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京都芸術大の卒業制作 出町座で上映 『静謐と夕暮』 制作陣インタビュー

2022.11.01

京都芸術大の卒業制作 出町座で上映 『静謐と夕暮』 制作陣インタビュー

『静謐と夕暮』

京都芸術大学(京都市左京区)の映画学科の学生らが、2019年度の卒業制作作品として撮影した長編映画『静謐と夕暮』が11月18日から、出町座で上映される。監督・プロデューサー・主演の3人に話を聞いた。(田・桃)

『静謐と夕暮』 2020年制作、136分。第44回サンパウロ国際映画祭で新人監督部門にノミネート。出町座で11月18日より上映し、終映は未定。一般1800円、学生1000円。

あらすじ 物書きの〈カゲ〉は、 かつて両親と通った川辺に黄色い自転車と佇む隣室の男を見かける。隣室のピアノと男の生態が気になり、毎朝彼の後ろを静かに追う。そんなささやかな日々を原稿にしたため始めた。そんなある日、隣室の男が失踪する。


目次

監督 梅村 和史さん
プロデューサー 唯野 浩平さん
主演 山本 真莉さん


監督 梅村 和史さん


―セリフが少なく、「何も起きていない」シーンが多いことに驚きました

「日常」を撮ろうとすると、日々の中で起こる出来事の中でも、一番印象として残る盛り上がりを繋いで筋を作ろうとしてしまいます。でも、何も起こらない日もありますよね。どこかに行かなきゃいけないのに、ぼーっとしていたら一日が終わる、みたいな。特筆すべきことが起こらない日が積み重なって、その後に嬉しいことや悲しいことが起きるわけです。そういう連なりを総じて「日常」と呼ぶのではないかと。だから、出来事の前後もくみ取りたいと思いました。

―京都と大阪で撮影した本作中には、京都芸術大や京大の周辺もたくさん出てきました

僕の目線からなら、見慣れたこの町も違う方法で見せられるのでは、と思いました。それから、この作品のモチーフになった僕の先輩のことは、この町で実際に起きた出来事です。だからその記憶を残しておくために、この撮影地を選びました。

―モチーフになった「先輩」とは?

すでに亡くなった2人に起きた出来事を作品のモチーフにしています。ひとりは僕が高校のクラブでお世話になった先生。もうひとりは、大学の映画学科の先輩です。僕は監督をやりたいと思って映画学科に入学したんですが、入学直後にはやる気をなくしていて。でもその先輩の作品を観て、映画を撮りたいなって思い直した。

作品を撮るにあたって、2人と親しかった人たち、亡くなった状況を知る人たちに話を聞きました。それで、起きた出来事や取材した内容から連想したことを、映像のなかに象徴的に残しました。

介入できないからこそ残したい「他者の生と死」の記憶


―主人公「カゲ」も印象的でした。カゲの声は入っていませんが、なぜでしょうか

カゲは変数的な人間、つまり誰でも当てはまる人です。映像では主演の山本さんが演じているけど、川辺で原稿を読んだ人が、書き手を思い浮かべて読み進めているという設定なんです。要するにあの主人公は、誰でもない、女性でも男性でもない、だれか。声があると「その人」になってしまいます。女性的な動きにもならず、だからといって男性らしい仕草にもならないように演じてもらいました。

―カゲは自死する人、死んでいく人を助けるわけではなく、じっと見つめてノートに記録しています

映画はどうしてもドラマチックに見せるから、(登場人物同士を)関連付けようとします。でも、題材になった2人の死に、僕は介入できません。きっとどんなに近い関係にあっても、他人の死をどうにかできるわけじゃない。そういう僕らなりのリアルに基づきたいと思いました。カゲがノートに書くのと、僕が映画を作るのは似ているかもしれません。

では、他人である僕がその人に何ができるかというと、その人との時間を覚えておくこと、あるいは忘れてしまっても、誰かが思い出せる仕組みを残しておくことじゃないかな、と。

―主に制作に関わったのは監督を含めて3人と、かなり少ないですが

企画段階では、ひとりで撮影し、完成させようと考えていました。この作品は「先輩」に捧げた映画で、僕にとってパーソナルな部分があるからです。僕自身が「死」にあまり向き合わず生きてきたので、先輩の死をどうやって受け入れようかと考えることが、作品制作の大部分を占めました。大人数で制作すると、企画内容を共有するために言語化していくなかで、「無駄」な部分がなくなっていくと思います。それを防ぎたかった。

ところが、教員との企画審議の中で二人以上でやるように言われ、唯野くんにお願いしました。山本さんは、作品に対して思うところがあったようで、参加してくれました。一部の大がかりな撮影は、同時期に卒業制作を撮影していた別の組のスタッフに手伝ってもらいましたが、それ以外は全て、僕ら3人とキャストの方々だけで撮りました。

