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【解説】 小林・益川理論とは何か

2008.10.23

素粒子論ではC変換、P変換に対して現象がどのように変わるのか、ということが重要な要素の一つになっている。

まずC変換とは、一言で説明すれば電荷を入れ替えるという考え方である。ナイーブな例を挙げると、高校の理科で全てのものは原子から成り、原子は中心に+の電気を帯びた粒(陽子)とその周りを回る-の電気を帯びた粒(電子)で出来ていると習う。この電子と陽子をC変換してやると電子は+の電気を帯び、陽子は-の電気を帯びることになるであろうが、電気による力は同じ電荷は反発し違う電荷は引き合うというものなので、C変換では現象は何も変わらなさそうである。

次にP変換とは、同様に一言で説明すると、全ての物をちょうど鏡に映したように入れ替える、という考え方である。つまり目の前で起きたことが鏡の中の世界でも同じように再現されるだろうか、と考えるのと同じであり、ナイーブにはこれも変換前と後では現象は何の変化もなさそうである。

しかし素粒子の世界ではこれらの変換で現象が変わってしまうことが知られていて、このことはC対称性とP対称性が破れている、と表現される。一方でC変換とP変換を同時に行なったCP変換では破れは長い間実験で発見されず、素粒子の世界はCP対称性を持つと考えられてきた。実際その頃よく実験を再現していた理論もCP対称性を保つことが知られていた。ところが1964年にジェイムズ・クローニンとヴァル・フィッチによりCP対称性を破る現象が発見され、理論に不備があることが明らかになった。CP対称性を破り、それまでの理論を含むような理論を求めるために世界中で精力的に研究がされ、そのような状況の中で73年に小林と益川は一つの解決策を提唱する。

CP対称性を破る現象は陽子や中性子が関係した現象で観測されていて、CP対称性の破れは陽子、中性子を作るクォークと呼ばれる粒子に関係すると考えられていた。73年までには3つのクォークが発見されていて、70年には4つ目のクォークを仮定すると整合性の取れた理論が出来ることが発見されたので、理論の主流はクォークは4つであるとされていた。小林と益川は73年の論文でまずクォークが4つであるとCP対称性は破れないことを示し、続いてクォークを更に2つ加えると一般にCP対称性を破ることが出来ることを示した。大雑把に説明すると、2人はクォークの数が4つでは理論はCP対称性を破る余裕が残っていないことを示し、そこに新たに粒子を2つ加えることで自由度を増やし、その自由度をCP対称性を破ることに用いたのである。その後77年と95年に2つのクォークが実際に発見され、さらに高エネルギー加速器機構でのBeeLe実験、スタンフォード線形加速器センターでのBaBar実験などでの精密な測定により2人の理論の正しさが証明された。

CP対称性の破れは単なるミクロの世界の気まぐれな出来事であり、私たちには何の関係もないのだろうか? 実はCP対称性の破れはこの世界が存在していることに大きく寄与しているのである。初めに述べたようにCP変換は電荷を変えて鏡に映すことに相当するが、この操作は実は粒子を反粒子に変えることに相当している。私たちの宇宙はビッグバンという超高温状態から始まったことが観測から示されているが、その超高温状態では粒子と同数の反粒子があったと考えられている。もし粒子と反粒子に差が全く無ければそれらは対消滅して一つ残らず消えてしまい、宇宙には何も残らなかったはずである。しかしCP対称性に破れが存在するということは、粒子と反粒子が完全には同じ振る舞いをしない、ということ示す。この破れは非常に小さいが、この小さな破れのおかげで現在の私たちの世界は存在しているのである。(明)