複眼時評

奈良岡聰智 法学研究科教授「ロストジェネレーション」

2022.01.16

ロストジェネレーションという言葉がある。日本語ではしばしば「失われた世代」と訳されるが、正確には「迷える世代」「行き場を失った世代」などと訳した方がよい。もともとは、第一次世界大戦中から戦後にかけて戦禍や価値観の激変を経験した世代を指したが、近年日本では、バブル崩壊後の就職氷河期世代を指すのによく使われる。池井戸潤の小説のタイトルになっている「ロスジェネ」はその略称である。かくいう私もその世代に属するのだが、最近私は、日本が新たなロストジェネレーションを生み出しているのではないかという懸念を抱いている。

コロナ禍の発生以降、日本政府は留学生に対して厳しい「鎖国」政策をとってきた。海外から日本への入国がすべて途絶えた訳ではない。厳格な検査や隔離などを条件に、日本人や既に在留資格を持つ外国人の入国は基本的に行われてきた。オリンピックの際には、多数のアスリートや報道関係者が例外的に来日を許可された。これに対して、日本の大学、大学院などへの入学を希望する留学生は、既に入学を許可されている人も含めて、コロナ禍発生以降ほぼ入国できない状態が続いてきた。幸運にも入国制限が緩和された数か月のうちに来日できた人もいたが、多くの留学生は日本への入国を許可されず、長期の足止めを余儀なくされている。このような留学生は、既に数万人に上ると見られている。

他国と比較すれば、これがいかに由々しき事態であるかがよく分かる。2021年上半期(1―6月)の外国人留学生の新規入学数は、実にコロナ禍前の約9割減であった(『読売新聞』同年9月18日)。この原因が、外国人留学生の新規入国を原則認めない方針にあったのは明らかである。一方、同時期に日本から海外に渡航した留学生の数は、そこまで減少していないようである(実数は未発表)。先進7か国(G7)中、日本と同様の「鎖国」措置を取った国はなく、欧米諸国の大半は留学生の入国を許可してきたので、留学希望者が日本からそれらの国に渡航できる状態は続いてきた(私自身も何人かの教え子に推薦状を書いたが、希望していた留学先に無事渡航した)。

それゆえ、日本への留学希望者、とりわけ日本から留学生を受け入れている国々の学生たちからは、不満や失望の声が相次いでいる。昨年9月に留学生教育学会が出した緊急アピールによれば、既に海外の日本語学習者は急速に減少しており、回復の兆しは全く見えないという。日本政府は昨年11月に入国禁止措置の緩和を発表したが、オミクロン株の出現により、直ちに留学生を含む外国人の入国再停止を決定した。この措置も日本留学希望者を著しく落胆させ、既に日本への留学を諦め、進路を変える者も出てきている。その一部は、留学生受け入れを続けている韓国などに流れているようである(『朝日新聞』2021年11月30日夕刊)。

このように、先進国の中で最も極端な「鎖国」政策を取ってきた日本は、日本に好意や関心を持つ学生や研究者の卵たちを、自らの手で失望させ続けている。一度失われた関心や信頼を取り戻すのは困難で、このままでは「元日本留学希望者」というロストジェネレーションが大量に発生しかねない。こうした状況に警鐘を鳴らす声はあるものの(苅谷剛彦「留学生の入国制限と日本の鎖国体質」『週刊東洋経済』2021年12月25日、安藤淳「コロナ入国規制、研究交流妨げ」『日本経済新聞』同年12月29日)、あまり大きな声とはなっておらず、政治が動く気配もない。なぜなのだろうか。

国民が極度にリスクを避けようとし、近視眼的で内向き志向になっているからなのか。政治家が目先の経済効果や選挙への影響ばかりを考え、長期的な国力維持や学術振興に目を向けていないからなのか。留学生政策を所管する文部科学省の見識や熱意が乏しいからなのか。マスコミやジャーナリストが事態を深く理解できていないからなのか。私には、このどれもがある程度当たっており、原因は根深いように思われる。現状の外国人入国禁止措置は2月末まで続くそうだが、このままでいくと、7月の参議院選挙まで、留学生受け入れの再開は難しいということにもなりかねない。同様の問題は、日本での在外研究を希望している外国人研究者やJETプログラムなどで来日予定の外国人教師にも存在し、後者に関しては目下辞退が相次いでいるという(『共同通信』2022年1月10日)。

繰り返しになるが、一度日本語学習者や日本留学希望者数が激減すれば、再び増加させるのは容易ではない。留学生受け入れのためには、送出国の学界・教育界との信頼関係、知的インフラ(優秀な教員や学校)、卒業後の就職の受け皿などさまざまな土台が必要であり、どれも一朝一夕で構築できるものではないからである。人口減少、少子高齢化、経済の低迷が続いている日本が今後豊かさと活気を維持するためには、海外から優秀かつ多様な人材を積極的に受け入れ、科学技術や文化、芸術を振興することが不可欠である。幕末に漂流し米国で学んだジョン万次郎や、長州藩からイギリスに密留学した伊藤博文らが、鎖国下の日本に貴重な知識をもたらし、明治維新の基礎を作ったように、留学生というのは国家や社会のあり方を大きく変え得る存在である。留学生が日本にとって不可欠の存在だということを改めて認識し、ポスト・コロナに向けて一刻も早く彼らの入国を再開してもらいたいものである。



奈良岡聰智(ならおか・そうち 法学研究科教授。専門は日本政治外交史)