が急速に一般化し、大学でもオンライン授業が珍しくなくなった。もっとも、オンラインによる接触は、最低限度のコミュニケーションはとれるものの、日常的な情報交換には向かない。また、対面による接触で得られる非言語的情報が全て欠落する文字だけのコミュニケーションは、誤解を生みやすく、それが他者への過度な攻撃につながることが改めて認識された。

これら3つの教訓は、社会に対してのみならず、大学生―特にこれから大学生活を本格的にスタートさせる新入生にも等しくあてはまる。一般教養や専攻分野以外の知識を身につけることは、将来の自己実現との関係で一見無駄に思えるかもしれない。しかし、こうした遊びが、将来直面する問題への対処のヒントとなることも多い。ChatGPTなどの対話型AIにレポート課題を投げ込めば、正解に見える答えが返ってくるかもしれない。しかし、何が真実の情報であるか判断できる能力がなければ、こうしたツールを適切に使いこなすことはできないし、そもそも社会には正解が分からない問題があふれているから、新たな知識を生み出す方法を大学で学んでおくことは極めて重要である。大学は高校までのようなクラス単位での活動が激減するから、対人的接触を最小限にしても卒業できるかもしれない。しかし、相対的に時間的余裕があり、将来類似の進路を選択する人が多い大学において、濃密な友人関係を構築しておくことは、将来の人生を確実に豊かにしてくれるだろう。

原田大樹(はらだ・ひろき 法学研究科教授。専門は行政法)