―今後はどのような作品を撮りたいですか

今僕が描かないと、今後だれも描かない、と思えるものを撮っていきたいです。これをどうしても今劇場でかけたい、という僕なりの理由が必要だと思います。そのための題材を膨らませるべく、今は次作に向けたテーマに関することを調べているところです。

梅村 和史(うめむら・かずふみ)

梅村 和史(うめむら・かずふみ)
監督/脚本/撮影/音楽
1996年、岐阜県生まれ。京都芸術大学映画学科卒業。他の作品に『つたにこいする』(監督・脚本)『ROLL』(音楽)など。



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プロデューサー 唯野 浩平さん
主演 山本 真莉さん


―この作品の制作に参加した経緯は?

(唯野)梅村が企画書を提出するときに「名前だけ載せさせてほしい」と。手伝い程度なら、と承諾したんですが、企画書を見たら「共同プロデューサー」として記名されていました(笑)。少し騙されたような感じで。僕は監督を目指していて、そのとき自分の作品の企画書も出そうとしていたんですが。

(山本)卒業制作を決めるにあたり、大学生活の集大成となる作品を探して梅村の企画書を読んで、言いたいことはよくわからないけど、とにかく熱量を感じました。この作品が扱う「生と死」というテーマについて、小さい頃から考えることが多く追求したかったという理由もあります。

3人だから撮れた 「劇場で風感じて」


―制作当時を振り返ってどのように感じますか

(唯野)もう一度同じ撮影はできない、と思うほどハードでした。梅村が、大人数の制作では共通認識を作り上げることの制約を受けると感じていたので、3人でスタートをきりました。後から入りたいと言ってくれた人もいたけれど、新しいスタッフを含めて作品を再構築するのは削ぎ落とすことにつながると感じて断りました。3人で作ったからすごい、とは思いません。でも梅村の思いがあったから、3人でやっていくことになった。現場では撮影・録音・主演で3人が最小だったし、チームとしてやっていくには3人が最大の人数だよね、と話していました。

(山本)それまで参加した制作は大人数だったので、自分の意見を言わずとも撮影が進んでいて、そこが私のダメなところだと感じていました。でも3人では、自分の意見を言わないと進んでいかないと気づいて。初めは否定されるのが怖かったけど、だんだん言いたいことが溜まってきて、意見を伝えるようになりました。制作を通して、意見を伝えることが苦手な、弱気な自分を変えることができて、成長できるチームでした。3人で良かったし、この3人でないと、梅村と唯野とでないと作れなかったと思います。

―カゲを演じるにあたって心がけたことは?

(山本)カゲとして出演することが決まったのは撮影開始の1か月前です。(美術・衣装担当として)ロケーションなど、他に考えることが多かったので、正直役作りができる時間はあまりなくて……。3人で自死・自殺相談センターに取材したことや、小さい頃の自分の父親の記憶を頭の中で反復しながら過ごしていたのが、役作りになったかもしれません。

撮影初日、カゲとしてのキャラクターを前面に出して表現することを頑張っていたら、梅村に「表現することをやめてほしい」とダメ出しされました。それからは、「そこに存在する」ことに集中しようと。

―音声でこだわったところは?

(唯野)撮影中、自然の状況で見え方が変わると感じていました。たとえば、丘の上でカゲが自分の家族3人の姿を見るシーンを撮っていたとき、急に強い風が吹き始めたことがありました。そんなこともあり、風がすごく大切な作品だと思ったので、それを音で表現できないかと思いながら音を作りました。風を受けて川辺の草が揺れる音や、水面がゆれて波たつ音など、普通はマイクに入らないような音を、別に録音して入れています。劇場では、風を感じながら見てもらえたらと思います。

―これから映画を見る大学生にひとことお願いします

(唯野)これは僕らが大学を卒業するときに制作した作品です。大学生が在学中に撮った映画ってどんなもんだろう、くらいの気持ちでいいので、見に来てもらえたら嬉しいです。

(山本)通ったことのある場所や馴染みある風景がたくさん映る映画です。映画を見るというより、136分ゆったり座って、映像と共に時間を過ごしてもらえたらいいと思います。

唯野 浩平(ただの・こうへい)

唯野 浩平(ただの・こうへい)
プロデューサー/録音/編集
1997年、北海道生まれ。京都芸術大学映画学科卒業。他の作品に『ムチノセカイ』(監督・脚本・編集)『ROLL』(編集)など。



山本 真莉(やまもと・まり)

山本 真莉(やまもと・まり)
主演/美術/衣装
1998年、京都府生まれ。京都芸術大学映画学科卒業。他に『CHAIN/チェイン』などに出演。



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